日: 2007年12月10日

唄う乞食

 午前0時過ぎ。
 宏次と飲んでいたときのこと、ひとりの男が入ってきた。
「わたくし、うるま市の**と申します。このたび、CDが発売になりまして、キャンペーンとして、この地域を回っています。ワンコーラスでいいので、ここで歌わせてもらえませんでしょうか」
 はきはきと喋る、ちょっとへんな感じだが、このあたりでは歌を唄うのは普通のことなのでもちろんOK。
 で、ギターを弾きながら演歌のような曲を歌う。
 弦が古くて死んでいる、チューニングはあっていない、声量はあるがただ大きい声、ギターは下手。
「ありがとうございました。ただいま有線でもラジオでもリクエストを受け付けておりますので、みなさまできましたら、リクエストの方をお願い致します」
 しかし、何という名前でなんという曲なのか1度しか言わないのでよくわからない。曲名やレコード会社を書いたチラシを配るわけでもない。
「どうもありがとうございます。強制というわけではないのですが、わたくしを応援するというお気持ちでどなたか100円でも200円でも戴ける方はいらっしゃいませんでしょうか。(シ~ン) あ、いらっしゃいませんか、それではありがとうございました。しつれいします」
 新手の乞食だった。
 最初にギターの音を出した瞬間にCDが出ているというのが嘘だとわかる。ありえない。コザでは、どんな店に何時入っても、客の中で彼よりも歌やギターがうまい人間は必ずいるだろう。(僕だって彼よりはかなりうまいと思う)
 しかも、CDが出ているミュージシャンよりもうまいアマチュアもいるし、筋金入りのプロであっても無料でシロウトの客といっしょになって演奏してしまうような町だ。彼に正当な対価として100円払う人間はいない。払うとしたら、彼を乞食だと見破った上で払う人間だ。
 でもね。人を哀れむとき、人は悲しい気持ちをいだく。乞食の施しをして楽しくなる人間はいない。
 楽しく酒を飲んでいるときに、冷や水を浴びせるようなことをわざわざ扉を開けて入ってきてするのは、理不尽な暴力の一種だ。こっちがお金をもらいたいくらいの出来事なのである。
 それにしても、歌うまでの導入部のもっていき方は一字一句よく計算されている。歌うこと自体はめったに断られないだろう。そして、大声で歌ってしまえば、その努力や意気込みを感じて100円くらいなら払ってくれる可能性は一応ある。
 でも、こと音楽の町コザでこのビジネスモデルは成立しにくい。

三線方面 コザ6日目

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 午前11時過ぎ、起床。
 まずは5階の大浴場でほぐし、ホテルのレストランでカレーライス(700円)。野菜たっぷり。沖縄のカレーは一般にそうなのだが、まったく辛くない。
 部屋に籠もって仕事をしてるうちに午後4時だ。部屋の掃除の人が来たので、ホテルを出てまたオーシャンへ。コーヒーを頼んでカウンターで原稿書き。
 この店に差し込む夕暮れの日差しがやがて失われていく時間がなかなか心地よいのだ。
 午後7時、6時から始まっているはずの照屋林次郎の「Art KOZA」のオープニングパーティへ。
 司会はFMコザのハナちゃんと、タレントでいまは民主党の衆議院議員候補者にもなっている玉城デニー。
 暗くなって、ひがよしひろが4曲ほど歌う。つぎはすでにCDを何枚も出している若き天才三線奏者「よなは徹」。これがまたすごくいい。
 それに乗って、ハナちゃんや林次郎がカチャーシーを始める。
 一眼レフを持ち出して写真を撮っているのは「りんけんバンド」で有名な照屋林賢。シンガーソングライターのヤラヤッシーもいるし、JUPITERのギタリスト・カズシも、おなじくギタリストのTARAちゃんもいる。名前は知らないけど、他に三線をやる人たち、園田のエイサーから5人。
 音楽の町コザの芸能人が集まっているかんじ。
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 午後9時、宴たけなわのところ、電話が入る。
 指名制度なんてないのに、全国から指名が入るカリスマ・ツアー・ナースのはっちゃんだ。コザに住んでいるのにずっとツアーの仕事中で今晩になって、やっともどってきたところ。
 凱莎琳(キャサリン)という静かな台湾料理屋さんでお腹いっぱいご飯を食べて、「SHUN」へ移動。ちょうど約束していた琉球紅型染の金城宏次(ついに着物の染の注文がコンスタントに入り始めた赤丸急上昇中の紅型アーチスト)がやってくる。一年ぶりになんとか会えた。
 コザはミュージシャンや芸能人や芸術家に対してカジュアルで自然なリスペクトがある地域で、小説家というのもその範疇に入れてもらっているようなので、とても居心地がいい。しかも「ギターを弾く」というのは「こっち側の人間」という証文のような役割をする。(笑)
 午前3時、店を後にする。
 ホテルへ戻る途中、PEGが開いているようなので、戸口までいって、「あした帰るから」と照喜名薫に挨拶。(今日もサーミーがいた)
 さあて、部屋にもどるぞ、と思ったら、パルミラ通りの(僕がイルミネーションを取りつけた)事務所の中で、コザクラのママでライターの雅子さんが仕事をしている。ここでも挨拶だけしておこうと声をかけると、中に誘い込まれて、4時半まで、またコザの町興しについての話をする。