日: 2007年9月8日

リハビリ日記(6)

DAY10:9月8日
 午前6時少し前、起床。室温24.3度。
 比較的途中目覚めることなく、8時間くらい眠ったように思う。
 トイレで勢いよく小用を足す音が高原のせせらぎを想起させて気持ちがよい。思わずマイナスイオンを胸一杯に吸い込んでみたくなる(嘘)
 ちなみに、マイナスイオンが身体にいい、という科学的データはまったくないそうだ。
 かつては「オゾンたっぷりの森に囲まれて」なんて不動産の広告があったりしたものだ。オゾンは身体に有害な酸素ラジカル(プラスイオン)を発生させる。活性酸素には発ガン性がある。
 ステンレスボトルの中でわずかに温度を保っている昨日のコーヒーを飲む。まあまあイケル。
 ベッドから出られるようになると病院生活は意外に快適である。
 買い物にも行かず調理もせず、どの店に入るか考えることもなく、時間になれば食事が出てくる。味だって30年前の東大駒場生協食堂や25年前のNEC相模原社員食堂よりもずっと美味しい。手間暇と費用(病院食は1食260円)のバランスを考えれば、ほとんど不満はない。
 掃除も洗濯もしなくていい。
 雑事から解放されて、読書や原稿書きができるのだから、むしろありがたい。
 自由はないけど、執筆が佳境になっていれば、もともと家に引きこもっているわけで、それに比べれば家事労働がないだけ、病院の方が便利なわけだ。
 ベッドから出ることのできなかった期間は確かにつらかった。
 つまり、病院生活がつらいのではなく、病気やそれにともなう不安や苦痛がつらいわけだ。外科的な手術をして快方に向かい、苦痛が取り除かれ退院後の生活が入院前よりも改善されるという明らかな希望がある上に、生活の面倒は病院が見てくれるわけだから、いまの生活がつらいはずがない。
 パソコンの充電ができないために、充電済みのパソコンをデリバリーしてもらわなくてはならないので、妻に負担をかけてしまう。それさえなければ、できるだけ長く病院にいたいくらいだ。
 だって、自腹でホテルに籠もって執筆に専念しても、食事の心配はしなくてはならないわけだから、いわゆる「自主カンヅメ」よりも入院生活は快適なのである。
 午前7時のNHKFMのニュース。
 やっと台風のニュースがなくなって政治などが報道されるようになった。
 デイルームにいたら、スノーボードでプロを目指していたこともあるという患者仲間のSちゃん(30代前半:60歳のお母さんがこれまた美人)がたびたび通りかかる。リハビリで周囲をぐるぐる回っているのだということで、誘われて僕も3周だけ一緒に歩く。僕は昨日リハビリセンターで初めて階段を数段昇降したばかりなのだけれど、下の階との階段を3回上り下り。
 彼女は、僕よりも手術が後だったのに、運動量も運動機能もとっくに追い越されている。若さもあるし、アスリートだからリハビリの重要性も強く認識しているのだろう。
 彼女にしてもナースのHさんにしても、人に元気を伝染させるタイプの人っていいなあ。できれば僕もそういう人になりたいけど道は遠い。
 午前9時、病室の窓際にある僕の位置で室温30度(廊下側では27度)になったのでデイルームに避難。原稿書き。連載エッセイを1本書き上げる。
 午前11時前、地下売店へ降りて、缶コーヒー。
 芥川賞全文掲載の「文藝春秋」が売り切れて代わりに「問題小説」が入荷していた。そういえば僕の短編の掲載はいつになるんだ。書籍は文庫本だけで、全体的に軽いもの。
 煎餅1枚のパックを52円で売っているし、超ミニサイズのカップ麺なんかがかなりあるのが病院風。(このあたりのディテイルが小説には重要なんです)
 エレベータを下りた正面のポスターには「病院で必要なものがなんでも揃う」と謳われている。じゃあPCバッテリー充電サービスなんてのはないのか。(もちろんコンセントが使えればそれがいちばん)
 昼食のところまでで、抗生物質の内服終了。
 改めて自主トレ第二弾。階段を含む周回コース5周。
 残りの時間は、ほぼ『プリズンホテル』(浅田次郎 徳間書店)を読んで過ごす。
 ずっと前に買ってあって読んでいなかったもので、帯に「超大型新人の最高傑作」と書いてある。直木賞作家にも新人時代はあった、という当たり前のことだけれど、「新人」ですでに「最高傑作」を謳ってしまっていいのか、これ以後出る本はそれ以下なのか、という心配に満ちたひとりツッコミを入れてしまう。
 浅田次郎さんは僕と3つしかちがわないのだけれど、もっとずっと年上のような感じがするし、ずっと前から小説家だったようなイメージがあるので、1993年現在で「新人」というのがなんとなく不思議。
 以前から日記には何度も書いているが、僕がサントリーミステリー大賞の候補になったとき、大賞に推してくれたのが浅田次郎さんだった。
 徳間書店の文芸書には担当編集者の名前が入っているのだけれど、『プリズンホテル』の担当編集者Sは、その後、幻冬舎に移って田口ランディの小説デビュー作を出している。いまはまた別の出版社にいるはず。文芸の世界はとっても狭い。
 偶然だけど、昨日、古くからの友人である田口ランディさんから入院生活応援の大型本が届いた。お、と驚くセレクションの本だ。ありがとう。
 夜9時前、いきなり窓の外に花火が上がる。
 小規模だけど、予想外のお年玉をもらったみたいな秋の花火だ。