Diary

別荘じまい 横浜へ

今シーズンの蓼科事務所は本日で終了。
後始末をして、横浜へもどる。

いいシーン

枚数全然進まなかったけど、今日も濃密ないいシーンが書けた。物語の第一の大きな関門を越えた感じがする。前が開けた。
集中できた時間は少なかったけど、ピークの集中力はとても高かった。こういうときは眠れないので、眠くなるのをじっと待っている。とりあえず牛乳飲んだ。できれば眠剤は使いたくない。

超軽めの山歩き

執筆のため夜型になってしまっているが、12時から午前5時を活動時間とする規則正しい生活。
出発が日暮れ前になってしまったので、歩き始めてそろそろ暗くなってしまいそう、というところで引き返した1.1km だけの山歩き。
それでも傾斜のあるところを20分ほど歩いたので、体に血が回る感じになってコンディション調整には十分に役に立つ。
少しずつ別荘を閉める準備をしながら仕事をしている。
水抜き作業の依頼。
11月いっぱいでインターネット回線休止の電話。

定期山歩き

今日は身軽に水筒などを持たずに山歩き。
往復2.6Kmで、けっこう汗を掻く。

散歩

今日はクマ鈴を鳴らしている別の夫婦がいた。

11月だ

近くのトレッキングロードをクマ鈴を身につけて歩いてみた。

バス停へ送る

朝早く、人工透析のために横浜にもどる妻を、昨日下見した「中央道原」バス停まで送り届ける。
あとは仕事。

下見

 

「中央道原」のバス停とそのための駐車場について下見。
 帰りに「Aコープぴあみどり」で食材の買い物。
 ここは農協経営のスーパーだが別荘族をターゲットにしているようで、TSURUYA よりも高い。
 惣菜は材料が良くて高い。インスタントラーメンはただ高い。
 ただし、さすがの農協、野菜はものがよい。

弔いとリユニオン

家族づきあいしているスウェーデン夫と日本妻とその娘の友人家族。

 日本妻は僕の妻の大学院時代の友人で原村の実家のお母さんのところにわが夫婦も時々訪ねて、スウェーデンにいる娘の家族と facetime で話をするサポートをしたり、野菜をもらったりしていた。
 そのお母さんが先月に亡くなったので、昨日は、友人もう一人と実家を訪ねてお線香を上げて、田舎の葬式が大変だった話を聞いて、スウェーデン料理のレストラン「ガムラスタン」でランチ。
 スウェーデンのファミリーは外交官時代、日本人のノーベル賞受賞者が出るとすべて彼ら夫妻がアテンドしていたので、よく日本のテレビにもチラリと映っていた。娘は駐日大使館時代の小さかった頃から知っているので、そのころから大樹おじちゃんと呼んで懐いてくれていた。
 とっても優秀な子で、単身UKに留学してケンブリッジの医学部を出てオックスフォードの大学病院に勤務して、最近はずっとUKでコロナと闘っていた。僕にしてみれば「自慢の娘」みたいな感じ。
 僕ら夫婦も彼女の結婚式に招かれてストックホルム郊外の教会の結婚式に参列して白夜のふけるまで賑やかに過ごすという、得がたい体験をさせてくれた。。
 病院の激務で身体を壊して、いまは仕事を休んでいるので、原村の弔いに家族3人でそろって滞在している。
 蓼科の家の近くのスウェーデン料理店「ガムラスタン」はもともと東京にあったお店がこちらに移ってきて、たいへんな人気店になっている。シェフは友人夫妻が駐日大使館勤務時代から知りあいなので、昨日も、食事の後、後を継ぐ息子さん夫婦や娘さんなども、わざわざ出て来てくれて、ここでもちょっとしたリユニオン。
「ガムラスタン」はとても美味しいレストランで、2000円のランチコースでも、魚も肉もついて、デザートにコーヒーも付いて、味もボリュームも大満足なので、いつも駐車場にはたくさんの車が駐まっている。
 うちもシーズンに1度は行く店。
 食事の後は腹ごなしに、近くの蓼科湖畔で、紅葉を見ながら散策。

テニス、後、蓼科

午後2時から4時まで、川崎の等々力緑地でテニス。
急ぎ自宅へ戻り、シャワーを浴びて、妻の透析が終わる時刻に病院で合流して、蓼科へ向かう。
午後10時過ぎ、蓼科の家に到着。
寒い。