月別: 2007年9月

なんでもないことが喜びに変わる

 昼時、家を出て駅に向かう途中、横断歩道を渡っていたらクラクションが鳴る。
 ふと見ると赤い車の中で笑っているのは、病友のSちゃん。運転しているのはお母さんだ。そういえば、今日、彼女は退院のはず。退院の時間から少し経っているが、近くでしばらく過ごしていたらしい。
 入院仲間なので、お互いに寝間着姿しか見たことがなかったわけだけれど、助手席のSちゃんは、すっかり「街の人」になっている。信号が変わるまで、しばし、路上から窓越しに立ち話。退院おめでとう。
 みなとみらいから、退院後初めて、電車に乗る。横浜駅まで。
 高島屋で妻とランチ。肉を食べて元気をつけようと三田屋で「横浜ステーキランチ」1950円。この店は「文明開化」がテーマみたいだ。前菜の自家製ハムがとてもおいしかった。
 昼なのにピアノの生演奏があるんだけど、いわゆるサロンピアニストで音楽を舐めている。どんなポピュラーで易しい曲だって、多くの人に知られているということは「名曲」なのだから、その魅力を引き出す演奏をしようとすればいいのに。
 演奏が終わって、BGMが流れてきたら、ほっとして安らかな気持ちになった。(音楽心のない演奏を聴くのはストレスなのだ)
 高島屋で少しの用事を済ませて、初ヨドバシカメラ(笑)。ベイシェラトン1階のショウルームに立ち寄り、次は東急ハンズに向かったのだが、家を出て3時間経過しているので、外出に慣れない身体はヘロヘロに疲れていて、スターバックスで休憩。
 東急ハンズで眼鏡を新調しようと思っていたのだけれど、あてにしていたフレームが思ったのとちょっとちがったのと、疲れて根気がなくなっていたので、新調は延期。
 他に家庭のものをいろいろ物色しているうちに疲労がピークになったのでベッド売り場で寝心地を試す振りをして(笑)、3分ほど大の字になって休む。
「おお、なかなかいいね、このベッド」
 などと声を出して演技するのをもちろん忘れてはいない。(笑)
 立って身体を支える筋肉全部が弱っているので、横になると一気に疲労が回復する。
 午後6時に近づいていたので、近くの「白木屋」へ。
 1時間ほど、軽くビールとツマミを摂って、タクシーで帰宅。
 ふう~、都合7時間近くの外出をなんとかこなした。
 こういうひとつひとつの冒険(笑)と達成感がまたけっこう楽しいわけだ。
 健康なときは当たり前のことが、病気をするとチャレンジする楽しみを産んでくれる。楽な方が人生楽しいってわけじゃない。昨日よりも今日は進歩している、という喜び。
 さあて、そろそろ仕事したくなってきたぞ。

ピッチに立つ

 近隣の「みなとみらいスポーツパーク」で僕が所属している「FC-JIVE」の活動があったので、自主トレがてら歩いて行った。歩いて5分なんだけど、その距離を歩くことができなくて、手術前は自転車で行っていた。もちろん今日は歩いていっても全然平気。
 しかし、遅い午後の日差しが強烈。久しぶりの汗。
 ベンチに座って水を飲んでいたんだけど、芝生へ出て歩いてみる。筋力が落ちているので、アスファルトと芝生(といっても人工芝だけど)の感覚のちがいが大きくわかる。ぜんぜん足に優しいわけ。
 踏みしめて足の裏の感触を楽しみながら、ふと転がっていたボールに足で触れてみる。腰を捻ることは禁忌なので、身体を正面に向けたまま、歩くスピードのままトーキックで目の前50cmか1mへボールを弱く蹴り出してみる。
 つまり、歩く速度でのドリブル。
 たったそれだけでもボールを蹴るインパクトが背骨に伝わるのがわかる。この調子では、まだまだしばらく球は蹴れません。
 アスファルトを歩くよりも身体にいいので、仲間たちの試合を見ながらコートの周りを、ゆっくり歩いたり早足にしてみたり3周ほど。
 まだ当分プレーはできないけど、芝生の感触くらいは楽しもうと。
 終了後、散歩の仕上げに、先週まで入院していた病棟へ。
 看護師長さんに入院レポートを印刷してわたす約束をしていたのと、知り合った病気仲間がまだいるうちにもう一度顔を出したかったのだ。
 退院を控えてみんなけっこう元気そうでよかった。

スーパーへ買い物

 近くを散歩して足の筋力を回復させようと思っているのだけれど、目的がないとめげるので、スーパーまで買い物に行ってみた。(好物のトマトもなかったし)
 歩いて行くには途中何度も休憩しなくてはならなかったスーパーまで、いまは、スイスイと行くことができる。
 残念なのは、入院している間にトマトは3割くらい高くなっていたこと。
 入院中に届いていた小さな家具を設置するホームインプルーブメント。
 家の雑事は腰に負担のかかる姿勢が必要になるので、まだまだ要注意だ。

娑婆の暮らし

 カミさんが仕事で外泊だったので、ちょうど京都から見舞いに来てくれた友人と退院初日から野毛でワインを飲んでの幕開けとなった娑婆の暮らし。
 二日目は、比較的おとなしく。(笑)
 近くへ出て、まずマクドナルドでフィレオフィッシュ。
 病院食は意外なことにとてもおいしかったけれど、外へ出たときに食べたいものは、フランス料理でも高級中華でもなく、カレーや牛丼やマックや立ち食い蕎麦だった。
 刑務所から出てきて最初に立ち食い蕎麦を食ったら涙が出るほどウマイだろうな、と思う。
 あと、デオデオの店内で電気製品の価格調査(笑)をして、スポーツオーソリティで靴や水泳着をみてまわり、ツタヤのレンタルCD棚を見て回る。
 都合、2時間ほど歩き回った。
 いやあ、ぜんぜん足が痛くならない。当たり前のことがすごいうれしい。
 まあ、たった2時間のウィンドウショッピングで筋肉痛だけど。

リハビリ日記(12) 退院!!

DAY16:9月14日(金)
 病院最後の朝は午前5時半、起床。
 デイルームで朝のカプチーノの準備をしていたら看護師さんが来て、診察券を返してくれて、退院後のために処方された薬と、処方されていて使わなかった座薬をくれる。
 座薬は手術直後に1度しか使わなかったけれど、8回分処方されていたらしく、袋には「7個在中」とかいてある。冷所保存。使わなくても処方されてしまうとナースステーションに保管してあっても患者の所有物なので、退院時には引き渡しを受けるんだ。なるほど。
 こういう作業の分担が夜勤の看護師さんというのが不思議な気がする。でもこれもきっと業務フローをみて考え「改善」を重ねた結果決めた合理性のあることなんだろうな。
「食事が終わったら先生が傷のチェックに来ますから、あとは会計をして帰ってください」
 と、早々に引導を渡される。
 退院後の薬、この分だと、まったく使わなくて済む可能性もある。
 病室にもどってカプチーノで最後のダバダ~。
 8時半、I医師が来て傷のチェック。問題なし。
「ではまた外来で……」
 と、ルパン3世にちょっと似ているI医師が病室を去っていく。その後ろ姿にこちらは頭を垂れる。おかげさまで、痛みがほとんんどなくなりました。
 ナースが来て、バーコードが着いている腕の認識票(腕輪)をカット。自由の証(笑)である。記念にもらっておく。
 スノボガールのSちゃん(来週退院予定)がやってきて、廊下で記念撮影。イェイっ!
 
 なんとなく後ろ髪を引かれながら同室の人、すれちがう人、ナースステーションに挨拶をして、病棟を出た。
 ほとんど辛い思いをせず、おかげさまで、とってもたのしい入院生活でした。みんなありがとう。

リハビリ日記(11)

DAY15:9月13日
 手術からちょうど2週間。
 昨夜は、安倍晋三辞任の影響で(笑)7時のNHKニュースから特別編成の報道ステーションまでテレビを見たので、就寝が遅かった。
 本日の目覚めは午前5時半。6時を回ったところでカプチーノタイム。本日もダバダ~。
 7時前にはダージリンタイム(笑)。室温23.4度。
 7時15分、採血。
 9時過ぎ、抜糸!
 もうじき退院だと思うと、忽然といろいろ食べたいものが頭に浮かぶ。
 食べたいものとは、カレーとか牛丼とか焼き鳥とか。
 それぞれ味でいうと病院食の方が上かもしれない。決して豪華なフレンチだったりはしない。こういうのは現在の食事に対する満足度とは別のものみたいだ。
 病院食で生活するぞプロジェクトは、「あてがい扶持で選択できない食事」という意味で刑務所生活のシミュレーションでもあった。
 しかし、カレーとか牛丼とか焼き鳥なんていうのは、海外旅行しているときに恋しくなるのと同じ。病院生活は海外旅行と共通点があるというのは面白い発見だ。(面白いけど、あまり役に立つ発見じゃないな)
 
 午後1時、最後のリハビリ。
 これで、病院内のめぼしいイベントは終了。あとは食べて寝て起きて退院である。
 昨日、たぶん救急で入ってきた患者の関係者のインド人がデイルームにずっといて、ほとんどの時間、携帯で電話をしている。
「その会社に51%まで資本を入れることはできるが、**を取締役会のメンバーに入れるのはダメだ」
 なんて英語で生臭い話をしている。さすがにインド人。
 インド人はターバン巻いてカレーを食べているというイメージ(笑)ではなく、昨今はネクタイをした切れ者のビジネスマン、というのが「インド人らしい」イメージ。
 ビジネスの世界で日本はほんとうにいろいろな国に後れを取っている。それなのに、全然、危機感がないのはどうしてなんだろう。まあ、いまのところ、そこそこ幸せだからそれでいいってことなんだろうな。
 ナースやクラークが退院の書類だの会計の書類だのを入れ替わり立ち替わりもってきたりするので、否が応でも僕の周りは退院ムード一色になり、同室の人たちは「いいなあ」を連発する。
 僕の場合、まったくの予定通りに経過が推移したので、精神的なストレスはほとんどなかった。けれど、似たような病気でありながら、最終的な原因を突き止める事ができずに検査を繰り返して手術の日程が決まらなかったり、糖尿病の持病が発覚して手術が延期になっている人もいる。そういう人はいわば「長い待ち時間」を病室で過ごすので、僕ほど楽しい入院生活を送ることができないわけだ。
 自主トレの恩人・スノボガールSちゃんと連絡先の交換。赤外線送信なんて久々に使ってみたので、機能を呼び出すのに時間がかかること。(笑)
CIMG0066.jpg
 最後の晩餐も美味しく戴く。

リハビリ日記(10)

DAY14:9月12日
 午前6時20分。今朝もカプチーノでダバダ~。
 室温23.6度。涼しいせいもあって左膝が少し痛い。実はこの膝が自分の肉体の最大の弱点であり、抱えている爆弾だと思っていたんだけど、思いがけず腰椎が先に来ました。次に手術するのは変形性膝関節症かなあ。などと、朝からつねに前向きに(?)次の入院のことを考える阿川である。
 昨夕、「よくなってくると看護婦さんにかまってもらえなくて寂しいなあ」なんて話をしていたものだから、今朝は「阿川さん(じゃなくて実際は本名)、おはよう」なんて、200%増しの笑顔でナースがやってくる。(笑)
 お忙しいところ、気をつかっていただいて、まことにありがとうございます。
 でも、実際、そんなことが楽しいわけで。単純にQOLが上がる。
 ナースというのは職人であり技術者であり、セラピストであり、エンターテイナーだ。職業としてかなり高度な知的労働だよね。
 国民経済の観点からは医療費削減が課題になっていて、診療報酬などもどうやっても医療機関が儲からないような仕組みにしてしまっているのだけれど、医師や看護婦の報酬も仕事の質と量に比較して少ないものになっている。そういう社会の矛盾のようなものをひとつひとつ改善していくことができないのは、どうしてなんだろう。
 世間では絶対額だけを問題にして仕事の質や量に目を向けない「医師=高所得者」というやっかみによる言説もしばしば見られるし。
 イヤフォンから流れてくる、Ciara Adams の “Wild Wood” がカッコイイ。
 ピアノ、ウッドベース、ボーカル。こういう楽器が少なくてひとつひとつがビビッドな音を出す音楽が好き。少し高級なイヤフォンをつないでいる効果がここに効いてくる。
 午後1時からリハビリ。
 元演劇関係者の僕は「リハの予定は」といわれると「リハーサル(ゲネプロともいう)の予定」のことだと思うわけだけれど、ここではリハは「リハビリテーション」なのだ。
 おなじく、「生食」というのは「お刺身用の魚」のことではなく「生理食塩水」のこと。「なましょく」(湯桶読み)じゃなくて「せいしょく」。
 病室にもどると、安部晋三内閣総理大臣辞任の報。たまらず記者会見の生中継のためにテレビを点ける。それにしてもまったく内容のない記者会見。見る(聞く)人が納得できる具体的な答をする気持ちがとことんない人なのだなあ。小泉内閣がなぜ人気があったのか、この人はまったく分析しなかったのだろうか。
 民主主義社会における政治でいちばん大切なのは「国民が納得すること」だというのがわからないのだろうか。国民は自分が納得できさえすれば貧しくても苦しくてもいいのだ。国民のためによかれとどんな素晴らしいことをやっても、それで国民が幸福を感じることができなければ意味がないのだけれど。
 入院後17日にもなると、知り合いも増えるしそれぞれに親しくなってくるので、なかなか静かに読書をしたり執筆したりするのが難しくなってくる。今後、入院中に執筆をするようなときには、個室でもない限りこのあたりのことは計算に入れておかなくてはならない。(メモメモ)
 実質、あと1日で退院となると、とても名残惜しい気持ちになる。
「またここで会おうね」とはいえない刹那の関係なのだ。
 夕食は、追加料金240円(基本料金260円を加えて500円)の特別食。
 退院前の最後のチャンスだったので、向学のために申し込んでみた。たしかに多少楽しい食事になっているけれど、260円のコストパフォーマンスがあまりにもいいので、この500円の価値は霞んでしまう感じがする。600円出せば大戸屋の定食を食べることができるし。
 それにしても病院食が美味しくない、というのは都市伝説だったのか、あるいは過去のことなのか、でなければこの病院がとくべつ美味しいのか。生まれて初めての入院初心者の僕には、そのあたり、とんと見当がつかない深い深い謎である。
 逆にいえば、食事は誰にでも興味がある共通のエンターテインメントだから、美味しい食事を全面に出すことができれば、病院のセールスポイントに十分なりうると思う。
 病院というのはやむを得ず来るところではあるけれど、患者にとっていろいろな制限があるからこそ、滞在期間中はできるだけ楽しく快適に過ごしたいものだから。(個人的には辛い思いを取材する目的であったけれども)

リハビリ日記(9)

DAY13:9月11日
 同時多発テロの日。
 この日を境に、アメリカの迷走がひどくなって、いまに至るわけだ。
 アメリカ軍の戦死者はとっくにこの日の犠牲者の数を超えているし、イラク人にいたってはおびただしい人命が失われている。
 このテロについて、当時、日本が情報(インテリジェンス)の中心になっていたらしい。世界で一番アフガニンスタン情報が早く入っていて、「なにがしかの大きなテロ」がアフガニスタンがらみで起きることについて、日本が世界に情報を提供していたという。
 午前5時45分、オシッコがしたくて目が覚める。いわゆる「自然が呼んでいる」というやつ(笑)
 午前6時15分、本日もネスカフェ・カプチーノを淹れる。ダバダ~。
 外はどんより。涼しくていい。(午前中に太陽が出ていると何しろ暑くてつらくなる)
 全体的に筋肉痛の朝。今日もどんどん鍛えましょう。
 予定通りならば13日抜糸、14日朝退院。実質残りの入院期間は3日間だ。
 そろそろ退院社会復帰モードに入ろうと思う。(といっても、朝型で食事時間が規則的である以外には執筆モードの在宅時とそれほどちがわないのだけど)
 いまのところ入院中に予定していただけの仕事は進んでいない。時間がなかったわけではないので、自分の能力が低いってことだと思う。取材成果はたっぷりあったので、ようするに入力過剰。情報がたくさん入ってくる時期には執筆はあまり進まない。これはある程度やむを得ないのだけれども。
 夏休みが終わりそうなのに宿題ができていないような気持ち。
 7時のNHKニュース(FM)を聴き終わったところで、とりあえず朝食前の朝練。
「階段5往復で息が切れる」と嘆いたら「ふつう階段で5階まで一気に上がることもあまりないでしょう」と同室の人にいわれる。いわれてみればそれもそうだ。(公団住宅の基準では5階建てまではエレベータのない住宅がふつうではあるけれど)
 午前中、階段5往復をもう一度。
 デイルームで書き物をしているとI医師がきて、「椎間板遺伝子解析研究への協力について」についての話。ようするに慶応大学での研究のサンプルのひとつとして遺伝子を血液20mlの形でカルテ情報と共に協力してくれないかという話。
 医学の研究に役立つことなら、もちろん協力は惜しまない。
 聞いていた Bella の Whatever It Takes が今日はなんだかゴキゲンだ。
 入院以来、ずっと考えている長編。
 バラバラの要素は少しずつ増えているのだけれど、全体に一本の芯が通らないので、物語として固まらない。オーディオの音量を上げて集中力が出るように今日からやり方を変えてみているのだけど。
『D列車でいこう』、
「退院までに読み切れなさそうだから譲ってください。ついてはサインしてください」なんてSちゃんにいわれては、サインつきで献本させてもらうしかないだろう。
 彼女が自主トレに誘ってくれなかったら、僕の回復はもっとずっとゆっくりだったにちがいない。僕は元アスリートの高い理想の薫陶を受けたのだから、彼女は僕の恩人だ。
 隣はいろいろな検査に出かけたり血圧だの血糖値だのを頻繁に測っては点滴だの何だのといろいろ。こちらがナースにかまってもらうのは朝夕の検温と血圧測定くらいで、なんだか、弟が生まれて以来ママにかまってもらえなくなったお兄ちゃん状態でちょっと寂しい。なあんてことを隣の人のところにナースが来ているときに話をしたら、「みんな思うことは同じなんだね」と向かいの人。(笑)
 社会復帰の一環として、NHKテレビのニュースを見始めてみる。
【什器】
 ベッドサイドの収納ワゴン(「床頭台」というらしい)だが、機能はいいとして、開閉するときにかなり大きくていやな音が出る。病室で使用される什器として、設計があまりよくないと思う。(ようするに夜中寝静まった時刻にも相部屋で開閉されるということを考えて開閉音まで設計時に意識されていない)
 うるさいこと自体も問題だけれど、うるさくしないように気兼ねして開閉するのがまたQOLを下げる。

リハビリ日記(8)

DAY12:9月10日
 午前5時40分起床。
 インスタントのネスカフェ・カプチーノ、けっこういける。ダバダ~。
 午前6時半現在、室温24.7度だけど、雲間から太陽が顔を出して、上昇基調。
 午前中に自主トレ10周をこなして、午前11時にシャワー。
 午後2時リハビリ。
 
 淡々と過ぎる1日。

リハビリ日記(7)

DAY11:9月9日
 午前6時20分、室温26.3度、『プリズンホテル』(浅田次郎)読了。
 破天荒な設定をグランドホテル形式で記述する。「泣かせの浅田」の片鱗もちゃんとある。(笑)
 あとがきを読んで、デビュー前の阿川に直筆で年賀状をくださっていた理由に合点がいく。僕から浅田次郎さんにお返しするものはないが、代わりにだれかに返したいと思う。
 就寝前の筋肉痛もほぼ解消している。
 今日もリハビリと執筆、頑張ろう。
 朝食後の体重コルセットを含んで63.95kg(入院時64.65kg)
 午前中、階段昇降コース5往復。午後5往復。
 日曜日とあって、会社員時代(もう10年以上前だ)の友人が3人で見舞いにやってくる。その後、我が家へ移動して飲んで帰ったはず。
 夕食が済んだところで、空いたベッドに急患が入ってくる。救急車で緊急入院になった前立腺ガンの人。のんびりムードの我が病室もちょっと緊張モード。日曜の夜で病棟のナースも人手がない状態でてんてこ舞い。
「眠らなくちゃ」信仰について。
 ところで、入院していると、「眠れない」といって夜中にナースコールをする人がけっこういる。ナースは自分で勝手にクスリを処方することはできないから、そういわれても困るわけだ。患者は食い下がり、医師に連絡をとってなんとかしてくれといったりする。もちろんそんなことで夜中に起こされたら医師もたまったものではないので、ナースはなんとか患者をなだめようとする。
「眠れなくてもいいじゃないか、明日、仕事をするわけでもなく、ベッドにいるだけだから、昼間だっていつでも好きなときに眠れるのだし」というふうに思わない患者がけっこういるというわけだ。
 たしかになにか不安を抱えたまま長い夜を過ごすのは辛いけれど、眠れないということ自体が不安要素になっている。いい悪いではなく、それもまた患者の陥りがちな心理状態のひとつであるらしいということ。
 まあ、僕みたいに「お、眠くない。あれもこれもできるぞ、ラッキー!」と思うのもあまり身体にいいとは思えないけどさ。
 いずれにしても「眠れない夜を楽しく過ごすための生活設計」というのは楽しい入院生活の重要な要素であるようだ。
【身近な什器のことなど】
 ベッドサイドテーブル 平成10年購入。
 床頭台(という名称のベッドの横にある物入れ) 平成12年購入。
 3モーター電動リモートベッド 平成12年購入。