日: 2006年12月18日

銀座のクラブ

 一件打合せを済ませて、推理作家協会ソフトボール同好会の忘年会へ。
 一次会の会場である銀座の居酒屋にて25名ほど。定刻に到着すると、まだ数名。某店のママ(着物)と従業員A(サンタクロース姿)もいる。
 会費6000円。居酒屋にしてはいいお値段だけど、まあ、社交ですから。
 10分ほどの間にほとんど揃い乾杯。発声は剛爺こと逢坂剛さん。
 喫煙席だとY氏とT書店M編集女史が近くになるとほぼ決まっている。周囲もほぼ編集者。
 あとはがやがやタダの飲み会。
 途中、成績発表と表彰。個人別成績表も配布される。僕は1日(3試合)しか出ていないので規定打席に達せず。10打数4安打の4割だけど、首位打者は8割打っているからこのまま4割でも中位だ。
 終了20分ほど前になって、対角線上を移動してA嬢がとなりにやってくる。いままであまり話をしたことがなかったのだけれど、来年から就職なのであと三日で店を卒業とのことで、「最後だからお店に来て」とじっと目を見て言われると断れない。(笑)
 銀座の街をサンタの格好をして居酒屋までやってきているわけだし。
 実は彼女は本当の意味でちゃんとした銀座の女ではない。気の配り方も全然なってない。まあ、けれど、そういう素のところがソフトボール仲間と考えれば悪くはないわけで、みんなに可愛がられている。
 で、僕を1名新規獲得すると、当然、他の常連さんたちをも軒並み押さえにかかる。なんと都合15名ほど獲得。打率6割。たいしたもんである。(残りはおそらく麻雀へ行ったと思われる)
 しかし彼女には痛い失策があった。
 いざ、一次会の店を出てそこから店に電話を入れると、3席しか空いていないというのだ。(つまり、プロとして、彼女はもっと早い時期に人数を押さえて、ママに電話して席を空けておいてもらうべきだった、ということだ)
 残念ながら、彼女の営業努力は、最後の詰めの甘さで、一転して3名獲得(打率1割少々)という残念な結果になった。
 銀座遊びのマナーとしては、営業努力には報いるべし、という不文律があり(ほんとか)、ジェントルマンである推理作家3人は、A嬢の店へ。
 僕を含めた残りは、漁夫の利を得た形のD店へ。
 超有名な料亭Kのあるビルの3Fのその店の扉をくぐると、こちらは客はだれもいなくて、女性たち7人ほどがみんなミニスカートのサンタクロース姿。おいおい、ここは銀座だ錦糸町じゃないんだ、と思わないでもないが(笑)、まあ、お祭りですから。
 女性たちもサンタ姿は今日が初日ということで、着慣れていなくて恥ずかしがっている。この店に来るのは初めてだが、ふだんから、そういう露出度の店ではないことだけは確か。
 さて、わいわい飲みながらも、取材に入ってしまうのは小説家の性。
 自然に、女性たちの働きぶり、気配りのようすなどの観察に入る。
 タバコをとって口にもっていくまでにちゃんと脇からライターが出てくるか、その動きがスムーズであるか、飲み物への気配り、話への割り込み方、テーブル全体のようすを把握できているか、入れ替わりのタイミング、新しく他の客がきたときの対応、席の外し方、トイレから出てきたときのおしぼりの出し方、など。個人プレーもチームプレーもどちらも重要。
 このD店の女性たちは完璧な銀座の女である。
 居酒屋の一次会に営業に来るという努力をしていたA嬢もカワイイしがんばっているけれど、ちょっとプロとして格が違う感じ。
(今週のミニスカサンタの衣装をのぞけば)D店はさすが銀座。
 飲み物は単なるウィスキーの水割りで、どうということのないオードブルしか出ないけれど、客はこの従業員のホスピタリティにお金を払うわけだ。
 もちろん、それぞれタイプはちがうがみんな美人だしスタイルもすばらしいけれど、それはある意味で最低限の資質であって、それだけで銀座の女にはなれない。
 ホテルオークラの接客もすばらしいけれど、やっぱり銀座のクラブもすばらしい。こういう「いい仕事」を見ていると、それだけでこちらも豊かな気持ちになる。
 だからといって、馬鹿話をして酒を飲んでいるだけなんだけどね。
 午後10時前、別の店の従業員であるさっきのA嬢が3名を連れてD店にやってくる。一応、3名はA嬢の顔を立てた上で、みなに合流というわけ。A嬢の方は、自分の店を中座してD店に「わたしがお客さんを連れてきた」という形をつくる。
 しばらく飲んでA嬢は店にもどる。
 午後10時過ぎ、K氏とY氏が先に帰る。
 まちがいなくA嬢の店へ行ったはず。あうんの呼吸である。(営業努力には報いるべし、「顔を立てる」という遊び方)
 この時点でA嬢の打率は2割に回復したはずだ。
 このあたりの不文律をみなが守って遊んでいるあたり、お茶の作法のようで感動的だ。銀座は客も一流でなくてはならない。
 さて、こちらは執筆追い込み中だから、電車のあるうちに帰らなくてはならない。こういうのを文字通り「野暮用」という。
 ここで問題は会計をどうすればいいのか。なにしろ、推理作家協会の会合から流れて銀座の店へ来たのは初めてなので、こちらは誰が金を出すしきたりになっているのか、このグループの不文律がわかっていない。
 だからといって「先に帰りますからいくらでしょうか」などと言ってその場で金のやりとりをするなんて野暮なことは、いやしくもこの店ではできない。
 思案の末、カウンターの方でM女史が従業員と話しているのを確認して、トイレに立ち、帰りにおしぼりを受け取りながら、彼女にそっと耳打ちして聞く。
「ここは出版社の方で割ってもちますから、そのかわり、お店の方にまたきてあげてください」
 これまた美しい答え。男前なべらんめえ女性編集者だがみごとだ。タダで飲んだ分を別の機会に改めて使えというわけだ。金は天下の回りもの。
(彼女は、お店に推理作家協会の会合の予定などを教えたりもしていて、その情報によって、ホテルであろうと居酒屋であろうと、協会のパーティには「銀座のおねえさん」たちがいつのまにか混じっているわけだ)
 さて、店には、K書店、T書店、B秋、K社、などが揃っている。心おきなく会計は確認できた不文律にまかせることにする。彼らが使った金の元を取りたければ、僕に執筆依頼をすればいいわけだ。(笑)
 ヨットに乗っていて、何も言わずともメンバーみんなが動いてスムーズに船が動いたときの快感はなにものにも代えがたいけれど、銀座遊びもそれにとてもにている。
 もう少し本が出ないと、自腹でたびたび銀座遊びをするというわけにはいかないけれど、今夜は「美しい日本の文化」に触れた夜だった。
 どっちにしても、接待とか奢りとか、他人の金で銀座で遊ぶということ自体、ほんとうは野暮なんだよな。遊びは自腹でするべきこと。