日: 2010年11月3日

箱根越えサバイバル

 問題は二つ。
 僕の身体がどのくらい保つか。
 車がどのくらい保つか。
 さらにいうなら、このオートバイがどのくらいの速度までなら安全に走ることができるか。
 ギアが5/6速しか使えないからクラッチの耐久テストになる。
 少なくともヘッドライトとメーター類がついているステーが曲がっている。
 それだけではなく、フロントフォークだって曲がって狂っている可能性がある。
 もしそうならば高速走行は危険だ。
 しかし高速走行ならクラッチはつなぎっぱなしでいい。
 御殿場ICに着くまでに判断しなくてはならない。
 ところが渋滞しているから、速度が出せない。
 高速で走ったときの問題は洗い出せない。
 反対車線を逆向きに走れば走行テストはできるが、御殿場から遠くなる。
 こんどは、その間のクラッチと僕の身体の耐久性が問題になる。
 判断がつかないうちに御殿場ICまで来た。
 すでにクラッチレバーを握っていたグリップはかなり疲れている。
 結局、最悪の事態を避けるリスク判断として、一般道を走ることにした。
 二度目のコース変更。
 小田原まで38Km、ただしその道は箱根越えになる。
 半クラッチと5/6速で登れそうになければ、方針を変えよう。
 小田原まで行けば、このバイクをメンテナンスしてくれたKすけさんがいる。
 祝日の遅い午後、休みなのに申し訳ないけれど、少しでも早く誰かを頼りたい気分だった。
 電話をかけて、むりやり持ち込みを告げる。
 そうと決まれば、つぎは僕とオートバイの耐久性の問題。
 一路、小田原へ向けて箱根の山を登り始めた。
 速度が出ていれば5速でもときどき半クラッチをつかって登っていける。
 ところが渋滞しているから、何度も何度もストップ&ゴーの状況だ。
 クラッチを握る僕の左手と、バイクのクラッチの耐久テスト。
 下り始めると、今度は5速でエンジンブレーキが効かないから、右手のグリップとディスクブレーキの耐久テスト。
 下りでも止まってしまうと、クラッチを握り続けなければならない。
 なんどかエンジンを切って左手を休ませながら、渋滞した箱根の山道で小田原を目指す。
 寒い。
 こんな時刻に箱根にいる予定ではなかった。
 暖かい時間帯に千葉へ行ってとっくに仕事場に出ている時間なのだ。
 疲れている。
 この6時間で食事を摂った30分しか休んでいない。
 しかし、時間が経てば痛みが増していくことも、気温が下がることもわかっている。
 どんどん暗くなる。
 ひとりタイムリミット・サスペンス状態だ。
 午後6時前、転倒から2時間半後、橋まで迎えに出てくれていたKすけさんの顔が見えた。
 ガレージの敷地にバイクを停めた。
 オートバイに貼りついていた自分の身体を丁寧に剥がすようにして地面に降りた。
 あらゆる動作で激痛が走った。
 倒れても大丈夫な場所まで辿りついていた。
 でも身体をまっすぐに立っている以外の動作に移ると激痛がくるので、座る気にもなれない。
 ガレージの中に自分の力でバイクを入れる体力と気力がない。
 Kすけさんが入れてくれた。
「小田原駅でいいですか。それともご自宅まで送りましょうか」
「すみません。小田原駅でいいです」
 身体をかがめて車の助手席に座る動作に、痛みに耐えながら10秒以上かかる。
 身体を捻ることができないので、シートベルトを探せない。
 小田原駅に到着。
 再び苦痛に顔を歪めながら助手席から降りる。
「お休みのところ、ご家族にもご迷惑かけてすみません」
 謝りながら、送ってもらった車を見送った。
「ケガをしている。小田原から帰る」
 蛍光灯の光の明るい駅で、家に電話した。
 駅のホームへ降りる階段は、老人のように手すりに掴まりながら一段ずつ両足だ。
 一歩一歩の衝撃が上半身の痛みになる。
 東海道線上り列車は空いていた。
 横浜につくまでにだんだんと混雑してきた。
 擦り傷だらけで穴の空いたミリタリージャケットを来た僕の両側だけ、だれも座らずにずっと空いていた。
 よっぽど険しい顔をしていたのだと思う。
確認できた損傷
【身体】
 肋骨3本骨折。左鎖骨捻挫。右手首捻挫(軽度) 左膝捻挫(ほんの少しだけ)。
 左膝擦過傷。左肘擦過傷。
 13回のX線被爆。
 初回の医療費 7000円
【物的損害】
 ヘルメット 衝撃を受けたので廃棄 買い直し
 ジャケット 6990円 着用一日目 ちくしょう! 廃棄
  (口惜しいから通販ですぐに同じものを注文した)
 ヒートテックの下着 上下 それぞれ穴
 トレーナー 穴
  (上記3点は糸でかがって修繕済み)
 Gパン 穴
  (ファッションアイテムとしてそのまま履く (笑))
 靴 擦り傷多数
 オートバイ修理 金額未定
   24年前のバイクなので、オリジナルの部品は、
   メーカーから入手できないかもしれない。

御殿場アクシデント

道の駅「どうし」を出ても道は順調で、ほどなく山中湖村平野に出た。
「テニスしに来たのはここだったかなあ」
 などと、なんとなく記憶にある景色を通り抜ける。
 大学生の時も、NECの社員の時も、ASCIIの社員の時も、このあたりにテニスをしに来た。
 いい天気だけど、たくさんあるテニスコートに人影はなかった。
 観光地に来るのが目的ではない。
 オートバイで走るのが目的だ。
 なので、湖水が見えても特に湖畔に降りるわけでもなく、一路、僕は御殿場を目指していた。
 思ったよりも気温が低かった。
 Gパンの下にユニクロのヒートテック下着は着ているのだが、膝までのもの。
 冷えてきたのか、左側、ギアシフトをする方の足の外側の筋肉になんとなく違和感を感じ始めた。ひくひく痙攣を起こす前兆のような感じ。
 そんななか138号線は御殿場に向けて渋滞し始めた。
 ストップ&ゴーが続くなかで少し流れ始めた矢先のこと。
 目の前に乗用車の後部が迫っていた。
 どうやら、僕は一瞬、よそ見をしていたのだ。
 ぐんぐん迫ってくるなかをフルブレーキング。
 時速2-30Kmほどの速度だったはずだが、オートバイは大きく前のめりにダイブして、一瞬、後輪のグリップを失い、それが回復した瞬間、オートバイと僕の身体は左肩を下にして路面にあった。
 スピードを出していたわけではない。カーブでもない。どう考えても転ぶようなシチュエーションじゃないから、心に準備はまったくできていなかった。
 背中にいままで感じたことのない痛みを感じた。
 けれど、そんなにひどい状態ではないと思った。
 路面とオートバイとに挟まれた左足に激痛があるわけではない。
 頭はヘルメットに守られてなんともない。
 たいしたことはないと思った。
 けれど、しばらく動けなかった。
 後ろにいたオフロードバイクの人が助けに来てくれ、道路を塞いでいる僕のバイクを起こして、道の端まで動かしてくれている間も、僕はアスファルトに横たわっていた。
 バイクがなくなった路面で転がっている自分の姿を天から見ている自分がいて、早く立ち上がらなければ、と僕は起きあがった。
 立てた。
 足は大丈夫。
 いろいろなところが痛いことは痛い。
 しかし、致命的なことはなさそうだ。
「大丈夫ですか」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「足、ひねっていませんか?」
 そういわれて僕は膝の曲げ伸ばしをしてみた。すり傷が痛むが関節痛はあまりない。
「少し休めば大丈夫みたいです。ありがとうございました」
 僕のバイクがどいた道路はふつうのトラフィックに戻っていて、僕はそれを呆然と見送っていた。
 車が通りすぎる隙間から、割れてしまった、僕のバイクのオレンジ色のウィンカーの破片が見えた。
 昨日買ったばかりのユニクロのジャケットの腕に穴があいていたのが悔やまれた。
 膝がズキズキするけど、これはすり傷だからまあいい、と思った。
 肩と脇腹と背中と胸が痛くて、もし、このバイクがまた倒れたら自分では起こせないと思った。だが、幸いいま、バイクは立っている。
 ブレーキもクラッチも、レバーは折れていない。
 エンジンはかかるだろうか。
 セルを回すとわずかな不安の時間の後、エンジンが回り始めた。
 よかった。
 ギアはどうだ。
 ニュートラルが出ない。ニュートラルランプが点かないだけでなく、ギアがそこまで下がらない。
 とにかく跨って、クラッチをつないでみた。
 トルクがない。
 それでも7千回転くらいでつないでやると走り出した。
 すぐにつなぐとエンストするので、またクラッチを切る。
 ある程度の速度が出ればなんとか走れる。
 どうやらこのギアのよりも下には入らない。足で探りながら上を調べると一段しかシフトアップできない。
(交通の流れが悪いので、それを調べるのにも結構時間がかかった)
 つまり、5速と6速しか使えないらしい。
 さらには、ニュートラルが出ないので、停まっている間中、クラッチレバーを握っていなければならない。
 渋滞していなければ問題にならないけれど、道路は混んでいた。
 しかし、なんとかしかるべきところまで走っていくしかない。
(つづく)

オートバイでちょいと遠回り

R0015300.jpg
 マンションにオートバイの駐車場が不足していて駐めることができない。
 そこで仕方なく外部に駐車場を借りている。
 それがAPECの警備の都合で移動を余儀なくさせられた。
 実は雨さえ降らなければ僕にとってこれは好都合。
 何故かというと、移動させられた行き先の方が、家から近いのだ。
 暑さも去り、バイクにはちょうどいい季節だから、どんどん乗ろう、と思うわけだ。
 そんなわけで、黄金町まで少し遠回りして出勤しようとオートバイに跨り、みなとみらいから首都高に入った。目的地は千葉だ。
 いや、その瞬間まで目的地は千葉になるはずだった。
〈大黒-東扇島 事故通行止め〉
 なんてこったい。
 ここが通行止めでは、千葉へ向かうアクアラインに入ることができない。
 というわけで、急遽、目的地を変更して、東名高速方面を目指すことにした。
 しかし、そもそも千葉方面にしたのは御殿場インターチェンジ手前が渋滞しているという情報があったから。
 ならば、というわけで、国道16号をそのまま北上して、相模原から道志を通って山中湖に抜けるルートを行くことに。
 交通は順調で、気持ちよく走り、道の駅「どうし」で休憩。
 いやあ、バイクがたくさんいる。
 NEC相模原事業場に勤めているころ、山中湖にテニス合宿なんかに行っていた時分には、よく通った道だ。
 当時は未舗装路もあったりしたけど、いまは完全舗装。
 道志村というと寒村のイメージなのだけど、道の駅の食堂のメニューはけっこういい感じにオシャレ。
 売り切れていたけどポトフなんかもあるのだ。
(田舎のオシャレは勘違いが多いけど、ここのは趣味がいい)
 というわけで、盛りつけも素敵なでっかい野菜入りカレーで、朝昼兼用。
 腹ごしらえもできたところで、山中湖まで残り38Km。
 そのまま、山中湖へ出て、あとは御殿場ICから東名高速でさらっと横浜へ戻る。
 というつもりで走っていたのだが……。
 このあと、第二のルート変更。
 意外なドラマが待っていた。
(つづく)
R0015298.jpg