月別: 2010年4月

沖縄から横浜へ

 午前8時半起床。
 いよいよ沖縄を後にする日だ。
 夕方の便で帰る小林淳子が、二階の部屋から起き出してきてコーヒーを淹れてくれる。
 朝食はサンエーで買っておいたパン。
 午前10時前、ゲストハウスを出て胡屋のバス停へ向かう。
 午前11時過ぎ、おもろまち駅到着(760円)
 ゆいレールにて那覇空港へ。(260円)
 空港ラウンジでメールチェックなど。
 1週間、テレビは見ないし twitter もまったくといいほどやらなかった。
 こういうものは必要ないのだと実感する。人間は「遊ぶ」動物なので、必要がないこともするものではあるけれど。

コザ、最後の夜

 コザ滞在最終日。
 会うべき人にもだいたい会えたし、至近の締め切りもないし。
 というわけで、ゆるゆるの日。
 二階の居間の畳の上でごろ寝をしていると、南国の風が吹き抜けてゆく。
 ブランチは「すばやーケンサン」で沖縄そば(450円)。
 コリンザのがらんとしたテーブルで、マンションの管理組合の仕事。
 近くのコールセンターの従業員が同じ場所でくつろいでいる。
 午後8時前、旬鮮伍八へ。
 コザに来て以来、ご主人Sさんから、小林淳子が沖縄民謡について、いろいろと教えてもらっているので、お礼をかねて。
 午後10時、一番街に戻って、ハナちゃんの屋台に立ち寄る。
 ハナちゃんは浅草出身のナイチャーだけど、コザで彼女を知らない人はいない。FMコザのパーソナリティでもあるし、町のイベントでは必ず手伝っているし、神出鬼没でどこにでもいる。
 町のあちこちで彼女に一日5回以上会うのだって珍しいことではない。
 去年は、そんな彼女が病気で姿を見せなくなっていた。
 ところが、一番街のシャッターの前で屋台をやっていたのだ。
 コザについた日から、その前を何度も通っていたけど気づかなかった。病気で15キロもやせていたから。
 そこにいたのが彼女だってわかったのは、今日の昼になってからだ。
 もう酒は飲めないので、グレープフルーツジュース(100円)を頼む。
 そしたら近所のおばあがくれたというバナナをたくさんくれた。
 いいちこ200円、オリオン缶ビール300円、と薄利の商売をしているのに、まるでエビタイだ。
 ハナちゃん、ありがとう。
 最後はパーラーりんりん。
 もう酒は飲めないので、ウーロン茶とうっちん茶(各250円)
 おなかいっぱいだというのに、みんなが食べ物を分けてくれる。

連載モードつづく

 本日も連載モード。
 しかし、起きた時点での体調があまりよくない。
 それなりにこつこつ。
 すばやー・ケンサンで「ちょい辛すば」(480円)
 中央パークアベニューの Asian Flavers でコーヒー(400円)を飲みながら、原稿書き。あるのは知っていて初めて入る店だったけど広々とした気持ちのいいお店。
 コリンザ1Fのテーブルで原稿書き。(タダ)
 330号線沿いのモスバーガーで原稿書き。(コーヒー220円)
 帰りにローソンに寄ったら駐車場でサーミーに会う。
 コザは狭い。
 半分ほどまで進んだので、いったん帰宅。
 トンカツを食べると原稿が書ける、というジンクスがあるので、夕食は「定食丸仲」の「トンカツ定食B」(通称「カツB」650円)
 ここのトンカツは分厚い肉をたたいて薄く延ばしてフライにしてあるので、食感が僕の好きなハムカツに似ているのだ。
 午後10時過ぎ、残り3時間くらいでできる感じになって、小休止。
 居間で小林淳子とゆんたく。
 彼女もすっかり沖縄になじんでいる。
 午前0時20分、Kさんから、電話がかかってくる。
「一緒に飲まない?」
「ごめん、仕事中」
 午前0時25分、照喜名薫から電話。
「いま、りんりんにいるけど」
「ごめん、仕事中」
(りんりんは歩いて30秒だ)
 それにしても夜半を過ぎて誘いの電話かい。それも2件も。
 午前2時半、連載原稿が完成。
 照喜名薫に電話。
「どこにいる?」
「シュンにいるけど」
「これから行くけど」
「俺はいないかもしれないけど」
 シュンに行くと、薫はいなかった。
 明日から、東京ツアーだしね。
 午前4時、シュンのマスター
「ジャンバラヤ、いったことあります?」
 ジャンバラヤというのは、60sのライブをやっている飲み屋で、午前0時開店、午前6時(公式には)閉店、という、内地では考えられないとんでもないスケジュールの店。
 ピークは中の町の店が終わってバーやスナックの人がやってくる午前5時過ぎだといわれている。
 かなり眠くなってきたので、30分ほどで先に帰らしてもらう。
 帰宅して、先ほど仕上げた原稿を改めて読みなおして確認。
 細かいところに少し手を入れてから、編集者宛に送る。
 はい、この時点で連載の締め切りクリア。
 午前5時、おやすみなさい。

昼、執筆。 夜、飲み。

 午前10時、「にれ」がすごく名残惜しそうにコザを去っていく。
 すっかりコザのマジックにはまったらしい。
 バス停で小林淳子と一緒に彼女を見送ったあとは、僕は定例月曜火曜の「連載小説モード」に突入。
 ゲストハウスではデスクというものが確保できないので、食事をしたりして執筆場所を確保するように店をホッピングしていくのが、コザで仕事をするコツ。
 しかし、正午から開いていて長居ができる「オーシャン」が閉まっているのがつらい。
 まず、Sideways でランチ(コーヒー付き780円)。
 しばらく執筆。
 中央パークアベニューを突き抜けたコリンザの屋上へ行って、そこから嘉手納基地を見る。
 コリンザは失敗した第三セクターの箱ものの典型。
 いまでは、ハローワークと、むりやりテナントになっている行政関連の組織、あとは100円ショップ、それにコールセンター。
 がらんとしたフロアに、喫茶店にあるようなイスとテーブルが、うめくさに置いてある。
 それがなんと執筆場所にぴったりではないか。しかもタダ!!
 というわけで、そこを次の執筆場所にして、夕方まで原稿書き。
(もってきたHHKBもつないだのだ)
 午後8半、サーミーの店「海鮮居酒屋ちゃぼ」へ。
 サーミーは一時期音楽をやめていて、12年間和食の修行をして店を開いたのだという。
 いまは、みんなに引っ張り出されて、ギタリストとしても活動している。
 今夜の飲みのメンツは、ひがよしひろ、コウゾウ、小林淳子のミュージシャン3人にミュージシャンでない僕、という組み合わせ。
 途中からお母さんが民謡歌手のSさんも加わって、沖縄の音楽の話とか。
(コザでは、どの店へいってもすぐに知り合いに会うので、飲み会のメンツはどんどん増えていく。
 そちらは午前1時半にお開きにして、PEGに顔を出して帰宅。
 僕は執筆モード中なので、10時過ぎからはほとんど飲むのをやめていたけど。

沖縄 コザ4日目

 帰宅は午前5時前だった。起きたのは午前11時。
 居間でゲストハウスの管理人のY君がジャンベを叩いていたので、僕はカホンを叩いてセッションをする。
 コザの朝は音楽で始まるのだ。(笑)
 上の階の歌姫2名も起きてきたようだ。
 いっしょに弁当の残りを食べる。
 午後1時半。
 PEGで知り合った居酒屋のご主人Sさんの車で、宜野湾マリーナへ。
 ギタリストの南風太さんのモーターボート(整備中)の周りで、本年最初のバーベキューパーティ。(会費1000円)
 ホテルの厨房から仕入れたイベリコ豚と、米軍基地から仕入れた骨付き肉だ。
 豚汁までイベリコ豚。
 しかしイベリコ豚はめちゃめちゃうまい。焼きたてはもちろん、海辺の風で冷めても豚の脂の臭みがまったくない。
 照喜名薫はリハーサルのため、先にいなくなり、僕らは美浜アメリカンビレッジでドロップしてもらう。
 姫たちとわかれて、僕は、スターバックスで2時間ほど原稿書き。
 連載エッセイを書き上げる。
 午後7時半、ライブハウス「MOD’S」で「城間健一 & King Voices」のライブ。(ライブチャージ2000円、飲食700円0
 ツインギターの一人が照喜名薫。
 4月23日、東京・調布グリーンホールで同バンドのコンサートがある。このライブはその仕上げ。
 調布ではチケット4500円のところ2000円で聞けたわけなので、2500円のお得。(笑)
 
 午後11時半過ぎ、コザへもどりパーラーりんりんへ行くと、ちょうど電気が消えたところ。
 沖縄ではそれで「ああ。残念」などと引き下がらないのが流儀。
 案の定、中では、常連たちが10人ほど飲んでいる。
 薫、サーミーのギター、りんりんパパのベースで、小林淳子や「にれ」もちょっと歌ったり。
 僕はサーミーにギターを教えてもらう。
 午前3時、やっとお開きになった。

沖縄 コザ3日目

 午前10時起床。
 昼過ぎになって、定点観測へ。
 昼の中の町。
 さらに、「にれ」の希望で銀天街。
 銀天街は、各地のシャッター通り研究家である阿川大樹おすすめの(当社比)日本一のシャッター通り。
 
 全国のシャッター通りファンが涎をたらして喜ぶ筋金入りのシャッター商店街である。
 どのくらいすごいかというと、アーケードの柱が根元で腐っていて危険だが、取り壊す費用も出せない、という。
 ついには行政が視察にきて、国道拡張のおかげでやっと入り口部分だけ取り壊しができた、というくらい、もうすでにどうにもならない商店街なのである。
 中はさながらダンジョンであり、007の映画で追跡シーンに使ってもいいくらい。
 ベネチアの裏路地にアジアの猥雑を加え、そこに中性子爆弾を落として、生物をすべて死滅させたあとの感じ。
 客と店員あわせて、そこにいる平均年齢は80歳を越えるかもしれない。
 冗談みたいだが、その中に爬虫類専門店まである。いやあ、なんて念の入った演出なのだ。
 
 アーケードのはずれには小さな公園があり、ものすごく立派なトイレがある。
 池がしつらえてあり、壁の噴水約15カ所から水が滝のように流れているように作ったらしいが、経費がかかるためか、水は完全に涸れている。
 つまり、行政がお金の使い方を間違えているのだ。
 立派なトイレをつくっても、人は来ないし、シャッター通りに店は増えない。
 タクシーで北谷の「カラハーイ」へ。
 りんけんバンドの中心メンバーである「かーつー」さんから招待をいただいて、初めてのりんけんバンド。
 立派なライブステージと客席のあるお店。本土の基準からすると飲み物や料理も安い。
 りんけんバンドは、アーチストというよりもエンターテインメント。ラスベガスのショーを彷彿とさせるよく錬られたショーだった。
 本日到着の小林淳子とそれをコザで待っていた「にれ」はアンコールの直前に滑り込みセーフ(ほとんどアウト)で合流。
 上原知子(照屋林賢夫人)の歌が良かったので、CDを買ってサインしてもらった。
 タクシーでコザへもどると、午後11時前。
 GATE 2 GARAGE 、JET とライブハウスをハシゴ。
 中の町、SHUNで軽く腹ごしらえをして、PEGへ。
 いつもはコザにきても、仕事以外にはあまり何もしないのだけど、今回は、歌手2名を、毎日、観光案内(?)しているので、ものすごく盛りだくさん。
 沖縄だからひとつひとつは安いのだけど、4軒5軒とハシゴするので、飲食代がどんどんかさむなあ。
(肝臓も疲れる)

沖縄 コザ2日目

 午前9時目覚める。
 旅の疲れ(?)でなんとなくシャキっとしないけど、11時前に始動。
 近くの喫茶店で仕事。
 12時半、オーシャンで昼食を執り、そのまま仕事。
 3時過ぎ、PEGを借りて仕事の続き。
 午後8時、長編の第二稿完成。
 店の回線を借りて編集者にメール。
 5分後に「受け取りました」のメールが帰ってきた。(月曜まで延ばさなくてよかった)
「島ごはん」で夕食を食べて「オーシャン」へ。
 ひがよしひろと合流。
 久しぶりに彼の歌を聴く。
 のち、横浜でのライブについて、打ち合わせ。
 ギタリストのTARAちゃん、三線製作者の照屋林次郎(照屋林助の次男、りんけんバンドの照屋林賢の弟)に会う。
 午前0時前、「JET」に移動してロックのライブを聴く。そこでも地元の知り合い数人に会う。
 コザでは商店会の八百屋さんのお年寄りも、アメリカ兵に混じって、ロックのライブを聴いているのである。
 まあ、そもそもハードロックは若者はあまり聞かないといえば、そうなのだけど。
(ハードロックはいまでは中高年の音楽なのでオヤジ「なのに」ロックを聴いているとかロックバンドをやっている、というのは別に「若い」という意味はまったくない。オヤジ「だから」ロックを聴いているということなので、そこのオッサンたち、そこんとこ間違えないように)
 
 午前1時に店が終わって、PEGに移動。ギタリストのサーミー、ベーシストのコウゾウがいる。
 サーミーがセッションにつきあってくれて、ちょっとギターを弾く。
 コザでは音楽はとてもカジュアルなので、超一流のプロ・ミュージシャンが、僕のような非プロと気軽に遊んでくれる。
 午前4時を過ぎて帰宅。
 本日も音楽まみれだった。

沖縄へ

 ばたばたしながら午前11時をまわって出発。
 YCATでチェックイン。
「手ぶらサービス」という荷物のチェックインは3月末で廃止になっていた。
 全日空129便で沖縄へ向かう。
 機内サービスも水と温かい日本茶以外は有料になっている。
 航空会社もサービス競争から徹底した生き残り競争に変わってきている。
 いまどき飛行機といっても別に贅沢なものではなきのだから、基本的に移動手段として、安全に目的地まで行くことができればそれでいいよね。
 午後4時前、那覇空港に到着。
 ゆいレールにて旭橋へ。
 バスセンターから77番のバスでコザへ。
 夕方のラッシュに入ってしまって、コザまで1時間半もかかってしまった。
 ゲストハウスにチェックインして、さっそくオーシャンへ。
 オリオンビールに絶品のタコス。
 なな、なんと、年中無休のオーシャンが、17日から22日までお休みなんだと!
 ニューヨークへ新婚旅行?らしい。
 ということは阿川大樹にとっては、昼間の仕事場がなくなるということではないか。
 パーラーりんりんへ移動。
 例によって地元のいろいろな人に会う。
 りんけんバンドのかーつーさんから土曜日の北谷カラハイのライブに招待される。 なんともありがたい。
 午後10時をまわったので、バーPEGに移動。
 ひさびさに照喜名薫に貸している自分のギターと対面。
 照喜名薫は、城間健一のツアーで21日から東京だそうだ。
 午前2時をまわったところでゲストハウスに戻る。

iPad がやってきた

 沖縄行きが近づいているので、ここのところ夏物衣料を引っ張りだして衣替えモード。
 タンス臭くなっているといやなので、朝一回、夜一回、どんどん洗濯機で洗って干す。
 ひたすら長編の通し読み。
 夕方、iPad がやってきた。
 ようするに友人がハワイで買ってきたのを自慢しに立ち寄ったわけだが。
 まあ、大きな iPod touch だけど、その大きいというところが大きな違いであることは確かだ。
 これで6万円は安い感じがする。
 4ー5万円のネットブックの一部は食われるだろう。
 オーサリングにはパソコンの方がいいけど、メールもネットも、ブラウジングなら iPad の方がいい。
 居間のパソコンならこれだ。

帰り道は遠回りをして

 昨日の寒さは何処、という暖かさ。
 まもなく沖縄へ向かうので、家にいる時間に衣替えをし始めている。
 半袖、短パン、かりゆしウエア、なんかを引っ張りだしてきて、選択し直す。
 仕事に出かける前と、帰ってきてから、1日2回、洗濯をして干す。
 オートバイで仕事場へ向かう。
 ちょうどいい気候だから、遠回りをしたいけど、締め切りなので自重する。
 昼食はすず家でたぬきそば(450円) 夕食はコンビニ弁当(498円)
 23時57分、原稿が仕上がった。
 緊張を抜くために、ちょっとギターを弾いてからスタジオを後にする。
 まだ寒くなっていないので、念願の(笑)遠回り。
 黄金町から磯子のヨットハーバーを経由して、本牧通りから山下公園、赤煉瓦倉庫経由みなとみらい。
 本牧の桜はすっかり緑になっていた。
 事業に失敗して貧しい暮らしをしていた父に上咽頭ガンが見つかり、ついの住処が黒ずんだ都営住宅では、と、両親は本牧の公団住宅に移ったのだった。
 その父がなくなって、自分の年金だけで暮らしていくために、いま、母はもう少し家賃の安い公団に移っている。
 本牧は本人を含め家族がガンとつきあうためにだけ住んだような場所だけれど、窓からも見える通りの桜はすばらしいのだ。
 そういえば、父は、本牧の桜を何度見ることができたのだっけ。
 午後1時半まえ、自宅に到着。
 花びらを緑追い越す桜葉の
    今こそ我が主役といわん