月別: 2006年9月

自動操舵装置(その後)

 前夜早めに寝たので、プチ朝型で10時に起床。
 午後からヨットハーバーに出かけて、懸案の自動操舵装置の取り付け。思った以上にうまくついた。
 エポキシが固まるまでつかえないので、燃料を満タンまでいれたり、来週の一泊クルージングの準備も少し。 明日実機テストできるかな。
 すべてうまくいけば、GPSと連動して、目的地まで舵に関しては機走なら全自動で辿り着くことができる。よく考えるとすごいよね、これ。
 舵を操作してくれるだけなので、帆走の場合、セールの上げ下ろしや風に対する調整などは、人間がやります。 いくら楽でもこれまで機械にやらせたらヨットに乗る意味ないですから。
 これで、ひとりでどこへでもいけるようになった。
 いままでだって、できないことはなかったけど、いろいろリスクがあって迅速性も含めた操作の失敗が許されないのでやらなかったのでした。
 さあて、原稿書きだ、と思ったんだけど、小説の神様のバチが当たって、ぜんぜん書けなかった。

江戸川乱歩賞

 昼間、妻の運転手で西新宿三井ビルへ往復。
 家に帰って着替えて、5分遅れで帝国ホテル。
 江戸川乱歩賞のパーティ。ふたり受賞ですが、早瀬乱さんはすでにデビュー済みの人、最近、長編の賞はこういうケースが多いです。
 T書店T編集長に近況報告。
(ようするに、原稿ちゃんと書いてますよ。という話)
 営業も一段落なので、このパーティこそ食べるぞ!と思っていたのですが、あんまり食べられなかった。(笑)
 このパーティは講談社のご招待なので会費がタダなのです!! タダで帝国ホテルで食べ放題なんてこれ以外にありえない。(セコ)
 女性に弱いので(笑)2皿目にとってきたローストビーフを翻訳家のMさんにまんま貢いで話し込んでいたら、すがやみつるさんが取ってきてくださって半分こで、一応、味見ができました。
 寿司を食いたい気分だったけど、話をしているうちに、会場のおネエ様がデザートを持ってきてくれて、ああ、そういう時間か、寿司はもうないだろうと確かめもせず。
 どこへもよらずかえって原稿書くつもりだったけど、家のそばで一軒よってしまいました。
 小説の神様、お許しください。

シンクロ

 朝ご飯とはもはやいえない起きて第一食は、スパゲティにキューピーのトマトソース(2名分89円!)。
 美味しくないけど、エサだからそれでいい。執筆中は他のことであまり満足しないほうがいいのだ。
 で、テレビを点けたらシンクロをやっている。
 たまに水中が写るんだけど、これって舞台裏だよね。
 水の上を最高にするためにものすごい努力をしているのに、舞台裏である水面下を映すのは失礼じゃないか。映画のいちばんいいシーンに割り込んで女優の化粧をしていない楽屋裏を暴露するのと同じ。
 そもそも水中を映しているあいだは、肝心の水上のようすを見ることができなくなるわけだし。
 人間って舞台裏に興味をもつものだけど、そういう下衆な好奇心に応えることで本来の演技を見せないというのは、中継として本質を外していると思う。

かなりずれてる

 就寝が午前10時半、起床が午後3時。
 どこからどこまでを何日の日記に書くべきかわからない。(笑)
 4時からインテリアコーディネーターと話をして終わったのが5時前。
 横浜ベイクオーターにある KUA’AINA で1/2ポンドのハンバーガー(1030円)が朝食。
 100円マックと比較して10倍以上美味しい。(笑)
 時間的にはそのまま早めの夕食。
 ただいま我が家では冷凍庫内一掃プロジェクト推進中。
 二度目の食事は、冷凍のタラバガニピラフ。これはかなり美味しい。
 あとは、いい大根が手に入ったので、帆立のカンヅメを開けて、帆立入り大根サラダ。当然美味しい。
 あとはひたすら小説を書く。

打合せと試写会

 新宿で打合せだったので、早めに出て床屋へ。二ヶ月半ぶり。
 新宿について、マクドナルドでまず朝食(すでに午後5時だが)。
 打合せはすぐにすんだので、時間調整がてら原稿書き。
 午後7時からは映画「イルマーレ」の試写会。
 同名の韓国映画のハリウッドリメイクだが、いい映画だった。(詳しい感想はたぶんそのうちに)
 終了後は歌舞伎町の中国菜館(横浜中華街より安くて美味しい)で食事をして帰宅。
 夜半から、連載エッセイの原稿を書き、午前8時ごろから小説にもどる。

散歩2時間

 しばらく散歩をしていなかった。
 みなとみらいから岡野へ出て「東急ハンズ」をのぞき、またみなとみらいにもどって、「セキチュウ」をのぞき、「スーパーオートバックス」をのぞき、などなど、店に立ち寄りながらも都合2時間の散歩。
 散歩やジョギングをするとかならず腰が痛くなるので、公園で20分ほどストレッチ。
 原稿、すすんできた。

自動操舵装置

 昼前に佐川急便がとどく。
 それをもって、午後、ヨットハーバーへ。
 自動操舵装置の取り付け。まだ製作しなければならない部品があって完了しないけど、75%ぐらい完了って感じかな。
 しかし、たっぷり汗をかいた。暑さぶりかえし。
 FRPの切り子をかぶったので、帰宅後、すぐにシャワーを浴び、それから公園で体操。
 夜は、ライター仕事の直し。あいだに人が入っているせいなのかそうでないのか、クライアントの意図がぶれている感じに見える。こちら側からは。
 1600字ほどの原稿なんだけど、直すのに5時間。
 やれやれ、まっさらから書くよりも何倍も時間がかかったよ。まあ、これもお仕事。

重要なシーン

 重要なシーンにさしかかって、行ったり来たり。

愛のコリーダ2000

監督: 大島渚
出演: 松田英子, 藤竜也, 殿山泰司
 昭和11年の「安部定事件」をあつかった大島渚監督1976年の作品のノーカット版。
 GyaOで。
 76年の公開当時、安部定事件を扱ったことと過激な性描写で日本公開版ではやたらとカットされていることなどが話題になっっていた。
 30年前のことだ。
 当時の僕は話題のされ方になんだかうんざりしていたのと、スチールでみる松田英子にあまり興味を引かれなかったということもあって、この映画を観なかった。
 で、30年の時を経て観たのだが、これが実に「静かな」名作なのである。
 性器を切り取る事件がどうとか、映画に於ける性描写がどうだとか、そういう騒ぎのイメージと、この映画のできあがりはまったく異なる。
 破滅を予感しながらそこに敢えて埋もれていく、定と吉蔵。
 お互いのすべてを受け入れるという選択は、スクリーンのこちら側にいる人間にとっては、最初から最後まで「痛い」。痛くて痛くて、救い出したい衝動にたびたび駆られる。なぜなら観客の側には、しがらみを持った日常があり、それを背負うこと続けることをよしとする価値判断があるから。
 けれど、ふたりはひとりひとりで終焉を予感しながら、互いにはそれを話さず、それぞれに相手を受け入れつづけ、その結果をもすべて受け止め続ける。
 この映画は「愛」を「精神」と「肉体」に分けようとしていない。精神と肉体のあいだには区別もなければ序列もない。ただ、目の前の相手をどだけ受け入れるかだけが提示されている。もっといえば、「愛」という言葉に抽象化することすらしていない。
 最後、すでに観客が知っている結末に辿り着くそのとき、吉蔵はあたかも天寿を全うする人のように静かに死を受け入れ、定はそれをしずかに見届ける。性器切断、猟奇事件という言葉のもつイメージとしての壮絶さなどまったくそこにはない。あるのは、とても静かで豊かな死なのである。
 ああそうか、死は精神と肉体を区別しないから、愛も精神と肉体を区別しないのだな。もし愛こそが生きることを価値づけるものなら、愛はすごく死に似ているし、だからこそ、生と死がすごく近いところにある。
 静かな手段で常識を覆すこと。それができる大島渚という人の才能をうらやましく思う。
 松田英子が静かでつややかで、これ以外にないという演技をしているのにも驚く。
 この映画にはわくわくドキドキするストーリーはない。つまりシナリオによって成立するのではなく、役者の演技とカメラによってはじめて成立する映画だ。それを考えると、松田をキャスティングする「目」に驚く。
 もしかしたら逆で、大島は松田を知って「コリーダ」を作ろうと思ったのかもしれない。
(と、かんじるくらいなのだが、実際は松田はオーディションで選ばれている)

ラジコンサーキット

 会社員時代の部下も上司もベンチャー会社を上場しているし、会社を上場した知り合いが何人もいるのだけれど、その中の一人が、住宅3軒分の土地を買って、アスファルト舗装のラジコンサーキット(自分専用)をもっている。
 そこでラジコン遊びをしようということだったのだが、朝方の雨でサーキットが濡れているそうだ。
 横浜駅にお昼に集合して、会社員時代の仲間とその奥さんなど5人でサーキットが乾くまで宴会。午後3時までに生ビールのピッチャー2杯と芋焼酎ボトル1本。
「乾いたんじゃないか」ということで、横浜駅西口からタクシーでサーキットへ。
 おお!
 道路に面したログハウスがクラブハウス兼ロボットカー研究所になっていて、バックヤードがサーキットになっている。
 ログハウスの中には、ロボットカーの実験用サーキットもあり、開発中のマシンは、ちゃんと自分でコースを一周できる。彼の目標は、自分で一周できるだけでなく、人間がラジコンで操縦するのと同じような速度で自力走行できるものを開発することなのだけれど、「人間が操縦するラジコンカー」というのがまためっぽう速くて、ヘアピンカーブを含む1周60mほどのコースを10秒で一周してしまう。直線部分では秒速10mぐらいはあるのだ。
 40代で会社を上場。
 いまはその会社から退いて、毎日、自分専用のサーキットに「出勤」してきて、ひとりでロボットカーの開発をしている人生。
 いいなあ。