やっぱり「パッチギ」

 夕方から神宮前へ。
 ダイヤモンド社の9階で桂吉坊さんの落語を聴く。上方落語を生で聴くのは初めて。
 午後9時すぎ、原宿駅近くでパーティ。
 こうみえても人見知りなので、必死で知っている顔を探す。
(バイオリズム的に社交的なエネルギーがあまりなかったし)
 運よく「ゴールデン街友だち」のCさんを発見。パーティ主催者のTさんと同じ店に出入りしていることは知っていたのだが。
 そこそこのタイミングで新宿へ移動してゴールデン街へ。
 いやあ、何ヶ月ぶりだろう。
 なじみの店でなじみのメンバーがいて、なんとも懐かしい。
 そこでも「パッチギ」の話になり、プロデューサーがなんとCさんの知り合いだったり、実は僕がこの店にいっしょに来たRちゃんは井筒監督のヨメはんだったんだよ、えー、みたいな話になる。店のオーナーは京都の人だし。
 まだ朝まで飲んでいる体力はないので、終電で帰宅。
 なんだか「パッチギ」の風が吹いているようなので、深夜2時頃からビデオで「パッチギ」を見る。
 京都を舞台にしたロミオとジュリエットの話。
 他の映画でいちばん似ているのは「グリース」かな。
「結局、何も変わらない、それでも人間はみんな生きていく」というような話。
 理念よりも現実を泳いでいく哀しみと自然さとたくましさの物語、とでもいうのか。
 映画と小説の作り方の上での決定的なちがいをつくづく感じる。
 あんなに説明しないで物語を運べる映画というのが羨ましくもある。もちろん小説でなければできないこともある。
 この映画でなんだかふっきれた気がする。
 明日一日は雑用があるけれど、やっと頭と身体が小説家にもどってきているのを感じる。

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