横浜の中心部を歩いてみた。
東京でいえば大手町にあたる日本大通り周辺から、シルクセンターを経て、山下公園/中華街方面へ。
かなり暑いんだけど、ちゃんと汗をかくというのはいいもんだ。
久々に帰りはみなとみらい線に乗って帰ってみる。

年を取ると(笑)夏の暑さが堪えるなあ、とここのところ毎年感じる。
今年はまだ感じていないけれど、やがて耐えなければならないはずの本格的な暑さに備えて体のコンディショニングについて考えている。
上半身を大きく動かす機会が少ない。
というわけで、公園へ出て運動。
気合いを入れるためにユニクロのスポーツ用のタイトなウエアを着込み、(これを着てもお腹のあたりが恥ずかしくない体になりたいものだと考えながら)、ストレッチだの、シャドウボクシングだの、サイドステップだの、シャドウピッチングだの、シャドウサーブ(テニスの)だの、もも上げだの、……と1時間ほど。
上半身をさまざまな方向に曲げたりひねったりする機会が日常生活の中であまりにも少ないのだ。

ワールドカップのせいで国内にいながら時差惚けをしている人も少なくない今日この頃。
阿川はもともと不規則なので、いわゆる時差惚けというのはあまりなくて、慢性的睡眠不足ゆえに、睡眠時間が取れさえすれば、眠る時間がいつであろうと、寝ないよりはマシ、という状態。
でも、早起きをした方が脳の調子は明らかにいい。
ところが夜型習慣がついているので、仕事の着手が遅い。
時差ボケではなく、就業時間帯の時間差になれていない。夕食後に本格的に執筆していたのに、いまは、夕食後には眠くなる。そこで「あ、そうだ、今日の時間はもう残っていないのだ」と気づいて慌てる。
そんなこんなも、慣れの問題でしょう。きっと。
昨日は4時に起きて3位決定戦を観てからヨットへ。
自分の船は出さずに、ハーバーの仲間の船で「お客さん」を満喫。お昼は八景島マリーナに入って、船上で昼食。この船のボースン(クルー頭)は、料理も操船も完璧で、帰りなんざ、オーナーがキャビンで寝ているうちに出航判断して、オーナーが目覚めたときにはホームポート。お客さんのこちらも、デッキで爆睡。
(うっかり日焼けしてしまった、顔も腕もヒリヒリ)
決勝戦を観るため、早寝します。
デスクトップパソコンのファン回転音がうるさい。夏になるとさらにうるさい。静かなのに買い換えたいけど金がない。 (その上、どの機種が静かなのかわからない)
というわけで、CPUクーラーの衣替え。ついでに、ケースファンなしで動かしていたものに、低回転数の静かなファンを改めて取りつけ。
写真左は「峰クーラー」という商品名。ファン付3970円。写真右は新たにケースに取りつけた8cm1500回転の排気用静音ファン。
結果、めちゃめちゃ静かになりました。字を書いているだけなら、CPUファンはほとんど回らない。もっと早く取り替えればよかった。

ここのところかかりきりだった文庫向けのプロット、前夜から総仕上げに入っていて、たったいま完了。
編集者からOKがでるかどうかは別だけれど、とりあえず完成。
ふ~。
それではこれから寝ます。
執筆中の青春小説の資料として映画「クライベイビー」を観る。
ジョニー・デッブの初期の作品、という説明があるんだけど、あまり映画を観ない僕はジョニー・デップって誰?その人ユーメー?という感じ。(すみません)
それよりも中にちょい役ででてきたパトリシア・ハーストの方が僕にとっては有名人。
映画は、「ウエストサイドストーリー」(=ロミオとジュリエット)と「グリース」と「アメリカングラフィティ」をいっしょにしたような感じで、ストーリー的にはマンガチックなコメディタッチのミュージカル。
映画なんだからこのくらいお馬鹿でもいいんじゃないっていう意味で、いい映画だと思う。
勉強になったのは square という単語。
高級住宅街という意味なんだけど字幕では「山の手」と訳されていた。
この映画の中では不良(非行少年)を意味する juvenile delinquent といういささか堅い言葉をみんながよく使う。
まあ、皮肉なんだけど、そのなかで印象的なセリフは、主人公が祖母からオートバイをプレゼントされたときにいうセリフ。
“I am the happiest juvenile delinquent in Boltimore.”
(おれは、ボルチモアでいちばん幸せな不良だぜ)
映画の舞台になっているメリーランド州ボルチモアは、重工業地帯で人口の22.9%が貧困層であり、とくに18歳未満の30.6%が貧困層に属している。(ただし数字は2000年現在のものなので、映画の舞台になっている時代にはもう少し違う数値だろうと思うけれど)
そこで、貧困層の不良と山の手との対立、というのがロミオとジュリエットに於けるモンタギュー家とキャピレット家みたいな対立するふたつのグループというのになり得るわけだ。
そこで山の手のお嬢様が貧困層の不良男子に恋をする。
しかし、見初める場所が公民館での予防接種(種痘かBCGだと思われる)というのがミソで、階層に別れた社会ではふたつの階層が接触する場所は実際にはあまりなく、物語的に出会いをつくらないとストーリーが成立しない。そこで「誰でもが行く場所」として「予防接種」を使っているわけだ。
この予防接種のシーンはタイトルバックでセリフなしで提示されるけれど、そこでふたつの階層が互いに相手に対して感じている不快感というのをすべて表現し尽くしている。荒唐無稽なマンガ風な作りだけれど、このあたりをしっかりつくっているところが、ただ者ではない、という作品。
時差の関係でいま、アメリカは独立記念日(7/4)。
『覇権の標的』では主人公の日本人がこの休暇にかけて仲間になる中国系アメリカ人に会いに行く。
アメリカでは、みなが「アメリカ」を謳歌する日。そのさまは実にうらやましいくらい。少なくとも愛国心はあったほうが楽しいことだけはたしか。日本にはむりに愛国心を否定する人もいるけど。
で、スペースシャトル打ち上げぴったりのタイミングで北朝鮮がミサイルを発射、本日、この時間までの7発。最初の発射は午前3時半で、その第一報が入ったのが、「ドイツ対イタリア」の試合を見ている真っ最中だった。つまり、かなりの数の日本人がほぼリアルタイムで知ったはずだ。
同じタイミングで、前日から日本の報道関係者が多数、平壌に呼ばれていて、向こうに滞在している。
表向きは横田めぐみさん関連の取材をさせるということで呼ばれたらしいが、何が起きても、日本とのチャンネルを残しておくための作為だろう。もしかしたら、武力で反撃されないための人質のつもりもあるのかもしれない。
早寝をして、海技免状の更新講習に行く予定もあったけれど、前夜から小説の調子がいいので、結局、サッカー観戦をはさんで午前10時前に寝て、先ほど(午後2時過ぎ)起きたばかり。
ここ一両日で、文庫向けのプロットを固めるつもり。
ブラジル代表が帰国して罵倒された。
http://www2.asahi.com/wcup2006/news/TKY200607040089.html
これが、サッカーの代表の本来の姿なんだと思う。
選手はプロなんだし、勝つためにやっているのだし。
優勝チーム以外は負けて終わり、国に帰って罵倒される。
サッカーワールドカップのあるべき姿はコレだろうと思う。
「よく頑張ったね」「感動をありがとう」なんて温かく迎えられてはいけないのだ。
だいたいプロを相手に「よくがんばったね」なんて失礼だし、選手も負けて慰められたくないだろう。
見ている人が自分の心の中でどう思ってもいいし、いろいろな思いもあるだろうし、その中で「ありがとう」と思うのはいい。けれど、選手に直接言葉をかけるとしたら、「ばかやろう」であるべきだと思う。
高校野球とワールドカップは本質的に違うのに、そのあたり、スポーツだというだけでいっしょくたにする人が結構いる。 また相手に対する配慮を欠いて言葉を選ばない人が多い。
常々思うのだけれど、「よくがんばった」と自分を誉める人は一流にはなれないと思うのだ。
だから、一流になって欲しい人に対しては、「ばかやろう」というべきだ。たとえ心の中は「ありがとう」や「ごくろうさん」であったとしても。
小型船舶操縦士の免許更新のため住民票をとり、関内まで出て伊勢佐木町でちょっとした用事を済ませたあと、ちょっとした集まりに。
中華街で食事をして帰宅。
人とリズムが合った感じの一日で心身共にリフレッシュ。
