午後4時、渋谷のホテルで編集者と打合せ開始。
準備していった、新作のコンセプトとプロットについて一発OKとなる。
これで、第三作の発売スケジュールは、まずは僕の執筆スピード次第。(もちろん出版者側の都合というのもあるけど、それはだいたい書き上がってからの話)
いろいろ、後ろもつまっているので、トップスピードで行こう。
原稿を何年も待ってもらえるような大家ではないので、注文があるうちにどんどん書かないと。
現在、5社から長編の書き下ろしの依頼を受けているけれど、文芸出版の世界は商慣習として基本的に口約束の世界であり、催促されないままこちらが書かなければ、そのまま作家生命が立ち消えになってフェードアウトしてしまうだけだ。
出せば必ずたくさん売れる人気作家とちがって、阿川大樹の本が出せなくなっても、代わりに他の原稿が入れば出版社は全然困らない。僕のことを評価してくれている編集者が、社内で異動になったり退職したり組織変更があったりすれば、引き受けたつもりの執筆依頼がなかったことになる可能性だってある。
ましてや新作も、映画やテレビドラマとのタイアップなどの話になれば、いろいろな先方都合で話がリセットされ、小説の話までなくなってしまうことだってふつうにありうる。
とにかく、話が立ち消えにならないうちに確実に原稿を書き上げてしまう、というのが重要。
逆に、来年末までに5本を書ききれば、おそらく小説家としての採算ラインに乗ってくるだろう。
というわけで、第7作までをぼんやりと見据えながらの書き下ろし第3作目は、新宿歌舞伎町を舞台にした一風変わった女たちのハードボイルドサスペンスになる予定。これまで描かれていない視点での新しい歌舞伎町小説になるはず。
一応、本格的な執筆にGOがかかったので、ここはやっぱり舞台になる歌舞伎町へ。
まずは、鰻でも食って勢いをつけようと、新宿駅西口を出て、思い出横丁(別名しょんべん横丁)入口の「うな丸」へ。
ここの鰻丼は最高ランクの松うな重(肝吸付2200円)まで6ランクあり、それぞれ身の丈に応じて注文する。かけだし作家は当然、最低ランクの並うな丼(吸い物付き670円)。載っている蒲焼きは小さいけれど、味はいい。安いけど、それでも横丁の反対側にある牛丼2杯分の値段だから、貧乏人の贅沢にはちがいない。
そのあとは、まず、歌舞伎町のいくつかの地点の定点観測へ。
そして、芸能の神様、花園神社を表敬訪問(小説は芸能なのかという疑問はこの際おいておく)。
境内は、今週末からの酉の市のしつらえがすでにできていた。
7時の開店時間になったところで、ゴールデン街の小さな和食の店「やくみや」を覗く。が、すでに予約いっぱいで入れない。
聞けば、今週いっぱいでゴールデン街の店を畳んで、荒木町(四谷)へ移転するのだそうだ。
名残を惜しむ人で閉店までずっといっぱいになっているらしい。ここは千葉大を出た才気煥発の女性オーナー料理長が、ゴールデン街らしからぬ凝った和食を出す店で、4年前の開店直後から行っているのだけれど、最近は予約しないとほとんど入れなくなっていて、ふらりと店を決めたい僕のゴールデン街気分では、すでに事実上幻の店みたいに敷居が高くなっていた。
荒木町の店は広さが倍以上になるということで、めでたいことなのだけれど、僕としてはゴールデン街の行きつけがひとつ減ってしまうのは寂しいかな。
もう二度と「ゴールデン街のやくみや」のカウンターに座ることはできないのか。
広くなれば入りやすくなるけど、四谷では行く機会も少なくなる。
(そういや荒木町には出版社があって、何年か前、そこからデビュー作が出そうになったことがあったのだ)
9時にオープンする別の店が開くまで、それでは、と、歌舞伎町案内人・李さんの「湖南菜館」へ。
鰻の後ひとりで中華というのもヘビーだけど、2週間前に食べた「毛沢東の豚の角煮」をまた食べたくなったのと、今日は小説のキックオフの日なので、歌舞伎町ならこの人、ということで。
料理を1皿と、紹興酒をグラスで2杯。
会計をして、買えるところで「李さんによろしく」とお店の人に阿川だと名乗ったたら、「ああ、あの本の阿川さん」と言われた瞬間、エレベータ側の入口から李さんがちょうど現れて、二言三言挨拶。
「あの本の」とはどんな意味だったんだろう。前回、『D列車でいこう』にサインして置いていった本のことだとは思うのだけど、その従業員のコ(かなりかわいい)が読んでいたりするとか。
次は、センターロードの大型マクドナルドで100円のアイスコーヒーを飲みながら定点観測のつづき。
明け方、4時頃と、夜の8時半の客層のちがいを確かめておく。
9時になるのを待って、ふたたびゴールデン街のA店へ。
いつもの感じでまったりといろいろな話をして、11時過ぎに町を後にする。
帰宅の時点で、万歩計は8000歩。手術後最高記録。徒歩で取材をするといきなり歩数が伸びる。
帰宅後は、朝まで、さっそく執筆。