小説

足かけ3年の「インバウンド」

 ”STORY BOX” で連載している「インバウンド」は、もう10回以上、編集者とやりとりをして直している。
 最初に編集者と一緒に沖縄に取材に行ったのは2009年の4月の終わりだった。もう足かけ3年だ。
 今回もいろいろと意見交換の末、細かな修正。
 編集者の執念もたいしたものだが、こちらも意見を譲ったり譲らなかったり、お互いに真剣に向き合って、妥協をしないでいいものを作ろうとしている。
 もともと単行本で刊行する予定で始めたものだが、プロジェクトが長期になったこともあって、連載という形で世の中に出して、改めて単行本にまとめるという形に落ち着いた。
 小説家がどんなに精魂を傾けて書いていても、本にならないとまったく無収入なので、長い期間にわたって何度も書き直していても、それだけでは一銭も僕の懐に入ってこない。
 連載になれば、掲載の都度、原稿料が入ってくるし、それが本になった時点で改めて印税が入ってくるので、こちらとしては経済的に大変ありがたく、出版社としては先に一度商品化ができるということにもなる。
 そんなこんなでとても長く関わっている本作もそろそろ最終フェーズ。
 プリントアウトして第4章以降を見直しつつ手を入れているここ数日だ。
 来年の春には単行本の形になる。

短編小説「自販機少女」 発表

月刊「問題小説」12月号(徳間書店)が発売になりました。
阿川大樹の久々の短編(50枚)「自販機少女」が掲載されています。
午前3時半、新宿の自販機の前に立つ研介に足らない50円を差し出した少女との6時間ほどの物語。

お仕事のちょっと生々しい話

 午前10時過ぎ、枕元で携帯が鳴る。
 S社の編集Sさん。
 午後1時半に横浜駅近くで会って、連載小説のゲラを受け取る。
 7月6日発売の小説誌の巻頭に掲載と。ありがたいことです。
 ただし、原稿料は想定範囲内の下の方。
 連載、単行本、文庫、とこの長編には3度稼いでもらえるので、とりあえずそれがありがたい。
 小説家のビジネスモデルはこのパターンが基本。
 いままで、単行本から文庫、連載から文庫、と2回しかお金が入ってこない形だったので、やっと基本パターンに。
 ただし、これから着手するK社の長編は文庫書き下ろしなので、1回しかお金が入ってこないパターン。
 もちろん、重版がかかれば、その都度、印税が入るけれど、世の中の99.9%の本は初版だけで増刷されないので、ビジネスとしてリーズナブルにカウントできるのは初版だけ。重版印税は想定外のボーナスくらいに考えておかなくてはならない。
 ちなみに小説家の所得は実際にどれくらいの収入になるかが事前にわからず、場合によって上下にものすごく変動があるので、税法上は漁業者と同じ「変動所得」という区分になっている。
 船を出してもまったく魚が捕れないこともあれば、どんとニシン御殿が建ってしまうこともある、そういう業種だということです。
 僕くらいの知名度の作家の場合、単行本よりも部数が出る文庫はプレゼンスを上げるための媒体としてはよいのだけど、一方で、労働に対する収入という観点からは文庫書き下ろしばかりでは、生活が立ちゆかない。
 それでも、つきあいのある出版社/編集者の幅を拡げていくことも、小説家として生き残る為には重要で、つきあいのなかった出版社との仕事もできるだけ受けて、パイプを太くしていかなくてはならない。
 もし一社としかつきあいがないと、担当編集者が社内で異動になったり退職したりしたとたん、まるっきり仕事がなくなってしまうことだって考えられる。
 そんなこんなを考えるのも、書くのは自分一人で、書くことのできる量は限られているので、プロモーション/マーケティングと収入のバランスを常に考えておく必要があるからだ。
 
 それにしてもゲラは編集のコメントで真っ赤っか。
 着手するにはちょいと気を引き締めて勢いをつけないと、心が折れてしまう。

芸の肥やし

 先日来、肋骨骨折で不自由かつ痛い思いをしている。
 咳や笑いが激痛をもたらすので一番辛い。
 痰が喉にからんで苦しいとき、ふつうなら大きく咳をして喉から剥離させたりするわけだけれど、そんなことをしたら床に倒れ込んでのたうち回ってしばらく動けなくなるだろう。
 であるけれど、その不自由さも、痛さも、不自由さの中で細かな工夫でわずかな自由を獲得していく創意工夫も、すべてが新鮮で楽しくもある。
 ようするに、すべては小説を書くのに必ず役に立つ。芸の肥やしなのだ。
 小説家というのは得な職業だ。
 某有名作家が「拉致されてみたい」といって顰蹙を買ったということがあったらしいけど、その気持ちはとてもよくわかる。
 僕だって、(あくまで最後に助かるという条件つきだけど)乗っている飛行機がハイジャックされたり、タリバンに誘拐されたり、そんなことを心の奥底で望んでいたりする。
 こう公言することで、けしからんという人がいるかもしれない。
 しかし、実際、そう思っているという真実は動かすことができない。
 公言しなくても、僕はそう思っているようなけしからん人間なので、どうせなら公言してしまう。
 そんなわけで、平穏な生活よりもピンチに遭遇することを歓迎している。
 ちょうどいま、横浜みなとみらいはAPECのおかげで戒厳令の町になっていて、はなはだ迷惑かつ不便なのだけれど、やはり、そういう非日常は大好きなのである。
 子供の頃、台風が来るとワクワクしたあなた!
 もしかしたら、あなたは小説家に向いているかもしれませんよ。

京浜急行でいこう

 京浜急行品川駅の駅員さんだという女性が、スタジオにやって来たので、少し話をして、「D列車でいこう」を差し上げました。
「面白かったら、職場の人に宣伝してください。
 貸さないで、買ってと言ってくださいね」
 ちなみに「D列車でいこう」には京浜急行も登場します。

「歌クテル」に対談掲載

「歌クテルWEBマガジン」に、「アンダーグラウンド定点観測 feat. 阿川大樹」と題して、歌人・日野やや子さんとの対談が掲載されています。
 黄金町という町のこと、阿川大樹の小説観、創作の秘密(笑)なんかを、二回にわけて掲載。

連載小説「第三企画室、出動す」一周年

 昨年の5月11日から始まった「第三企画室、出動す」が連載1周年を迎えた。
 小説の連載は阿川大樹として初めてで、しかも、周期が週刊というヘビーな(当社比)連載ができるだろうか、と不安もあったけれど、編集担当者のサポートのおかげで、一年間で第52話まで迎えることができたのは感慨深い。
 すでに分量でいえば400字詰め原稿用紙換算で700枚になっている。
 その間、日経ビジネスオンラインという経済記事中心のメディアで、異色であるフィクションコンテンツであるにもかかわらず、読者のみなさんから愛想を尽かされることもなく、むしろ、固い支持をいただいてた。
 根が理科系なので数字があると分析してしまうわけだけど、第52話は掲載日のアクセス順位が2位、本日金曜現在の週刊ランキングでも8位と、著者も驚く検討ぶり。
 掲載日である火曜日の順位だけでなく、水曜日木曜日金曜日になっても20位以内に残っているということは、たとえ他の記事を先に読んでも、「第三企画室」は、あとからでも忘れず読んでくださっているということで、著者としては本当にうれしい限りだ。
 さらにいえば、午前0時掲載のコンテンツが、午前2時や午前9時台にアクセス3位以内になることが多い。午前0時の掲載を待って真っ先に読んでくださる読者や、オフィスに出勤してすぐに読んでくださる読者もまたたくさんいる、ということだ。
 
 本当ににありがとうございます。
 作者としては、少なくとも読者のみなさんのお仕事の妨げにならず、望むらくは、なにかしらの糧になってくれればと願うばかりだ。
 毎週小説の〆切がある、というのは、まだ駆け出しの阿川にとって、精神的にも肉体的にもなかなかシンドイことではあるのだけど、多分、小説を書くという行為に、慣れてしまったり楽ができてしまったりしてはいけないと思うので、これからも「慣れていなくて苦労する」状態を保ちつつ、がんばりたいと思っている。
 「第三企画室、出動す」は、こちら から

阿川大樹の原点

 本日、12月8日は、僕の小説家としての原点の日。
 粛々と原稿に向かいます。
 原点についてはこちらに。

『八月十五日の夜会』蓮見圭一 新潮社

 連載から書き下ろしに頭を切り換える緩衝の日。
 ゆっくり目に出勤。
 途中、桜木町の松屋で牛丼(並380円)。
 久しぶりに小説を読もうと思い、ちょうど先日、著者本人からいただいた「八月十五日の夜会」(蓮見圭一 新潮社・刊)。
 小説らしい小説。
 途中、伊勢佐木町へ出て、通帳の記帳。
 あと、ガムテープ(580円)。
 ローソンストア100で買ったのを使って、荷物を送ろうとしたら、10分ほどで段ボールからテープが剥がれてくる始末。
 100円ショップで失敗したことないんだけど。
 ちなみにローソンストア100のレギュラーコーヒー(85g 105円)が小口で使い勝手がいいうえに、けっこう美味しい。
 午後7時少し前、当の蓮見圭一さんと、T書店T編集長が来訪。
 近くの一流のB級中華料理店「聚香園」で食事。
 伊勢佐木町を歩いて吉田町まで。
 そこで正統派バーにて、午前2時前まで。
 小説論、アートについて、などなど、高校生のように語り合った。
 と、書いてみて、みんな高校生の頃にそういう話をするものなのだろうか、とふと疑問になる。
 僕が高校生の時の話題といえば、政治とアートとセックスのことばかりだったのだけど。

プロフェッショナルの試金石

 家に籠もって連載の原稿。
 午後、三重県の知り合いから大量の「サンマの一夜干し」が届く。
 原稿のほうは、全体のイメージが固まっていないままの現在の段階で、3日で1本書けている。まったく無理はしていないので、いまのままでも2日に短縮することはできそう。これなら回っていきそうな感触にはなってきた。慣れれば1日1本に近いペースで行けるような気もする。そうすれば小説の連載を同時に2本もちながら、並行して書き下ろしの長編を動かしていくこともできるような気がする。
 単行本に換算すると、年に4冊くらいのペースだ。
 継続的に執筆の依頼をもらえる、という根本的な前提が必要であり、経済状態が厳しい中、版元では「出版点数を絞れ」「売れない本は出すな」というかけ声が飛び交い、知っているだけでも編集部にいた人が営業へ異動になっていたりするので、いろいろな意味で楽観はできない。
 いままで連載を引き受けるのはかなり恐くて、いろいろ話をもらっても積極的には進めてこなかった。僕自身の能力としては、案ずるより産むが易し、か。
 連載のように、〆切さえあれば間に合わすようにやる、そういうテンションが出てくるであるともいえる。あとはそういうスケジュールの中に、どうやって取材や仕込みの時間を組み込んでいくか、という課題がある。
 このあたりは自分で見つけていくしかないのだろうと思うけれど、機会があったら先輩の作家にも聞いてみたいところだ。
 と、自分の力を計りながら、あるいは、計るために仕事をしている、今日の阿川大樹であった。