手術後4日目 DAY5:9月3日
「ベッド起こしていいですよ」
新しい朝が来た。希望の朝だ。いままで30度までしか起こせなかったベッドを椅子のようになるまで少しずつ起こす。目の前の視界が開ける。
しかし、痛いので長くそのままではいられない。つまり座っていることもできない体だってわけだ。なかなかきびしい現実である。
空はゆっくりと晴れてくる。隣は本日手術。
起きて朝食。同じ牛乳も起きて飲むだけで美味しい。
えぼ鯛の干物、おいしい。おにぎり1個半。みそ汁、スプーンでなく口をつけて飲む。おいしい。
しかし、起きていると背中が痛いし、ひどくつかれる。おなかも詰まっている。やっとの思いで薬を飲んで、真横にベッドを倒すとほっとする。まるで病人(いやたしかに病人なんだけど)
午前9時過ぎ、ベッドに座って起き上がる。起き上がるときが痛いがきちんと座ると傷みもない。ベッドにいる時のように当たるところがないから、しばらくその姿勢を満喫する(笑) 医師が来るのが待ち遠しい。
午前10時すぎ、ナースステーションに「回診ですの声」。
来るぞ来るぞ、て、お化けが来るわけじゃない。
まもなく医師がやって来ていう。
「立ってみましょう」
思ったよりもうまく立つことができた。手術室に入ってから約96時間後のことだった。
廊下を片道20mほど行って戻って、合格! 今日から立ってよし。
エヘン! わぁーい!
バルンカテーテルを抜かれるにゅるっという感触。
うれしくて、電話したりメールしたり。
(つまり、歩ける、ということは携帯電話の使える場所まで移動できる、ということでもあるわけだ)
美人のナースがエスコートについてくれて、歩行練習。きゃ、デートみたい。(ただし中学生のデートね)
トイレ、無事、自力で小ができた。(長くバルンカテーテルを入れていると、外した後、自発的に排尿ができなくなることがあると聞いていたので、心配だった)
しばらく、自分で歩いたら、無事、ふつうの排便もできた。これで最大の悩みが消えた。自由だ。
その後、ひとり歩行練習中にいろいろなナースとすれちがうたびに「うんち出ました?」。(別に僕が特別うんち騒ぎを起こしているんじゃなくて、便通は通過儀礼だからなのだ)
午後、リハビリの先生が来てくれて、一緒に歩く
明日からは、こちらがリハビリ室に出向く。
『4Teen』(石田依良 新潮社)読了。
14歳の中学生4人組の日常における冒険物語。
いい小説でした。言葉そのものが生きている。こういう小説が評価される(直木賞受賞作)ということはうれしいことだ。僕が書きたいテーマ(のひとつ)とかなり被っている。僕が書けば自然にちがうものになるので、被っていること自体は気にならない。
それについては、先日、K書店取締役と話をしたときの会話を思い出す。
「たとえ同じストーリーを書いたって、同じ小説になんかなりっこない。勝手にちがう小説になってしまいます。だから、無理に先行作品を気にする必要なんてないんですよ」
そうかもしれない。
手術は安全に終了。
術後4日目の本日、自力で立ちました。
手術が成功かどうか、つまり、症状が取り除かれたかどうかは、まだ不明ですが、元気です。
手術後3日目 DAY4:9月2日
午前3時40分、ついにナースコールを押して便器を持ってきてもらう。
10分程がんばるがわずかにガスが出ただけ。くそ、たかが排便ごときがうまくできない。そしてそれがQOLを大きく低下させるのだ。
次に入院するときは.もっと上手に糞をしてやるぞ。くそ。
だぶん今日一日は宿便に苦しめられる曰となるだろう。
病気と快適に戦うには、病気の知識だけでなく入院生活の知恵が必要だった。
ウンコのマネージメントについてなんてだれも教えてくれなかったぞ。今回の入院で最大の苦痛は明らかにこれであって傷の傷みなんかではないような気がする。手術の痛みはこのトロールできるが、意外に排便はコントロールしにくい。
手術の傷の痛みなんかよりも、便秘の方がよっぽど辛い。
逆にいえば便秘の人ってふだんから大変だってことなのか。宿便侮りがたし。便静粛宿夜川を渡る。
少し前から右手親指が痺れている。なんだろう。
朝食最小限。
ひさしぶりに青空で気持ちがいい。
日曜で回診もないので午前中は静かな時が流れる。
寝たまま飲む水を飲みそこなってむせると傷に響く。もちろん笑っても響く。くしゃみは最悪。
これ以上腕力が弱ると、やがてはベッド上で姿勢を変えられなくなってくる。そうなると床擦れが始まるわけだ。こうして死んでいく人の転落の道が見えてくる。これも今回の重要な取材成果だ。自分で死んでみないと死人の小説が書けないのでは小説家はできない。人の死を書くためにもずっと入院したいと思っていた。やっとチャンスがめぐってきたわけだ。
ヨットに乗ったら気持ち良さそうな日曜日。
昼食、ハンバーガーとホットドッグ。わお。ひさびさに前のめりになって食べる。目の前の食欲が宿便の恐怖を凌ぐ。上海の女スパイにまんまとやられた自衛官の気持ちがわかったような気がする。(笑)
やっぱりあった。(僕には関係ないけれど)お風呂の順番トラブル。
病院を舞台にドラマを作る時なんかは、つかえるエピソードだ。
隣の人は明日の手術を前に、神経質になっている。
午後5時、軽い床擦れになりはじめ。頻繁に姿勢を変える。多分病気はここからが辛いのだと思う。予定通りならこちらは明日から起きられるが、そうでない人は絶望的な無限連鎖と戦いながら、同時に病と闘うわけだ。
真面目なテーマとして、床ずれの研究はもっとやったほうがいい。患者のQOLにとってきわめて重要。
後ろ臭{うしろが}。僕の造語(笑)
自分が移動した後からっいてくる自分の匂い。シャンプーしたい。病院で死ぬということはこういう匂いを発散させて死ぬということなのだな。
別に自分が死ぬことを考えているわけではなく、あくまでこの機会に「病院で死ぬ」人物を書くときのために、自分を使って取材をしている。この日記を読んで、阿川大樹が悲観的な考えに陥っていると誤解しないでくださいね。
むしろ病院の日々は思った以上の取材成果で毎日わくわくしています。
ちょっと長い日程で取材旅行をしているようなつもりなので。ここのところいくことができないでいる沖縄取材旅行の代わりみたいなもの。まさに同じくらい楽しんでいます。
寝る前の検温37,0度。このあたりは快適に過ごすためにアイスノンと下剤をもらう。
手術後2日目 DAY3:9月1日
寝たきり3日目ともなると食欲がない。
暗くなるという以外に朝昼晩のめりはりもない。
10時前、回診。
傷口OK。
ガーゼ交換。ベッドと背中に挟まれたガーゼが傷口を押して痛かったのがよくなった。
体温37.1度、冷や汗が出る。アイスノンをもらってまた体を拭いてもらう。とっくに開き直っているので見られても触られても平気。でもナースが先に友だちだったらいやかも。小はあいかわらず管から、大はがまん。浣腸は平気になったけどウンコ見られるのはまだイヤだなあ。でもあと1.5日、我慢できるかなあ。
リハビリの先生がベッドまで来て人間トレーニングマシンになってくれて筋トレ。
体幹の筋力が落ちてベッドの上で姿勢を変えるのが少し難しくなってきた。わずか3日間でこれだ。当然、足にもきているはずだが、歩いていないのでわからない。
とにかく寝込んだり監禁されたりしたら、あっと言う間に体力が低下することがわかる。これが実感できただけでも入院したかいがあったというもの。
1週間人質として監禁されていた場合、強硬突入しても,拘禁が強ければ、人質は体力を失っていて自力で逃げるのは困難になる。突入プランを立てる時.人質がどのような状態にあるかによって戦略は大きく変えなくてはならない。なんてことがわかったわけだ。
(入院で病院と自分の身体の変化を取材して得られるものは、こうして多岐にわたる)
午後背中から入れていた痛み止め(エピ)がなくなったので、キズがかなり痛む。またボルタレンを入れてもらえば痛くなくなると思うが、取材の為、もう少し我慢してみる。
食欲は急速に減退してきている。体を拭いてもらっていても自分で結構匂う。
人間ただ3日間寝ているだけで体が壊れていくのがわかる。壊れきる前に病が治らないとき、人はきっと病院で死ぬのだ。
僕の場合は内科的には健康な状態からの外科手術だから問題がないけれど、内科的な重篤な疾患で病院から出るのは、思いの外むずかしいぞ。ある線を越えて長引く病をもっていて「出る」というはっきりした意志のもてない人(まさかと思うが世の中には意外にいる)は死が待つ蟻地獄にはまってしまう。
午後3時、『喜屋武マリーの青春』を読んでいるうちにまた汗が出てくる。コザ騒動のシーン。この本、沖縄戦後史の良書だ。
今日は土曜日なので周囲に見舞客が多い。
タ食、いよいよもって食欲がない。便通が原因だと思う。明日1日我慢して栄養摂取に問題を残すのは本末転倒なので、ついに下剤をもらうことにした。
DAY2 手術後第1日:8月31日
夜間も2時間おきに体温血圧などを計る。きわめて順調に推移。午前5時すぎ、 ガスが出る。よし、胃腸も動いている。
明け方、うとうとREM睡眠から覚めてふと気づくと、バルンカテーテルをいれたまま勃起している。きわ
めて妙な感触。(笑)

午前6時、口から水を飲む。うまい。
べッド下に溜まっていた尿はl300ml。
寝たきりだからべッドから見えるのは空ばかり。智恵子は「東京には空がない」と言ったらしいが、どっこい横浜は空ばかりだ。
午前8時26分、一般常食(ただしご飯はおかゆ〕完食。食うというその行為で元気が出る。オナラもよく出る。
午前10時、べッドに小型のX線撮影装置がやって来て背中にフィルム乾板を置いて上から照射して撮影していく。すごいね、この装置。しかし、周囲にX線の不要輻射がかなりあると思うんだけど。
午前10時30分、ナースKさんが体全部!を拭いてくれてパンツを履かせてくれる。人間にもどった気分。「人間はパンツを履いた猿だ」といったのは誰だっけ? 足の鉄腕アトムブーツのポンプも外れる。
昼飯も完食。おいしゅうございました。
再検査でビリルビンが相変わらず高いということで、急遽、腹部CT検査。肝ガン発覚か? 父のガンが見つかったのは心臓発作で病院に担ぎこまれた時だった。
今回の手術なんてほとんど何の不安も感じなかったけれど、寝台に載せられてCTに向かう時には油汗が出た。
もし残りの命8ケ月といわれたらどの長編から手をつけようか、などと真剣に考えた。やっとデビューしたばかりなのに、もっとたくさん小説を書きたかったなあと思った。
妻の差し入れでマクドナルドのアイスコーヒーが届く。
おしやべりしながらタ食、横になったままの食事は疲れる。これは体が弱っていたらとても食べられない。妻に手伝ってもらって食後の歯磨き。ああ、すっきり。

午後8時、点滴はずれる。
同室のSさんの痰混じりのイビキがうるさいので、イヤホンをしてFMを聴く。
病院ってイビキ率高いのかな? 75%以上だと思う。みんな病気で身体のバランスを崩しているからかな。僕もイビキをかいているかもしれないけど、自分ではわからない。(もちろんSさんにものびのびイビキをかいてもらってかまわない。病院なんだから)
0時前、別の同室の人が眠れないとナースに訴えている。
僕も眠れないけれど、眠る努力は特にしない。その代わり眠れない病院の夜は長いので、消灯後でもいろいろなことができるように道具をもってきているわけだ。
寝たままの姿勢で、Zaurus でこの日記を書くのもそのひとつ。
DAY1 手術の日:8月30日
9時5分前病室を出発。
下着なしでニーストッキングというセクシー路線〈病衣は着ている)
ニーストッキングはエコノミークラス症候群予防の為だそうだ。
5階手術室のアプローチで妻と母とに「いってきます」と手をふる。
隣では可愛いナースがいて、スタイリストバッグにレントゲンや書類を入れて並んで歩いている。
スライディングドアをくぐると、まず丸イスに座って、シャワーキャップのような帽子をかぶる。緑色の着衣の人たちがストレッチャーをもってくる。
踏み台からストレッチャーへ。
いよいよ手術台だ。
僕の上には銀色のシートがかけられている。それの陰で寝間着を脱がされる。
「背中に注射しますよ」
「点滴します」
天井には、いわゆる手術室のライティング設備。いやがおうでも、貧囲気がもりあがる。マスクをした女性の知的な美しい目にアラブの恋をしそう、なんて思っているうちに記憶は飛んでいた。
次の記憶は病室の手前。妻と母の顔が見える。出て行ったときとは別の、ナースステーションに近い部屋に運びこまれる。

とあえず麻酔から覚めたことを神様に感謝だ。(マジな話、全身麻酔が最大のリスクだと思っていたので)
左手に点滴、鼻には酸素、ペニスにバルンカテーテル、背中に硬膜外注射、と4点スパゲッティ状態だ。そして他に見えるのは天井。
手がとても冷たい。
腰に大きくはないがとんがった痛み。だが妙に温かい。(電気毛布がかけられていた)
いちばん痛いのはノド。手術中、呼吸確保のために管が入っていたのだそうだ。
両足は鉄腕アトムのブーツのようなものの中。これは機械で自動的に空気が入ったり出たりする、これもエコノミークラス痘候群予防の為。
午後6時頃、体温37.5度くらいの正常な徴熱。血圧正常、脈拍90程度。
午後8時すぎ、キズが痛みはじめたのでボルタレンの座薬を入れてもらう。夜勤のナースは初日にオリエンテーションをしてくれたHさん。
座薬は絶大な効果アリ。
うとうと細切れに眠るせいでよく夢を見る。妻でも愛人(几談)でもなく食い物の夢。なんてわかりやすい! 人間基本は色気より食い気。色恋も生きぬいてからのお愉しみ。
と、限られた姿勢の中で休み休みやっとこれだけ書いて時刻はまだ23時57分である。夜が長いなあ。でもこうして文章を書いているとまったく退屈しない。まもなく入院後丸4日になるけど、テレビを見てつぶすヒマというのがない。
夜中、やっぱり起きたお約束のトイレがつまる事件。第一発見者はやっぱりオバサンできっと犯人だと思う。
「びっくりしたわよ、ほんとに」
とあくまで被害者なのだと夜中なのに大声で十回くらいくりかえす。わかりやす~。
(翌日の取材によれば原因は、生理用品。現場は男女兼用車椅子トイレ)
推理作家は、ベッドにねたきりでも、このくらいの事件は解決できる。
8月29日
夜中に何度も目が覚めるが、午前7時には爆睡してて、看護婦さんに起こさ
れたときには、寝ぼけ眼。外は曇天。涼しい朝で助かる。(昨日は病室が30
度くらいあって、暑かった)
明日、手術なので、今日は最後の比較的動いてよい日。3食、食べられるし。
というわけで、小休止のような一日。
午前9時ごろ、無性にコーヒーを飲みたくなって1階のコーヒーショップへ。
この時刻の1階は外来患者が往来する立派な「娑婆」である。特別なコーヒ
ーではないのだけど、久しぶりに飲むコーヒーはコーヒーであるというだけで、
おいしい。
病室へもどると、午前10時10分、採血。17日の検査でビルビリンが高
かったようだ。
ひきつづき、麻酔科の医師が説明にくる。
クスリのアレルギーがないことを確認、手順の説明。
全身麻酔から覚めた後の吐き気については、女性は3倍くらい起こしやすく、
喫煙者は起こしにくく、乗り物酔いをしやすい人は起こしやすい、ということ
だ。
乗り物酔いを起こしやすい体質だけれど、女性じゃないし、喫煙者なので大
丈夫かもしれない。
そういえば、午前11時現在、検温と血圧測定が来ていない。僕がいない間
にきたのかもしれないけれど、このまま1回パスになるのだろうか。
自覚的にはなにも問題ないけれど、病院の手順としてはあまり褒められたも
のじゃないな。作業の抜けがチェックされていない。
(結果的には、あとでちゃんと来た)
重大なことに抜けがないように、あらかじめ知らされている手順については、
患者の方も注意しておく必要がある。病院のせいだ、といっても被害を受ける
のは患者自身だから。
よく「先生や看護婦さんにすべてお任せします」と盲目的になってしまう患
者がいるけれど、医師も看護師も病院というシステムも、すべてがミスがなく
動くはずはない。これは製造業に於ける品質管理の考え方と同じで「人はかな
らずミスを犯すものである」という前提で、患者自身も含めて、そのミスをな
くすメンバーのひとりになってQC(品質管理)活動を続けなくてはならない。
そのためにも次に何をするのか、入れている点滴や飲んでいる薬はどういう
作用をするのか、きちんと知識として知っていた方がいい。医療過誤のリスク
はある程度患者自身でも減らすことはできる。多くの医療事故はミスが原因で
あり、ミスさえなければ現代の医療はかなり安全になっている。
(病院のシステムは患者に知識がなくても安全に運営できるように構築すべき
なのはいうまでもないけれど)
僕が受ける「腰椎後方除圧術」という手術も、手術自体の安全性は高いけれ
ど、検査で被爆することによる長期的な発ガンのリスクもあるし、たとえば点
滴で間違った液を入れられていまえば、あっという間に死んでしまう。
病院というのは緊急事態が日常的な場所だから、自分の治療が安全でも、他
の緊急事態の影響を偶然に受けてしまって、ミスが起きる危険にさらされるこ
とがあるわけだ。
ひとりの危篤患者への対応によって芋ズル式に思いもよらない連鎖が起きて、
自分の命が危険になる可能性だって十分にある。山道を歩いていて落石にあっ
たり、町を歩いていてビルの上から自殺者が飛び降りてきたりするように。
医師や看護師を信用するというのは、その技術や経験についてであって、ミ
スをしないという意味では人間であるかぎり信用はしない方がいい。というよ
りQC(品質管理)の基本として、人間はミスを犯す存在である、といつも認
識している必要がある。現在の高度医療は薬剤機材の製造業者流通システム、
病院内での物流システム、手術室内でのチームワークなど、何百人という人が
関わってできている。そのどこにミスが潜んでいるかはだれもわからない。
最後に、飛んでくる石を避けるのは自分なのだ。
掃除に来るオバサンはけっこう大柄な人。
特徴は、和製洋物ミュージカルの役者がカツラをかぶっているような真っ白
な縮れ毛の髪。ハンバーガー屋のマイケル・マクドナルドの赤毛を白髪にして
女にした感じ。(制服も色違いの青だが似ている)
27日、向かいの人が退院していった後の掃除のようすをとくと観察。
おもったとおり、大雑把。四角いところを丸く拭く。(僕の収納棚の裏にだ
って先人が落としたらしい帽子があるくらいの仕事ぶり)
プリペイドカード式の備え付けの冷蔵庫の中も、外回りと同じ雑巾で拭いて
いた。(これはオバサンが悪いのではなく、掃除の作業仕様がそうなっている
のだと思う)
ちなみに、当病院。各人に専用のテレビと冷蔵庫が備え付け。
ただし、1000円のカードを買ってそれを差し込むことで動作させる。僕
はどちらも使っていない。
今回の入院のテーマのひとつに「テレビのない生活を体験する」というのも
あるし、「病院食だけで暮らす」というテーマもあるので、どちらも不要なの
だ。
このテレビは目の前に鎮座していて鬱陶しいけれど、4人部屋の向かい側の
人がベッドを起こしていても互いに目が合わない、というプライバシー効果も
発揮している。
また冷蔵庫は、冷たくなくても収納スペースとしては使える(容積効率はよ
くないけどね)
午後、担当医が立ち寄る。
再検査でもグロブリンの値がよくないのを麻酔医が気にしているので内科医
の所見をもらうとのこと。手術できなかったらいやだなあ。
検温36.5度。僕としては高いな。もう少し水分を摂った方がいいか。
血圧114/60。
入院したとたん、運動不足がひどくなるので、それだけで体調は悪くなる。
どちらかというとお通じはよすぎる系の自分が浣腸騒動になったりしているの
も、軽度の脱水と運動不足のせいだと思う。
装具(コルセット)の領収書と医師の証明書がクラークから届く。これで保
険組合に申請すればコルセット代の払い戻しが受けられるはず。
午後3時半、空の鳴る音。
8月のこの時刻とは思えない。外は薄暗く、窓から見えるマリンタワーの燈
台の光が眩しく見えている。臨港パーク沖の海にだけ雨が降っているのがわか
る。そしてまもなく、下に見える道路の色が黒く変わり始めた。風力発電の風
車は回っていない。
やがて雨脚で産みも風車も見えなくなった。
ガラス面積が広いので、台風の時に入院していたら壮観だろう。
入浴は午後4時半から。この先、4日ほどベッドから出られないので、これ
でもかとよ〜く洗っておかなくては。
(身体を拭いていたら、勝手に開けて「あらだれか入っているのね」といって
謝りもせず不機嫌に閉めていくオバサン。やっぱりいたよ、こういう人。これ
だから病院はネタの宝庫なのだよ)
これを書き込んだ後は、しばらく日記の更新ができなくなります。
ちゃんと麻酔から覚めれば、1週間後にはまたお目にかかれるでしょう。
8月28日 その2
午後0時25分 生まれて初めての点滴、左腕に。なあんか病院にいるって感じ。(笑)
午後2時前、X線透過室で像影検査。像影剤を背中から入れて、かがんだり反ったり。
帰りは安静なので車椅子で病室へ。部屋でCTの順番待ち。l時間ほどで呼ばれて、今度はうつぶせでCT。そこからの帰りももちろん車椅子。
午後5時の予定の医師の説明は6時半に延びて開催。これはありがちの普通の出来事。
結局、手術は L5/S の椎間板へルニアのみに対して行なうことに。
L3/L4 L4/L5 脊柱管狭窄症は映像所見ではあまり悪くない。間欠跛行の症状から想定される形態と一致しないが椎弓削除による脊柱の強度低下というペナルティとのトレードオフを考えて保守的に判断する。
説明を終えて病室にもどるとタ食が置かれていた。食べる前に点滴2本目に。
午後8時すぎ、なんとなく眠りに落ちる。午後10時すぎ、点滴を外しに来たナースに起こされるが、すぐにまた眠る。
翌1時40分、目が覚めてこれを書いている。Zaurusの手書き入力だと画面さえ明るければ書けるのでキーボードが見える必要がない。手書き文字認識も優秀だけど、問題は僕が漢字を書けなくなっていること。
こういう時間帯はやっぱりNHK-FMの「ラジオ深夜」便がそれらしいな。
8月28日
午前6時半、前の人のところに看護師さんがクスリをもってきた声を聞いて
目が覚める。
「眠れました? 夜、一度起きてましたよね」
夜勤明けの看護師さんお見通し。(笑)
ベイブリッジのあたりから陽が昇ってくるので暑い。たまらずブラインドを
引く。
午前7時半。朝食。完食。
このあと絶食絶水。
昨日の反省から八時半に売店が開くのを待って
朝の検温35.9度。(昨日の夕方は35.1度)
血圧は102/76。これはだいたいいつもの値。
午前10時すぎ、担当のI先生の診察。いろいろな姿勢で痛いかどうか、な
ど。
あとは太もものつけ根から、動脈血の採血。
さて、昨日の失敗は意外なところに影響を及ぼした。
昨夜9時前に下剤を飲んだ。今朝10時までに自然に排便があればよかった
のだが、昨日は二食だし、夕食は病院食でいつもより軽い。夕食後、お茶をゲ
ットしそこねて、その時刻には売店も閉まっていて……、というわけで、食事
だけでなく結果的に水分摂取量もかなり少なめ。その上、朝日が差し込む病室
は暑い。
どちらかというと確実に胃大腸反射が起きて「大」の方は確実にでるどころ
か、デーパートや本屋なのでは予定外に催す方なのだけれど、そんなわけで、
肝心な(笑)今日に限って出ないのだった。
一度、「試みて」みるが、どうにもだめ。
せめてトイレがきゅんと冷えていてくれればいいのだが、そこはそれ病院の
トイレだから暑いことがあっても寒かったりはしない。(血圧上がる人もいる
からね)
まあ、九時の時点で「これはでないな」とあきらめていましたよ。半分はこ
れも身体をはった体験というわけで。
「浣腸、したことありますかぁ〜」
看護師のIさんに聞かれるが、物心つくかつかないかあたりで、イチジク浣
腸というのをされた記憶があったりなかったりくらいで、大人になってからは
未体験である。
「こういうのになります」
とベッドに横になったてお尻を出している僕にIさんが見せてくれるのは、
大きめのレモンくらいの半透明なボディに白い樹脂でできた先っぽがついてい
る。
子供の頃の浣腸はもっと痛かったような記憶があるけど、「へんな」感触が
あるだけでさほど痛くはなかった。看護師さんの腕がいいのかもしれない。
「五分我慢できれば上出来です」
そういって平然と去っていくIさん。
すぐに出してしまうと液体がでるだけなので、我慢してから出さないといけ
ないらしい。そうはいっても、ベッドでぎりぎりまで我慢するのはリスクが高
すぎる。そもそもぎりぎりで行ってトイレがふさがっていたら困るではないか。
というわけで、不安が先に立って、一分後、お尻に力を入れて部屋のトイレ
へ。幸い空いていた。まずは場所を確保して安心。座ったあと、できるだけ我
慢してみよう。
時計をもって入らなかったから5分より短かったか長かったか正確にはわか
らないけど、定量的に指示を出してくれるのはあいへんありがたく、便器に座
ったあとできるだけ我慢してみてから「よし、このあたりで」と心おきなくお
通じに専念したのであった。
あたりまえだけれど、浣腸といっても入れ終わってしまえば、ただの排便な
のであった。(いや、なにか特別な期待をしたというわけじゃないんだけど)
しかし、効果てきめんで、都合3回も行きました。
こういうのもなるべく平温に生きたいと思えば、恥ずかしい体験なんだろう
けど、何事も取材、芸の肥やし、と思っていると、得した気分になる。
(ところで、浣腸をすると保険の点数は何点になるのだろう)
正午からは点滴開始の予定。
点滴も初体験なので楽しみ。
(以下、検査後の安静のため、寝るまで Zaurus に記録した)
8月27日
待ちに待った入院。
午後1時20分過ぎ、入退院受付。預託金5万円を会計に払って9階の病棟
へ。
案内された病室からは、パシフィコ、インターコンチネンタルホテル、ベイ
ブリッジ、風力発電の風車が見える。iRiver T10 のFMラジオもよくはいる。
室温27.4度。携帯オーディオで India Arie なんか聞いていると、天王
洲汐留あたりの高層マンションにいるような感じで、すごく豊かな気分になる。
一方で、全員お仕着せの寝間着(1日420円)になるので、廊下を歩いて
いる人がみな同じ服装(笑)をしているわけで、囚人服みたいだ。右手首に黄
色い認識票のバンドがついているし。
幸い差額ベッド代のいらない4人部屋でよかった。個室だと1日31500
円。高い上に個室じゃ病院生活の取材にならないし。
看護師Hさんから説明。喋り方が少し、109カリスマ店員芸の柳原可南子
に似ている。優しい感じに話そうとすると多かれ少なかれそうなるんだけどさ。
でも、不思議にこっちが元気が出てくる話し方なのだ。
入院生活の案内とか、手術を含めたこの先のスケジュールとか。
いつからいつまで寝たきりだとか、尿の管がついているとか、そういうこと
が先にわかるのは心安らか。
脊髄造影検査や手術の前日に下剤を飲んで朝までにお通じがないと浣腸です
よと、脅され(?)たり。
普通人としては恥ずかしいから浣腸されずに済ませたいけれど、小説家とし
ては、せっかくの機会だから、そんな気持ちになるだろう、なんて興味も湧く。
テレビと冷蔵庫も個人個人のベッドについていて、1000円のプリペイド
カードを入れる方式。イヤホンは下の売店で買ってください、ということだけ
ど、もってきたステレオイヤフォンも使えることを確認。せっかくの入院なの
で、人間観察や読書や執筆で忙しいから、あまりテレビを見ることもないだろ
うけど。
4人部屋には部屋専用のシャワー付洗面所、トイレがある。
水回りの音で夜中は近くのベッドの人に迷惑なので、トイレは廊下のを使う
ことになるだろう。
午後3時前に身長体重の測定、検温、ひととおりの説明などが終わる。
本日の残りの予定は4時から背中の脱毛、5時から入浴。あとは夕食だけ。
というわけで、空き時間に売店で、必要な資材(T字帯、リハビリ用の上履
き)などを購入。
隣の人のテレビでは組閣のニュースをやっている。
午後6時過ぎ、夕食が届く。
けっこうおいしい。量が少ないし時間がゆったりしているので、茶碗に残っ
たご飯つぶまで丁寧に箸で食べる。こういう気持ちって新鮮だ。さっそく入院
の取材成果が現れたぞ。
病人の気持ちを自分を使って取材するため、できるだけ食べ物は与えられる
ものだけで生活してみようと思っている。
それにしてもいいよね。何を食べるか考えなくていいのは。
つくるにしろ、外食するにしろ、日常のなかでは何を食べるか考えるのがけ
っこう億劫でめんどくさい。食事のことに心や時間を砕くくらいなら、小説の
ことを考えたり、何か新しい知識に触れることに使いたいのだ。
もちろん、食事はちゃんと摂れば楽しいものだけれど、日常のなかでは自分
に餌をやっているだけで、なんでもいいから食べられればいい。何でもいいの
に選ばなくてはならないのは面倒だ。あてがい扶持というのはほんとに楽でい
いなあ。(これが洋服だったら制服のようなあてがい扶持はすごくイヤだから、
面白いものだ)
味の区別はつくつもりだし、高価で洗練された食事の価値も認めているけれ
ど、僕は基本的に粗食が苦にならないほうだと思う。それは生き方の勇気の源
泉でもある。粗食で悲しくなるようでは、小説家になろうなんて思い切ること
はできなかったから。
今日の失敗。要領がわからなくて、夕食の後、マグカップにお茶をもらって
おくことができなかったこと。最初にそういう説明があったらよかったのにね。
午後8時、音楽を聴きながら寝そべって文庫本を読む。
『喜屋武マリーの青春』(利根川裕)。
コザの伝説的ロック歌手のことが書かれたノンフィクション。コザへ行くと
いつも会う、宮永英一も少し登場している。
利根川裕といえば「トュナイト」というテレビ番組のキャスターをしていた
人だけれど、書いたものを読むのは始めて。ふーん、こういう仕事をしていた
んだ。
もってきたオーディオ
iRiver T10
Napster 用 および FMラジオ(世間との接点)として
FMの予約録音もできるので、NHKの定時ニュースを録音してみようか
Apple iPod Shuffle 512MB (縦長の旧型)
今回は最近ツタヤでレンタルしてきたジャズ専用に
Casio EXILIM M1
SDカードなので、中味の差し替えが可能
デジカメ兼用(携帯のカメラが病室では使えないから)
イヤフォンは AudioTechnica のもの2機種(カナル型と耳かけ型)
カナル型は適度に耳栓効果があるし、そのまま寝入ってしまっても大丈夫
もってきたパソコン
Sharp MURAMASA
準常用執筆マシーン バッテリーで8時間くらい原稿が書ける
Sharp Zaurus SLC-860
手術後起きあがれないときの執筆用 PDA型 Unixマシン
夜間の読書用
電気が消えてもディスプレイで読書ができる
文字も大きくできるので眼鏡なしでもいい
実は電子読書は意外と快適
青空文庫(国木田独歩『武蔵野』など)を何編かもってきている
翌1時半、すでに十分眠ってしまったので、サロンに起き出してきてこれを
書いている。
