日: 2008年11月21日

12000円を辞退する人々

 年間所得が1800万円を越える世帯は2%に満たない。これは世帯で見た場合で、1800万円を越える世帯に属する家族にも子供や専業主婦など収入の低い人はいるわけだから、個人として1800万円を超える人は全人口の1%未満だ。人数にして、およそ100万人。
 麻生内閣が「交付金」として総額2兆円を「ばらまく」と言われているわけだけれど、その対象を所得1800万円未満であるとして、受け取る資格のない人の人数がこれにあたる。
 この人たち全員が受け取った場合と全員が受け取らない場合で、支払総額のちがいは100億円程度。
 一方で、行政がこの人たちをあらかじめ選り分けておくためのコストはどうやらわからないらしい。公務員400万人(国家公務員95万人+地方公務員304万人)を擁し世界に冠たるIT社会である日本で「年収1800万円以上の人はだあれ?」と選り分けるのがコンピュータの操作一発でできないというのも驚くような話だが、とにかくそれは簡単にはできないことのようだ。
 1800万円以上の収入がある人を行政の側が選り分けるのが議論を呼ぶほど大変なことならしかたない。「じゃあ、自主的に受け取りを辞退してもらいましょう」というのは次善の策としてリーズナブルだ。
 実行不可能なほど「大変な手間がかかる」というのがどのくらいのことかわからないが、400万人の公務員が1時間残業すればそれだけで100億円くらいはかかるわけなので、およそその程度かそれ以上のコストがかかるということなのだろう。
 つまり、大雑把な計算で、1800万円の高額所得者を選り分けるのに100億円がかかり、それを選り分けずに本人の意志で辞退してもらうことにしてだれも正直に辞退しなかった場合の支出が100億円だということだ。
 こうして比較してみると、同じ100億円の支出なら、手間がかからない方がいい。公務員にはもっと生産的な仕事をしてもらいたいわけだから、最大100億円節約するのに100億円以上のコストをかけるなんて、馬鹿げている。
「全員に案内を出して高額所得者には辞退してもらう」というやりかたは、コストから見てリーズナブルで生産的な方法である。
(行政に何兆円ものコンピュータシステムへの投資が為されているというのに、収入区分で国民を選り分けることすらできないことこそが問題だと思うけれど)
 ところで「高額所得者には自発的に受け取りを辞退してもらう」としたとき、メディアの論調は「辞退する人なんていない」かのような言い方なんだけど、果たしてそうなのだろうか。
 もし1800万円以上には受け取る資格がないと決められていて、自分から辞退してくださいといわれていた場合、僕に1800万円以上の収入があったとしたら、僕は迷わず辞退するけどなあ。
 ヨーロッパの鉄道に乗ると、改札に人がいなくて自動改札機もないのはごく当たり前だ。
 ズルをして無賃乗車をしようと思えばできる。(その代わり検札などでもし見つかればペナルティはけっこう大きい)
 ある程度無賃乗車を許すことで生じる遺失利益がどれくらいで、もし一人たりとも無賃乗車を見逃さないために、人を配置したり高価な自動改札機を設置するコストがどれくらいなのか、それらを比べて、簡素な無人改札を選ぶのがヨーロッパ。絶対に無賃乗車は許さないぞとガチガチにお金をかけてハイテクを駆使した自動改札機を装備する日本。
 もしみんながズルをして鉄道に収入がなくなって経営が立ちゆかなくなって鉄道がなくなってしまったら、困るのは自分たちだ。だから払える人は改札が無人でもちゃんと切符を買って電車に乗る。
 正直者は馬鹿を見ない。
 正直者には、鉄道を自分たちで支えているという自負がある。運賃を払ってそのことを喜べばよいのだ。
 税金だって自分がこの国を支えているのだと誇りを持って払えばいいのだし、払える収入があることを喜べばいい。1800万円の収入があるということはそれだけ人様の役に立ったということでもある。何もその誇りを捨ててまで、たかが12000円を受け取ることはない。
(別に収入のないひとが役立たずという意味ではないけど)
 ちなみに年収1800万円の人は日給5万円だから、2時間かけてわざわざ役所の窓口までいって12000円うけとっても、あまり得にならない。もっと収入の高い人は受け取りに行くと却って損をする。
 計算によるとビルゲイツが地面に落ちている50ドル札をひろうと、そのために使う時間の無駄の方が大きくなる。