日: 2022年12月1日

誕生日 68歳になる

とある高級な天ぷら屋のカウンターには静かな時間が流れていた。
いちばん端に、かなり整った顔立ちに手入れのよい髪型をした女性が座り、その隣にはスーツを着た若い男性がいた。
コースだけでもよい値段だが、揚げ物を追加したり、アイスペールで冷やされた冷酒のあと、山崎のハイボールを頼んだり、出費を抑えようという素振りはまったくない。
高収入なハイスペックな男性と美女のカップルという感じ。
ふたりとも、そういう店になれているという感じもした。
だが、女性のタイプは美しいが知的な感じではない。
下品ではないが、自分の美しさに十二分に気づいているという振る舞い。
もしかしたらギャラ飲みか、とも思った。
しかし、「お父様」という言葉も聞こえてきた。
ふたりの会話の内容までは分からなかった。
ところが、こちらがそろそろ会計を済ませようかという時、急に聞こえてきたフル・センテンス。
「わたし、結婚するつもりはないので、そのつもりで付き合っているならもうお付き合いするのは辞めた方がいいと思います」
さて、あなたは、この先のストーリーをどう続けますか?
妻が僕の68歳の誕生祝いにご馳走してくれた、目の前の天ぷらもお造りも、とても美味しく、運ぶ箸のひとつひとつが充実した、幸せな食事だったけれど、このカップルの存在も、小説家にとってはすばらしいバースデープレゼントだった。