
午前5時過ぎ、目が覚めると外はもう横浜港が見えている。
ベイブリッジをくぐって、大黒ふ頭が見える。
午前5時58分、大桟橋に着岸。
桟橋には、日章旗、イタリア国旗、そしてUW旗。
その奥に自宅マンションが見える。
午前6時過ぎ、 ビュッフェレストランへ。
船はもう到着しているのに降りないでレストランで朝食を摂るというのが客船の面白いところ。
ベネチアでは毎日食べていたブリオッシュ・コン・クレーマ(カスタードクリーム入りクロワッサン)があった。
手早く食事を済ませて部屋にもどる。
下船集合は6階に8時20分だが、午前7時には部屋を開けなければならない。
(今日の午後には、次の客を乗せてまた出航していくので、すべての部屋のしつらえが必要なのだ)
手荷物をもって6階のバーへ。
船内カードでは清算が済んでいるので現金精算のはずなのでUSドルで払おうとすると、船内カードを出せという。適当に書いたところに適当にサインしてエスプレッソコーヒー2杯。たぶんバーテンダーのおごり。
こういうところがイタリアって素敵。
部屋を空けるときにキーカードを置いて出てこなければならなかったのだけど、忘れて持って出てしまったので、フロントに戻しに行く。
イタリア人の女性だったので部屋番号をイタリア語で言ったら、お喋りが始まった。
ベネチアから1時間くらいのところの出身だって。
日本に来たいのだけど来られないんだって。(横浜に入港してもクルーはほとんど降りない)
午前8時過ぎ、下船手続きが始まり、午前九時前には自宅の到着。
ああ、楽しかった。
ゴールデンウィークにまとめて休みを取ったのは何年ぶりだろう。


午前5時50分、起床。
午前6時半、朝食。レストラン・シンフォニアのバフェット。
味もサービスも快適。
午前7時、Costa Victoria は鳥羽港の沖にアンカーを降ろす。
午前7時20分、下船の第一グループとしてテンダー(足船)に乗り移り、鳥羽港の桟橋へ。
バスで山を越えて伊勢へ。
20年に一度の式年遷宮の年の伊勢神宮内宮へ。
遷宮の完了は今年10月だけど、真新しい新しい建物ができているのを隠された幕のところどころから観る。
終了後、おかげ横丁へ。
鮑の蒸し串(700円)とビール(300円)、みたらし団子(130円)、伊勢醤油煎餅(130円)、などを食べ歩き、〆は小西湖という店で「松阪牛骨横丁そば」という名のラーメン(700円)。
どれも美味しゅうございました。
12時半、バスに集合して賭場へ戻る。
午後1時、鳥羽港に到着。
近鉄鳥羽駅前の一番街で真珠店などをみる。
ミキモトでは使わないグレードだけど、本物である真珠の装飾品などのビジネスを見る。
御徒町がダイヤモンド街なら鳥羽一番街は真珠街。
船室に戻った後はスパへ出向いて、30分ほどゆっくりする。
午後6時、錨を上げて出港。
御木本幸吉が人を見送るのに赤いハンカチをつかったという故事にちなんで赤いハンカチを振りながら、見送りに出てきた遊覧船に、こちらも赤いハンカチで応えながら出港。
(乗船時に入口で全員に赤いハンカチを渡されていた)
残り160海里を横浜へ向かう。
横浜から鳥羽へはヨットで行ったことがあるけど、今回はその逆の行程をクルーズ客船で。
出航後、バフェットで軽く食べて荷物のパッキング。
大きな荷物は午前1時までに廊下に出して預けなくてはならない。
その後、ピッツェリアでピザと麺の夕食。
今日のピザに生ハムがあるのを知って、キッチンに交渉して生ハムだけを皿に盛ってもらうことに成功。改めて赤ワインを頼んで Costa Victoria 最後の晩餐。


今夜のドレスコードは「仮装」。
昼、マスク制作のイベントが行われていて、遅い時間に通りかかったらまだやっていたので、急遽参加。白い「お面」に、絵の具で色を塗っていく作業。
(実は仮装の用意は事前にしてきたので、作らなくてもよかったのだけど)
技術はない上に、筆がひどく使いにくい。弘法だって筆を選んだのに、いわんやシロウトをや。
道具が悪い上に技術もない。
イメージはあるのに、手をかけていくとどんどん駄目になっていく。
絵の描ける人がうらやましい。
義務教育の図画工作で、せめて「かけ算の九九」のように絵を描く上での基本技術を身につけさせて欲しかった。
けっこう時間を使ってまあなんとかマスクを完成させる。
夜遅くから、仮装パレードがある。
それに先だって、夕食のレストランにも仮装して出かけることにする。
大人の学園祭なのだから楽しまなくては損だし、どうせなら人々にも楽しんでもらった方がいい。
相席のテーブルで、同年配風の夫婦、それから、40代の頃に奥さんを亡くした一人旅をしているという年金世代の男性。初めて会う人同士だけど、こちらが仮装をしていったことによって、会話のきっかけができたから、以後、楽しい夕食となった。
午後10時過ぎから仮装パレード開始。
行き着く先はシアターで、そこでサンバのリズムで仮装した人たちが踊る。
すごい熱気だ。
11時過ぎ、体力も尽きてきたので辞去して、ピッツェリアへ。
ピザだけでなく、すべてのレストランの中でここが一番イタリア風のものがある。


長崎から次の寄港地鳥羽までは520海里の終日航海。
気温も上がり、風も弱くて絶好のクルーズ日和。
朝起きてまずジョギング、約4Km。
ジョギングトラックになっている救命ボートのさがったエリアでは保守要員がボートを降ろすクレーンにグリスを入れて回っている。
シャワーを浴びて、朝食は後甲板のオムレツステーションへ。
気候がいいので気持ちよい。
肝心のオムレツは火が通り過ぎ。
(食品衛生上の理由で半熟のオムレツは作らないということらしい)
部屋にもどって書き物。
12時過ぎ、レストラン・ファンタジアでフルコース。
ううむ。メインの魚が醤油味だ。
あのね、日本食も別に用意しているのはいいとして、一方でちゃんとしたイタリア料理を食べさせてくれ。
オリーブオイルすらほとんど使っていない。
日本中にイタリアンレストランがどんどん増えているというのに、「日本人はオリーブオイルは苦手」っていったいいつの時代の神話だ。
船内でいろいろトラブルがあったからだと思う。
長崎から大量にHISの社員が乗り込んできたようで、そこいら中にHISのジャンパー姿の人が目立つ。改善に努力しているのは分かるけど、フルコースを出すレストランに青いジャンパーを着て監視員のように立っているのは、ひどく感じが悪いのでやめて欲しい。
部屋にもどって書き物。
船室はスターボード(右舷)なので、航海中、釜山からこっち、窓の外は海ばかり。携帯電話の電波もほとんど届かない。
前回の終日航海日は天気が悪かったので、みな、ここぞとばかりプールサイドに出ている。
午後2時過ぎ、それまで18ノットほどで航行していた Costa Victoria は、速度を15ノット以下にまで落としていた。
天候の見通しがよいのだろう。入港時刻に合わせて時間調整をしているようだ。
行程はは520海里を18ノットでいくと29時間で着いてしまうが、プランの上では37時間ある。

久しぶりに携帯電話の電波が受信できるようになってきた。
五島列島の島並も美しい。
港の奥へ入っていくと大小の造船所のドックが無数にある。
天候も良好で緑の陸地を見ながら、定刻午前9時30分、長崎港に入港。
係船が終了すると、ゴミ集めのトラックが来る。岸壁の水栓からホースで給水を始める。
客船は寄港地での補給もたいへんだ。
(船で2000人の乗客が真水のシャワーが使えるというのは凄いことなのだ)
下船は午前11時、入国手続きを終え、ターミナルを出るとすぐに「旧香港上海銀行」というのがあった。予想外にいい展示だった。入場料100円。機械がいろいろ壊れていて直すお金がないみたい。
当別展示の久保田馨の頓珍漢人形がまた素敵。
アーティストってすごいなあ。
そこから大浦天主堂も徒歩で坂を上がってすぐ。
ここへ来るのは9年ぶり二度目だが、以前より建物の傷みが進んできている。
長崎は世界遺産への登録を働きかけているらしいけれど、それ以前にきちんと歴史的建造物を保存していかないと。
天主堂から下りる坂の途中で飲んだザボンジュースとビワジュースがとても美味しかった。(各300円)
次は長崎ちゃんぽんか皿うどん。
中華街へ新しい道が整備されていて、天主堂下から800m。
そこで事件発生!
「江山楼」で皿うどんを食べていると奥歯の詰め物が外れてしまう。
旅はまだ続く、船の上には船医はいるが歯科医はいない。
幸い2ブロックほどの至近距離に歯科があり、午後2時からの診療時間が始まったばかりだった。
飛び込みですぐに診てもらうことができ、親切な先生と女性スタッフのおかげですぐに問題解決。
トラブルの日かと思ったら、今日はむしろラッキーだ。
船にもどる途中に “EIGHT FLAG”(何故か単数形)という店を見つけて美味しい紅茶とワッフルを食べる。ほんとのアンチックのインテリアも素敵で、これもラッキー。
午後6時、出航。
岸壁では地元の高校生のブラスバンドが演奏してくれている。ありがとう。
夜はシアターでマイケルジャクソンのそっくりさんのショーを二度観る。
ショーを観ている間にレストランは終わってしまったので、ピッツェリア。
ちゃんと窯で焼く Vera Pizza で、美味しい。アジア風のヌードルも美味しい。焼き野菜なども美味しい。
この船の全食事処でここが一番イタリアっぽい。
中国人のウェイターにナイフを複数形 knives で言ったらチンプンカンプンで、単数型 knife でないと通じなかった。日本の中学生以下だぜ。


夜が明けても窓の外は海ばかりだ。
今回の航海は終始風がけっこうあって、だいたいの時間、毎秒10mから15m以上の風がづいている。
基本、海の上に携帯電話の電波は届かないのだけど、陸に近い場所では時々電波が届く。その隙間を縫って、ネットにつないでいたけれど、夜が明けてからは日本の携帯電話の電波はまったく届かない。
そう、ここは東シナ海である。
朝食は昨日大トラブルのレストランへ敢えて出向く。
案内されたテーブルがかなり違う場所なので、担当者はまったくちがう。
今朝は4人がけのテーブルで相席はリタイヤ組のご夫婦。
サーバーもちゃんとしていて、昨日とうってかわって、楽しく会話しながらの朝食となった。
午後3時半、済州島北部の客船ターミナルに入港。
海から船で外国に入るのは生まれて初めて。
おそらく韓国政府が外国の客船に便宜を図る制度になっているためか、入国の手続き事態は極めて簡略化されている。
ただし、2000人が一斉に降りてくるのを一気に処理するキャパシティはないので、着岸完了から、全員が船から下りるまでには1時間以上かかる。
観光タクシーのチャーターをアレンジしたときには船の予定は14時30分入港だったのが、15時30分に変更。タクシーの予約は入港時刻の1時間後だけれど、それも変更しなくてはならない。
というような用事だけのために28日に羽田まで韓国で使える国際電話を借りに行ってきたのだった。
済州島に近づき、借りている韓国の携帯電話の電波が入るようになったので、タクシー会社に電話するが、韓国語のメッセージで応答があるばかりで、何を言っているか分からない。
仕方がないので、船のインフォメーションデスクへ出向いて、韓国語のできるスタッフを呼んでもらい相手の会社の緊急サービスに電話をかけて、すべてのアレンジの変更を伝えてもらう。
これで一件落着。
結局、かけた電話はこれで使った1分55秒。
午後4時30分、船を下り、ターミナルのエリアから出たところで待っていたワンボックスカーのタクシーのキムさんと落ち合うことに成功し、4時間、案内してもらう。
道行く自動車はほとんどが「ヒュンダイ」、次が「KIA」と韓国メーカーの車ばかりで、希にフォードやクライスラーが混じるが、日本車はまったく走っていない。
町の看板で見た日本のブランドは「富士ゼロックス」だけ、世界でもこれほど日本製品や日本企業の影の薄い場所は見たことがない。日本企業ゼロパーセントの島だ。
済州島は到着が夕方近くですぐに暗くなってしまうので、できることが限られる。
オプショナルツアーは焼肉を食べるような内容だけど、韓国料理は日本に本格的なものがたくさんあるから、済州島で時間を使って食事をするのは時間がもったいない。
というわけで、僕らはタクシーをチャーターして、個別に案内してもらうことにした。
三姓穴、オバケ道路を案内してもらって、龍頭岩から海岸線を走る。
済州島の南には大資本の高級リゾートが並んでいるが、西の海岸は日本でいえば江ノ島茅ヶ崎の感じ。
庶民的なごく当たり前の海岸風景。
違うのは溶岩の黒い岩の続く海岸と、海沿いの道にびっしりと刺身屋が並ぶこと。
チャーターすると、普通の観光客が興味のないような質問を運転手さんにどんどんできるので、僕みたいにふつうの観光客が興味をもちそうなmのにはあまり興味がなき人間にはとても役に立つ。
海岸沿いの(少しだけ)お洒落なカフェでウィンナコーヒーを飲み、あとは船にもどってもらう途中でコンビニに寄って買い物。韓国ではもとファミリーマートだったところが「CU」というチェーンになっているという。
オプショナルツアーでない我々はいつもどおり、船内で食事。無料だし。

