午前7時過ぎ、スタジオで目覚める。
昨夜は夜11時過ぎに寝袋にはいたので、8時間ほど眠ったことになる。
というわけで、頭はすっきり。
朝食は久しぶりに COCO’s の朝バイキングへ行ってみる。(699円)
昼までに連載エッセイを書いて送る。
昼食は午後3時に、たぬきそば。(450円)
ひきつづき、考えごと。ずっと考えごと。
わりとさっさと家を出て10時30分に「テキサスバーガー」のブランチを食べて仕事場へ。
ずっと、考えごと。
もっと考えごとをしていたいので、そのまま泊まることにする。
日曜日だけど出勤。
昼過ぎ、横浜マラソンを走りきった友人二人が来訪。
聚香園で一緒にランチ。
3回書き直した長編を改めて大幅に組み直す。その準備作業。
長編を2つ抱えているけど、猛烈に短編が書きたい。
今日は届いた蟹を食べなくてはならないので、午後10時前に帰宅。
日ノ出町の京急ストアで野菜を買う。
ランドマーク・プラザの中を、リュックサックから青ネギを突きだして歩いていると、向かいからくる人たちにことごとく注目される。
こちらが見ると、あわてて目をそらせていくところを見ると、あまり好意的な視線ではないようだ。
こっちはみなとみらいに住んでいるんだい!
君たちだって家の近所をネギを持って歩くことあるだろう。
40年くらい前、東京原宿が注目され始めたころ、原宿に住んでいるふりをするために、女性たちが、遠くから犬を連れてきて散歩したり、同潤会アパートの前の小さな公園のベンチで編み物をしたりするのが流行った。
これからは、お洒落な町・みなとみらいに住んでいるふりをするために、ネギをカバンから覗かせて歩くのを流行らせてやる!!
立派な蟹、二人で1匹、たっぷり食べました。
ごちそうさま。
相も変わらず出勤。
参考資料として某小説を読み終わったけど、あまりピンと来なかった。
小説を書いているとあまり小説を読む時間がないだけに、たまに読む機会があるときは「当たり」を引きたい。
と書いたところで、読者の期待を裏切らない、読者の貴重な時間を豊かなものにする小説を書き続ける使命について考える。
阿川のスタジオがある黄金スタジオにある「カフェ+ライブスペース 試聴室その2」のリニューアルオープン・イベント。
午後10時過ぎ、夕食を取り損なって空腹。
帰り道、「大来軒」でタンメンを食べる。
具がたっぷりでうれしいけど、ボリューム多め、味濃いめで、ちょっとヘビー。
久しぶりに小説を読む。
仕事の一環。
淡々と読書(これも仕事です)
夕方から若葉町の「ぽん吉」でお好み焼き。
ソース味のものが無性に食いたかったのだ。
シアワセ。
56回目の誕生日。
(やばい、まじ、還暦近くなってきた)
スタジオから早あがりして横浜西口の居酒屋で妻と合流。
誕生日プレゼントは恒例のとらやの羊羹。
阿川はとらやの羊羹と崎陽軒のシウマイを食べさせておけば幸せになれます。

午前7時過ぎ、目覚める。
団体が居て早い時間は食堂が混んでいる、というので、部屋でゆっくりしていたら、いつのまにか9時になっているではないか。
あわてて朝食を食べに行き、軽くシャワーを浴びて、10時ちょうどにチェックアウト。
高倉通りを上って、朝の錦市場へ。
京都の食文化は、漬け物、干物、焼いて売っている魚。
氷や冷蔵庫のなかった時代の内陸文化。
それでも、海の魚があるのも都だったからではないか。(この一文未検証)
京都文化博物館別館(旧日銀京都支店の建物)にあるギャラリーへ。
芝居をやっていた時代の仲間が、中のギャラリーのひとつで働いている。
しばし雑談をして、博物館の招待券をもらい、荷物を預けて、京都見物に出る。
まずは、文化博物館の「カポディモンテ美術館展」。
長い時間を経た作品の輝きに心を洗われる。
アルテミジア・ジェレンティレスキの「ユディトとホロフェルネス」を見ることができたのは大きな収穫。
次は寺町通りを上って、「清課堂ギャラリー」へ。
木瀬浩詞展。銅板を打って創った不思議な作品群。
木瀬浩詞さんが作り方を説明してくれたり、座敷でお茶を戴いたり。
清課堂は表が銀細工の工房と店になっている。
菓子を切る銀の楊子など美しいものがあった。
そば屋で京都名物「にしんそば」。800円。
これも、かちかちに固くなった燻製にしんをそばのつゆで柔らかくして食べる、内陸文化だ。
御池通りから、京都市役所を越えて、ホテルオークラでトイレを拝借。
錦天満宮、蛸薬師でお参り。
神社仏閣で手を合わせて願うことはいつも決まっている。
「いい小説が書けますように。それぞれの人が自分らしい人生を送れますように」
そのまま徒歩で祇園へ出て、原了郭で黒七味袋入り(367円)を買い、八坂神社から円山公園の紅葉を見る。ここでは知人が一人で3つも提灯を出している。
紅葉はイマイチなので、どこへ行こうかなとあまり当てもなく歩いているうちに、目的地は高台寺に落ち着いた。
拝観料600円を払って、登ったり下ったりの庭園を巡ると、やっと紅葉を見た気分になった。
平日でもかなりの人出だった。週末は大変だっただろう。
もう少し歩けば清水寺だけど、昼夜二度ほどこの季節に訪れたことがあるし、混雑が予想されるので祇園に戻る。
南座の前は、市川海老蔵が出演するはずだった「吉例顔見世興行」初日で人でごったがえしていて、テレビカメラが着物を着たお客さんにインタビューをしている。
四条通りのマクドナルドでコーヒーを飲みながら休憩。コーヒー120円。
向かいに「都そば」という立食いそば屋があって、かけそば220円と書いてあるので、それほど空腹じゃないけどそば好きの僕は食べないわけにはいかない、と、本日2杯目のそば。
改めて高倉通りを上って、ギャラリーに戻り、パソコンをピックアップして、烏丸通りのスターバックスで仕事。コーヒー290円。
この時点で、歩数計が21000歩を越えた。
Plastic Ono Band の “Merry Christmas and A Happy New Year” が流れている。
年末だなあ。仕事がんばらなくちゃ。
「D列車でいこう」の京都各書店での扱いは、
四条 ジュンク堂 3刷
四条 ブックストアDAN 初版
烏丸 大垣書店 扱いなし
ギャラリーの閉店を待ってJR伊勢丹10Fのイタリアン「ザ キッチン サルヴァトーレ・クオモ 京都」で食事。
これが意外にも駅ビル内とは思えないほど美味しかった。
やがて、最終「のぞみ」の人となる。帰宅時までの歩数24800歩。












午前9時、骨折以来、始めてベッドで目覚めた。
我が家はウォーターベッドなので、体重が完璧に分散され、体のどの部分にも同じ圧力がかかる。それ故に寝心地がいいのだけれど、圧力を受けたくない場所を守ることができない。弱いところをいたわる手段がない。
というわけで、骨折以来3週間ずっとソファで寝ていたのを、昨夜、始めてベッドへ戻ることにしたのだ。
本日より一泊で京都へ出張。昨晩、京都から帰ってきた妻とは入れ替わりだ。行く目的はまったく無関係だけど。
地域予報を見ると、朝の最低気温は3度。これは寒い。
オンタイムとオフタイム、どちらもそこそこ快適に過ごせそうな服装プランを考える。
ふだんは仕事場と自宅の往復も徒歩だし、100%普段着のままで暮らしている。下着姿で歩き回ったりしないだけで、それはもう「世界がすべてオレ様の居間だ」といわんばかりの生活である。
午前11時前、出発。
みなとみらい線が遅れている。菊名駅の緑の窓口が混んで行列している。やっと順番が回ってきたら次に座れる新幹線は30分後だという。
人生、寸分違わず予定通りに行くわけじゃない。
不景気だけど、人々は動き回っているらしい。(ここ、民の竈{かまど}に煙が立つのを喜ぶ高貴な人になった気分)
新横浜駅の新幹線構内はマイナーチェンジして、待合室が使いやすくなっている。時間調整のため、いつもは車内で食べる崎陽軒のシウマイ15個入りをここで。
パソコンのための電源もあり、無線LANも使えるではないか。
11時49分、「のぞみ」の人となる。
車掌さんがみんな女性になっている!
会議を終えて、木屋町のフレンチレストランで9人の会食。
何階建てだろう、京都にしては高い建物から町並みを見下ろすお店。
その後、先斗町のなじみのおばんざい屋さん「長竹」で、午後11時過ぎまで。
30分ほど、例によって裏道探検の遠回りしながら歩いてホテルへ帰る途中、過食なので、ヘルシア茶を買ってみた。
(写真はあとでいれますね)
午前7時起床。
最後に飲んだ泡盛がまだ体に残っている。足下が少し揺れる。
I feel the earth move under my feet.
午前9時より、先日APECが行われていたパシフィコの大会議場でマンション管理組合総会。
こちらは理事で説明する側なので、ステージの上なのだけど、なんとか開始時刻には酒が抜けていた。(と、思う)
理事の仕事もこれで終了。
終了後、路上で同じマンションに住む友人に会ったので、「阿里城」で酢豚のランチ(750円)
帰宅後、頭痛に見舞われる。
4時間弱しか寝ていないのでそのせいだろう。
とりあえず、1時間、寝る。
午後5時、マンション内のホールで、理事の慰労会。
午後9時過ぎ、一次会を終えて、二次会に流れる。
行き先は、またしても「阿里城」だ。
マンションの理事会メンバーだから、全員、家が徒歩3分のところにあるので、帰りの心配などまったくしない。
というわけで、午前1時すぎまで、飲んだり食べたり喋ったり。
とにかく社会で活躍している(いた)優秀な人たちばかりなので、話していても楽しいし、それぞれの物事の捉え方がとても洞察力に富んでいたりする。
理事の仕事はたいへんで、それをボランティアでやるのは、ふつう割に合わないことなのだけれど、しかし、それを上回る楽しさがあった理事活動でした。
小説の仕事が人生の佳境でなければ、もっと続けたいくらいだ。
