
語呂合わせで、「ゴーヤーの日」なのだそうです。
4月9日は「フォークの日」、6月9日は「ロックの日」。
プールへ行ったかえりにスーパーによってゴーヤーを買いました。
そんなわけで、夕食のおかずにつくってみたゴーヤチャンプル。
プールはウィーキング20分、25mx6本。
明日からの出張の準備しなくちゃ。

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Diary
税金は安ければ安いほどいい、なんて僕は思わない。
本当の弱者は守ってあげなくてはいけない。が、声高に「生活が苦しくなる」と文句を言っているひとの大多数は「贅沢ができなくなる」だけのこと。ほとんどの人は弱者を守る側の人であって、救われるべき弱者じゃない。
ひとりあたり年間200万円くらいの収入で、健康であればそれで十分楽しく生きていける。(会社員を辞めて小説家になって身をもってそれを実証しているからよくわかる)
本当に貧しい人を守ってあげるためには、十分生きていける人からはもっと税金を取らなくてはならない。単純に計算すればわかることだ。弱者救済は必要で、それを実行するには多くの人が自分の暮らしをどこかで切り詰めて財源を確保する必要がある。
最近話題の暫定税率は一日に換算すると60億円。(20万円のマッサージチェアに換算して毎日3万個分)
税金の無駄遣いはおおいに気に入らないが、道路特定財源の無駄遣いを全部やめても、それを補うことはできない。無駄な道路建設はやめて欲しいが、それにしてもこの財源の多くの部分は新規の建設ではなく既存の道路などの保守費用だ。つまり、ガソリンの税金をなくしてしまったら、道路を荒れ放題にしておくか、教育か福祉か産業振興かなにかしらの費用を減らさなくてはならない。
つまり「税金を上げる前に無駄遣いをやめろ」は理屈に合わない。無駄なマッサージチェアだの天下り役人の高額な退職金など全部やめても、暫定税率を元に戻さなければ全然足りないのだ。
つまり無駄遣いを減らすのは当然としてもあくまでもそれとガソリン値上げは別問題なのだ。
無駄な橋や道路の建設をやめるにしても、そんなには節約できない。
結局「税金〈も〉上げて無駄遣い〈も〉やめろ」しかありえないのだ。
むしろ、税金上げてもいいからもっと教育や医療や福祉に金をかけて欲しいと僕は思う。
やっと聖火リレーが終わった。
ネット上の情報を証拠も含めて検証して総合すると、どうやら警察が相当に中国人よりの対応をしたらしく、チベット支援の人たちだけでなく、現場を見ていた人たちからも、報道姿勢と警備方針について非難の声が上がっている。
警備上の理由からは人数の少ない方を押さえつけるのは鉄則なので、「混乱させない」という観点からは当然のリスク管理だと言えるけれど、報道の方はまったくお粗末だった。
このあたりは、実際に長野の現場にいた人たちがいろいろな形でネット上にレポートしている。
ところで、中国人のグループが世界各国で聖火を取り囲んで「五星紅旗」を振り「聖火を守った」ことは、果たして中国の為になったのだろうか。
実際に沿道を埋めているのはネットで声を掛け合った個人個人などだそうだが、彼らが振っていた「五星紅旗」は、わざわざ中国政府が支給しているわけだから、ようするに中国政府は彼らの行動を煽っていることはまちがいない。
そんな人海戦術や、大声や、ときには暴力的な実力行使もして、反対の立場にあるものを威圧的に封じ込める姿が世界中で見られ、それがまた世界中に報道された。
その結果として聖火が「無事に」北京に到着したところで、それで中国が立派だと国際的に評価されることはなくなってしまった。むしろ、かえってチベット問題が大きくクローズアップされるだけだったように思う。
もし、チベットを支援する何者かが聖火を暴力で消してしまったら、世界の非難はその人間に向かい、中国は被害者になることができたかもしれない。ところが、現実には「聖火を守るために威圧的態度をとった」という印象が残り、「中国はたかが聖火ごときにこんなことまでやるのだから、さぞかしチベットではひどいことをやっているにちがいない」という「印象」を持つ人の方が多いのではないかと思う。
愛国に燃えているはず中国人たちはこのことをどう考えているのだろう。
結局、彼らが昂揚させた愛国心は国の評判を落とすのに役立っただけだ。
もし日本で行われるオリンピックの聖火が世界中で歓迎されないという事実があったとき、たしかに日本人も、あるいは、僕自身も、不愉快になるだろう。けれど、それは感情の問題であり、やるべきことはその感情とは別のところにある。
他国の中にあって注目を集めた大通りで自国の国旗を振り回すことで旗を振る人の国の評判は下がることはあっても上がることはない。シャンゼリゼ通りを大声を上げて日の丸を振って歩く団体がいたら、当然、フランス人は日本を嫌いになるだろう。ようするにその場で「力」を示しても、たとえその場で相手を圧倒しても、何の得にもならないのだ。
彼らの刹那的な感情としての愛国心は満たされるかもしれないが、愛する自分の国にとって結果的に少しもプラスにはならない。
それを仕向けたのが中国政府であったということも、絶望的にセンスが悪い。中国政府が在外中国人に「自制」を求めていれば全然ちがう結果になっただろうに。
20年もののバイク GB250 Clubman を知り合いのメカニックにメンテナンスしてもらって再び乗り始めたのがちょうど1年前のことだ。
自賠責保険も満期を迎える。
幸いなことに4月から保険料が安くなった。
どちらにしても期限が切れる前に保険を更新しなければならない。で、コンビニで自賠責保険に加入できるとわかって、プールの帰りにセブンイレブンに寄った。
大きなコピー機に液晶タッチスクリーンがついている端末があり、そこで、ナンバープレートの内容、車体ナンバー、住所氏名などを入力すると、紙が出力されて出てくる。
それをもってレジで保険料を払うと、レジで、「保険のしおり」とナンバープレートに貼るシールをくれる。
さっきの端末にもどり、さきほどプリントアウトされた番号を入れると、保険証書がプリントアウトされて出てくる。
保険加入の方法としてこれ以上簡単な方法はないし、数分で、保険証書まで即日発効というスピード。
コンビニってすごいな。

多和田えみちゃんのミニアルバム「∞infinity∞」が本日発売になりました。
1年ほど前かな、沖縄でミニライブを聴きました。写真はそのときのもの。
コザにある僕がよく行く飲み屋さんでライブだったのです。
(実は、その隣が彼女が歌を勉強しているスクール)
彼女、毎日のようにあちこちでライブを重ねてました。
ちっちゃい体ですげえがんばり。
プロの世界の話なので、がんばったから偉いわけじゃありませんが、自分の歌を聴いてもらうという原点をしっかりもっているんですね。
カバー曲も上手にこなすのですが、自分の歌になると、俄然、輝きを増します。
ちょっと話もしました。
「自分の持ち歌の方がずっといいね」といったらうれしそうにニコっとした。
そういや、このときのライブ、僕はパーカッションでちょこっと参加したのであった。 (タンバリン叩いただけです)
ぼくは「ゆらゆら」という曲が好き。
いまなら、yahoo動画で、フルバージョンを聴くことができます。
iTunes でも購入可能(1曲150円)
僕は、明日、アルバムを買いに行きます。
多和田えみ・オフィシャルウェブサイト
http://www.techesko.com/main.html
多和田えみ・ブログ
http://emi.ti-da.net/
歩いて10分のパシフィコ国立大ホールで、Huey Luis & The News と Chicago のコンサートへ行った。
それぞれ100分の公演が間の休憩20分を挟んで二つ連続。
ところどころ、もう片方のミュージシャンが反対方のステージにゲスト出演。
シカゴにところでは、ヒューイルイスの連中が全員どこぞのホテルの浴衣を着てステージに乱入。
午後7時から始まって終わったのは10時40分。
いやあ、それにしても疲れた。前の人たちが最初から立ち上がっちゃうんで、4時間近く立ちっぱなしだし。
案の定、聴衆の平均年齢は50代。
沖縄でもそうだけど、僕が見たり聞いたり喋ったりするミュージシャンって、おっさんばっかりやん。
若者はあんまりロック聞かないみたいだし。
ロックっていまの高校生にとっては、僕らが高校生の頃の演歌みたいなものなのかな。少なくとも若者の音楽ではなさそう。
たまにマセた(笑)高校生がロックをやっていたりするわけだ。
曲ごとに取り替えたりするからものすごい数のギターが登場したけど、ギブソンはなくて、フェンダーがほとんどでしたね。
あと若干のよく見るけど僕が名前を知らない楽器。
時事通信が4月に実施した世論調査で、「首相にふさわしい政治家は、自民党の小泉純一郎元首相が21.2%でトップ」だったのだそうだ。
僕は小泉政権を評価している。
最大の点は旧来の自民党的スキームを壊したこと。
郵政民営化を掲げて大勝利したのは、「支持母体の声を聞くのではなく世論全体の声を聞いて政治をせよ」ということだ。実は郵政民営化の是非などどっちであろうと、(たとえ支持母体に不利益であっても)「国民全体の声を聞く政府」に近づいた価値にくらべたらどうでもいいことだといってもいい。
小泉政権は、大臣の起用スキームも変えた。
小泉以前には「派閥推薦による大臣の椅子という特権の順送り」であったが、そのスキームも竹中平蔵の起用などで打破して見せた。
たとえ竹中政策に賛否があっても、「派閥推薦順送り制打破」の利点に比べたら取るに足らない。
このことは自動的に政官癒着の打破でもある。
順送りによる無能な大臣は官僚の言うことを聞くだけの人間だが、専門家の大臣によるリーダーシップは、官僚の既得権への切り込みも可能にしている。
国民年金問題が表に出てきたのも、守屋事務次官の防衛汚職が表に出たのも、知っていながらそれらを隠し続けていた官僚を許さない勢力が実権を持てたからこそだ。
あいつぐトラブルの発覚にもかかわらず桝添厚生労働大臣は高く評価されている。派閥順送り方式から桝添大臣は産まれないし、「宙に浮いた5000万件の年金」だっていまだに表に出てきていなかったはずだ。
道路特定財源という「聖域」に手をつけることが議論に上るのも、同じ理由による。国の借金がこれだけ増えたのも、税金の割に福祉や教育が貧困なのもすべて「既得権益」に準じた不適切な支出配分が根本原因なのだから、福祉や教育の充実にも、まず第一に既得権益を打破することが必要であり、それなしでは達成できない。
ようするに、小泉改革の本質は、郵政民営化でも経済新自由主義でもなく、「選挙区の一部の利権からの独立による国民の全体的利益」「派閥順送り大臣人事否定による官僚も含めた既得権益の打破」なのだ。
これは日本人が初めて健全な民主主義を手にすることができる方向性の基礎を作ったということだ。
そのことに着目している人が小泉純一郎を評価しているのだと思う。
一方で小泉政権の負の側面として「格差社会」が指摘されている。
これについては別に述べたいと思う。
けれど、たとえ格差社会になってそれが「負」ことであっても、リーズナブルな努力をする人が飢えて死ぬまでではない以上、健全な民主主義を手に入れることの計り知れない価値に比べたら取るに足りないとまで、僕は思う。
そもそも「米百俵」のたとえで示したとおり、小泉政権は「ガマン」が必要であることを述べている。目の前の生活をすぐによくする政策は採らないぞ、それはみんなで覚悟しようぜ、といっていたのだ。国民をバラ色の希望で欺いているわけではない。ガマンが必要なマイナスになることもやるよ、と公言していた。
将来的に格差を効率よく是正するためにも、既得権益で甘い汁を吸う人に税金を移動させるのを止め、国民全体の利益のために働く官僚機構や大臣をつくり、教育や福祉に効率よく税金を投入する基盤を作らなければならない。
国が膨大な借金を抱えているという現状のなかから、健全なセーフティネットを構築し、充実したよい教育を確立し、日本を国際競争から脱落させないために、最大の敵である「利益誘導で票を集める政治」「保身的で利己的な官僚機構」を改革するのは絶対に必要なことだ。
小泉政権がすべてにおいてよかったとは思わないし、よいと評価できる点も結果だけ見ればまだまだ不十分だが、方向を変えるために舵を切って見せた、というのは疑いのない事実であり、その成果は今も継続している。
個別の政策よりも方向こそが重要である、ということを示したのも、日本の戦後民主主義で初めてかもしれない。

「かわいい子は旅をしています」
12日のこと。
コザのギタリスト・照喜名薫から写真付きメールが来た。
写真はどうやら万座ビーチホテルの野外ステージで出番を待っている僕のギター。
彼が弾くと、どんな音が出るんだろう。
野毛に行こう、ということに。
中華「會濱楼」が宴会で満員だったので、カウンターフレンチ「Y」でオードブルだけ頼んで時間調整。
午後10時前に會濱楼へ移動して12時近くまで。
明らかに食い過ぎ。(笑)
ちょうどいいので、朝型にもどすために午前2時前に就寝。
家の近くまで編集長が来てくれて、駅前のお店で、先日わたした第3作の改稿について打合せ。
かなり大幅に改稿することにした。
王道はこっちだろうが……と意識しつつ敢えてちがうやり方にチャレンジしたところが、ほぼことごとく不評だったという感じなのだけれど、逆にいえば、指摘されているポイントはわかっていながらそうしているわけでもあるので、指摘については予想通りであり、納得できる。
王道ではダメだと思っているわけではなく、ある種、創作者の意地みたいな感じでちがう方法をとってみたくなることなので、やっぱり王道の方がよいと言われれば素直に納得できるわけだ。
このあたりは、編集者を信頼しているので、助言はほぼそのまま受け入れることにしている。
あとは、それを実現する具体的なアプローチについて、フリーディスカッション。
それがまた楽しいのですね。
創作というのは孤独な作業なので、プロフェッショナルなパートナーと同じイメージを抱きながら語り合うことのできる時間というのはかけがえがない。
というわけで、いったん書き上げた小説が振り出しにもどった。
方向は見えている。またがんばりましょう。
最後はビールをご馳走になりながら雑談をしてほぐす。
ボランティア団体の月例世話人会へ、今年初めて参加。
