【だんばら てるかず】
「土地にまつわる習俗」をテーマにした作家。
舞台活動を経て執筆を始める。
キューバやNYでヴードゥーの儀式に参加して踊ったり、東京で秘密結社
フリーメイソンのパーティーに参加したり、横須賀で海中軍事遺跡「第三
海堡」引き上げ工事に参加したりしながら、二冊の著作を書き上げる。
【販売予定タイトル】
『消えた横浜娼婦たち』(2009)
【にしむた やすし】
旅にこだわり、現場にこだわり、実感にこだわり、イデオロギーにとらわれず事象に向き合うことを武器とする新世代のノンフィクション作家。
1970年大阪生まれ。
北方領土・竹島・尖閣諸島・沖ノ鳥島への上陸を試みたり、タリバン政権下のアフガニスタンに潜入したり、といった挑戦的な旅を重ねている。
雑誌「本が好き!」(光文社)にて「ニッポンの穴紀行」を連載中。
【販売予定タイトル】
『僕の見た「大日本帝国」』(2005)
『写真で読む 僕の見た「大日本帝国」』(2006)
『誰も国境を知らない』(2008)
世にも珍しい(?) 『著者が売る本屋さん』
小説家/ノンフィクション作家/翻訳家/哲学者/詩人/歌人が
一堂に会して自身の著作を読者のみなさまに直接手渡しで売ります。
日本で唯一(?)の作家が書店員の本屋さん!
多彩な著者による、多彩なタイトルを、
書いた人が、直接、読者に販売します。
【開催日時】
2009年9月5日(土) 午後1時-5時
【場所】
黄金町 Story Studio (黄金スタジオE)
京浜急行黄金町駅より 徒歩5分 大岡川沿い/京浜急行ガード下
【参加予定の作家たち】
新井政彦(小説家)
汐見 薫(小説家) 来場キャンセル 本は販売します
高嶋哲夫(小説家) 来場キャンセル 本は販売します
檀原照和(ノンフィクション作家) 午後3時まで
常田景子(翻訳家)
西牟田靖(ノンフィクション作家)
日野やや子(歌人)
水瓶ジュン(詩人) 来場キャンセル 本は販売します
村松恒平(哲学者/編集者)
阿川大樹(小説家)

連載〆切モードの中、午前6時半に起きました。
シャワー浴びたり洗濯したりで、午前8時にバイクで出発。
三崎港についたのが午前9時過ぎ。
ちょうど、泊まっていたはずのヨットたちは出払ったところ。
最後の3艇がそそくさと出て行きました。
岸壁ではあいかわらず釣りをしている人。
諸磯湾に陸路まわって、友人のヨットを訪問。
冷たい水とコーヒーをご馳走になって、小一時間、海に浮かんでいました。
すっかり、クルージング気分。
バイクでそのまま仕事場へ。
ついでにバイクをバケツの水で洗いました。
ちょっとリゾートぼけ、かな。(笑)
でも、心地よい疲れが取れてからは快調。


photos with Casio W61CA
終戦記念日だけど、連載執筆モードつづく。
スタジオでのんびり仕事をしていたら、カフェのリハーサルが始まる。
フリージャズ系の即興の日なので、これはさすがに仕事にならない。
同僚の服飾デザイナー伊東純子さんのアトリエで会費1000円のミニパーティ。
飲んだり食べたり、アートについて話したり。
午前九時前起床。
朝食は好物の「たぬきそば」。
だいぶ前に横浜橋商店街の天ぷら屋で山のような量で一袋50円だった揚げ玉。にんべんの鰹だしを5倍に薄めたつゆ。98円のゆで麺。
朝から好物が食べられて幸せ。
ね、幸せなんて簡単に手に入るのさ。
夕方から都内へ出かけるので、スタジオには早めの出勤。
午後4時半、いったん帰宅。
午後5時、着替えて出かける。
都立大学駅前。
友人である歌手・小林淳子さんの慢性骨髄性白血病の治療費用を集めるチャリティコンサート。
チケットはすでに事前に完売していたのだけれど、当日、無理矢理、押しかけて、受付でなんとか入れてもらった。
小林淳子という人は、世間では無名に近い人だけど、一流の歌手である。
僕は彼女の歌を何度も聞いているけれど、いままで聞いた中でも今回の「手で語る愛」は最高のできだった。
54年間生きてきた僕が、音楽を聴いて涙を流したのは、サンフランシスコ近郊の Concord Pavillion で行われた Concord Jazz Festival の Wynton Marsalis と、2007年6月24日と今日の小林淳子の二人だけである。
(別に、彼女が白血病だから泣いたわけではない。少なくとも2007年に彼女は白血病ではなかったし、そんなことは簡単に忘れさせる演奏なのだから)
21世紀になって、彼女は演奏活動をあまりしなくなっていた。
たまにすると、どこかに自分の思い描く歌が歌えない苛立ち、みたいなものが感じられた。(それでも素敵な歌を唄っていたけれど)
それは例えば、バックバンドと瞬時に駆け引きをするステージの勘のようなものであったり、おそらくは、年齢を経て以前のように音域が取れなくなった自分と、出ない音を必要だと思う自分との、ギャップを受け入れられないというようなことのように僕は感じていた。(あくまで僕が勝手に感じた「例えば」の話だ)
昨年の9月に病気が発覚し、白血病の特効薬「グリベック」の副作用で、しばらくは声も出なくなっていたという。
(1錠3000円以上するグリベックを一日4錠飲み続けなければならない、という高額な医療費問題が、今回のコンサートのチャリティになっている)
声のでない状態から少しずつ出るようになる過程で、彼女は自分からどんな声が出るのか改めて見つめ直して、「今の時点で自分がもっている声」を自分で新しく探り、その声をもってどのように表現したらいいか、歌そのものを再構築したように思う。
それは、ステージから離れ、年齢を重ねて、いろいろなものを失う引き算の中での迷いのある歌ではなく、いったん声を失い、それを取り戻していく中で、ゼロから足し算で彼女が歌を作り直していった成果であったように思う。
例えば、以前の自分という、失ったものに近づけるのではなく、自分が新しく手に入れた自分の声を、今までとはちがう形で客観視して、それを得られた喜びを感じながら、もっているものを最大限に使って歌を唄うことができたという、そういうことなのではないかと思う。
今日、僕は、ひとりの歌手が再びステージに戻って来たことを喜んだ。
そして、彼女が(その友人を含む)自分の力でホールを満員にし、自らの歌で何ヶ月分かの薬代を稼ぎ出したことを、喜んでいる。
ステージから離れていた歌手が、生き延びるため、薬代のためにステージに戻ってきたのだとしたら、神様というのはなかなか上手な意地悪をするものだ。
「あんたは歌手なんだから、薬代くらい自分の歌で稼ぎなさい」
天上で彼は笑っている。
午前中、狛江に向かう。
年に一度の矯正歯科のチェック。
ついでに歯石を取ってもらう。
久しぶりに電車に乗ったぜ。
横浜駅を通過するので、ヨドバシカメラで電池切れの腕時計4個を電池交換してもらう。
待ち時間に、久しぶりに売り場を徘徊。ヨドバシの売り場を回るのは実は大好き。
西口へ出て、メガネフレームの修理。
二ヶ月ほど前に、オフィスのガラス扉にうっかり激突してしまって、メガネが歪んでいたのだ。
そこから京浜急行の改札は遠いので、戸部駅まで歩く。
京急戸部駅と相鉄平沼橋駅を勘違いしていて、暑さの中、目一杯遠回りしてしまって、陽に焼ける。
黄金町駅からスタジオへ向かう途中の「マイノリティーズコーヒー」で小休止。(アイスコーヒー500円)
午後5時前にやっとスタジオ出勤。
午後7時、午後6時に電話が入っていたことに気づいてコールバック。
「野毛で飲んでるから合流しない?」というお誘い。
仕事を始めたばかりだし、調子が出ているので、あとで合流。
ということで、午後9時頃、合流。2時間ほど飲む。
明け方、大雨。
一度止んだのだけれど、夕方にはまた降る、という予報だったので、自転車でなくバスで出勤。
自転車では運べないK&Mのマイクスタンドを担いで。
長編から連載へ頭を切り換えるタイミング。
まず、エッセイの原稿で足慣らし。
世の中、のりぴー事件で騒がしいらしいけど、黄金町に通うようになってから、ほとんどテレビを見ないので、内容はわかるけど、騒ぎ具合がよくわからない。
インターネットを自分で探していくと、事実関係はわかる。
テレビの場合、同じことをなんども聞かされる。いったい何回ぐらい同じことが繰り返し放送されるか、などというのが実は世相というやつなので、新聞にしろネットにしろ、同じことは一度しか読まない媒体では、世相に疎くなってしまうのだ。
とにかく、放送のようなプッシュ型の情報ツールからとんと離れてしまっている。
同じ棟の「視聴室」というカフェの夜の部で、たこ焼きとビール。
黄金町地区の月に一度の「アートでおもてなしデイ」。
阿川大樹も「オープンスタジオ」を実施。
扉をできるだけ開けっ拡げて(笑)仕事をしていました。
そこへ同じマンションに住む、ワールドカップボランティア仲間のTさんがお友達を連れて来訪。
コミュティーのツアーで訪ねてくれる人も。
午後5時過ぎからは、事務局1階で「流さないそうめん」イベント。
カフェユニットというアート活動をしている「LCAMP」で仲間たちと無駄話。
午後8時過ぎ、そこを出たところで、周りの建物がギシギシと音を立て始める。
「なんじゃこりゃ」と見上げると電線がゆらゆらしている。
地震でした。
外を歩いていて地震を感じたのは生まれて初めて。
「D列車でいこう」では、恋人とケンカをして家を出て駅に向かう途中の主人公が阪神淡路大震災に遭うシーンがありますけれど。(笑)
午後10時半頃まで、スタジオで仕事して帰宅。
時々、作品を読んでくださった読者の方からメールをいただくことがある。
「『フェイク・ゲーム』、図書館で借りて読みました。とても面白かったので、次は『D列車でいこう』も借りようと思います」
とまあ、そんなことを書いてくださっていたりする。
これには思わず苦笑してしまう。
もちろん、世に出した作品を多くの読者に読んでいただけるのはうれしいことだ。しかし、一方で、小説家は、本を買ってくださる読者の方からの浄財で生計を立てている。
いくら読んでくださっても、本を買っていただかないと、明日への糧(比喩的表現でなく文字通り「食べ物」のこと)が手に入らないのだ。
僕がデビューする前、とある翻訳家にお目にかかった。
「すみません、××(その方の訳書のタイトル)、買わせていただいたままで、まだ読んでいないのです」
と挨拶の時に恐縮していた。
するとその翻訳家はさらりといったのだ。
「いいんですよ、読むのはいつでも。買ってくだされば、それで生活できますので」
そのときまで僕は勘違いしていた。当たり前のことが頭から抜け落ちていたことに気づかされた。
僕の目の前にいる人は、プロフェッショナルなのだと。
世の中に、何かを書きたい、それを本にして読んでもらいたい、という人は少なからずいる。
たとえば、定年退職して自分史を出版した人は、自分でお金を出してでも本を作り、自己実現の一環として、それを多くの人に読んで欲しいと思っている。
小説家デビューを目指している人にも、ひとりでも多くの人に自分の作品を読んでもらいたいと思っている人は多いだろう。そのために自費出版をする人もいる。
たしかに、プロにとっても、本を出すことは自己実現ではある。
けれど、それは職業を通じての自己実現であるから、「読んで欲しい」というのは「買って読んで欲しい」ということなのだ。
図書館で読まないでくれ、ということではない。
図書館という公共システムがあり、それを十二分に利用するのは推奨されるべきことだ。
たくさんの読者の方が、阿川の本を図書館で読んでくださっているのを知っている。
横浜市立図書館だけで『覇権の標的』は、おそらく数百人の方に貸し出されている。
それはありがたいことだと思っている。
しかし、著者に感想をお寄せいただくときに、図書館でお読みになったとしても、ことさら図書館で読んだことに言及しないでくださると、著者としてはなお心安らかなのである。
阿川の本を図書館で読んでくださっても結構なのです。いや、どういう方法であろうと、ぜひ読んで頂きたい。が、どうか図書館でお読みになったという事実は「阿川には内緒」にしておいて戴きたい。
そして、図書館で阿川の本を読んで面白かったと思って戴けたのならば、できれば、次回は書店にて購入してくださるとありがたく存じる次第です。
