Diary

済州島

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 夜が明けても窓の外は海ばかりだ。
 今回の航海は終始風がけっこうあって、だいたいの時間、毎秒10mから15m以上の風がづいている。
 基本、海の上に携帯電話の電波は届かないのだけど、陸に近い場所では時々電波が届く。その隙間を縫って、ネットにつないでいたけれど、夜が明けてからは日本の携帯電話の電波はまったく届かない。
 そう、ここは東シナ海である。
 朝食は昨日大トラブルのレストランへ敢えて出向く。
 案内されたテーブルがかなり違う場所なので、担当者はまったくちがう。
 今朝は4人がけのテーブルで相席はリタイヤ組のご夫婦。
 サーバーもちゃんとしていて、昨日とうってかわって、楽しく会話しながらの朝食となった。
 午後3時半、済州島北部の客船ターミナルに入港。
 海から船で外国に入るのは生まれて初めて。
 おそらく韓国政府が外国の客船に便宜を図る制度になっているためか、入国の手続き事態は極めて簡略化されている。
 ただし、2000人が一斉に降りてくるのを一気に処理するキャパシティはないので、着岸完了から、全員が船から下りるまでには1時間以上かかる。
 観光タクシーのチャーターをアレンジしたときには船の予定は14時30分入港だったのが、15時30分に変更。タクシーの予約は入港時刻の1時間後だけれど、それも変更しなくてはならない。
 というような用事だけのために28日に羽田まで韓国で使える国際電話を借りに行ってきたのだった。
 済州島に近づき、借りている韓国の携帯電話の電波が入るようになったので、タクシー会社に電話するが、韓国語のメッセージで応答があるばかりで、何を言っているか分からない。
 仕方がないので、船のインフォメーションデスクへ出向いて、韓国語のできるスタッフを呼んでもらい相手の会社の緊急サービスに電話をかけて、すべてのアレンジの変更を伝えてもらう。
 これで一件落着。
 結局、かけた電話はこれで使った1分55秒。
 午後4時30分、船を下り、ターミナルのエリアから出たところで待っていたワンボックスカーのタクシーのキムさんと落ち合うことに成功し、4時間、案内してもらう。
 道行く自動車はほとんどが「ヒュンダイ」、次が「KIA」と韓国メーカーの車ばかりで、希にフォードやクライスラーが混じるが、日本車はまったく走っていない。
 町の看板で見た日本のブランドは「富士ゼロックス」だけ、世界でもこれほど日本製品や日本企業の影の薄い場所は見たことがない。日本企業ゼロパーセントの島だ。
 済州島は到着が夕方近くですぐに暗くなってしまうので、できることが限られる。
 オプショナルツアーは焼肉を食べるような内容だけど、韓国料理は日本に本格的なものがたくさんあるから、済州島で時間を使って食事をするのは時間がもったいない。
 というわけで、僕らはタクシーをチャーターして、個別に案内してもらうことにした。
 三姓穴、オバケ道路を案内してもらって、龍頭岩から海岸線を走る。
 済州島の南には大資本の高級リゾートが並んでいるが、西の海岸は日本でいえば江ノ島茅ヶ崎の感じ。
 庶民的なごく当たり前の海岸風景。
 違うのは溶岩の黒い岩の続く海岸と、海沿いの道にびっしりと刺身屋が並ぶこと。
 チャーターすると、普通の観光客が興味のないような質問を運転手さんにどんどんできるので、僕みたいにふつうの観光客が興味をもちそうなmのにはあまり興味がなき人間にはとても役に立つ。
 海岸沿いの(少しだけ)お洒落なカフェでウィンナコーヒーを飲み、あとは船にもどってもらう途中でコンビニに寄って買い物。韓国ではもとファミリーマートだったところが「CU」というチェーンになっているという。
 オプショナルツアーでない我々はいつもどおり、船内で食事。無料だし。
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太平洋から東シナ海へ

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 航海二日目は終日航海。
 とりあえずジョギング。
 船の6階の外部デッキを一周できるようになっている。一周500m弱だろうか。
 しっかりロングタイツの完全装備の人、夫婦でジョギングの後に仲良く喫煙している人、僕の後方にぴたっと付いて来る人、何度も追い越していく人、などなど。
 その後はのんびりデッキで読書でもしようという計画だったが、どっこい曇ったり雨が降ったりで肌寒い。
 朝食はアラカルトのファンタジア・レストランへ。
 これが大混乱で、オーダーしてから2時間経っても料理が出てこない。
 部屋までは来ているのに、いつまで経っても席に配られて来ない。
 痺れを切らして注文が届かないまま席を立って、ビュッフェレストランへ鞍替えする人多数。
 こういうとき、小説家は得だ。
 トラブルが起きれば起きるほど、その原因は何なのか、トラブルの最中、そこで巻き込まれている人たちはいったいどのように行動するか、それをずっと観察していて飽きることがない。
 イライラするどころか、興味津々なのだ。
 ま、料理がでてこないとお腹はどんどん減るけどね。そんなことは人間模様の観察に比べれば大した問題ではない。
 やがて客の一人がフロアの離れたところにいる日本人の担当者に事情を連絡。
(何しろ、2000人の乗客が数カ所のレストランで食事をするので、メインレストランのフロアは広く、テーブル数は多い)
 本来、ウェイトレスではないHISの女性スタッフが、その場でできることをやろうとするのだが、彼女自身がいらだっているのが表に出て、それがこちらにも伝わってくるので、かえって客の心がささくれる。
 接客業は笑顔で仕事ができないならたとえそれが客のためでも余計なことはしない方がマシだったりするのだなあ、と知る。ご飯が食べられないことよりも、彼女のギスギスした立ち居振る舞いの方が不快になったりするのだ。責任感と善意によるものだとはいえ。
 注文した料理ができあがってフロアに届く頃には多くの客が業を煮やして席を立ってしまっていたので、後には食べる人のいない料理が大量に積み上がって壁を作っていた。
 午前7時半にレストランに入って食事を終えて席を立ったのは午前10
 昼食はビュッフェレストラン。
 夕食は、有料の特別レストラン・マニフィコ。
 マニフィコはサービスの質は高いがそれでも完璧ではない。
 でもフルコースで33.5ドルとしては優秀だとは思う。
(他のレストランでは無料でフルコースを食べることができるので、値段の差は数字以上に大きいわけだけれど)
 すべては値段に見合えばフェアなのであって、安い店で高級店と同じサービスを求めるのは間違っている。ましてやイタリアの船に乗って完璧なサービスを求めるなんてお門違いだと、今の僕なら思う。
 昨年、イタリアで暮らした経験が活きている。
 完璧なディナーと、まあまあのディナーの価格差は10倍くらいあっても当たり前なのである。
 この有料レストランでは、バイオリンとピアノの生演奏があるのだけど、まあ、けっこう荒っぽい演奏で、絶対に東邦学園の音楽科には入学できないだろうな。
 最後にバイオリニストがうちのテーブルに来てリクエストを取り、目の前で演奏してくれた。
 イタリア人かと聞いたらハンガリー人だと。
 Costa Victoria の今回の航海はHISのチャーターなので乗客2000人はほぼ日本人ばかりだけど従業員は極めて多国籍。
 確認しただけで、日本、韓国、中国、インド、ペルー、インドネシア、シンガポール、ハンガリー、そしてイタリア。
 船籍はイタリア、船長はイタリア人で船の運航はイタリア人が中心のようだけど、レストランやその他の接客系は中国人が多く、イタリア人はほとんどいない。
 クルーの間でもイタリア語は公用語ではなく英語のようだ。(イタリア語、改めて少し練習してきたんだけど)
 トスカーナの赤ワイン(62ドル)はよい感じでした。
 
 本日もワインを飲んでバタンキュー。お休みなさい。
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客船 Costa Victoria

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 Costa Victoria には11のバーと5つのレストランがある。
 劇場がひとつ、図書室や会議室もある。
 野外プールとスパ、室内にもスパがある。
 テニスコートやアスレチックジム、ジョギングトラックもある。
 託児所や美容室も協会もある。カジノもある。
 あちこちのバーやレストランで音楽の生演奏もある。
 すべてが同時に開くわけではないけれど、それぞれ特徴のある場所で飲食をいろいろなスタイルで楽しむことができる。
 ダンス教室、料理や菓子作りの教室、訪問地の語学や観光に関する教室、ヨガの教室もある。
 ラスベガスのホテルのようであり、地中海クラブのようでもある。
 とにかく初日なので、チェックインから出航までの3時間や出航してからしばらくは探検だ。
 どの乗客も考えることは同じなので、無駄に行き来する人で(笑)どこもかしこも混んでいる。
 全長230mあるので、行ったり来たりでけっこう運動になる。(笑)
 前後方向に行き来できる階とできない絵画あり、地理感ができないとピンポイントで目的地に辿り着くことができない。
 夕食は、シンフォニアレストランで、イタリア料理のフルコース。
 テーブル担当のビクトルは中国系シンガポール人。
 ちなみに24時間、何かを食べることができ、食事はすべて無料。
 そのかわり、飲食物は一切持ち込み禁止。
 アルコール類は有料。
 前夜、支度のために4時間しか眠っていないので、プロセッコを飲んで食事を終えたら、バタンキュー。
 おやすみなさい。

ああ、憧れの外国航路

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 午前11時半、タクシーを呼んで大桟橋へ向かう。
 空いていれば10分のところ。
 時はゴールデンウィーク、最後は大桟橋手前で、大桟橋駐車場を目指す観光客の車で渋滞。
(その先のターミナルへ行く車はほとんどないのに)
 正午、チェックイン。
 目的地が韓国済州島なので、横浜から「出国」となる。
 部屋は10階のバルコニー付ツインルーム。
 出航は15時。
 14時30分開始予定の避難訓練は45分に変更。
 その時刻までに船体探検。
 どこもかしこも人々が右往左往している。
 避難訓練は警報が鳴ったら部屋にもどって救命胴衣をつけて案内にしたがって行動せよ、というミッションのはずなのに、早々に救命胴衣をつけて廊下を歩いている人、集合場所にさっさと来てしまう人などがいて、みんな字をちゃんと読まないんだなあ、という感じ。
 桟橋側では見物の人がたくさんスズナリでこちらを見ている。
 吹奏楽団も待機。
 とりあえず昼食。まずはプールの階にあるビュッフェ・ボレロで。
 14時45分、警報が鳴って避難訓練のアナウンス。
 救命胴衣を付けて客室のある10階から5階へ降り、外のデッキへ。
 頭上に救命ボートが並んでいる。
 モノハル艇もあればカタマランもある。
 15時過ぎ、こちらはまだ訓練中だが、業を煮やした(?)ブラスバンドが桟橋で演奏を始める。(笑)
 15時15分、訓練終了。
 いきなり離岸が始まる。こちらはまだ救命胴衣を付けて下層のデッキにいる。
 上のデッキから感慨無量で桟橋を離れるのを見ながら、外国航路へ出港したかったのに。(笑)
 大桟橋から横浜ベイブリッジへ出る前の狭い通路を通過するときに、タグボートに右舷を押してもらう。観音崎を超えてあしか島沖でもタグボートに押してもらっていた。
 風速は15m前後でやや強い風だけれど、ヨットなら元気いっぱいでかっ飛び状態。
 どうやら客船は背が高いので、横風にはめっぽう弱いようだ。
 

旅支度

 明日から客船クルーズに出かける。
 というわけで、全日、旅支度。
 YCATからリムジンバスで羽田空港国際線ターミナルへ。
 横浜港から船旅に出るのに羽田空港へ来た理由は携帯電話。
 我が家にある海外向け携帯電話はGSMという方式で例外的に韓国では使えない。
 訪問先の済州島でチャーターしたタクシーに、船が入港した時点で電話連絡しなくてはならない。
 船からかける電話は衛星回線で、通話料が高価な上、つながらないこともある。
 ターミナルの公衆電話でかけるには船から下りなければならず、船から下りるのは入国手続きなどのため入港から1時間以上後になると思われる。
 というわけで、そのためだけに確実な手段として携帯電話が必要なのだった。
 連休のため千葉方面へ行く横断橋「東京湾アクアライン」の渋滞が首都高速にまで伸びているため、バスは経路を変更して羽田へ向かう。
 羽田空港到着まで35分ほどだが、国際線ターミナルはそこから10分以上かかった。羽田の国際線ターミナルに来るのは初めて。ゴールデンウィーク中なのにガラガラ。
 3階出発フロアにある携帯電話のカウンターで韓国のキャリアの電話機を受け取る。羽田まで家から1時間、用事は5分。
 せっかくなので、ターミナルをぐるりと歩いてみる。
 リムジンバスで再びYCATへ。(往復運賃940円)
 帰宅後は荷物の準備。
 客船クルーズは、船上生活そのものが旅の目的なので、荷物が多い。
 毎日、時間によって、ドレスコードが変わる。
 カジュアル、フォーマル、仮装、など。
 靴だけでも、革靴(黒と茶の2足)、ジョギングシューズ、ウォーキングシューズ、部屋用のサンダルと5足が必要。
 ジャケットはフォーマルと仮装で含めて3着。
 などなど、こんなに洋服を持って行く旅行は人生はじめて。
 夫婦二人のパッキング終了は翌午前5時過ぎ。
 

桜宮高校のこと

 桜宮高校の体育科の入試中止について、「受験生が困る」「進路が狭められる」「橋下市長の横暴だ」という意見を聞くことが多い。
 確かに桜宮高校への入学を志望していた生徒にとっては一大事だ。
 けれど、入試をするには「入るに足る学校である」ことが最低条件だ。
「入らない方がいい学校」のなら、志望者を受け入れてはいけない。
「受験生がかわいそう」論はその点が抜け落ちているように思う。
 部活顧問の暴力と、部活で冷遇されることで、アスリートとしての進路に大きな影響があること、それを苦にして自殺をした主将がいた。
 顔が腫れ上がるほど30-40発殴るという暴力が「強くなるために必要な体罰」であるはずはない。
 であるのに、この高校では黙認されてきた。
 校長も教師も保護者も、全員、そうした事実を知りながら黙認してきた。
 バスケ部が強く、顧問が18年のあいだ対外試合での実績があるということにより、犯罪が黙認されてきたのだ。
 一人の暴力教師がいた、ということではなく、暴力を誰も止めない学校だった。
 部活が強くなるなら、暴力教師が生徒を殴ってもよい、と皆が考えていた。
 あるいは、そうした実績がある故に、おかしいと思ってもそれを正せない人たちの集まりだった。
 教育とは「何が正しいか」を教える場だ。
 同時に、「間違っているときはそれを正す」ことを学ぶ場だ。
 対立するものの中から、適切な優先度を判断する能力を学ぶ場だ。
 それは、スポーツで活躍することよりも遥かに重要な、人生の原則だと僕は思う。
 しかし、この学校では、その大原則が教えられることなく、おかしなことが行われているのを知りながら、ずっとそれを集団で許してきた。
 一人の暴力教師の犯罪ではなく、その犯罪を黙認することをよしとする学校だった。
 入試を実施し、新入生が入ってくるまでに、この学校があるべき姿に変わることができるとは思えない。
「先生は悪くない」「とにかく入学したい生徒の希望を叶えるべきだ」
 そういう声がいまだに公然と聞かれる場所は、教育の場所としてふさわしくない。
 本人が「希望している」からといて、教育の場としてふさわしくない学校に新たな生徒を受け入れるべきだろうか。
 受験生の意志を尊重するためには、受験生が正確な情報から冷静に判断できることが前提となる。
 しかし、正確な情報はまだない。学校の内情を十分知ることもできない。
 有名校のバスケット部に入ることに目が眩んだ中学生とその親に、この状況下で冷静な判断などはできない。
 冷静な判断ができない状態の中学生の「本人の意志」は、学校が危険で教育にふさわしい場所にもどることができるかどうかわからない状況で、それだけ尊重すべきなのだろうか。
 そうした「本人の希望」を理由に適切が教育が行われる確証のない場所に中学からの受験生を受け入れることは、とても無責任なことだと思う。
 入試中止は、不祥事を起こした学校への「罰則」などではなく、十分な教育ができない学校へ新たな生徒を受け入れない「防波堤」だ。

オフ黄金町

 それほど深く関わったわけではないけれど、黄金町バザールも終わったので、黄金町に出勤せずに仕事してみる。
 暖かい時間に4km走る。
 家と家の近くで仕事。
 夕食は、湯豆腐、ぶりの照り焼き、ワカメも味噌汁、モヤシと人参のXO醤炒め。

黄金町バザール 2012 最終日

 プレイベントから数えて3ヶ月にわたって開催された「黄金町バザール2012」も本日で最終日。
 通勤経路に軽く町のようすを見て回る。
 幸運にも比較的温かい日差し。陽気に誘われて人出も結構出ているようで、町に活気がある。
 エッセイの〆切なので午後7時過ぎまで仕事をして、クロージングパーティへ。(会費500円)
 みんなの顔が明るい。
 若い人が多い。
 地元商店会の料理も美味しい。
 どんどんいい町になっていく。
 一次会終了後、エッセイを仕上げに事務所へ戻る。
 少し直しを入れて午後10時過ぎ、とある場所を通りかかったら、アーティストたちが集まって飲んでる。
 午前2時頃まで芸術談義。
 かなり飲みました。
 パーティのあまりのお酒なので会費はタダ。
 ほんとにいい町だ。(笑)

三菱みなとみらい技術館

 かねてより夫婦で懸案事項になっていた、三菱みなとみらい技術館へ。
 三菱がいかにたくさんの国家的プロジェクトに関わってきたか、というのがとてもよくわかる。
 それはそれとして、H-2A ロケットとか、小型旅客用ジェット機 MRJ とか、ロケットエンジンの実物とか、潜水調査船「しんかい6500」の精密断面模型とか、地球深部調査船「ちきゅう」とか、科学少年の心が躍る。
 一方、伝えたいものは素晴らしいのに、見せ方がまるでなってないものも多数。
 素晴らしい技術の一方で、広報部門であるこの施設にはいい人材が投入されていないらしい。
 妻の買い物の手伝いで、横浜西口のヨドバシカメラへ。
 キヤノン PowerShot S110 というコンパクトカメラを購入。(妻の研究用)
 説明を聞いてからもっていた iPad で安値を調べて、価格交渉して値引きしてもらう。
(個人では好きな値段で買っていいけど、公費で買うときには、すぐにわかる安値よりも高く買うことはできない)
 ついでに腕時計の電池交換。
 天気予報が外れて、かなりの雨が降り出したので、以後の夫婦の予定は中止。
 黄金町へ出勤。
 午後11時過ぎまで長編執筆。

体のメンテナンス

 午前中、ウォーキング&ジョギング 5km。
 夕方、仕事場近くの整形外科で肩のリハビリ。(10回目)
 午後8時半まで仕事して、午後9時、野毛でマッサージ60分。
 年を取ると、体を維持するだけで努力も時間もお金も必要。