月別: 2007年10月

レッドソックス・松坂

 午前中はMLBのテレビ観戦。
 レッドソックス松坂は、合格点というできで、みごとワールドシリーズ出場を決めた。
 松坂投手、立派な成績ではあると思うけれど、100億円プレーヤーだということを考えると、「普通」では不十分なわけで、なかなか厳しいものがあるように思う。プロだから、値段に見合った活躍をしているかどうかが評価基準になるから。
 もっとも、ファンとしては球団のサイフのことを心配する必要はないのかもしれないけど。
 午後、小説。
 夜はスターバックスへ出かけて、そこで雑誌を読んだり、プロットをまとめたり。
 小説は、もう少しで骨組みがまとまってきそうなところまできた。

ヨットに復帰

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 退院後、初めてヨットに復帰。
 快晴。少し動くと汗ばむほどの陽気。
 八景島で、豚キムチ鍋。
 ここまできて、かなり手術前の状態にもどってきた感じ。
 ただし、フットサルと推理作家協会のソフトボールに復帰するのはもう少しかかりそう。
 
(この写真は携帯電話で撮影したもの。オマケ機能などとは侮れないなあ)

野毛で野毛のテレビを見ながら呑む

 昼は、またしても、焙煎ごまえびフィレオ+ポテトM+コーラMで300円。「焙煎ごまえぼフィレオ」はけっこうおいしい。の、繰り返し。
 いつも書いているけど、僕は、同じものを繰り返したり連続して食べることをまったく苦にしない。同じものを3日間で12食連続で食べたことがある。(福井へ行って食べた「おろし蕎麦」)
 そこまでいかなくても4連続カレーライスくらいは当たり前。(最近カレー作ってないけど)
 夕方、妻が友人たちと野毛で中華を食べるというので、出かける。
 6時スタートということで、野毛に5時半についてしまって、時間が中途半端。立ち飲みの「福田フライ」へ入って、串揚げ(ポテト70円、クジラ170円)と生ビール450円、〆めて690円。でも、30分時間がもたず20分で店を出て、あとは、少し町を放浪。
 都橋商店街でトイレを借りたら、「本日21時から《アド街ック天国》でここ都橋商店街が取り上げられます」と書いてある。
 會賓楼というお店に集合。
 横浜の人間にとって、中華料理といえば中華街じゃなくて野毛。ここも安くて美味しい。ビール2本でスタートしたあと、紹興酒4人で3本呑んで、お腹いっぱい食べてひとりあたり3000円以下。
 ちょうど、テレビでプロ野球クライマックスシリーズ・中日対巨人の試合をやっていて、中日ファンの僕はごきげん。
 午後9時からは、12チャンネルの《アド街ック天国》を見ながら。「そうだ、やっぱり」とか「え~?」とかツッコミを入れながら、店中のお客さんで一緒になって大騒ぎ。だって、直ぐ近くの店が次々に登場するのだからして。
 野毛は横浜きっての下町で郷土愛が強い(客も店の人も)ので、野毛が誉められるのがみんなすごくうれしいわけだ。横浜でいちばんいいところ、といえば、みなとみらいでも赤レンガ倉庫でも山下公園でもなく、だんぜん野毛です。
 午後11時前、會賓楼を出て、大岡川沿いのバー、The Beach へ移動して、カクテルを2杯ほど飲み、午前0時を過ぎて、徒歩で帰宅。

ふつうの金曜日

 何をしたか、あまり覚えていない。
 昼食に、近くのマクドナルドへ出かけて、クーポンを使って、焙煎ごまえびフィレオ+ポテトM+コーラMで300円。「焙煎ごまえぼフィレオ」はけっこうおいしい。
 あとは、淡々と仕事をしたと思う。

プール二回目

 午前9時起床。
 昼の間、それなりに小説を進める。
 夕食は、湯豆腐、大根のサラダ、胡瓜と生姜のパリパリサラダ、大根とがんもどきの煮付け、白菜とベーコンのスープ。
 夕食後、スポーツクラブへ出かけて、退院後二度目のプール。
 水中ウォーキング25分間。
 眠かったけど、深夜から、DVDで『釣りバカ日誌13』を観る。(これも仕事のうち)

ルイ・ヴィトンの似合う人

 ルイ・ヴィトンもって歩いている人をあまりステキだと思ったことがないなあ。そういえば。
 普通に着るたいていの洋服には合わない。とりわけファッション性の高いデザインの洋服にはまったく合わないと思う。合うのはものすごくオーソドックスでどんよりとした服装だけでしょう。だからヴィトンのバッグをもって歩いている人のほとんどはコーディネートが崩れているように思う。
 モノグラムってユーザーが製造者の宣伝して歩くみたいでなんだか抵抗があるし。
 唯一、似合うシチュエーションって、キュンと音が凍り付くような冬の寒い朝、すごく分厚くて古いデザインのコートを着て、白い息を吐きながら、ヨーロッパの鉄道駅で、高いステップをまたいで列車に乗り込んでいくとき、ぐらいのような気がする。

よくしゃべった そしてサッカー

 午前中、ブレンズコーヒーで小説。
 午後、歩いてベイクォーターまで行き、男二人、テラスでランチ。
 もともとシリコンバレーになじみのある半導体関係の知人なので、カリフォルニア・レストラン「ウルフギャング・パック・カフェ」へ。
 ここの1000円ほどのパスタやピザのランチ、スープまたはサラダもついて飲み物はお代わり自由と味も量もとってもリーズナブル。分量もちゃんとカリフォルニアスタイルなのだ。
 話は、大阪の経済、岡山産のワインをどうやって売るか、などなど、暗くなるまで楽しく脱線(?)していきました。
 帰宅後は、サッカー二試合テレビ観戦。
 A代表戦、対エジプト。
 エジプトは2軍しか送り込んでこなかったようだけど、大久保が活き活きとしていてよかった。4点目の加地のシュートもよかったし。
 オリンピック予選。対カタール。
 反町監督の無策により敗戦。前半1-0になったところで、どういうスコアで勝つのか、しっかりしたイメージを持たないで後半に入ったみたいだ。いつもそうだけど、「できるだけガンバル」サッカーをしてしまう。
 もしかしたら2-0で勝てるかもしれない、ではなく、1-0になったら最悪でもそのスコアで確実に勝つサッカーをしないから、1-1になってしまう。1-1になったらなったで悪くてもそのスコアで確実に引き分けにするサッカーをしないから、1-2で負けてしまう。
 時間帯やスコアに応じてサッカーのやり方を変えなくてはならないのに、前後半、どの時間帯も平板なサッカーをしてしまう。
 本日の歩数は5000歩。

シャッター通りを行く

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 次の次の小説のロケハン。
 横須賀中央駅から少し離れた商店街を取材に行ってきた。
 たしかに、寂れているんだけど、けっこう魅力のある店が多いんだ。
「続けていければそれでいい」という価値観をきちんともつことができれば、長生きできるんじゃないかと感じる。
 半分シャッターだっていいじゃないか、全部埋まっているほうが異常なんじゃないか、成長しなくてもいいじゃないか。淘汰されて残った人が小さいなりに続けていける形を目指す。
 そういう価値観をもつことができないことが「フシアワセ」の始まりのような気がした。
 成長という言葉の呪縛、収入が増えなければという呪縛。
 僕はいろいろなところの3坪ショップに行くけれど、10年20年、同じ規模でずっと続けている魅力的な店がたくさんあるんだよね。そういう店の集合体になれば、半分シャッターが閉まっていてもOKじゃないかと。
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昔あった「名曲喫茶」みたいな佇まいとネーミング。
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風雨にさらされたチラシの裏に書かれたメッセージ。
いったいいつから「都合により」休んでいるんだか。

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自分の店に誇りを持っていることがわかる、完璧に磨かれたガラス。
 横須賀中央駅までもどったあとは、すっかりきれいになってしまった「ドブ板通り」をうろちょろして、汐入から京浜急行に乗る。
 日ノ出町で降りて、野毛の立ち飲み「福田フライ」で、イカゲソ、シイタケ、生ビール(合計690円)で小休止(10分ほど)して、徒歩で帰宅。
 万歩計はちょうど一周、10000歩。
 もちろんものすごく疲れたので、夕食後はバタンキュー。

プール再デビュー

 昼間、久々にブレンズコーヒーへ出かけて小説。
 夕食後、プールへ。退院後、初めてだ。
 20分、水中ウォーキング。
 前後にマッサージプールに入ったり、お風呂に入ったりで、どちらかというと温泉に入りに行ったようなもの。
 ぐったり疲れて、早寝。

究極のカルテット

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聴いてきました。
THE QUARTET featuring Herbie Hancock
 ハービー・ハンコック(pf)
 ウェイン・ショーター(sax)
 ロン・カーター(bs)
 ジャック・ディジョネット(dr)
   会場:パシフィコ横浜国立大ホール
 マイルス・デイビス・クインテットからマイルス(死んじゃった)を抜いて、ドラムを後期VSOPのディジョネットに入れ替えた、モダンジャズの歴史上最強の4人。
(クラシックで言えば、3大テノールみたいなものか)
 すごい演奏だった。
 これがジャズなんだと思った。
 4人が出しゃばらないで音が少ないのにまったく過不足がない。
 余計な音を出さないんですね。
 そればかりか、むしろ、意図的に音を抜く。
「巨匠」といってもいい連中なのに我も我もとソロを取り合ったりしない。
  (この部分、三大テノールとはぜんぜんちがう)
 お互いに、自分が弾かないで、その音を別のだれかに弾かせようとするようなマイナスの駆け引きをする。
「ほうら、君だったらここのすきまにこういう音を入れたいだろう? どう?」
 そんな挑発を続けていく。
 で、時には4人のだれも弾かない。
 たとえば、マイファニーバレンタイン。
 だれもメロディーを弾かない。なのに、聞いているうちにマイファニーバレンタインの曲だとわかる。いろいろアドリブを入れてわざと「……バレンタイン」のメロディーにある音だけ飛ばす。
 そうすると、そのうちに、聞いているこっちの頭の中に「……バレンタイン」のメロディが生まれてくるわけ。聴衆が5人目の脳内演奏者になる。
 つまり「ドレミファ」と、演奏すると、聞いているこっちは次に「ソラ」を予想する。ところが予想だけさせて彼らは実際に「ソラ」の音は出さない。
「ドレミファ」と演奏することで空白で「ソラ」の音を出しているわけ。
(この説明でわかるかなあ)
 そうして巧みにテーマになっているメロディをつくる音をよけて周囲の音だけを出していくと、なんと、きいているこっちの頭に、ちゃんと「マイファニーバレンタイン」のメロディーが生まれてくるんですよ。
 メロディのメス型を演奏する、というか、白地に黒で字を書くかわりに字の部分を白く残して周りを黒く塗ることで、黒地に白で書いたようにメロディが表現されるというか。
 音楽でこんなことできるなんて、思わなかったよ。
 こんな演奏がありうるなんて考えたこともなかった。
 ほんとにスゴイ体験でした。