月別: 2007年7月

日本vsオーストラリア

 少し起床時刻が早くなって、正午すぎに起きる。
 
 明るいうちにプールへ行くのは久しぶりだ。ウォーキングですれちがうのは、年配のご婦人ばかりだったのだけど、プールのスタッフが妙に色っぽい人。
 で、何かの拍子につい見てしまうもんだから、何度も目が合ってしまう。僕に気があるわけではなくて、どうやらちゃんと全体の安全に目を配っている優秀なスタッフらしい。
 午後7時すぎからは、NHKBSでサッカー日本代表対オーストラリア。PK戦の末、日本の勝ち。
 久々にたっぷりしっかりサッカーを見た。
 長編のアイデアがなかなかまとまらない。

今日はオートバイ

 駐車場にオートバイを置いたまま3週間くらい経っている。たまに動かしてやらないとバッテリーも上がってしまうし。
 というわけで、GB250 Clubman の元へ。
 ちょうど、一回信号のところで上手く休むことができて、なんとかしゃがみ込まずに辿り着く。バイクに乗りに行くのに、駐めてあるところまで自転車で行きたい気分だよまったく。
 
 我がGBはいたって元気。軽やかに動き出し、ちょっとふさぎ気味の気分も晴れていく。前屈みだからこちらの身体もどこも痛まない。
 どこへ行くとも決めていなかったけれど、なんとなく走っているうちに、山下公園から本牧へ。
 あまり混んだ道もなくて、快適に簡単な気晴らしができた。
 リストア終了から3ヶ月ほどで、走行距離は350キロほど。中華街にあるセルフのスタンドでガソリンを入れてみる。燃費は27.3Km/Lだった。まあまあかな。ツーリングで遠出をすれば35Kmくらいまで伸びることもある。
 帰路、スーパーに立ち寄って少しだけ買い物。

ソニー iPod の周辺機器に本格参入

 ソニーが iPod の周辺機器に参入するらしい。
 平たくいえば、iPod が接続できるオーディオ機器を発売するということだ。
 ベータ、メモリースティック、ブルーレイ。
 ソニーの衰退は「自分の規格のユーザーへの押しつけ」の歴史によるものだった。
 新しいものを産み出すことと、それをユーザーに押しつけることはおなじじゃない。新しいものを産み出すことはリスペクトされることだけれど、ソニーは他のそういう人へのリスペクトがなかった。ユーザーへの親切心も持ち合わせていなかった。
 よいものを提供することで支持されようとするのではなく、囲い込むことで、ユーザーの自由を奪うことで、自分のポジションを作ろうとしていた。
 そんなソニーだったから、ユーザーが離れていったのだ。
 相互運用性、相互接続性、互換性、それらこそが時代に(つまりユーザーに)もっとも必要な、欠くことのできない「性能」なのだから。
 iPod のよさに対して、謙虚になれたことはソニーの大きな進歩だと思う。
 ウォークマンは、コンパクトカセットテープというオープンな規格の中で画期的な商品をだして成功したではないか。それがソニーだったのに、いつから独自規格の囲いこみに走る会社になってしまったのだ。
(多かれ少なかれニンテンドーの成功に影響されたのだと思うけれど)
 とにかくソニーがユーザー無視の囲い込み戦略から脱皮してきているのを喜びたいと思う。

歯医者

 近所の歯医者、二度目。
 プールで、ウォーキング。
 編集者から短編のフィードバック。掲載誌へ回すとのこと。
 ただいまのところ、掲載時期不明。

被災地に生きる人たちの気高さとテレビ

 16日午前、中越沖地震が起きた。
 夜になって、被災地に水と乾パンが支給されたときのことだ。
 テレビが「たったこれだけ」と怒りの声を必死で引っ張り出そうとインタビューしているのに、避難所にいる被災者の人たちは「これだけでもありがたいです」という人ばかりだった。
 地震が起きてまだ数時間。道路も寸断されているし、状況把握だって簡単じゃない。
 どれだけたいへんな災害なのか、被害にあった人たちがいちばんわかっている。
 それなのに、なんとか「こんなに遅くなってたったこれだけ」と「行政への怒り」をムリヤリ引き出そうとするテレビに、僕は怒りを感じましたよ。
 新橋駅前で酔っぱらいサラリーマンに政府への不満を言わせるのと同じことをやっているよこいつら、と。
 ともすれば新橋では、夕方4時にはすでに焼き鳥屋が満員になる。
 そんな町で、背広を着て酔っぱらっている人間は、どう転んでも社会の底辺なんかじゃじゃない。
 背広を着て夕方に酒が飲める人はすでに十分恵まれている。
 なのに、そういう人の「怒りの声」を引っ張り出して、政府への不満を表明させ、最後に「いつもしわ寄せはわたしたち庶民にくるんですからねえ」なんて言葉で結ぶのは、年収数億円のキャスターだ。
 実際以上に人々の不満を煽り、政府はケシカランと被害者面をする意地汚さ。
 政府を厳しく監視することは必要だけれど、幸福を感じることを拒絶し、いつも不平不満を垂れていたら、人間は幸福になれない。
 そもそも政治というのは、国民の幸福のためにあるのだ。幸福は心の持ち方に依存する。
 社会に向かって愚痴をいうより、焼き鳥でビールが飲める幸福を語ろうじゃないか。
 ことさらに不平不満を煽るテレビの薄汚さを、呆然とするような厳しい現実の中で、しっかりと自分の力で生き延びようとしている被災地の人の気高さがぶっとばしていた。
 薄汚さと気高さの、こんな対比が、ああ人間ってすばらしいと感じさせてくれる。
 あえて新潟と、あえて日本人と、いいますまい。
 裸で自分の生を活きている人は気高いです。そういう気持ちを忘れたくないと思う。

短編第4稿

 夕方、編集者からメール。
 基本的にOKのようだけど、やりとりのなかでもう少し補筆したほうがよさそうだ。
 ということで、第4稿に着手。
 かなり微妙なチューンナップ。
 翌18日、午前5時、あらためて脱稿。

短編第3稿

 土曜日に、短編第2稿へのコメントが編集者から速達で届いた。
 普通郵便でも同じ日に届くのだけれど、この「速達」というところが編集者のビミョーな心配りなのだな。
 というわけで、3連休は、台風だMLBだサッカー代表戦だ地震だと、テレビを見たりしながら、そしてプールだの床屋だのへ行ったりしながら、最後の詰めについてぼんやり考えていた。
 17日未明、午前4時、満を持して着手。
 午前7時過ぎ、脱稿。
 メールで送信。
 書き上げた時には、いつも自分は天才じゃないかと思ったりする。
 まあ、満足できないのに原稿を完成と呼んではいけないから、小説家というのは基本的にそういうものだと思う。
 問題は、いつまで天才気分が持続するか、ということだけど。(笑)

日本中が台風

 午前9時過ぎまで起きていた。
 どうやら風雨が強かったのはその時刻あたりだったようで、午後に目覚めたらすでに雨が上がっていた。
 夕方、スーパーまで車でまとめ買い。米とかビールとか。
 安くて美味しい「金麦」(発泡酒)を買いたかったのだけど、なかったので奮発して沖縄のオリオンビール。
 短編の直しをやる。
 小説を書くという仕事の中で、実際に文章を書くという作業はごくごく一部分のプロセスに過ぎないのだけれど、実際に文字を書いているときは、仕事がはかどっている感じがしてとても落ち着く。
 逆に、足が悪いと、取材など情報収集に差し障りがあるので、けっこう困る。
 小説家って、実は家に引きこもっていてできる仕事じゃないので。
 足の悪い人の気持ち、とか、肉体が壊れていくこと日々感じる人の気持ちとか、そういうのがわかるのは、それはそれで小説の肥やしになるので、そういう方面の取材にはなるから、まあ、よしとする。

今日もプール

 フランス革命の日だけど、日本では全国台風一色。
 水不足は解消だろうけど、あまり被害が出ないといいなあ。
 夕方、プールへ。
 いつものように小一時間ウォーキング中心。
 空いていて気持ちよかった。
 テレビのドキュメンタリーに収穫あり。
 新しい鉄鋼王ミタルの物語、それから、マラソンの瀬古と中山の物語。
 民放は自己崩壊していて、特定の面白さを評価してくれる視聴者だけのために番組作りをして、それ以外の人からどんどん見放されて影響力を失ってきている。自分の努力でわざわざ視聴者を減らしているわけだ。
 民放に共鳴できない人たちは、僕のようにテレビを見なくなるか、見るとしてもニュース以外はNHKしか見なくなってきている。(ニュースに関してはNHKだけでは危険すぎる)
 そんな深刻なテレビ離れに早く気づかないと、メディアとして、あるいは、ビジネスとしての民間放送の将来は暗いと思う。
 短編の第二稿に編集者の赤が入ったものが速達で届いたので、夜はそれに着手。

ダイアン・シュア

 13日の金曜日。
 青山「ブルーノート東京」で、ダイアン・シュアのライブ。
 彼女の歌を初めて聴いたのは、20年くらい前、コンコード・ジャスフェスティバル(カリフォルニア)だった。
 そのころから、ずっと安定したパフォーマンスを保っている。
 当時に比べると、ピアノはずっと進歩してきていて、とっくに弾き語りのレベルを超えて、ジャズピアニストであるといっていい。今日も、ベース、ドラム、ギターに彼女自身のピアノを加えたカルテットで、いい感じだった。
 彼女は全盲なのだけど、だれも彼女のことを「盲目の歌手」などとはいわない。だって、目が見えるとか見えないとかは関係ないから。スティービー・ワンダーもそうだけど。
 上質の時間が過ごせてシアワセ。
 実力はすごいのに、ダイアン・シュアは日本ではそれほど有名ではない。
 そのせいか、音楽を名前ではなく「自分自身の耳で聴く人」たちが集まっている感じ。女性一人で来ている人もけっこういて、なんか自立したカッコイイ女性が多かった。
 途中の手拍子でも聴衆のレベルがわかる。アフタービートに完璧にみんな揃っていて歯切れがいい。しかも、ドラムがディレイをいれてもシンコペーションしても、手拍子はぴったり安定して刻んでいて、ぶれることがない。音楽をわかっている人だってことだ。
 それにしても、表参道の駅からブルーノートまで、10分ほど歩くのが辛かった。途中のドトールでひとやすみ。帰りは渋谷までタクシー。