月別: 2006年8月

地味な日

 朝帰りからもどって6時間ほど眠る。
 のち中三日ぶりに病院に妻を見舞う。
 帰り、ロフスト(金属製の片杖)をついてエレベータまで見送りに来てくれた。
 帰宅後は自宅にてじっと机に向かう。
 ひとりなので主夫業はめいっぱい手を抜く。
 亭主元気で留守がいい、という表現があるけど、妻は留守だが病気だ。
 小説を書くには都合がいいけど。

タイムカプセルの夜

 8月21日
 午後2時40分、品川駅前マクドナルドで100円マック。
 向かいの ART COFFEE にて、原稿書き。
 3時30分、品川プリンスホテルボウリングセンター。
「日本推理作家協会様受付」の札の前に20人ほど。8月はソフトボールじゃ暑くてかなわっん、ということで、ボウリング大会。
 少なくとも過去10年、ボウリングをした記憶はない。
 それでも1ゲーム目142。まあまあじゃない。スポーツってのはやらなくても年齢を重ねると上達するもんなのね(ほんとか?)
 少なくとも、サッカーは2002年、30年ぶりにやったら中学の時よりずっと巧くなっていた。
 全員のスコアが出たところで、スコアの上位者と下位者とを二人一組にチーム編成。
 僕のペアの相手は身長173センチでスタイル抜群推定年齢26才詳細不詳のミニスカート美人。ラッキー!
(いえ、ボウリングの背の高さの話ししかしなかったので依然詳細は不明のまま)
 
 終了後はちかくの居酒屋で打ち上げ。
 向かいに座ったのは本業は「みこし女」のT社M編、先週は「仕事で」日焼けしてきたのだとかで、いつものとおり絶好調。
 成績発表があり、僕は総合4位で、文藝春秋提供のチーバスリーガルをもらう。(この賞品の選定が文春らしいといえなくもない)
 散会になって外へ出ると、Oさんが、なぜかいつもいっしょのS+Iの美人作家コンビを携えて、麻雀をしようと誘ってくる。前回のパーティでも誘われたけど、断ってしまったので、なんとなくつきあうことに。
 ボウリングが10年ぶりなら麻雀は大学一年くらいにつきあいで少しやったぐらいで30年ぶり。
 いえ、美人作家コンビがいなかったら断ってましたけど。 (笑)
 とりわけこの日のSさんは麦わら帽子をかぶって「高原のお嬢さん」という出で立ちで、(夜なら)年齢を半分くらいに詐称できそうな上に amazon のレビュー欄に「著者写真が美人」などと書かれるような人なので、駅でもすれちがう酔っぱらいが(笑)何人か振り返っていました。
 30年ぶりにいった雀荘は30年前とまったく同じ雰囲気。タイムカプセルみたい。変わっているのは、機械が自動的に牌を並べてくれるということ。便利な時代だ。そういや、機械が自動的にスコアをつけてくれるボウリング、というのも生まれて初めてだった。
 Sさんが親を続けてなかなか終わらないので、当たりそうな牌をむりやり切って振り込んで終了させたのですが、ひとりだけ横浜の僕はビミョウに終電に間に合わず。
 怒濤の執筆期間に入ることだし、この際だから弾けてしまえ、と腹をくくって、ゴールデン街で楽しく3軒ハシゴして朝帰り。
 まあ、予想の範囲内か。
 というわけで、さあ、小説書こうっと。

ビアパーティという風物詩

 午前9時、いつものヨットハーバー。
 ヨットレース。女性クルーに舵(家事ではありません)をまかせて、オーナー二人でその他のポジション。
 慣れたメンバーだと手が足らなくてもストレスがないのがいい。人手が足りないヨットは戦闘力に欠けるけれど、大切なことは楽しく走りきること。
 ホームポートにもどると、恒例のビアパーティ。
 ちゃんと生バンドも入って、会費1000円で飲み放題食べ放題の手作りパーティだ。
 今年の夏もこれでいよいよ終わりだ、という夏の風物詩のようなもの。
 阿川大樹超個人歳時記をつくるとしたらこのビアパーティという項目を入れるな。
     ビアパーティ 髪燻らす 焼き手かな


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準備中のボートヤード
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女性に囲まれてゴキゲンの単独無寄港世界一周の世界最高齢の記録保持者・斉藤実さんと
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我が艇の本日のレースクルーメンバーは4人。

真夏のフットサル

 午後4時からフットサル。
 4時なんて夕方じゃありませんでした。カンカン照りじゃん。
 Colemanのウォータージャグ(1.8リットル)に氷水を入れて出かけました。途中で氷は溶けちゃったけど、存分に水を飲めました。けっこういいかも。
 シュート、たぶん、右足で3本、左足で1本、打ったけど、全部キーパーにとられました。いかにも打ちそう、という凡庸なタイミングではやっぱりムリですね。
 自分で少し視野が確保できてきた感じがします。進歩してるかな。
 ここのところジョギングではなくストレッチ系の運動を週に3,4日、1回当たり30分ぐらいやっていたのですが、わりにいいようです。
 暑いから休み休みやったということもあるけれど、足の筋肉は今日は大丈夫な感じ。
 水は1.2Lほどとったはずなのに、2時間運動したら1Kg以上体重が減っていました。2L以上汗をかいたんですね。
 アイソトニックにしないと、お腹が膨れてこれ以上の給水はムリです。
 アミノ酸のサプリをとっていったのですが、これだけ汗をかくと、電解質の補給も必要だと思います。何か、いい方法を考えなくては。(といっているうちに夏も終わるだろうけれど)

直立歩行

 一日病院通いを休んで、本日(18日)改めて北里病院へ。
 いやあ、歩行器につかまって妻が立ったのですよ。
 15日に手術をして、大腿骨とりだして骨頭を切って代わりに人工骨頭つけて、骨盤削って、骨頭をうけるソケットをネジ止めして、元に戻してキズを縫い合わせ、その晩には、ヘモグロビンが極端に低下して、二度意識不明になり、失血死の可能性があったので緊急輸血をして、それからわずか3日。
 立つだけなら支えを必要とせず、歩行器につかまれば廊下を歩ける!
 すごい。現代医学。
 15年前に右足に同じ手術をしたときには、車椅子から立ち上がるのに2ヶ月くらいかかったと思う。
 妻が立ち上がって得意げにこちらを見たときの「えへん、できたよ」という晴れやかな表情はいまでも忘れない。涙が出そうなくらい感激だった。
 だけど、いまや、わずか3日です。
 それで痛みもないのだと。(まあ、人工関節だから、傷口以外には痛いところはないわけだけれども)
 早く動き出すほど筋力の低下が少ないので、リハビリ期間も短くなる。以前なら3ヶ月かかっていた入院期間も今回はわずか3週間の予定。
 あまりにも短すぎて立って歩くことのできた感動があまりない。(笑)
 人間ていうのはすごいね。
 

OFF & ON

 病院通いはお休み。
 夕方から息抜きに少し車で走ってみたり、身体を使ったり。
 原稿は少しだけ。
 ちゃんと書く気でパソコンに向かっている時間はすらすら書けるので、調子は悪くないのですが、机に向かっている時間のうち、小説を書いている時間がまだ全然短いので、日産枚数が少ない。
 余計なことをしないで、机に座ったら、すぐに小説を書いて、他のことをしないようにしていかないと。

ヨン様ファンはどこに

 メディアに登場する回数は減ってきたというものの、ヨン様の人気はまだまだ衰えていないらしい。
 でも、僕は男なのでヨン様の魅力がよくわからない。
 で、知り合いの女性に聞いてみようと思ったのだけれど、これがどうも僕のまわりにはヨン様のファンがまったくいないことがわかった。
 女友達は多い方だと思うのだけれど、24才から60才くらいまでの知り合いの女性に聞いてみて、ヨン様が好き、という人が全然いないのだ。
 これはどういうわけだろう。
 僕のまわりだけ、ちょっと変わった特殊な女性が集まっている?
 その可能性もなきにしもあらずだけど、どうも腑に落ちないのであった。

意識不明

 久々に8時間眠って、午前8時半に起床。
 せっかくだから、しばらく朝型にしよう。
 シャワーを浴びてから、洗濯1バッチ。ゴミを地下まで捨てにいったり、など、家事をしているとあっというまに時間が経つ。
 少しだけ原稿を書いたところで、駅前のスカイビルにある「コートダジュール・ミクニズ」へ。ベストセラー「社長を出せ!」の著者である川田茂雄さんとランチ。おっさんふたりでフレンチというのも気恥ずかしいかなとも思ったのだけれど、川田さんが立て板に水といろいろな話を溢れるようにするので、周囲の人を見る間もなかった。(笑)
 さすがに、超売れっ子スピーカーである。
 もちろん「社長を出せ!」にサインをもらう。僕のもっていたのは初版1刷なので、「その帯がついているのはもはや珍しいんですよ」ということ。
 阿川の『覇権の標的』は発売以来、まだ同じ帯のまま。
 いろいろ話をしているうちにあっというまに時間が経つ。
 午後2時半、駐車場を出て、北里病院へ向かう。
 交通量が増えてはいるが、それでも渋滞はほとんどなく、午後3時半前には到着。
 病室へ出向くと、だいぶ血色をとりもどした妻がいた。
 しかし、話を聞くと、深夜、貧血になり二度意識を失ったので、輸血をしたそうだ。新たな心配事が増えたことになるが、失血は差し迫った危機なのでしかたがない。
 ベッドサイドで話をしているうちに妻が寝入ったので、横で原稿書き。
 本日も順調に帰宅。
 病院通いで、せっかく朝型になったんだけど、原稿がはかどらないので、すぐに夜型になっちまったい。
 午後11時半、眠気覚ましに、公園で運動。雨が降ってきたけど、それはそれで気持ちいい。

サイボーグな妻

 午前5時起床。
 とりあえずシャワーで目を覚ます。
 日東のティーバッグのダージリン。ケロッグコーンフロスト。
 妻から依頼された持ち物リストを確認しながら、ノートパソコンのバッテリーの予備をもって家を出る。
 ふだん1時間半ぐらいかかる道程が、なんと40分ほどで北里大学病院到着。いつもこのくらいなら楽なんだけど。
 駐車場で7時まで時間をつぶして病棟へ。
 点滴のスタンドにつながれたすっかり病人の風貌の妻は、麻酔を効きやすくするクスリの投薬でだんだんとろんとしてきている。
 Coleman のチェアはやっぱりいい。簡単に畳めるし。家でも使いたいくらいに座り心地がいいのだ。
 そういや新婚の頃はお金がなかったので、キャンバスの折りたたみ式の椅子と、脚をバッテンに折りたたむ生成の木製のテーブルが我が家の中心家具だった。そう相模原のNECに勤めていた頃だ。
 いま思ってもほんとに給料安かったなあ。 (笑)
 午前8時、妻、ストレッチャーで運ばれていく。
「じゃあ、またあとで」
 午前11時30分。
 執刀医から手術結果の説明。
 整形外科的には万事うまくいったもよう。
 両股関節が人工関節になっているレントゲン写真はなかなかサイバーな感じ。
 が、手術室からなかなかでてこない。
 おいおい、もしかして、麻酔が覚めないのではないか、などなど、いろいろ不安がよぎる。手術中は原稿書いていたのだけれど、だんだん気が気ではなくなってくる。
 午後2時、ストレッチャーに載せられてやっと病室に帰ってきた。意識もしっかりしている。
 しかし、スパゲッティ状態なので、配線のツナギ替えやらなんやらで、僕が病室に入って話しができるようになったのは午後3時になってから。
 まあ、まだ出血は続いているので、今後、輸血のリスクが生じたり、持病への負荷がどう反応するか、など不明な点はたくさんあるけれど、いまのところ順調ということで。

古巣の病院、古巣の工場、夕立の岩風呂

 眠い。
 が、午前8時起床。睡眠時間4時間に少し足らないか。
 本日より妻入院のため、車で相模原の北里病院へ向かう。
 ガラ空きか、メチャ混みか、どちらかだと思っていたらガラ空きの方だった。
 運よくスイスイと受付時間よりも早く着いたので、病院地下のベーカリーカフェにて朝食。黒糖パンの玉子サンドとカボチャのスープ、そして、少し生野菜、コーヒーで、550円。
 受付が済むと病室へ案内される。
 6人部屋なら健康保険で全額カバーされるが、とりあえず空いていないからと4人部屋。いわゆる差額ベッドというやつ。「とりあえず空いてない」というのは、まあ病院経営上の常套手段だけど、病院の経営というのも楽ではないのはよく知っているので、このあたりは暗黙の了解みたいなものだ。
 こういうことをしなくてもいいようにもっと制度そのものが調整整備されているのが本当だと思うけれど。制度が緩すぎると病院が経営努力をしなくなるから、そのあたりの最適化がむずかしい。
 本人は、昼の間も散発的にいろいろあるようだが、付き添い家族のこちらは、夕方5時か6時に行われる手術医からの説明まで用無し。
 病院のロビーのソファーでは疲れるばかりなので、近くのスーパー銭湯を探す。
 携帯で検索するとさいわい車で15分のところにあるらしい。
 イマイチ場所がよくわからないままに走っていると、予想通り道路脇に案内看板がみつかる。どうやらタオルを借りるなら200円払って会員になったほうが得だったらしいのだが、自動販売機で券を買ったあとにわかっても後の祭り。
 こういうところで客に損をした気分にさせるのは、サービス業としては下手なやりかただと思う。24時間営業ではないので、仮眠をとるにはいまいちのところでもあったけれど、居場所のない身の上故、まあいっか。
 あれこれ、ちょっと情けない気持ちで迷いながら入ったところだったが、露天風呂にいるうちにざぁっと夕立が来て、雨に打たれながら岩風呂に入っていたら徐々に幸せになってきた。人間、単純なものである。
 岩風呂のすぐ脇に4人ほど大の字になって眠れる場所があり、そこで50分ほどうとうとしたら睡眠不足もわずかばかり回復。
 風呂上がりは、腰に手を当ててフルーツ牛乳(120円)を飲む。
 少し原稿を書くが、銭湯ではしゃぎ気味の年配の人たちの声が騒がしくてちょっとムリ。
 というわけで、久しぶりの相模原なので、車で30分ほどのNEC相模原工場まで行ってみた。半導体技術者だった頃、ここには7年くらい通っていた。
 世田谷からここまで、朝6時頃家を出て行って、終電で帰ってくる毎日だった。風呂屋が空いている時間に帰って来られないので、昼休み、会社の運動場の更衣室でシャワーを浴びていた。3食、社員食堂で食べていた。
 あのころの日本企業の技術者はそうやって世界一を保っていたのだ。
 午後5時、明日の手術について、医師からの説明、一時間弱。
 何事もなければルーティンの手術で左股関節が人工のものに置きかえられるわけだけれど、命を落とす可能性も、重大な感染症にかかる可能性も、二度と目を覚まさない可能性も、重大な後遺症が残る可能性も、それぞれに可能性としてはあるわけだ。
 何十億年をかけて地球が、神様が、つくった人間という動物の関節を、この三〇年くらいの人間の技で人工物に置きかえるのだから、神様に味方についてもらうしかない。
 十五年前に同じ病院で人工関節にした右股関節は、目立った痛みもなく非常に経過良好だとレントゲンを見て医師が言う。
 左股関節もうまくいきますように。それよりなにより、いざとなったら足なんて治らなくてもいいから重大なことになりませんように。
 病院のロビーのソファは眠るにも仕事をするにも具合が悪いので、帰り道、Sports Authority へ立ち寄って、Coleman の折りたたみ式チェア(1999円)を買う。これで病院での待ち時間が有効に使える。これ下手な豪華家具よりもよっぽど座り心地がよいのです。
 明日は朝六時半に家を出なくてはならないので、早めに寝る。
 ほとんど原稿進まず。まあ、そういう日もあるさ。