月別: 2010年11月

APEC警備体制を調査取材

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 APECも首脳会議の日程に入る。
 みなとみらいのセキュリティレベルがさらに上がって、町中が映画の中にいるみたいだ。
 
 出勤の前に、警備体制について取材。
 警察官の配置とか、兵站はどうなっているか、とか。
 桜木町からランドマークにかけては、制服だけでなく、私服警官もものすごい数で配置されている。
 JR桜木町駅改札外にとりわけたくさん私服警官がいたので、しばし観察。
 持ち物とか服装に私服警官は私服警官の特徴があるので、基本的にすぐわかるのだけれど、どちらかわからない人物を中心に観察する。
 目的があってそこにいる警察官は視線の配り方でやがてわかってくる。
 かくて、しばらくの間にあたりに立っている人のうち、誰が警官で誰がそうでないか、明確に色分けができていく。
 なんと、その結果、30人ほど立っている中で、私服警官でないのはほんの数人だった。
 私服警官の持ち物や衣服の特徴、動作の特徴、フォーメーションの組み方、などなど、小説家的ディテールについて大きな収穫があった。
 ただし、防犯上の配慮から、ここには書かない。
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レストラン・スパルタ

 APECのため、今日からしばらく、みなとみらいから仕事場へ向かうバスがない。
 というわけで、しかたなく徒歩で出勤。
 早足だと25分くらいのところ、本日は40分。
 まあ、それでも普通の速度だと思うけど。3km近くあるので。
 午前11時より、新作落語プロジェクトの簡単な打合せ。
 昼食はカロリー控えめ回転寿司。(900円)
 午後9時前、仕事を切り上げて妻と友人が集まっているところへ合流。
 黄金町から吉田町まで徒歩20分。
 日本で最古のギリシャレストラン「スパルタ」。
 もともとは曙町の鎌倉街道沿いにあった。(いま、そこは風俗店がずらりと並んでいる)
 その後、蓬莱町に移り、最近になって伊勢佐木町(正確には吉田町)に移ってきているのを偶然に知った。
 そのことを妻に話したら、さっそく会食に使っている、というわけ。
 スパルタのご主人とは野毛にある別の飲み屋での知り合い。
 昨年は結婚記念日に蓬莱町の店に行った。
 日々、体力がもどって来ている感じで、昨夜よりも調子がいい。
 子供の成長みたいな状態だ。

バル・エスパニォール

 バスで黄金町へ出勤。
 バスだと片道500歩しか歩かないんだよなあ。
「いま桜木町にいるのですが」
 と、午後4時に突然やって来たのは徳間の営業企画のKさん。
「D列車でいこう」のプロモーション計画のアップデート。
 夕方は会食があって関内へ。
 途中、リロケーションしたらしいレストラン「スパルタ」発見。
 カサ・デ・フジモリがやっているスペイン・バルで、ワインとシェリーでタパスをつっつく。
 思いの外、美味しい。
 いや、スペインを旅行したとき、あまり美味しいものが食べられなかったので、スペイン料理が美味しいというイメージがないのだ。
 生まれていちばんまずいパエージャを食べたのもスペインでのことだった。
 沖縄料理店へ移動してビール。
「沖縄ダイニング うちなぁ家」
 骨折の痛みが増すようなことはないが、酒を飲み慣れていないのと、体力のマージンがないところを歩いたせいか、ふわふわしてしまって体調不良。

スタジオへ出勤

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 3日に骨折して以来、スタジオ初出勤。
 徒歩で出勤する自信がないのでバスで。
 APECでバス停が移動して、個人的にはかえって便利になっている。
 山形県警の警察官が二人乗車していて、桜木町に着いたところで下車。
 いったんオフィスに出てしまうと、椅子がアーロンチェアなので自宅にいるよりかえって楽なくらい。
 バスのあるうちに帰宅。
 桜木町から先の乗客は僕一人なので、警官に密着されてなんとなくプレッシャー。

芸の肥やし

 先日来、肋骨骨折で不自由かつ痛い思いをしている。
 咳や笑いが激痛をもたらすので一番辛い。
 痰が喉にからんで苦しいとき、ふつうなら大きく咳をして喉から剥離させたりするわけだけれど、そんなことをしたら床に倒れ込んでのたうち回ってしばらく動けなくなるだろう。
 であるけれど、その不自由さも、痛さも、不自由さの中で細かな工夫でわずかな自由を獲得していく創意工夫も、すべてが新鮮で楽しくもある。
 ようするに、すべては小説を書くのに必ず役に立つ。芸の肥やしなのだ。
 小説家というのは得な職業だ。
 某有名作家が「拉致されてみたい」といって顰蹙を買ったということがあったらしいけど、その気持ちはとてもよくわかる。
 僕だって、(あくまで最後に助かるという条件つきだけど)乗っている飛行機がハイジャックされたり、タリバンに誘拐されたり、そんなことを心の奥底で望んでいたりする。
 こう公言することで、けしからんという人がいるかもしれない。
 しかし、実際、そう思っているという真実は動かすことができない。
 公言しなくても、僕はそう思っているようなけしからん人間なので、どうせなら公言してしまう。
 そんなわけで、平穏な生活よりもピンチに遭遇することを歓迎している。
 ちょうどいま、横浜みなとみらいはAPECのおかげで戒厳令の町になっていて、はなはだ迷惑かつ不便なのだけれど、やはり、そういう非日常は大好きなのである。
 子供の頃、台風が来るとワクワクしたあなた!
 もしかしたら、あなたは小説家に向いているかもしれませんよ。

寝る子になって身体を育てる

 午前9時より午後2時まで、マンション管理組合理事会
 前夜の睡眠時間が4時間だったこともあり、身体が痛いこともあって、家に戻ってきてから、ソファで仮眠。
「寝る子は育つ」というのは科学的に正しくて、脳は短い時間で休息をとれるのだけど、肉体が回復するには長い睡眠が必要なのだそうだ。
 またストレスがあると回復が遅くなるので、なるべく緩やかな気分でいることも必要。
 あ、小説を書かないことのいいわけに見えるかな。(笑)

病院

 というわけで、一夜明けて病院へ行きました。
 肋骨が折れていました。
 生まれて初めての骨折!
 なんかうれしい。(痛いけど)

箱根越えサバイバル

 問題は二つ。
 僕の身体がどのくらい保つか。
 車がどのくらい保つか。
 さらにいうなら、このオートバイがどのくらいの速度までなら安全に走ることができるか。
 ギアが5/6速しか使えないからクラッチの耐久テストになる。
 少なくともヘッドライトとメーター類がついているステーが曲がっている。
 それだけではなく、フロントフォークだって曲がって狂っている可能性がある。
 もしそうならば高速走行は危険だ。
 しかし高速走行ならクラッチはつなぎっぱなしでいい。
 御殿場ICに着くまでに判断しなくてはならない。
 ところが渋滞しているから、速度が出せない。
 高速で走ったときの問題は洗い出せない。
 反対車線を逆向きに走れば走行テストはできるが、御殿場から遠くなる。
 こんどは、その間のクラッチと僕の身体の耐久性が問題になる。
 判断がつかないうちに御殿場ICまで来た。
 すでにクラッチレバーを握っていたグリップはかなり疲れている。
 結局、最悪の事態を避けるリスク判断として、一般道を走ることにした。
 二度目のコース変更。
 小田原まで38Km、ただしその道は箱根越えになる。
 半クラッチと5/6速で登れそうになければ、方針を変えよう。
 小田原まで行けば、このバイクをメンテナンスしてくれたKすけさんがいる。
 祝日の遅い午後、休みなのに申し訳ないけれど、少しでも早く誰かを頼りたい気分だった。
 電話をかけて、むりやり持ち込みを告げる。
 そうと決まれば、つぎは僕とオートバイの耐久性の問題。
 一路、小田原へ向けて箱根の山を登り始めた。
 速度が出ていれば5速でもときどき半クラッチをつかって登っていける。
 ところが渋滞しているから、何度も何度もストップ&ゴーの状況だ。
 クラッチを握る僕の左手と、バイクのクラッチの耐久テスト。
 下り始めると、今度は5速でエンジンブレーキが効かないから、右手のグリップとディスクブレーキの耐久テスト。
 下りでも止まってしまうと、クラッチを握り続けなければならない。
 なんどかエンジンを切って左手を休ませながら、渋滞した箱根の山道で小田原を目指す。
 寒い。
 こんな時刻に箱根にいる予定ではなかった。
 暖かい時間帯に千葉へ行ってとっくに仕事場に出ている時間なのだ。
 疲れている。
 この6時間で食事を摂った30分しか休んでいない。
 しかし、時間が経てば痛みが増していくことも、気温が下がることもわかっている。
 どんどん暗くなる。
 ひとりタイムリミット・サスペンス状態だ。
 午後6時前、転倒から2時間半後、橋まで迎えに出てくれていたKすけさんの顔が見えた。
 ガレージの敷地にバイクを停めた。
 オートバイに貼りついていた自分の身体を丁寧に剥がすようにして地面に降りた。
 あらゆる動作で激痛が走った。
 倒れても大丈夫な場所まで辿りついていた。
 でも身体をまっすぐに立っている以外の動作に移ると激痛がくるので、座る気にもなれない。
 ガレージの中に自分の力でバイクを入れる体力と気力がない。
 Kすけさんが入れてくれた。
「小田原駅でいいですか。それともご自宅まで送りましょうか」
「すみません。小田原駅でいいです」
 身体をかがめて車の助手席に座る動作に、痛みに耐えながら10秒以上かかる。
 身体を捻ることができないので、シートベルトを探せない。
 小田原駅に到着。
 再び苦痛に顔を歪めながら助手席から降りる。
「お休みのところ、ご家族にもご迷惑かけてすみません」
 謝りながら、送ってもらった車を見送った。
「ケガをしている。小田原から帰る」
 蛍光灯の光の明るい駅で、家に電話した。
 駅のホームへ降りる階段は、老人のように手すりに掴まりながら一段ずつ両足だ。
 一歩一歩の衝撃が上半身の痛みになる。
 東海道線上り列車は空いていた。
 横浜につくまでにだんだんと混雑してきた。
 擦り傷だらけで穴の空いたミリタリージャケットを来た僕の両側だけ、だれも座らずにずっと空いていた。
 よっぽど険しい顔をしていたのだと思う。
確認できた損傷
【身体】
 肋骨3本骨折。左鎖骨捻挫。右手首捻挫(軽度) 左膝捻挫(ほんの少しだけ)。
 左膝擦過傷。左肘擦過傷。
 13回のX線被爆。
 初回の医療費 7000円
【物的損害】
 ヘルメット 衝撃を受けたので廃棄 買い直し
 ジャケット 6990円 着用一日目 ちくしょう! 廃棄
  (口惜しいから通販ですぐに同じものを注文した)
 ヒートテックの下着 上下 それぞれ穴
 トレーナー 穴
  (上記3点は糸でかがって修繕済み)
 Gパン 穴
  (ファッションアイテムとしてそのまま履く (笑))
 靴 擦り傷多数
 オートバイ修理 金額未定
   24年前のバイクなので、オリジナルの部品は、
   メーカーから入手できないかもしれない。

御殿場アクシデント

道の駅「どうし」を出ても道は順調で、ほどなく山中湖村平野に出た。
「テニスしに来たのはここだったかなあ」
 などと、なんとなく記憶にある景色を通り抜ける。
 大学生の時も、NECの社員の時も、ASCIIの社員の時も、このあたりにテニスをしに来た。
 いい天気だけど、たくさんあるテニスコートに人影はなかった。
 観光地に来るのが目的ではない。
 オートバイで走るのが目的だ。
 なので、湖水が見えても特に湖畔に降りるわけでもなく、一路、僕は御殿場を目指していた。
 思ったよりも気温が低かった。
 Gパンの下にユニクロのヒートテック下着は着ているのだが、膝までのもの。
 冷えてきたのか、左側、ギアシフトをする方の足の外側の筋肉になんとなく違和感を感じ始めた。ひくひく痙攣を起こす前兆のような感じ。
 そんななか138号線は御殿場に向けて渋滞し始めた。
 ストップ&ゴーが続くなかで少し流れ始めた矢先のこと。
 目の前に乗用車の後部が迫っていた。
 どうやら、僕は一瞬、よそ見をしていたのだ。
 ぐんぐん迫ってくるなかをフルブレーキング。
 時速2-30Kmほどの速度だったはずだが、オートバイは大きく前のめりにダイブして、一瞬、後輪のグリップを失い、それが回復した瞬間、オートバイと僕の身体は左肩を下にして路面にあった。
 スピードを出していたわけではない。カーブでもない。どう考えても転ぶようなシチュエーションじゃないから、心に準備はまったくできていなかった。
 背中にいままで感じたことのない痛みを感じた。
 けれど、そんなにひどい状態ではないと思った。
 路面とオートバイとに挟まれた左足に激痛があるわけではない。
 頭はヘルメットに守られてなんともない。
 たいしたことはないと思った。
 けれど、しばらく動けなかった。
 後ろにいたオフロードバイクの人が助けに来てくれ、道路を塞いでいる僕のバイクを起こして、道の端まで動かしてくれている間も、僕はアスファルトに横たわっていた。
 バイクがなくなった路面で転がっている自分の姿を天から見ている自分がいて、早く立ち上がらなければ、と僕は起きあがった。
 立てた。
 足は大丈夫。
 いろいろなところが痛いことは痛い。
 しかし、致命的なことはなさそうだ。
「大丈夫ですか」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「足、ひねっていませんか?」
 そういわれて僕は膝の曲げ伸ばしをしてみた。すり傷が痛むが関節痛はあまりない。
「少し休めば大丈夫みたいです。ありがとうございました」
 僕のバイクがどいた道路はふつうのトラフィックに戻っていて、僕はそれを呆然と見送っていた。
 車が通りすぎる隙間から、割れてしまった、僕のバイクのオレンジ色のウィンカーの破片が見えた。
 昨日買ったばかりのユニクロのジャケットの腕に穴があいていたのが悔やまれた。
 膝がズキズキするけど、これはすり傷だからまあいい、と思った。
 肩と脇腹と背中と胸が痛くて、もし、このバイクがまた倒れたら自分では起こせないと思った。だが、幸いいま、バイクは立っている。
 ブレーキもクラッチも、レバーは折れていない。
 エンジンはかかるだろうか。
 セルを回すとわずかな不安の時間の後、エンジンが回り始めた。
 よかった。
 ギアはどうだ。
 ニュートラルが出ない。ニュートラルランプが点かないだけでなく、ギアがそこまで下がらない。
 とにかく跨って、クラッチをつないでみた。
 トルクがない。
 それでも7千回転くらいでつないでやると走り出した。
 すぐにつなぐとエンストするので、またクラッチを切る。
 ある程度の速度が出ればなんとか走れる。
 どうやらこのギアのよりも下には入らない。足で探りながら上を調べると一段しかシフトアップできない。
(交通の流れが悪いので、それを調べるのにも結構時間がかかった)
 つまり、5速と6速しか使えないらしい。
 さらには、ニュートラルが出ないので、停まっている間中、クラッチレバーを握っていなければならない。
 渋滞していなければ問題にならないけれど、道路は混んでいた。
 しかし、なんとかしかるべきところまで走っていくしかない。
(つづく)

オートバイでちょいと遠回り

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 マンションにオートバイの駐車場が不足していて駐めることができない。
 そこで仕方なく外部に駐車場を借りている。
 それがAPECの警備の都合で移動を余儀なくさせられた。
 実は雨さえ降らなければ僕にとってこれは好都合。
 何故かというと、移動させられた行き先の方が、家から近いのだ。
 暑さも去り、バイクにはちょうどいい季節だから、どんどん乗ろう、と思うわけだ。
 そんなわけで、黄金町まで少し遠回りして出勤しようとオートバイに跨り、みなとみらいから首都高に入った。目的地は千葉だ。
 いや、その瞬間まで目的地は千葉になるはずだった。
〈大黒-東扇島 事故通行止め〉
 なんてこったい。
 ここが通行止めでは、千葉へ向かうアクアラインに入ることができない。
 というわけで、急遽、目的地を変更して、東名高速方面を目指すことにした。
 しかし、そもそも千葉方面にしたのは御殿場インターチェンジ手前が渋滞しているという情報があったから。
 ならば、というわけで、国道16号をそのまま北上して、相模原から道志を通って山中湖に抜けるルートを行くことに。
 交通は順調で、気持ちよく走り、道の駅「どうし」で休憩。
 いやあ、バイクがたくさんいる。
 NEC相模原事業場に勤めているころ、山中湖にテニス合宿なんかに行っていた時分には、よく通った道だ。
 当時は未舗装路もあったりしたけど、いまは完全舗装。
 道志村というと寒村のイメージなのだけど、道の駅の食堂のメニューはけっこういい感じにオシャレ。
 売り切れていたけどポトフなんかもあるのだ。
(田舎のオシャレは勘違いが多いけど、ここのは趣味がいい)
 というわけで、盛りつけも素敵なでっかい野菜入りカレーで、朝昼兼用。
 腹ごしらえもできたところで、山中湖まで残り38Km。
 そのまま、山中湖へ出て、あとは御殿場ICから東名高速でさらっと横浜へ戻る。
 というつもりで走っていたのだが……。
 このあと、第二のルート変更。
 意外なドラマが待っていた。
(つづく)
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