月別: 2006年8月

深夜の公園

 執筆の合間、ちょっと集中力がなくなったので、深夜1時過ぎ、近所の公園へ。
 ストレッチ、シャドウピッチング、シャドウボクシング、合気道の型、エアロビクス、がぶり寄り、応援団のリーダー、などなど身体と話しをしながら思いつく限りのいろいろな動きを。
 ふだんの公園では人目があって、意外にやりにくい動きもあるんですね。
 だって、おっさんのエアロビなんて気持ち悪いし、学ラン着ないで「ふるぇ~ふるぇ~わぁせぇだぁ」みたいなことやっているのはヘンだし。
 少し離れたところに、自転車で来ているおっさんがひとりいるのはわかっていましたけれど。
 で、そのおっさん、ベンチを立って少し近づいてくるからこっちに来るのかと思って少し構えたら、ウッドデッキから海に向かって用を足し始めました。
 深夜の公園で、なんとも無防備な。
(そこで後ろからナイフでさされると、「太陽に吠えろ」のマカロニ刑事です)
 こんど太極拳を習って、深夜のレパートリーに入れたいと思います。

歯医者・牛丼・雨宿り

 3時間睡眠で朝食も摂らず、久方ぶりに狛江の矯正歯科へ。定期的なチェック。
 診療が終わって外へ出ると、空があやしい。遠くで雷も鳴っている。
 離れたところで食事をするとヤバイと思って、改札口の向かいの松屋で牛丼(350円)。
 案の定、食べ終わった頃には豪雨。あわてて駅まで走る。
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 横浜駅に戻ってもあいかわらず。
 しかも土曜日なので飲食店はどこも行列ができるほどの混雑でゆっくり原稿書きなどできない。
 しかたなく、そごう10階のエレベータ前のソファで原稿書き。
 ほんとうは早く帰宅して少し眠りたかったんだけれど。
 写真は、向かいのソファでやはり雨宿りをしているらしいカップル。(おそらく夫婦)

“The Cats of Mirikitani”

 友人の紹介により、お茶の水で、トライベッカ映画祭観客賞の “The Cats of Mirikitani”の内輪の試写会にお邪魔する。
 ニューヨークのホームレスで日系アメリカ人の画家 Jimmy Mirikitani を追いかけたドキュメンタリー映画。
 戦争中、敵性外国人収容所 Internment Camp に収容された Jimmy と、この映画の監督である Linda Hattendorf の心の交流と、Jimmy から溢れ出る、歴史と人間性が淡々と伝えられる秀作。
 広島の原爆で身内を失い、収容所でも家族や友人を失った Jimmy は、ニューヨークの街頭で画を描いて売っているホームレスだった。
 9.11のテロをきっかけに、彼は Linda の家に居候する。
 Lindaは彼のパスポートを復活させ、Social Security の援助を受けさせようとするが、ひょうひょうと生きている彼は、はじめのうちそれを拒む。
 しかし、彼女が生き別れになっていた姉を見つけ出して電話口で話しをさせるなど、彼との静かな交流を通じて、社会/国との書類上の接点をも再生させ、福祉アパートに住まわせるようにうながしていく。
 その過程で、Jimmy Mirikitani の魅力がスクリーンのこちらにも伝わってくる。
「10時半には帰ってくると行ったのに帰りが遅いから心配したじゃないか」
 と、Jimmy が娘を心配する父親のように Linda に向かって怒る場面が出色。
 この種のドキュメンタリーをもし日本のテレビ局がつくったなら、感情を押しつけ価値観を押しつけるナレーションがたくさん入ってしまうだろう。だけれど、このフィルムでは、登場する人物の会話だけで語られている。
 たとえば、生き別れの姉と再会したというのに、そのシーンは本編には登場せず、ラストのスタッフロールの背景に出てくるだけなのだ。日本のテレビなら、これぞハイライトシーンという「感動の再会」としてベタベタに語られるにちがいない。
 当然、監督 Linda は彼を撮影し始めたときに、彼女なりの「予感」あるいは「予断」を抱いていたはずだ。
 が、彼と真摯につきあううちに、Jimmy をきちんと自分の目で再発見し、新たに見つけた彼の魅力を忌憚なく映像に捉えていっている。
 彼の背後にある、日米の歴史はあくまでも彼の言葉に留まり、監督によって過度にブーストされることもない。
 つまり、被写体とカメラがきわめてフェアな1対1の関係を築いている。
 Jimmy の言葉をどう受け止めるかは、スクリーンのこちら側にいる我々に委ねられている。
 スそれゆえに、思想や知識ではなく、自然な共感が生まれてくる。
 無駄のない74分だ。
(おそらく、編集で、何をとり、何を捨てるか、大きな選択をたくさんしただろうし、すごく苦しんだのではないかと思う)
 きわめて個人的な収穫についても併せて書いておく。
 すでに書き上げた日系アメリカ人女性ジャーナリストを主人公として、ペルーを舞台にした小説(未刊)で、日系ペルー人の来歴を調べた際、テキサス州にある Crystal City という収容所に行き当たった。その場所は少し特殊なのだが、このフィルムでも少しだけ触れられている。
 また、新宿のホームレス、サンフランシスコのダウンタウンのホームレス、を扱った短編も書いたことがある。
 ホームレスと、日系外国人、というライフワークの予感のある分野をもっている阿川としては、偶然のこととはいえ、資料的にも大きな収穫があった。
 試写終了後、軽いレセプションがあり、この映画の Co-Producer である Masa さんと話しをすることもできた。
 会場を辞去した後は、もうひとつのライフワーク「沖縄」にちなんだわけではないが、御茶ノ水駅近くの沖縄料理店で食事をして帰宅。
 久しぶりに飲んだ「菊の露」(泡盛)がなつかしい味。
              阿川大樹の新刊『D列車でいこう』は こちら

インテリアと体操

 午前5時半就寝、午前9時過ぎ起床。
 10時半から13時まで、インテリアコーディネーターに話を聞く。
 そごうの紀伊國屋に立ち寄って『覇権の標的』が並んでいることを確認しつつ、芥川賞全文掲載の「文藝春秋」と、友人が登場している「沖縄スタイル」を購入。
 安倍晋三の新書も目次を見たら面白そうだったけれど、読むヒマがないのでとりあえず買わずにおく。
 徒歩で、新高島までいって、Blenz Coffee で「沖縄スタイル」を読み、原稿を書きはじめたら、まもなく眠くなったので、徒歩にて帰宅。
 暑いなかを歩いたら、すっかり眠気は覚めてしまった。
 夕方、スーパーへ買い物に出る。
 ご飯が炊けるまでの間、公園でストレッチ、シャドウピッチング、シャドウボクシング、そして、サッカーのドリブルの練習。
(リフティングは下手なので、人がいるとところでは練習しないのだ。わはは)
 本日の夕食は、マグロの刺身。閉店間際に780円のサクが370円になっていたので。
 あとは、もやしのXO醤炒め。ちぎりキュウリの生姜漬け(みりん、酢、醤油、キザミ生姜)。ひじきの煮付け。
 夜はもちろん小説。予定よりも遅れ気味。まずい。

カーテンと小説

 本日も小説の日。
 妻が突然家中のカーテンを洗濯し始めたので、洗濯が1バッチおわるごとに、ときどきカーテンを外したり付けたりを手伝う。
 夕方、暗くなってから、公園へ出て、ストレッチとシャドウボクシングとシャドウピッチング(81球)。

歯医者再び

 近所の歯医者、二回目。
 上の歯の掃除。え? 超音波スケーラーの後、マニュアルで歯石取らないの?
 下北沢の歯科で、すごい歯石取りをするカリスマ衛生士(と僕が勝手に呼んでいる)に出会ってしまったので、目が肥えてしまって、ぜんぜん物足りないぞ。(笑)
 その他は、地味に原稿書き。
 少しペース上がってくる予兆。

マーベラスな夕焼け

 ふと家の窓から外を見たら、すごい景色に出会った。
 あわてて、カメラをとりだした。
 Canon EOS 20D / EF-S 10-22mm
  
 (クリックすると大きいサイズで見ることができます)

久々の新宿

 午後遅くから久々に新宿へ。
 なじみの和食屋さんで夕食を摂ろうと思ったらお休み。
 西武新宿ちかくの「中国菜館」(台湾家庭料理)で生ビール飲みながらお腹いっぱいに食べて、ひとりあたり1758円。安い!
 店を出た後は、同行者の発案でコマ劇場前のハーゲンダッツでアイスクリーム。
「ええ? アイスクリームかよ」
 と一瞬思ったんだけど、久々のマカデミアナッツのアイスクリームがすごく美味しかった。
 人とかかわると自分ひとりでは絶対に、しない、できない、ことを、するりと簡単にできてしまうことがあり、そこから意外な成果や喜びがあったりする。人間っていいよね。
 最後は、ゴールデン街のいつもの店で飲み、終電で帰宅。

これぞ夏!

 夏らしい晴天。
 ヨットハーバーに着くなり、「暑いね」が挨拶代わり。
 それでも海に出れば、さわやかな風。
 昼は、八景島マリーナにつけて、くつろぐ僚艇にまじって昼食。
 帰りは十分な追い風で快走。
 夏は暑すぎて、長時間野外にいるヨットには厳しいシーズンなのだけれど、まあ、6月7月が日曜というと雨ばかりだったので、1日ぐらいは夏らしい日にヨットに乗るのもいい。

中川陽介監督作品3本

 沖縄取材の代わり、という感じで、沖縄の映画ばかり作っている中川陽介監督の作品を3つ続けてみた。
「青い魚」(1998)
「Departure」(2000)
「Fire!」(2002)
 カメラを固定して長回しをする。タイプとしてはあまり好みじゃない鈴木清順みたいな映画。でも、鈴木清順が「画をつくっている」とすると、中川陽介は「目が貼りついている」感じがする。空気の中で見つけたフレームを「ほら、こんなのを見つけたよ」と切り取って見せようとしている。
 テンポも悪い。ひたすら淡々としている。 映画学校の卒業製作みたいな映画とでもいえばいいか。
 実際、井坂聡監督といっしょに見た日本映画学校の卒業製作作品にも、同じ雰囲気をもつものが結構あった。
 つまんない映画との共通点がこんなにたくさんあるのに、なんだか魅力的な映画たち。
 なんなんだろう、と思ったら、「切ない気持ち」をもつ自分を渇望するための映画のような気がしてきた。
 Fire! は渋谷で見ようと思っていたら先週で終わってしまって悔やんでいたところ、Gyao! で放映が始まったので、昨夜、すかさず見た。
 僕の好きなコザが舞台。
 知っている風景がたくさんあって懐かしかった。
 生まれても育っても住んでもいない町で、瞬間、その景色を見て懐かしいと思うのは、シリコンバレーと沖縄コザ。
 きっとシリコンバレーが第二の故郷で、コザが第三の故郷なんだと思う。
 そして、東京生まれで転勤族の家に育った僕には第一の故郷はない。