小説家という職業がビジネスモデルとしてどんなものか、意外と知られていない。
売れっ子作家は必ず忙しいけれど、その逆は成立しなくて、忙しい作家が売れっ子だということにはならない。(阿川が忙しいのがまさにそのよい例だ)
仮に毎日毎日午前9時から午後8時くらいまで働いたとして、書き下ろしの原稿料や初版印税だけでは、相当がんばっても売上500万円を超えるのは難しい。
会社員と違って、そこから経費を引いたのが「年収」になるわけなので、手取り収入は、まずまず成功している人で大卒初任給程度。
職種として考えたとき、サラリーマン以上に稼ぐのはかなり大変なことだ。
単行本が文庫化されたり、増刷がかかるようになって、(つまり、新しく書かずに、以前書いたものから再び印税が入ってくるようになって)初めて「労働時間に見合った」収入になるという感じ。
法律で定められた神奈川県の最低賃金は766円だけれど、小説家の時給って、計算してみると、それよりも遥かに安い。
(経費を控除してしまうと、たぶん、時給100円とか200円)
ところが、ある日突然ベストセラーになると、売上200万円のときと経費は同じで売上が数億円になったりする。
忙しくないと生活できる最低レベルにならなくて、しかし、そこから先、労働時間や忙しさと収入はほとんど無関係。同じ労働時間でも、人によって収入が100倍はちがう、というそういう商売です。
例えるならプロ野球選手あたりが一番近い。
日本の二軍の選手も大リーグのスター選手も、働く時間は変わらないけど、年間収入は200万円から20億円くらい差がある。
似ているのは当然で、どちらも労働時間とは関係なく、身体ひとつで生み出せる経済的価値で収入が決まる仕事だから。
土曜日だけど、出勤である。
なんだかとても働き者みたいだけど、仕事場を持ったら、なんだか来るのが楽しくてしょうがない。
仕事だから、当然、大変だけれど、だれかに働かされているわけじゃないので、仕事をするのは辛くはない。もちろん、しばしば体力的にも精神的にも限界までもっていくので楽ではない。でも、別に人生楽をしたいわけじゃないですし。
もし小説家として僕が生き残ることができるとしたら、(収入に関係なく)この忙しさは一生続くってことだ。
いや、もっと忙しくなる。
もっと忙しくなっても続けられるように、効率を上げ、自己管理をし、さまざまな方法やノウハウを確立していかなければならない。
小説家に定年はないから、体力や精神力の維持も含めて。
毎日、スタジオに出ているが、回復の時期。
できるだけ意識して、床でヨガやストレッチをする。
連載の原稿料が10本分、一度に入ったので、過去10年の預金残高最低記録更新中だったのが、やっと底を打った。
と、思ったら、定額給付金も振り込まれていた。
来月には『フェイク・ゲーム』の印税も入るから、連載が続く間は少し貯金ができるだろう。
妻にボーナスが出たので、「内助の功」として僕にご馳走してくれる、ということで、野毛のレストラン「イグレック」で待ち合わせ。
ところが妻は家を出るときに財布を忘れて、結局、払ったのは僕。
いつもの通り、美味しく戴きました。
しかし金曜日の野毛はどの店も大混雑。
どこが不景気なんだか、と思うけれど、不景気だからこそ、安くていい店が並んでいる野毛に人が集まっているのかもしれない。
去る6月14日、黄金町オープンスタジオの一環で開催された阿川大樹プロデュースによる「著者が売る本屋さん」は、盛況のうちに終了しました。
集まった書店員(著者)11名、当日販売されたタイトル数は43、販売実数は53冊でした。
ご来場戴きましたみなさまに、お礼申し上げます。









(このエントリーの写真は紫苑さんに提供して戴きました。ありがとうございました)
かなり疲れが溜まっている。
昨日のマッサージのおかげか、回復基調ではある。
スタジオに昼過ぎに出勤。
ほとんど仕事はせずに、ストレッチとか、Skype の設定とか。
運用実験を伝えたら、友人たちがさっそく手伝ってくれて、青山とテレビ電話で話をしたり、音声だけの通話をしたり、福島や秋葉原や九州やサンディエゴにいる人とチャット(文字でのおしゃべり)をしたり。
20年前にはパソコン通信でよくチャットをしていたけど、久しぶりでなんとなくレトロな感じ。
ここしばらく、体力の限界で働いていたので、当日で申しわけなかったけれど、約束していた夜の部はキャンセルさせてもらって、早々に帰宅。久しぶりに家で夕食を摂った。
「著者が売る本屋さん」の写真ももらったので、ブログに掲載したいのだけど、手が着かず。
ちょっとひと区切り。
身体全体に疲労が蓄積しているので、マッサージ屋さんに行ってみる。
黄金町はタイ人街が近いので、周辺にものすごくたくさんの「タイ古式マッサージ」がある。あまりにもたくさんあってかえって選べないのだけれど、とりあえず、一番近くにある「ビワナン」というお店へ。
日本でタイ式マッサージに行くのは初めて。
「天使の漂流」の取材をしているとき、タイ古式マッサージの総本山であるバンコクのお寺ワットポーでやってもらったことがある。
このあたりの相場は、70分5000円だが、この店は5500円。
筋肉をぐりぐりやられて痛いのだけど、気持ちいい。
でも、微妙に大雑把かな。
客の身体をマッサージしながら、カーテン越しに仲間とタイ語でお喋りをするところが、ものすごくアジア的。
終わってビルの階段を下りる時に、両足のふくらはぎは筋肉痛になっていてびっくり。これって、いきなり回復過程に入ったということ?
「身体、固いね」と何度もいわれ、終わったときに、「身体固いからこんどは100分か130分やったほうがいいよ」と営業された。(笑)
夕食は日本そば。
デトックス、かな。
帰宅が午前4時過ぎだったが、午前10時過ぎには、ふたたびスタジオに出勤。
連載の原稿書き。
一段落つけて、午後8時過ぎにはスタジオを出る。
雨なので、徒歩。
妻が外食だというので、野毛に立ち寄る。
「著者が売る本屋さん」で差し入れをもらったお礼がてら都橋「華」で餃子。
さらに、レストラン「イグレック」(こちらは、顔を出してお礼を言っただけ)
4本揃えて出すつもりだった連載の原稿。
3本分の分量を書いた時点でどうしても分割できず。
なので、3本書いたつもりが少し削って2本になってしまいました。
なので、あと2本かかなくてはなりませんが、〆切の月曜日は過ぎています。
というわけで、午前4時過ぎまで仕事場。
でも、調子はいいので、楽しいです。
とはいえ、そろそろ体は悲鳴を挙げそうです。
窓の外には、まだお巡りさんが警備をしています。
重要人物になった気分です。
自転車での帰り道、わずかに空が白んでいた。
阿川大樹として黄金スタジオで初のイベント「著者が売る本屋さん」当日。
午前10時前、スタジオ着。
近くのコンビニで飲み物を調達。ついでに朝食のパン2つ。
準備中にレストラン「イグレック」のオーナーシェフ来訪。
陣中見舞いということで、ワインの差し入れ。
あの、ここ、仕事場なんですけど、と思いつつ、もちろんありがたく頂戴する。ありがとうございました。
12時半を過ぎると、一日書店員の著者の人たちが続々と登場。
バタバタとしながらも、あっという間に、仕事場は「書店」に変わっていく。
初めてのイベントで、どのくらいのお客様が来てくださるかまったくわからなかったが、予想を超えて、切れ目なくお客様が。
それぞれのお目当ての作家のところへ来た方が、他の作家の本を買ってくださったり、いろいろな交流が生まれて、主催者としてはうれしい限り。
ビール、ワイン、サラダ、お手製のおにぎり、パン、御菓子など、差し入れもいろいろな方々から頂戴する。
ありがとうございました。
が、しかし、お客様対応や久しぶりの再会に、あまり飲食の間がない。
結局、午後1時から5時までの4時間で、53冊もの本が売れました。
遠くからご来場の上、買ってくださった方、ありがとうございました。
終了後、そそくさと片付けて、ちかくの中華料理店で打ち上げ。
午後8時過ぎ、散会。
阿川は、スタジオに戻って、仕事ができる体制に即刻復帰。
疲れが溜まっていたので、8時間眠った。
けっこう元気になった。寝るっていいね。
スタジオに出て、明日のために、窓ガラスを7枚みがいた。
さらに元気になった。体を動かすっていいね。
ランチは回転寿司。740円。
あんまり美味しい寿司屋じゃなかったけど、僕はきっとさっぱりしたものが食べたかったのだろう。
夜7時、ちかくのシネマ・ジャック&ベティのカフェで檀原照和さんの『消えた横浜娼婦たち』(データハウス)という本の発売記念(?)トークイベント。
(1300円+当日限定特別価格の本1500円)
まさに、黄金町の歴史について資料をたどり、聞き取り取材をした、もう一つの横浜史とでもいうべき話。
檀原さんに初めてお目にかかったのは2007年12月14日だった。いま、ジャック&ベティの経営をしている3人の人たちが「黄金町プロジェクト解散説明会」をジャック&ベティで開いた、その日だ。
その日を境に、僕は黄金町の再開発にどうやって関わっていこうかと考え始めたのだ。それがこの4月から黄金町のスタジオに入居することになったことのすべての始まりだった。
というわけで、檀原さんの本で黄金町の歴史を学び直してみたいと思う。
終了後、ちょっとしたレセプション。(食事代500円+緑茶ペットボトル200円)
午後9時、スタジオに戻り、午前0時半まで仕事。
