月別: 2007年7月

「本の雑誌」 2007上半期ベスト1

「本の雑誌」8月号の特集「2007上半期ベスト1」において、阿川大樹の『D列車でいこう』が エンターテインメント・ベスト10 にランキングされました。

本日届いた本

 夜の来訪者 プリーストリー・作 安藤貞雄・訳 岩波文庫 560円
 変わる商店街 中沢孝夫・著 岩波新書 700円
 地域再生の経済学 神野直彦・著 中公新書 680円
 まちづくりの実践 田村明・著 岩波新書 700円
 日本「地下経済」白書 門倉貴史・著 祥伝社黄金文庫 571円
「夜のオンナ」はいくら稼ぐか? 門倉貴史・著 角川oneテーマ文庫 686円
  以上、値段は本体価格。

海外移住資料館

 ワールドポーターズの向かいにあるJICA「海外移住資料館」へ。
 日本から海外への移民の資料がたくさん。日系移民についてはライフワーク的に調べているのだけど、小説のテーマとしてあまり売れ線ではないので、自分が大家になってからじゃないと陽の目を見ないだろうなあ。しばらくここに通ったらたくさん小説が書けそうだけど、この時点で出版されない小説を書いてもしかたがない。将来のお楽しみということで。
 というわけで、夕食は3Fの食堂。
 580円の定食は2種類あって、デザート/コーヒー付。けっこうおいしかった。
(ただし、このビルに宿泊している海外からの研修生によると、夕食のメニューは毎日同じらしい)
 帰宅後、あらためてプールへ。
 1時間ほど、ウォーキング+スイミング。

今日のところは負けを認める

 朝九時に電話で起こされた。
「大阪のゆかりです」
 ん……? 大阪になじみの飲み屋はない。もちろん愛人もいない。
 あ、昔の芝居仲間で最近バツイチになったアイツか。
『D列車でいこう』を読み終わって「感激したから」とわざわざ電話してきてくれたのだった。ありがたいことだ。
 予定の起床時刻よりも少し早かったけど、そういうわけで、いい感じで始まった朝だった。
 テレビでMLBのオールスターが始まった。
 いきなりイチローの打席。ヒットだった。感動した。
 理想の高い人が好きだ。どこまでいっても「ここまでくれば十分」と思わない人、自分を低いレベルで納得させない人。そういう人でいたいと思うけど、僕はイチローほど努力をしていない。つくづく自分を甘やかしていると思う。いくらでも時間があるのに、もっと書ける時間はあるはずなのに。
 でも、イチローという人の凄さを見せてもらっただけで今日はいい日だ。
 というわけで、いい感じの朝はさらにいい感じになった。
 ところが歯医者の予約の時間になって家を出ようとするとカード入れが見つからない。クレジットカードとキャッシュカードと、それからマンションのセキュリティカードが入っている。ドアの鍵をもっていてもセキュリティカードがないと、家を出て行けてももどってくることができない。ドアの前まで入って来ることができないのだ。
 昨晩、自力で部屋へもどってきたからには、この家の中にそのカードはあるはずだ。なのにどうしても見つからない。
 あきらめて予備のカードをもって出かけた。
 引っ越して初めて行く近くの歯科。歯石取りをして欲しいだけなのだけど、ぐるりお決まりのレントゲンを撮られる。
 次の予約を取って家にもどると、カード探しの続き。
 結局、プールに行くのをやめて午後全部を費やしても見つからない。
 スーパーに行かないと食料がないので予備のカードで出かける。もどってきてまたカード探し。
 結局、見つかったのは翌午前2時だ。
 ああ、また、人生を無駄にしてしまった。
 そのあいだにイチローはMVPになっていた。
 くそ、到底、叶わないや。
 いまのところは。(ここ、負け惜しみみたいだけどけっこう本気)

雨音はショパンよりバリだった

 目黒の人と打合せなので、ほぼ中間点である田園調布で会うことにした。
 ちょっと長い話になりそうなので、煙草の吸えるところ、と思うがなかなかなくて、ウェンディーズの3階。
 いろいろな人生にかかわるいろいろなことを3時間以上にわたって聞く。
 善意の人が善意ゆえに人を傷つけることもある。それが切ない。あとからならば「こうしておくべきだった」と総括することはできるかもしれないけれど、人生、その瞬間瞬間はのっぴきならないものなのだ。
 話し終わって別れた後、近くに住む人と軽くビール。なんだ、テラスなら煙草を吸える店が近くにあった。
 テラスの屋根になっているキャンバスに雨が当たって、雨音と湿った空気が、ちょっとヘビーになっていた心を癒してくれる。
「雨音はショパンの調べ」という、もと歌はだれだかわからないけど小林麻美がカバーで唄っていた曲があったけれど、ガラス窓の内側で聞くのではなく、オープンエアで聞く雨音は、なんだかバリ島かなんかにいるような気分。(バリに行ったことないけど)
 山田詠美の『熱帯安楽椅子』という小説を思い出す。あらすじとかではなく、その小説のもっている「空気」として。
 午後8時45分に帰宅。

準備

 午後3時、3ヶ月点検でマンションの修理箇所の確認。
 午後5時、やっと家にいる必要がなくなったので、自転車でリハビリへ。
 医院で薬を1週間分もらう。
 金曜日に行った病院では3週間分しか出してくれなかった。それでは検査所見を聞く一ヶ月後まで薬がもたない。というわけで、どうせ同じ薬なのでそっちでもらって不足分を補う。
 長編執筆着手の準備に、ひきつづき資料整理、部屋の片づけなど。

フットサルは見学

 明け方、連載エッセイをメールで送付して就寝。
 昼過ぎに目覚める。
 ありがたいことに3冊もバックオーダーを抱えた駆けだし作家は、そろそろ書き下ろしの原稿に着手しなくてはならない。
 体と心を「小説家」にスイッチするため、ヨットを休んで、そのかわりフットサルには出ようと思っていたのだけど、いざ、その時刻が近づくと身体に自信がない。歩くのは痛いが走るのは平気なはずなんだけど、実際に痛みがあると、心が萎えるのだ。
 というわけで、飲み水だけもって、仲間の顔だけ見に、みなとみらいスポーツパークまで(歩いてもたった5分の距離を自転車で)出かける。体育の授業を見学する生理中の女子中学生みたいなもんだ。(笑)
 出席の返事をしてあったので、グランドへ行ってみたら、僕のサインを求めて球蹴り仲間が『D列車でいこう』をもってきていた。ベンチに座ってゲームを見ながら、結局、3冊、自著にサイン。
 そのままサボっていたら、僕が来ると思ってせっかく本を抱えて来てくれた人の気持ちを無にするところだった。顔だけでも出して、ほんとによかった。みんなありがとう。
 みんながやっているのを見ていたらじっとしてられず、かといって、検査結果が出るまでは大事をとっておきたいので、ストップウォッチをもってタイムキーパーをやりながら、試合ボールの動きに応じて、コートのサイドをひとりドリブルで行ったり来たり。なるべく足下のボールを見ないで、試合をみながらボールを保持するイメージトレーニング。
 体力がないといういちばんの問題はおいそれと解決できないが、個人の技術的問題として、ボールをもつとヘッドアップできずに足元ばかり見て視野が狭くなってしまうという欠点を解消するための練習だ。
 やってみると、視野の隅に置いておけば、ドリブルするのに、ボールを注視する必要はほとんどない。ところがゲームの中ではなかなかそれができないので、こういうときに練習しておく。
 自転車だったので、終了後は遠回りして、スーパーで夕食の買い物。
 夕食は、フライと大根のサラダ、トマト、茄子の味噌汁、冷や奴。
 夕食後は、執筆モードの準備のため、書類の整理と部屋の片づけだ。

ブラジルからのゲストと中華街

 ブラジルからのゲスト(福島がルーツの日系3世)をつれて中華街「揚州飯店」へ。
 魚介類が苦手、ということで偏ったメニューになったけれど、おいしかった。
 自分ひとりで歩くときはいいのだけど、だれかといっしょの時は足が痛いのはちと不便。
 背すじを伸ばしている時間に比例して痛みが出てくるので、速く歩いてさっさと目的地についた方が楽、できれば走りたい、というふつうの常識に合わない不自由さなので、まだどう振る舞っていいのかわからない。(笑)

病院へ行く

 お茶漬け食べて家を出る。
 9時過ぎ某病院へ。9時28分、やっと受付完了。
 最初の診察は10時半頃、レントゲンを4枚撮り終わったのが10時55分。
 フィルムをもういちど整形外科外来に提出して二度目の診察。
 X線所見は腰椎の4番と5番の間隔が姿勢によって不安定。
 症状から脊柱管狭窄症が疑われるので、MRIとその診断所見を聞く診療の予約をとる。
 MRIの撮影が7月24日、診断所見は8月8日。
 ふう。ここまでで12時半。
 ということで、「少なくとも」あと一ヶ月は、いままでどおり薬を飲んで痛がっている生活のまま。
 医療制度って患者にとっても医療機関にとっても効率悪いねえ。(笑)
 これも小説のネタになるから、けっこう面白がっている。病院の仕組みも面白いし、待合室の人間模様も面白い。自分が感じる小さな怒りとか、苦痛とか、苛立ちとか、絶望とか、ため息とか、そういうのを自分の外から見ている自分がいる。足が悪いと何を考えどういう変化があるか、老後のシミュレーションでもあるし、ネタにもなるし、小説家の人生には微塵も無駄というものがないのだ。
 もうじき、一度はやってみたかった憧れのMRIができるかと思うと、ちょっとワクワクドキドキ。
 これって、子供の頃、眼鏡に憧れてわざと暗いところで本を読んでみたりしたときの感じに似ている。

ケンブリッジの医学生

 妻の学生時代の友人で家族ぐるみのつきあいをしている某国外交官夫人が来訪。
 小さい頃からうちで我が子代わりに可愛がっていた娘さんも、今や20歳になって、第4志望(!)でケンブリッジ大学(7/9訂正)の医学生になっているという。
「お受験」などと無縁にのびのび育ててめちゃめちゃ優秀、というのが素敵。
 未知のことを知る喜び、とか、物事を本質から考える、とか、そういうことができれば、子供は放っておいても勉強する。結局、正攻法が近道なのだ。
 親自体が何のために勉強するかわかっていなかったり、人生で楽をするために「いい学校」へ行こうと思っている人がいるけど、実力つけないで丸暗記や試験の点数だけのためにお金と時間を使って勉強するのは、時間の無駄だし、人生の大いなる遠回りなんだけど、丸暗記がテストの近道だと誤解している人が多いのは、どうしてなんだろう。