映画/テレビ/演劇

「クライ・ベイビー」

 執筆中の青春小説の資料として映画「クライベイビー」を観る。
 ジョニー・デッブの初期の作品、という説明があるんだけど、あまり映画を観ない僕はジョニー・デップって誰?その人ユーメー?という感じ。(すみません)
 それよりも中にちょい役ででてきたパトリシア・ハーストの方が僕にとっては有名人。
 映画は、「ウエストサイドストーリー」(=ロミオとジュリエット)と「グリース」「アメリカングラフィティ」をいっしょにしたような感じで、ストーリー的にはマンガチックなコメディタッチのミュージカル。
 映画なんだからこのくらいお馬鹿でもいいんじゃないっていう意味で、いい映画だと思う。
 勉強になったのは square という単語。
 高級住宅街という意味なんだけど字幕では「山の手」と訳されていた。
 この映画の中では不良(非行少年)を意味する juvenile delinquent といういささか堅い言葉をみんながよく使う。
 まあ、皮肉なんだけど、そのなかで印象的なセリフは、主人公が祖母からオートバイをプレゼントされたときにいうセリフ。
“I am the happiest juvenile delinquent in Boltimore.”
 (おれは、ボルチモアでいちばん幸せな不良だぜ)
 映画の舞台になっているメリーランド州ボルチモアは、重工業地帯で人口の22.9%が貧困層であり、とくに18歳未満の30.6%が貧困層に属している。(ただし数字は2000年現在のものなので、映画の舞台になっている時代にはもう少し違う数値だろうと思うけれど)
 そこで、貧困層の不良と山の手との対立、というのがロミオとジュリエットに於けるモンタギュー家とキャピレット家みたいな対立するふたつのグループというのになり得るわけだ。
 そこで山の手のお嬢様が貧困層の不良男子に恋をする。
 しかし、見初める場所が公民館での予防接種(種痘かBCGだと思われる)というのがミソで、階層に別れた社会ではふたつの階層が接触する場所は実際にはあまりなく、物語的に出会いをつくらないとストーリーが成立しない。そこで「誰でもが行く場所」として「予防接種」を使っているわけだ。
 この予防接種のシーンはタイトルバックでセリフなしで提示されるけれど、そこでふたつの階層が互いに相手に対して感じている不快感というのをすべて表現し尽くしている。荒唐無稽なマンガ風な作りだけれど、このあたりをしっかりつくっているところが、ただ者ではない、という作品。

アンリ・カルティエ=ブレッソン 瞬間の記憶

 フランス系女友達に誘われてアンリ・カルティエ=ブレッソンのドキュメンタリ映画を観る。
 場所は、渋谷スペイン坂の rise X 。38席しかないミニシアターだ。
 淡々とブレッソン自身が写真を見せながら語っていく。
 ブレッソンを知りたい人にとってこの加工されない感じの映像は悪くないと思う。とにかく作りすぎていない。作り手というのは往々にして作りすぎるものなので、この視点は評価できる。
 一方で、ブレッソンや、周囲の人が語っている内容そのものは、本当にブレッソンの写真の本質に迫っているかどうか、個人的には首を傾げた。というのも、僕も(手すさびだけど)写真を撮るし、いろいろな創作にたずさわってきたけれど、そうした創作者の視点からは、この映画で語られている内容が当たり前すぎて、驚きがなかったからだ。
 もっとブレッソンを怒らせたり困らせたりして、そこからもっと奥深くのものを引っ張り出す、というやり方があってもよかったと思う。でないと、どこか「巨匠ブレッソンにお伺いを立て」ている映画のようでもある。カメラも監督もブレッソンという被写体と戦わなかった映画だ。
 ただ、冒頭に述べたように、あまりいじらずにカルティエ=ブレッソンが語るに任せる、という手法は、実は受け手としては意味があることなので、被写体と戦わなかったことが、必ずしも悪いことだとはいえない。プレーンな情報源であることもドキュメンタリー映画の役割なのだから。
 フランス語の映画は久しぶりに観たなあ。イタリア語も英語も混じっていたけれど。
 大学で5年間フランス語を勉強した(はずな)ので、少しはわかるけど少ししかわからない。ちょこっとラジオ講座を聴いただけのイタリア語とあまり変わらないのが情けない。(笑)

「ザ・ヒットパレード」

(フジテレビで本日さっきまで放送)
 台本はとっても雑なんだけど、そんなことどうでもいいや、楽しかったです、僕らの世代には。
 当時新品だったはずなのに、放送開始の日にすでにテレビ受像器がが汚れてレトロ調にくすんでいるのはなぜだ、なんてことも、この際、許そう。
 テレビがフロンティアだった時代の物語。
 小説はいまでもフロンティアだぜ。俺がいる限り。(なんちゃって)

『リング』

 いやあ、恐かった。
 電気消してみていたけど、途中で思わず点けてしまいました。(笑)
 最後、真田広之が死ぬところははオチがあるのだろうと思って全然恐くなかった。なのに死んじゃった。そうか、怖がらなきゃいけなかったんだ。(笑)
 さらに最後の松嶋菜々子、ちゃんと恐いのがよかった。
 7年前の映画(撮影は8年前?)だけど、彼女の演技は完成されていますね。大したものです。
 原作は本棚にあるけど読んでません。
 昔、角川の編集者に「ホラー書きませんか?」といわれたんだけど、理屈っぽいのでどうも、説明が付かないことが書けないキライがあって、でもホラーというのは理屈が通用しないからコワイわけで……ようするに書けないとお断りしちゃいました。
 キャラクターは不可思議な理屈の通じない人格は書けます。でも、理屈の通じないストーリーは書けない。 (一応、ミステリー作家ですから)
 GYAOで見た初めての映画でした。
 コマーシャル入るけどタダというのと、200円ぐらい払うのと、ビミョーですね。
 先に見ると決めたものは払ってでも見る。
 でも『リング』は無料じゃなかったら見なかったかも。
 監督:中田秀夫
 原作:鈴木光司
 さあて、3時間しか寝てないから、そろそろ寝ましょうかね。

「彼のオートバイ、彼女の島」

 大林宣彦監督。
 だめ、最後まで見ることができずに最初の20分みて消去。
 観念的でありながら、作り込みがあまりにも雑。
 たとえば、主人公が女性と出会うシーン。レンジファインダーのカメラなのに、ピントを合わせようともしないし、ファインダーに指がかかっている。もちろん明確にシャッターを押す、という瞬間も表現されていない。シャッターを押す、という行為を理解していない映像監督なんて信じられない。
 片岡義男の原作は、いわゆる片岡義男ワールドができているのだけど、この大林映画は、「太陽の季節」みたいな映画を1986年に撮ろうというただの時代錯誤。71年の「8月の濡れた砂」(藤田敏八監督)の方がずっといいです。
 僕は映画のこと、あまり知らないんだけど、大林宣彦って名前はよく聞くので、この人、有名なんでしょ? どうして? 83年の「時をかける少女」はそんなに悪くなかったと思うんだけど。

カサブランカ

 全米の映画・テレビ脚本家約9500人で組織する米脚本家組合(WGA)は7日までに、歴代の優れた映画脚本101作品を発表し、最優秀脚本として第二次大戦下の仏領モロッコを舞台に揺れ動く男女の愛と勇気を描いた「カサブランカ」(1942年、エプスタイン兄弟/ハワード・コッチ脚本、ハンフリー・ボガート、イングリット・バーグマン主演)を選出した。 (asahi.com)

 異論はないです。
 それほど映画好きではない僕が、途中から見ても、何度見ても、面白くて釘付けになる。
「The有頂天ホテル」(三谷幸喜)も負けていないと思うけれど。

『覇権の標的(ターゲット)』映画化決定!

つぶやきの壺焼きリニューアルにぴったりのタイミングでビッグな(!!!)お知らせです。
『覇権の標的(ターゲット)』が、 Dream Works により映画化されることになりました。
現時点での公開時期は、米国で 2007年10月の予定。
Dream Works による正式な記者発表は
4月1日
10:00 PDT Hotel Wastine St. Francis (San Fransisco, CA)
13:00 EDT Hotel Parthenon (New York, NY)
 (上記は同時刻 日本時間では 2日02:00am)
で、同時に行われます。(多分、配役も発表されると思いますが詳細不明)
 スピルバーグ監督はどちらかに登場し、二会場はインターネットによって結ばれ、同時中継されるそうです。監督が壇上に登場したときにストーリーにちなんだアトラクションがありますが詳細は内緒。
日本での公開は、国内配給会社と Dream Works とのあいだで交渉中であり、決まり次第、そちらからアナウンスがある予定です。
いやあ、もう、めちゃめちゃうれしいなんてもんじゃないです。
舞い上がってます。
ほんと、今日まで黙ってるのがつらかった~(笑)
                ( April Fool でした。念のため )