銀行をまわる必要があったので、本日は自転車で移動。
用事を済ませて帰ってからプールに行こうと思ったけど、自転車を降りてからランドマークタワーの中をビルの5階のスポーツクラブまで行く途中の痛さを思い出すとなんだかイヤになって、もういちど自転車にまたがって、みなとみらい周辺をポタリング。
いまのところは自転車ならまったく問題なし。
ただし痛みを和らげるために筋弛緩剤を飲んでいるので、力が入らず、一気に踏み込むことはできない。
自転車漕ぐのは全然平気なのに、家の中で歩くだけですぐ足が攣りそうになる。これは虚血性の痙攣か、単に神経の問題か、不明。
適度に汗をかいたので、いつもはシャワーのところお風呂。
温めるとよくなるかと期待したが、バスタオルで身体を拭いているだけで左足の後ろがつつっとなるなあ。
夕方から、推理作家協会の総会と懇親会があったのだけれど、体調不十分のため、そちらはおやすみ。新しい仕事の受注活動よりも、すでに注文を受けている3作をさっさと仕上げなくてはならないし、そのためにも病気を何とかしていかないと。
近ごろ、さながら「闘病日記」の様相を呈していますが、いつの時点で何ができて何ができないのか、記録がてら病気自慢を書いているので、さらりと読み流してください、みなさま。
歩いてスーパーに行けないので自転車を利用しているが、自転車だと提げて帰ることのできる量が背中のバッグの大きさで制限されてしまう。
というわけで、本日は、車で買い物ツアー。
乾物系問屋で、「金麦」のケース買い、他、いろいろ。
コットンマムで野菜と果物、などなど。
夜はリハビリのためプールでウォーキング。
クィーンズスクエアまで歩いて数分がつらいので、自転車。
ところがそこからランドマーク5Fのスポーツクラブまでさらに5分弱かかる。
水中では、前屈みになって歩くので、痛みはあまりない。
50分ほど歩いて、途中100mほど泳いで終了。
前日の起きた時間が午後4時で、あまりにも社会生活上不便である、ということで、時間帯をシフトするために、前夜からしばらく起きていることにした。まあ、実際、全然、眠くないし。
というわけで、午前8時半過ぎ、投票所へ向かう。
そこそこ歩くので、妻が使っていた杖を借りていく。半ズボンにアロハシャツで杖をついているのは妙な光景だろうか。
前屈みだと楽なのだが、杖なしで前屈みの姿勢でいると、周囲から見て異常な感じがする。杖をついていれば、見ている人が「ああ、この人は身体のどこかが悪いのだ」と納得できる。相互にアカウンタブルである、というのは、快適な社会生活にとって重要な要素だ。あかの他人同士の関係で大事なことは、本当にわかりあうことではなく、お互いにわかったような気がして安心できること。
スタスタ歩く方が楽なんだけど、投票所へアプローチするエレベータでご近所の見知らぬマダムに話しかけられ、四方山話をしながらゆっくり歩くハメになり、やはり痛くなって、しゃがむ。
杖をついて、スタスタ早歩きするのも、アカウンタビリティに問題があるんだよなあ。
世間の人のステレオタイプ(足の悪い人は歩けてもゆっくり)というのからはずれて、早く歩く方が楽で、むしろ走ることなら問題なく、ゆっくり歩いたり立っているだけだと最悪、という病気は、なかなか暮らしにくいものだ。
車椅子を借りたいと思うのだが、途中に段差があったりしたとき、自分で車椅子から降りて、車椅子を持ち上げて降ろし、また、車椅子に座って移動を続ける車椅子利用者に、世間が理解を示すかどうか、というのがどうしてもひっかかる。世間は障害者に弱々しさを期待するので。
投票所の中には椅子がないので、ガマンしながら投票を済ませ、外へ出てからまたひとやすみ。
とまあ、足が悪いだけで、いままでわからなかったことがいろいろ見えてきたり、想像の及ばなかったことを考えたり、なかなかお得な感じではある。
ただ、運動不足で体調が悪くなっているのが問題だ。

『しまうたGTS(ゴーイング・トゥ・サウス)』
山田あかね[著] 小学館[刊] 1500円+税
山田あかねの3作目、読了。
(自分が執筆に集中できないときはいさぎよく読書に切り替えるのだ)
主人公はデビューし損ねたミュージシャンで、脳腫瘍で残りの命が少ないと知った20才の男。
かつてのバンド仲間・城司と自分の恋人・ナナナがふたりで沖縄にいるらしいということで、手術前日に病院からエスケープして追いかけて探そうとするうちに奇妙な男と奇妙な女といっしょになって3人で波照間島まで行く、という物語。
女性が主人公でどちらかというと内面的な描写が中心の前2作とちがって、舞台が広くなってミステリー仕立て、という、一見、「山田あかねの新境地!」と帯に書きたくなるところだけど、どっこいやっぱり山田あかね。
山田あかねの魅力は、登場人物の迷いとか(世間から見た)一貫性からのゆらぎとかを細かいところで丁寧に描いていることだと思う。
人間は、こういう人がよい人(あるいはカッッコイイヤツ)である、なんて「期待される人間像」を自分でも意識していながら、本当の自分がそれと同じではないということも知っている。だから、ときにその人間像から逃げ出したかったり、いや、なんとか「こうありたい自分」を演じようとしたり、しながら生きていく。そこでの葛藤は、多くの小説の永遠のテーマだし、山田あかねの小説はいわば小説の王道をいつもまっすぐに追いかけている。
媒体としてのストーリーはいろいろでも、つねに、そういう心の動きを丁寧に描いている。
いちおう日本推理作家協会会員である僕としては、ミステリー仕立てに引っ張っている謎の提示のしかたにもう一工夫欲しいと思ってしまったりはするのだけど、別にそんな欠点は、この小説にとってさほど重要なことではなく、小説らしく小説を楽しめるよい作品だと思う。
それぞれに何かを抱えながら、でも、あるいは、だからこそ、自分に正直に生きてみよう、と、少なくとも小説を読んでいる間は思っていたい、そんな人におすすめ。
本日、27日、いよいよ待ちに待ったMRI検査の日だ。
MRIとは Magnetic Resonance Imaging の略。
ちょいと物理学をかじった人間にとって、核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)を用いて、自分の断面を見るなんて、なんともはやワクワクするようなことなのだ。
「核磁気共鳴コンピュータ画像診断装置」だから、もともとは、NMR-CTと呼ばれていた。ところが「核」というのが原子力を思い起こさせて被爆がないのに放射能を浴びると誤解されそうなので、MRIと呼ぶようになったのだそうだ。ここでは放射能を出すような核反応は起こしていない。水素の原子核を共鳴させて水の分子の並び方を少しけ変えているだけ。
装置の原理は、巨大な磁石の輪の中心に人間を入れる。でもってその磁力で身体の中の水素原子(水)を揺すぶると、その動き具合がコンピュータで映像化されてくるというわけだ。
その巨大な磁石というのが超伝導マグネット。
そうあの物理少年憧れの「超伝導」だ。その超伝導を起こすための仕掛けにはヘリウム希釈冷却が用いられている。あの「ヘリウム」だぜ。(もっとも最近は、口から吸い込んで喋ると自分の声がアヒルの声になるオモチャとしてヘリウムガスが売られていて、全然、ありがたみが下がっているんだけどさ)
昔、テレビでみた「タイムトンネル」のような装置。
更衣室にはヘアピンだろうとブラジャーのホックだろうと、「金属は持ち込むな」としつこく書いてある。
超強烈な磁場なのだ。なにしろ普通なら磁石にくっつかない水の分子を揺すぶってしまう。水素原子をぐるぐる振動させてしまうくらい強力な磁石。なんともワクワクするではないか。
その強力な電磁石の鉄芯のかわりに僕が入るのだ。
近所に砂鉄を蒔いたら、僕の頭のてっぺんで髪の毛が逆立って、磁力線に沿って模様ができそうな感じ。
検査着に着替えて、前後に動くベッドに仰向けに載せられる。
うるさいからと空港の滑走路でジェット機を誘導する人がつけているようなヘッドホン型の耳栓をする。
閉所に入るから耐えられなかったら押して知らせろ、という合図のためのゴムのポンプ玉。(電気のスイッチは金属だから当然入れられない)
いよいよ、ゆっくりと入っていく。
装置はワーンと音を立てている。おそらく電源系や配線系の冷却音。それに超伝導を保つ希釈ポンプをサポートするロータリーポンプの音のようなものが混じる。
耳元では、パルスがカリカリとかガーガーとかスイッチングされているような音。かなり大きな電流がスイッチングされていると思われる。
目の前でゆっくり動く(ほんとうは自分が乗っている台が動いている)電磁石本体に、中を点検するためのメクラ板が1枚、ネジで止められているけど、もちろん金属のネジではなくて、白いテフロンのような素材のネジだ。
というわけで、撮影時間は15分ほど。
その間、自分の身体の中の水の分子が超電導磁石で揺すぶられて温まっているような感じがして、電子レンジの中のネコのような気分。ちょっとIHヒーターの原理とも似てるしね。なんとなく、身体が暖まるような気がするわけだ。
ピップエレキバンは800ガウスだけど、この種の装置は1T(テスラ)くらいだから、肩こりだってバンバン治りそうな感じがするしね。(ほんとか?)
耳元では、ガリガリガリとパルスの音がしているから、なんか自分がハードディスクになって初期化されているような感じでもある。(人生も記憶もリセットできる?)
予約時刻の30分前に来いというから、35分前に行ったら、待ち時間ゼロで、あっというまに終わってしまって、予約時刻の10分前には終了。
もう終わり?
ああ、もっとやっていたかったなあ。
X線とちがって被爆がないというのも気が楽でいい。
でも、更衣室に置いてきたノートパソコンのハードディスク大丈夫だろうか。(あ、もちろん大丈夫でした)
大金持ちになったら、自分の家の地下室に1台、MRIの装置が欲しいと思った。

すぐ近くに TSUTAYA と Starbucks Coffee が開店した。
100円割引券の10枚綴りをもらったので、さっそくCDを1枚だけ借りてみる。
1回につき割引券1枚しか使えないので、1回にCDも1枚しか借りないようにする。
そうすれば当日返却270円が170円になるというわけだ。
借りたのは Michel Camilo & Tomatito のアルバム “Spain” 。 ピアノとフラメンコギターの競演するラテンジャズだけれど、なかなかいいです、このアルバム。
午前2時までオープンしているはずなので午後11時過ぎに返却にいったら、まだプレオープンなので、8時に閉店だった。そういうのは貸すときにちゃんと言ってくれ。宣伝のチラシにはそうは書いてなかったぞ。こっちは痛い足を引きずってわざわざ行っているんだから。
CDは返却ポストに返却できたけど、2時間ほどスターバックスで原稿を書こうと思っていたのに、できなかった。
足が悪いので、近くまで来てもらって、友人と食事。
心安らかでいい時間。
新しい小説のブレインストーミングにも少しつきあってもらったり。
昼過ぎ、家を出て狛江へ向かう。
武蔵小杉から登戸まで着席することができず、できるだけ腰をかがめて痛みを堪えながら。小田急の登戸駅がすごくきれいになっていてびっくり。
狛江駅ちかくの矯正歯科にて、年に一度のチェック。リテイナーが傷んでいるので作り直しましょう、ということで型どり。
狛江の駅に「箱根そば」ができていて、のぞいてみたら椅子に座れるようなので、立ち食い蕎麦のムシが疼いた。かき揚げ天ぷらそば(350円)
午後6時、関内に到着。
待ち合わせにはまだ時間があるので、”VELOCE” にて長編のアイデアを考える。二階の喫煙席に座ったのだけれど、冷房が効きすぎて寒い。半袖の客をいじめてやろうという位の攻撃性を感じる。(笑)
午後7時、改札口で某出版社の編集者2名と待ち合わせ。
先日の推理作家協会のパーティでの「こんど食事でも行きましょう」が社交辞令でなく実現したもの。有名編集者である彼と知り合ったのは1998年のことで、デビュー前からかれこれ10年近い知り合い。いつのまにやら名刺には取締役の肩書きがついていた。
まずは「オリジナルジョーズ」で腹一杯に食べながらワイン2本を空ける。
小説のことについて、プロフェッショナルな会話をするのがこんなに楽しいなんて。みんな本を作るのが大好きなんだよな。
次は、タクシーに乗り込んで、野毛の「都橋商店街」へ。
1964年東京オリンピックのための美化事業で、露店、屋台を収納して大岡川沿いに出来たのが都橋商店街で、「ハーモニカ横丁」などとも呼ばれている。東京でいえば、新宿ゴールデン街のようなところ。
こういう場所、大好きなんだけど、一見で入る勇気がなかったところ、「知っている店があるから行きましょう」ということでH店へ。
感じのいい女将さんがやっている庶民的な店。野毛地区の他のお店のことをいろいろ教えてもらったり。で、教えてもらった店とか、僕がたまに行く店とか、都合3軒をハシゴ。最後はタクシーで家の前まで送ってもらう。
まだ駆け出しなのに時間を割いてもらったりご馳走になったり恐縮してお礼を言ったら、「阿川さん、いいんですよ。こういうお金はどんどん活用した方が。売れている作家で稼いだ会社のお金が、これから活躍する人にこうやって順番に流れていくんですから」とのこと。
そうね、いつか僕の本で、そのときの新人さんにご馳走してあげられるだけ、出版社を稼がせてあげなくてはね。
久々にゴキゲンに酔っぱらっていて、帰宅すると、そのまま居間のソファで寝込んでしまい、翌午前5時に目覚めたので、一気に朝型に身体がリセットされた。
直ぐ近くの歯医者の2回目。
夕方、プール。
あとはひきこもり。
本来なら「横浜市長杯ヨットレース」に運営艇に乗るはずだったのだが、足の大事をとって休ませてもらう。
というわけで、日曜の昼間にひきこもり生活。
長編のアイデアは「少しずつ形になる兆し」(微妙な表現)を見せてきている。
昨夜は、長閑にベンチャーズなどを聴いてみたのだけれど、本日は John Denver だ。
デンバーというのはコロラド州に州都なので、John Denver というのは、たとえていうなら「仙台太郎」みたいな名前で、日本の演歌に相当するカントリーミュージック。
ちなみに、本名はヘンリー・ジョン・デュッチェンドルフJr. 生まれはコロラドではなくニューメキシコ。
大ヒット「故郷へ帰りたい」”Take Me Home, Country Roads”によって富を得てコロラド州アスペンに移り住んだ。
そういえば、今はなき六本木のカントリーミュージックのライブハウス「Mr.James」(女優加賀まりこのお兄さんの経営)のレギュラー、ジミー時田は、この曲を”Take Me Home To the Country Road”とずっと間違えていたっけ。
そういえば、John Denver も飛行機事故で亡くなったんだな。僕の好きなもう一人のアコースティック系ミュージシャン Jim Croce と同じだ。
星になったアーチスト、というやつ。
