日: 2006年7月27日

北里大学病院

 午前9時過ぎ、家を出て相模原の北里大学病院へ。
 8月中旬に妻が足の手術をするので、そのための貯血。つまり、他人の血を輸血することにともなうさまざまなリスクを回避するために自分の血液をあらかじめ抜き取って保存しておくのだ。
 午前中は内科のチェック(別の病院にかかっている持病に関連するデータなどを、外科手術を行う北里病院内の内科医に対して事前に情報提供しておく)。
 昼食をはさんで、午後一番に血液の採取。400mlずつ2回、合計800mlの血液を手術に先だって抜いておく、その第一回目だ。
 ふだん、妻は自分で運転してどこへでも行くのだけれど、血液を採取した場合、目眩など運転に支障をきたす場合があるので、運転しないようにと注意があり、それで帰路の運転手としていっしょにいったわけだ。
 妻は北里病院にはすでに3回入院して手術しているので、見舞いに行っているこちらも、久しぶりに行くとなんとなく懐かしい。
 もともと病院というのはほとんどが待ち時間の上、付き添いのこちらはすべてが待ち時間。資料本を1冊読み終わり、パソコンで原稿を書き、さらには病院(=大学)構内の有隣堂で医学書の立ち読み。
 有隣堂のこの店舗はほとんどが医学の教科書や専門書なので、ジュンク堂にいるような楽しさがある。精神医学や整形外科学関連で買いたい本が何冊かあったが、どれも6000円以上して高価なので、とりあえず立ち読み。
 大学で理科系の勉強をした最大のメリットは、どんな専門分野の本であっても、読めば書いてあることが理解できるということ。(ただし、一部の数学や理論物理学の論文などは例外)
 小説家を目指す人は理科系の大学へ進むべきだと思う。将来小説を書きたい人が文学部なんて行くのは百害あって一利なし。自由なタイミングで大学の外で独学ができる分野で、かつ、直接職業にも結びつかない学問は、必ずしも「大学で」学ぶ必要はない。
 小説を書くために重要なものは、文章の書き方でも、文学史の知識でもなく、社会や人間を見る眼差し。だから小説を書きたい人が文学部に行くのは実は遠回りだ。
 病院での待ち時間がいくつかの理由で長くなったせいで、帰り道の道路が混み始め、帰宅時刻が予定よりも1時間半ほど遅くなる。
 午後6時の別件の待ち合わせに15分ほど遅刻。野毛の「萬里」で食事をしながら打合せ。桜木町からJRで帰宅。