東横線で都内に向かっていると日吉で前の席に座った女性がいた。
顔つきもメイクも地味なのだけど、ちょっと凝った黒の網タイツをはいていて、服装も黒。胸の谷間をそれはもうやたらに強調した服装なのだ。まだ午前中だというのに、明らかに夜の服装。それにピンクの上品なレザージャケットを着ている微妙なミスマッチ。
げに春は不思議である。
多摩川に沿って2時間ほどずっと歩いてみる。
多摩川台公園、六郷疎水、川縁の高級マンション、と、次々に、桜、桜、桜。
日本にはかくも桜が多いのだなあ、と桜のシーズンになるたびに思う。
躍り出る、桜の木々に、導かれ
辿る小径の顔ら、ほころびて。
行き着く先は、大田区民プラザ。
コント集団 The NEWSPAPER の公演に誘ってもらったのだ。
ここ3日ほど、まったく意欲が湧かなくて、ゾンビのようだった。
小説家で、鬱になってしまったり、死んでしまったりする人もよくいるけれど、そういう人の気持ちがなんとなくわかるような感じのする、僕にしてみると新たに体験する精神状態。
(太宰治や川端康成になった気分を少し楽しんだとでも言いましょうか)
だいたい僕は99%の時間、アグレッシブな人間だし、休息をするにしても、休むために動きたい自分の心を抑えるのに苦労するのが普通なのだ。
その阿川大樹が、仕事場に出たくないと思ったり、仕事場のパソコンの前に座っていながら、まったく原稿を書く気が起こらない、という精神状態になるのは、ほとんどあり得ない。初めての体験。
たまたま、少し前に今日のコントのライブに誘ってもらっていて、とっくに原稿が仕上がっているはずだったので、スケジュールを入れてあった。
原稿は終わっていないけど、現状を打破するにはちょうどいいかもしれない、という予感もあり、朝からスタジオに出ることなく、桜経由で公演会場へ。
二時間、本当によく笑いました。
すっきりした。
小説家って、24時間、読者をどうやって楽しませようかと考えっぱなしの職業なので、自分が受け身になって楽しむ時間がないのだ。
人と話をしていても、どっか、そういう感じが残っている。
そんな事に気づいた。
まったく受け身で、浴びせられる情報を受け取って、そして笑う。
それが心地よくて、魂の疲れがどんどん溶けて流れ落ちていく感じがした。
受け身でいるって、こんなに楽なのか、楽しいのか、と新発見した。