2005年まで、横浜の黄金町の大岡川沿いには売春宿が並んでいた。
春を売るビジネスは行政により一掃され、小さな店舗が残った。
国際的な観光都市であり、お洒落な町として人気の高い横浜市としては、その歴史は汚点であるらしい。
もちろん法を犯していい筈がない。が、誰でも知っているその地域は2005年までたしかに売春宿であり、夜、そこを通れば小さな小さなそれぞれの店の前には、挑発的な服装をした外国人が、学園祭の芝居小屋のように、蛍光灯にピンクや青のセロファンを巻いた照明に照らされて立っていたのだ。
15分とか30分とか、わずかな時間にセックスを売るその場所は「ちょんの間」と呼ばれていた。
法律はなにも変わっていないが、2005年を境に、行政はそこを「再開発」することにしたのである。いまその歴史自体も消してしまいたい負の遺産であると行政は考えているらしい。
往時には月70万円はしたといわれるそのあたりの空いた店舗は、いまは家賃5万円で、まがりなりにも飲食店の設備が施されているから、若者がわずかな資金で店を開くことができる。
金はないけれど実現してみたいアイデアをもった若者が、「消し去りたい負の遺産」を「文化遺産」という「資産」だと考えた。
この町の町おこしをしてやろうじゃないかと考えた若者がいた。
そう、新宿ゴールデン街も、都橋商店街も、ほとんど同じ空気をもっている。あるいは新橋のガード下だってそうだ。僕はゴールデン街で飲んでいる億万長者を何人も知っている。何十億円の買い物をした人が、同じ夜、1500円の飲み代を奢られている場面だって目撃したことがある。
もちろん、いかがわしい悪の巣窟などではないし、ただの貧乏人の巣窟でもない。
猥雑な空気こそが資産であるというのは、そこに集まる人たちが多くいることが証明している。それを積極的に必要としている人間が少なからずいるということなのだ。
画一的なクリーンさを求め、過去の歴史をできれば封印してしまいたいと考えた行政と、その町を面白いと思った若者たちは、どうやら、どこか相容れないところがあったようだ。
夜の9時、僕はそんな若者たちに初めて巡り会い、午前3時まで語り合った。
ものすごく楽しかった。
彼らのやろうとしていることは正しい。
どうしたら、あの町を本当の意味で守っていくことができるのか、僕の頭は回り出している。
以下、彼らの好意により、ちょんの間の中を撮影させてもらった
建物はものすごくきれいだ。
同じように以前は青線だったゴールデン街は売春防止法(1956年)施行から立て替えられていない木造建築であるため、かなり老朽化している。だが、黄金町は2005年まで現役の売春宿であり、現代の衛生観念にそってリニューアルされている。
飲食店であるはずなのに、トイレにシャワー設備があるのが、「そのため」の店であったことを物語る。
店の裏口も道路に面している。万一の時も逃げ出すことができる構造だ。
今は月5万円の家賃も、かつてはこの狭さで70万円。つまり、それだけの「上がり」があったということだ。
物件によっては、ひとつの店の、土地と上屋、さらにはカウンターと二つの部屋が、それぞれの別の所有者になっているという。さらには日本にいない外国人の所有になっていることもあるという。
このような権利関係の複雑さは、女一人と部屋ひとつが、それぞれにビジネスユニットであったことの名残であり、またそれがこの地区の再開発をむずかしくしている。

短いスカートの女が客を伴って昇ったであろう狭くて急な階段

壁から壁まで人が横になるぎりぎりサイズのベッドで占められている部屋。
もはや売春宿ではないので横になっている男性は「客」ではない。(念のため)

小さな窓の外は大岡川。春にはサクラが咲き誇る名所だ。
昼間の外のようすは、こちらの関連エントリーで。
帰ってきた横浜は思ったほど寒くない。
午後、自由が丘で人に会う。
岡山県の一風かわった小さなワイナリーのワイン(年間1000本限定)をどうやって売るか、という話。
実は、このワイナリー、小説の舞台として狙っている。
今まで頑固者の醸造責任者とその他の従業員だけだったのだけれど、ソムリエの資格をもつ女性社員が加わるのだそうだ。俄然、物語のニオイがしてきている。
岡山まで取材に行きたいのだが、島根との県境のおそろしく山奥。道路がアルのが不思議なくらいのところなのだ。
取材は面白いけど、お金もかかるし、その間は原稿は進まないので、バランスがね。
(今回の沖縄行きだって、やっぱり8万円くらいはかかってしまったし)
打合せは5時に終わって、せっかくだから近くに住んでいる人にも声をかけて1時間ちょっと話をして、帰宅。
あわててスーパーにいって、閉店間際の安売り品をゲット。
那覇の公設市場で沖縄そばの麺(生麺)を2kg以上買ってきたので、紅ショウガや薩摩揚げ(沖縄では蒲鉾という)やバラ肉の煮込みを買ってきて、夕食は沖縄そば。スープがもったいないので(笑)替え玉を入れる。
夕方、帰宅したら短編のゲラが届いていた。
とりあえず年末進行のエッセイ4枚を書いて送る。
小説はすすまないなあ。


午前10時起床。いよいよ横浜に帰る日。
11時チェックアウト。迎えの車で那覇へ向かう。
那覇市西の「亀かめそば」で沖縄ソバ400円。
空港へ行き、ロッカーに荷物を預けようと思ったが、念のため飛行機に荷物をチェックインできるかと聞いたらできるという。午後8時10分の飛行機の荷物を正午にチェックイン。8時間も前に荷物をチェックインできるなんて。というわけでコインロッカー代が節約できた。
ふたたび車で那覇国際通りまでもどってドロップしてもらう。
久しぶりの那覇で、牧志公設市場などを定点観測。
スターバックスでこの日記や小説を書く。
竜宮通り社交街、桜坂社交街を定点観測。
牧志公設市場で沖縄ソバの麺を1kgとスープ6人前買う。ここには市場の二階の食堂の人が次々に買いに来るのだ。しかし買いすぎたかな。背中に背負うのが重くて重くて。(泣)
小腹が空いたのでクーポンを使ってマックラップ(160円)。マックでは飲み物なんて頼まない。
だって那覇に来たら “Helios Pub” で地ビールを飲むと決めてあるのだ。お金を使ってビールの味を落とすわけにはいかない。(笑)
那覇の国際通りは好きじゃないけど定点観測のために来ている。でも、Helios Pub だけは例外で、たぶん、那覇でいちばん好きな場所だ。平日の夕方、日が暮れる直前にとても落ち着いたいい時間を過ごすことができる。
午後8時10分の便で羽田へ。帰宅は11時20分。




午前0時過ぎ。
宏次と飲んでいたときのこと、ひとりの男が入ってきた。
「わたくし、うるま市の**と申します。このたび、CDが発売になりまして、キャンペーンとして、この地域を回っています。ワンコーラスでいいので、ここで歌わせてもらえませんでしょうか」
はきはきと喋る、ちょっとへんな感じだが、このあたりでは歌を唄うのは普通のことなのでもちろんOK。
で、ギターを弾きながら演歌のような曲を歌う。
弦が古くて死んでいる、チューニングはあっていない、声量はあるがただ大きい声、ギターは下手。
「ありがとうございました。ただいま有線でもラジオでもリクエストを受け付けておりますので、みなさまできましたら、リクエストの方をお願い致します」
しかし、何という名前でなんという曲なのか1度しか言わないのでよくわからない。曲名やレコード会社を書いたチラシを配るわけでもない。
「どうもありがとうございます。強制というわけではないのですが、わたくしを応援するというお気持ちでどなたか100円でも200円でも戴ける方はいらっしゃいませんでしょうか。(シ~ン) あ、いらっしゃいませんか、それではありがとうございました。しつれいします」
新手の乞食だった。
最初にギターの音を出した瞬間にCDが出ているというのが嘘だとわかる。ありえない。コザでは、どんな店に何時入っても、客の中で彼よりも歌やギターがうまい人間は必ずいるだろう。(僕だって彼よりはかなりうまいと思う)
しかも、CDが出ているミュージシャンよりもうまいアマチュアもいるし、筋金入りのプロであっても無料でシロウトの客といっしょになって演奏してしまうような町だ。彼に正当な対価として100円払う人間はいない。払うとしたら、彼を乞食だと見破った上で払う人間だ。
でもね。人を哀れむとき、人は悲しい気持ちをいだく。乞食の施しをして楽しくなる人間はいない。
楽しく酒を飲んでいるときに、冷や水を浴びせるようなことをわざわざ扉を開けて入ってきてするのは、理不尽な暴力の一種だ。こっちがお金をもらいたいくらいの出来事なのである。
それにしても、歌うまでの導入部のもっていき方は一字一句よく計算されている。歌うこと自体はめったに断られないだろう。そして、大声で歌ってしまえば、その努力や意気込みを感じて100円くらいなら払ってくれる可能性は一応ある。
でも、こと音楽の町コザでこのビジネスモデルは成立しにくい。


午前11時過ぎ、起床。
まずは5階の大浴場でほぐし、ホテルのレストランでカレーライス(700円)。野菜たっぷり。沖縄のカレーは一般にそうなのだが、まったく辛くない。
部屋に籠もって仕事をしてるうちに午後4時だ。部屋の掃除の人が来たので、ホテルを出てまたオーシャンへ。コーヒーを頼んでカウンターで原稿書き。
この店に差し込む夕暮れの日差しがやがて失われていく時間がなかなか心地よいのだ。
午後7時、6時から始まっているはずの照屋林次郎の「Art KOZA」のオープニングパーティへ。
司会はFMコザのハナちゃんと、タレントでいまは民主党の衆議院議員候補者にもなっている玉城デニー。
暗くなって、ひがよしひろが4曲ほど歌う。つぎはすでにCDを何枚も出している若き天才三線奏者「よなは徹」。これがまたすごくいい。
それに乗って、ハナちゃんや林次郎がカチャーシーを始める。
一眼レフを持ち出して写真を撮っているのは「りんけんバンド」で有名な照屋林賢。シンガーソングライターのヤラヤッシーもいるし、JUPITERのギタリスト・カズシも、おなじくギタリストのTARAちゃんもいる。名前は知らないけど、他に三線をやる人たち、園田のエイサーから5人。
音楽の町コザの芸能人が集まっているかんじ。


午後9時、宴たけなわのところ、電話が入る。
指名制度なんてないのに、全国から指名が入るカリスマ・ツアー・ナースのはっちゃんだ。コザに住んでいるのにずっとツアーの仕事中で今晩になって、やっともどってきたところ。
凱莎琳(キャサリン)という静かな台湾料理屋さんでお腹いっぱいご飯を食べて、「SHUN」へ移動。ちょうど約束していた琉球紅型染の金城宏次(ついに着物の染の注文がコンスタントに入り始めた赤丸急上昇中の紅型アーチスト)がやってくる。一年ぶりになんとか会えた。
コザはミュージシャンや芸能人や芸術家に対してカジュアルで自然なリスペクトがある地域で、小説家というのもその範疇に入れてもらっているようなので、とても居心地がいい。しかも「ギターを弾く」というのは「こっち側の人間」という証文のような役割をする。(笑)
午前3時、店を後にする。
ホテルへ戻る途中、PEGが開いているようなので、戸口までいって、「あした帰るから」と照喜名薫に挨拶。(今日もサーミーがいた)
さあて、部屋にもどるぞ、と思ったら、パルミラ通りの(僕がイルミネーションを取りつけた)事務所の中で、コザクラのママでライターの雅子さんが仕事をしている。ここでも挨拶だけしておこうと声をかけると、中に誘い込まれて、4時半まで、またコザの町興しについての話をする。


昼に起きる。
パークアベニューの「コザ食堂」で沖縄そば(400円)。
去年来たときは、この店で勘定を払おうとしたらサイフを忘れていて宿まで取りに戻ったのだった。
まっすぐパークアベニューを登り切ったコリンザの屋上で「空中タウン」の催し物。若者たちの町おこしプロジェクトの一環。屋上に周辺の有名店の屋台が出ていて、若いミュージシャンがライブをしていた。
ゲート通りの「オーシャン」でコーヒーを呑みながら仕事。
今日は日曜なので、一橋大学卒業のしっかりものの奥さんマキちゃんもいる。
途中、お客さんがチェリーパイをもってきて、ご相伴に与る。知り合いの店だと泡盛の盛りもよかったり、エコヒイキが横行しているのが、沖縄のいいところなのだ。いろいろな形で人と人の繋がりをとても大事にしている。
僕は東京生まれで田舎とか故郷というような場所がないので、にわか故郷気分を味わわせてもらっている。
ホテルにもどろうとパルミラ通りにさしかかると、ひがよしひろがイルミネーションの看板をつくっている。照屋林次郎(照屋林助の息子、りんけんバンドの林賢の弟、三線の製作者)が明日開店のギャラリーカフェのパーティの準備をしている。
他にもあちこちで知り合いが町のために働いている。
午後7時少し前、宮永英一とマネージャー(従姉妹)がやってきて、ホテルで夕食をいっしょにする。CHIBIはデイゴホテルの前社長とも古くからの知り合いなので、食事の後、サービスにコーヒーがついた。(ラッキー)
彼らを送り出してから、部屋にもどって仕事。
午後11時を過ぎて、コザクラへ出かける。
昼にオーシャンであってパイをご馳走してくれた人がいる。後からひがよしひろが来る。全然、待ち合わせや約束をしていないのに、しょっちゅう会う人には会う。(笑)
午前1時すぎ、部屋にもどる途中、思い立ってミュージックタウンの「すき家」へ進路を変更して牛丼並350円。本土とはまったく味がちがう。牛肉の量も多い。ここではタコライスもある。
別に腹は減っていなかったのだけれど、深夜のこの場所に来てみたかったのだ。取材といえば取材かな。
あとは、朝まで仕事。

ことしもやってきたジョン・レノンの命日。
この日の阿川的意味については
ここをお読みください。
夕方、パルミラ通りの事務所で仕事をさせてもらっていたら、「これもらってきたよ」というのはFMコザのハナちゃん。
じっと人の目を見る。つまり僕にそれを取りつけろといっている。
「脚立があればできるよ」というと、ちゃんとどこからか脚立をもってくる。
というわけで、戸口の前のテントの下にそって、針金でイルミネーションを止めていく。そういや、去年はとなりのコザクラのイルミネーションをつけたんだよね。毎年、商店会のお手伝いをしているのであった。
午後7時、車のお迎えつきで鼓響館へ。(ドライバーは副館長をやっている従姉妹)
CHIBIこと宮永英一(館長)とも久しぶりに会う。
琉球太鼓とドラムの生演奏を間近できいてゴキゲン。
タクシー(1640円)でコザまでもどり、ミュージックタウンに新しくできた、コザにあるまじき(笑)都会的なライブハウス「Taurus」(チャージ・ワンドリンク付1000円)で照喜名薫と城間健一のデュオを聞く。
夕食がまだだったのでカルボナーラ(950円)も頼んでみる。
この店は不動産会社の経営だけれど、都会の店をよく研究していると思う。
カウンターの隣は黒人と中国人の夫婦。年末には横浜にもくるんだって。
コザはカジュアルというか服装がどうでもいい町なのだけど、ここにはきれいに着飾った人が多い。そういう場所があれば人はそういうこともしたかったのだ。コザ・ミュージックタウンにはハコモノ行政との批判もあるが、それなりに新しい需要を喚起し、ライフスタイルの提案もなされている。
「うりうりひゃあ」という店ではコーヒーの出前をやっている。お店の子がかわいいので近くの商店街のオジサンの間でコーヒーを頼んで届けてもらうのが流行っているらしいし。いいよね、そういう微笑ましい町。
午前0時過ぎ、演奏が終わったところで、カオルに挨拶して「SHUN」へ。
ビール500円でチャージなしなのだけど、お通しのおでんがめちゃウマ。量もたっぷり。おそらく今までの人生で僕が食べたことのあるおでんのなかでもトップクラス。「こういうのはちゃんと金をとらなきゃだめだ、商売が下手だ」といったら、客によっては300円くらいチャージを取ることもあるそうだ。でも、このおでん、500円でも安いよ。出汁もきれいに澄んでいて、高級料亭に匹敵する。


午前1時を回ったところで、カオルの店「PEG」へ行く。
さすがに土曜日なので、人が入っている。
客の若い男の子がギターを弾くがどへた(笑)。次に外人が弾き語りをしたのだけど、それは聴ける。
そんなあたりで、店が渾然一体になって、照喜名薫もサーミーも阿川大樹も、ギターを持ち替えたり、マラカスドラムをいれたり、名前を知らない他の人たちもで、ロック歌声喫茶状態が午前6時までつづく。
店を閉めたところで「〆にSHUNへ行こう」とカオルに誘われ、本日二度目のSHUN。こんどのお通しはポテトチップだった。(笑)
午前7時過ぎ、解散。
午後2時以降はさんぴん茶やトマトジュースしか呑まないようにしていたので、体調はきわめて良好。ギター弾いたし。
とにかく、コザの友たちのお陰で、泣かずにこの日を過ごすことができた。
午前9時起床。昨日はあまり呑まないようにしたのでお目覚めすっきり。
だたし、結構歩いて腰に来ているので、まず朝風呂からスタートだ。
朝食はペンギンのぬいぐるみ目当てでマクドナルドのハッピーセット。
(ただしいちばんのお目当ては買えず)
昼食はデイゴホテルでオムライス(サラダとスープ付)、コーヒー飲み放題700円。

仕事場候補のルームシェアの場所を案内してもらって下見。
場所柄はゴールデン街。そこよりも広い二階があると思えばかなりちかい。キッチン、風呂、トイレはきれい。金土の夜はうるさいが逆に昼間はいつも静か。仕事するにはいいかも。月光熱費込み3万円。歓楽街のど真ん中で不夜城なのでどの時間でも食事には困らない。
午後8時、オーシャンに行くと、ヤッシーはすでにべろべろに酔っている。(泡盛300円)
パルミラ通りを歩いていると、オープン準備中の店舗にひがよしひろがいる。「りんけんバンド」の照屋林賢の弟(林次郎:三線製作者)がアートコザというギャラリーを月曜にオープンするのでその準備中。とはいえ、その場所で泡盛を飲んでいるだけ。
そこでいっぱいご馳走になり、コザクラへ移動。
夕食がてら料理とビールで1000円。
いろいろまた町おこしについて話しているうちに11時になったので、リーミーの「ムーンドーター」へ。(島酒1合で1000円)
ジョンレノンの命日を迎え、午前1時過ぎの閉店までいて、次は照喜名薫の「PEG」が珍しく(!)開いていたのでそこへ。飲み友達のKさんが来たり、さっき別れたはずのひがよしひろがべろべろになって来たり、サーミーが来たり、米兵が来たり。オリオンビール500円。
結局、ミュージシャンとか芸術家と話をするのが気持ちがいいんだよなあ。
最初から経済的なことはどうでもよくて、人と比べないのが当たり前で、自分の人生をそれほど妥協しないで生きている。そういう当たり前のことを当たり前にしている人たちと話をしていると、気持ちいいし、なによりイライラしない。
経済的な呪縛がいかに人を不幸にしているかとってもよくわかる。
収入が半分でいいと思ったとたんに、だれでも簡単に幸せになれるのに、収入にこだわったり、人と出世の度合いを比べるだけで、人は簡単に不幸せになってしまうのだ。
腕一本で生きていくことの厳しさを知った上での潔さと肩の力の抜けた生き方が、すごく素敵なのだ。
午前3時になったのでホテルへもどる。
まだ町はまったく眠っていない。
週末のコザはそれ以外の日とははまったく別の町なのだ。
というわけで、眠らない町、週末のコザからお届けしました。


午前9時半起床。
昨日、某店への横浜土産にしようと余計に買ってあったシウマイを朝食に食べる。
店が休みだったので賞味期限が切れてしまった。自分が食べるのは平気だけど、お土産として人にあげるのはさすがに気が引ける。
淡々と原稿書き。
廊下の人が部屋の掃除をしたそうな気配を発散していたので、重い腰をゆるめるために大浴場(24時間やっている)へ行き、着替えて外出。
ミュージックタウンの「島ごはん」で日替わり定食680円。
これは徳さんよしひろさん口を揃えてお奨めだったので。
いや、ほんとにおいしかった。
ちっちゃなデザートやちっちゃなお刺身までついてコーヒーもセット。
そのまま店で執筆。
営業していないコザクラに行って、雅子さんから最近のコザの町おこし情報をもらいたかったのだ。
そしたら、ちょうど中の町で「Bar 10 Street」という飲み屋の共同プロジェクトをやっている人や、建築士でコザの町おこしにも関わっている人が出入りしていて、紹介してもらう。
部屋にもどって執筆とブログの更新。
夜8時半過ぎ、リンリンでふーチャンプルとビール。
ちょうど食べ終わったところに雅子さんから電話。
Bar 10 street の別の店のオーナー、沖縄市役所で地域振興をしている人、などを紹介してもらい、コザの町おこしについて11時まで熱く語る。(笑)
このあたりは来年前半執筆予定で映画とタイアップの話もある*作目の仕込み。
いまはコザにいないコザの友だちにコザにいるぞとメールしたら一斉に返事が返ってきた。かくも人の思いが残る町なので、小説でも映画でも人を引きつけることができる可能性を秘めている。
それを僕が書ききることができれば。


沖縄へ向かう日。
旅の前は準備に手間取り、睡眠時間が短くなる。それでも4時間は眠ることができて午前9時過ぎに起床。
仕事に出かける妻を玄関口で送り出し、メールをチェックし、作り置きのスープを温めながらキャスターバッグのジッパーを閉じる。よし。
飛行機は嫌いだけれど、空港に漂う高揚感は好き。50回か60回アメリカ出張に行っていた頃に刷り込まれたものの条件反射かな。「これから勝負に行くのだ」という兜の緒を締める感じだ。
ラウンジを無料で利用できるクレジットカードをわざわざ携帯してきたのに、ラウンジに行くほどの時間はなくて、搭乗口の脇のベンチで朝食(好物の崎陽軒のシウマイ15個入り550円)を食べる。(空港で売っている弁当類は600円以上1500円くらいまで)
客席には、一階に修学旅行生もいるけど、あちこちにシニアの団体もいる。
この時期はホノルルマラソンの時期、つまり、旅行業界の閑散期でふつうの勤め人がもっとも旅行をしない時期だけれど、ディスカウントのしかたやツアーの組み方がうまくいっているのだろう。客席稼働率は8割程度にはなっている。
基本的に沖縄の人気が高いんだろうなあ、きっと。
空港から113番のバスに乗って胡屋で降りる。(910円)
この1年の間に胡屋十字路の横断歩道橋は撤去されてスクランブル交差点になっているので、景色がちがう。以前ミッキー食堂があったところは前年すでに建築中だったが、いまでは立派な「コザミュージックタウン」ができてオープンしている。
変わってはいるけど、この町に来ると懐かしいと感じる。もはや第二のふるさとみたいなかんじ。住んだことのない町でこれほど繰り返し訪ねているのは、シリコンバレーとコザだけだ。

デイゴホテルにチェックインしていると、後ろからホテルの宮城社長が声をかけてくる。よく行く飲み屋でなんども会って知っているのだ。本日は当ホテルすこぶる繁盛とのこと。
部屋に荷物を置くと、とりあえず明るいうちに町の全貌をチェック。なにしろ4年の間、この町を定点観測しているのだ。
沖縄の日没は遅く、冬の午後5時半でも明るい。
つい最近、開業して40周年を迎えたかつてのAサインバー「カフェ・オーシャン」に顔を出し、オーナーでシンガーソングライターのヤッシーと話をする。店のコルクボードには僕が40周年祝いに出したハガキがピンナップされていて、棚には『覇権の標的』が置いてある。(おい『D列車でいこう』はないぞ)
開け放たれた店の外が暮れていくのをみながら、評判のタコス(500円)とオリオン生ビール(500円)で空いた腹を満たす。
パルミラ通りのリンリンへいって「来てるよ」の挨拶。「来てるよ」といいに来ているのに「お帰りなさい」といわれる。(笑) 「菊の露」(泡盛)ロック、300円。
ゲート通りを歩いていると、バーPEGの前に、オーナーでギタリストの照喜名薫がいた。ついさっき電話で話をしたところだったけど、ちょうどいいので立ち話。彼はホテルでの仕事に出かけるところ。
「仕事終わったら「チャボ」に行くと思うけど一緒に行かない?」
と誘われたので、いいよ、と答える。「チャボ」はギタリスト・サーミーがやっている居酒屋。
中の町社交街(バーやスナックが並ぶ歓楽街)の「宮古そば愛」で宮古そば(中)(450円)を食べているとブルースシンガーのひがよしひろから電話が入る。結局、あとでリンリンで落ち合うことに。
嘉手納基地の2番ゲートすぐ近くの酒屋アルテックで水とさんぴん茶を買う。
ホテルに荷物を置いて、再びリンリンへ。
入口でちょうど帰るところのベーシストのコーゾーに会う。
「週末、聴きに来てくれ」
「もちろん」
店の中は知り合いだらけ。ひがよしひろと話をしていると音楽プロデューサーの徳さんが合流し、コザミュージックタウンの音楽市場にあるバーを案内してくれるということで、ミュージックタウンの3Fホールのホワイエの “A Aproved Bar” へ。徳さんはこのホールとスタジオの管理もやっている。
ホールと事務所、スタジオも案内してもらう。
スタジオのひとつで高校生のブラスバンドが練習していた。(自信なさそうに譜面をのぞく表情が高校生っぽくてほほえましい)
徳さんが帰った後は、よしひろさんの仲良しでキャンプハンセンの門前町・金武でならした筋金入りの女性ロックシンガー・リーミーのやっている “Moon Daughter” へ。
昨年、リーミーとは僕がコザへ来たときに、FMコザの収録で一緒になったことがあるのだけれど、そのときにはまだ店をオープンする直前だった。12月20日に開店1周年パーティがあるそうだ。
最後は本日のべ6軒目のバー、中の町の “Shun” へ。
ドアは開いているが看板の電気は消えている。営業していなくても人の気配があれば入っていくのがコザの流儀。
案の定、定休日だけど仕込みをしにきているのだという。でも、ちゃんとカウンターで呑んでいる客がいる。やがて、休みのはずの店のカウンターはいっぱいになる。僕以外は近所の店のオーナーたち(あ、ママも一名)。
午前2時になって急速に眠くなったので辞去。
帰り道、PEGの前を通るが開いてない。「チャボ」の話はどうなったんだか。ま、アーチストの予定だから。(笑)

