再び忙しくなる前に心と体を整えよう。
雨が上がったらスタジオに出ようと思って家で過ごす。
湯船に湯を張り、入浴剤を入れ、チェン・ミンの二胡の調べを聞きながら朝風呂。
いったん晴れそうになった天気も3時を過ぎてかなりの降りよう。
バスで出勤すると、初音町の停留所を降りた頃にはほとんど雨は上がっていた。
三日ぶりの黄金町だ。
雑用と読書の時間。
駅前の美容院に電話して髪をカット。
その足で、整骨院へ。
黄金ラーメンで今週のサービス、味噌ラーメン500円。
日曜日に買った千葉・大多喜町のこしひかり5kgをリュックに背負って、午後8時46分のバスで帰宅。
昨夜、そこそこ酒を飲んだので、今日は身体を休ませる。
2時間休まず歩き回ったという肉体的な疲れもある。
軽い下北沢病でもある。
とても肌に合うんだよね。落ち着くし居心地がいい。
黄金町はどちらかと言えば老人の町だけど下北沢は若者の街。若さってまるっきり無駄にエネルギーを発散しているところがいい。
心地よい居場所を見つけたので、ぐっと行きやすくなったしね。
次はいつ行こうかと考え始めている。
次の仕事はS社月刊誌の連載第二回以降の原稿の修正。〆切は27日。
他には、K社向け書き下ろし長編の構想。
でも、今日はどちらにも手をつけない。
「幸福な会社」の印税の振込もあったことだし、妻もボーナスが出て在宅日だし、美味しいものを食べ曜日。
Baybike でベイクォーターまで行き、そごうの地下で高めの旨そうな寿司を買って、ふたたび Baybike で帰宅。
というわけで、ランチは寿司。
音楽聞きながら読書。
外へ出ると疲れるので、夕食も(そごうの中の別の店で買った)寿司。
鰹節を削ってダシを取ったかき玉汁とクレソンサラダは作ったよ。



午後、家を出て下北沢へ向かう。
東横線で座れたので、車中でパソコンを開いて、昨日書いたエッセイを推敲して、できあがったものを編集者にメール。
午後3時前、取材目的の下北沢着。
路地から路地をくまなく歩き回る。とにかく、町の地理を映像付で頭の中に持てるようにする。舞台のロケハンでもある。
午後4時半、歩く疲れたので、古い喫茶店「いーはとーぼ」でコーヒー。
30年以上、下北沢にある昔のタイプの文化人的珈琲店。
先客は、一人で来ている女性二人。どちらも読書をしている。
そう、コーヒーを飲みながら一人で文庫本を読む為にあるような店なのだ。
午後5時、下北沢駅改札で編集者と待ち合わせ。
しばらく一緒に町を歩き回る。
オイスターバー「ジャックポット」で食事をしながら打合せ。
その後、鈴なり横丁あたりの小さなバーをハシゴ。
20代の女性(編集者)と50代のおっさん(僕のこと)がバーで飲んで、女性の方が支払いをするのを見て、「このふたり、いったいどういう関係なんだろう」と周囲の人が思うのがわかって、なんとなく面白かった。
色々な人と知り合って、とても有意義。
編集者を帰してから、場合によっては朝まで取材を続けようかと思っていたのだけど、連載の方の編集者から電話で明日朝までに再校を受け取りたいので、これからファックスを送る、ということなので、帰らざるを得なくなった。
翌午前0時半、帰着。
それから届いていたゲラをチェックして、午前5時前に送る。
もちろん、空は明るくなっている。
今日もよく働いた。

いま、イタリアンレストランになっているこのレンガの外装の二階には、如月小春がお気に入りの「NOISE」というジャズ喫茶があった。夢の遊眠社の舞台に彼女が出ていたころ、何度かここで一緒に話をした。そんなこともあって、その後、会うことのないまま彼女が死んだときは結構ショックだったことを思い出す。
連載エッセイを書く日。
午後2時、新作落語プロジェクトの打合せのため、コーディネーターの室津文枝さんと金原亭馬吉さん来訪。
一時間ほど、当日の段取りなど。
できあがりを馬吉さんがどのように受け止めるか不安だったけど、面白いと言ってもらえたので一安心。
プロの噺家さんにいい加減な落語を高座で話させるわけにはいかない。こちらも落語の台本は初めてだけど、物語を作るのはプロだからそれはもう真剣にやりました。
馬吉さんの高座もなんども聞いたし、舞台になる黄金町の地元の人からのヒアリングもしたし、落語の本も何冊も読んだ。金原亭馬生一門の懇親会にも出た。
最後3日で書き上げたけど、二日目の夜は徹夜で、3日で、1.7kg体重が減ったのだった。
夜は伊勢佐木町界隈で羽を伸ばす。
初めて入った台湾広東料理「口福館」がすごく高いレベルで美味しかった。
そのまま帰る予定だったけど、忘れ物に気づいて11時過ぎにスタジオに再出勤。
結局、午前1時過ぎまで仕事をしてしまい、腹が減ったので、野毛の「玉ちゃん亭」でちょっと飲食して、家に着いたのは午前2時半くらいだった。

午前中からスタジオへ出勤。
正午から午後4時まで、オープンスタジオ。
産直販売で大多喜町の野菜とお米を買う。
一応、扉は開けてあるのだけど、中では必死でゲラのチェック。
午後4時過ぎ、ゲラチェック終了。
コンビニに宅急便を出しに行くと「到着は火曜日」と言われたので取りやめ。
電話してヤマト運輸に直接集荷を頼んだら、明日午前中につくという。
途中、すきま時間に、隣のスタジオで日本画家の阿部道子さんが開催しているワークショップに参加。
団扇に泥絵具で絵を描く。
絵を描くなんて久しぶりだ。
(写真は扇風機と並んだ団扇)
土曜日ですが、ふつうに仕事。
新しい連載小説第一回の初校。
午前10時過ぎ、枕元で携帯が鳴る。
S社の編集Sさん。
午後1時半に横浜駅近くで会って、連載小説のゲラを受け取る。
7月6日発売の小説誌の巻頭に掲載と。ありがたいことです。
ただし、原稿料は想定範囲内の下の方。
連載、単行本、文庫、とこの長編には3度稼いでもらえるので、とりあえずそれがありがたい。
小説家のビジネスモデルはこのパターンが基本。
いままで、単行本から文庫、連載から文庫、と2回しかお金が入ってこない形だったので、やっと基本パターンに。
ただし、これから着手するK社の長編は文庫書き下ろしなので、1回しかお金が入ってこないパターン。
もちろん、重版がかかれば、その都度、印税が入るけれど、世の中の99.9%の本は初版だけで増刷されないので、ビジネスとしてリーズナブルにカウントできるのは初版だけ。重版印税は想定外のボーナスくらいに考えておかなくてはならない。
ちなみに小説家の所得は実際にどれくらいの収入になるかが事前にわからず、場合によって上下にものすごく変動があるので、税法上は漁業者と同じ「変動所得」という区分になっている。
船を出してもまったく魚が捕れないこともあれば、どんとニシン御殿が建ってしまうこともある、そういう業種だということです。
僕くらいの知名度の作家の場合、単行本よりも部数が出る文庫はプレゼンスを上げるための媒体としてはよいのだけど、一方で、労働に対する収入という観点からは文庫書き下ろしばかりでは、生活が立ちゆかない。
それでも、つきあいのある出版社/編集者の幅を拡げていくことも、小説家として生き残る為には重要で、つきあいのなかった出版社との仕事もできるだけ受けて、パイプを太くしていかなくてはならない。
もし一社としかつきあいがないと、担当編集者が社内で異動になったり退職したりしたとたん、まるっきり仕事がなくなってしまうことだって考えられる。
そんなこんなを考えるのも、書くのは自分一人で、書くことのできる量は限られているので、プロモーション/マーケティングと収入のバランスを常に考えておく必要があるからだ。
それにしてもゲラは編集のコメントで真っ赤っか。
着手するにはちょいと気を引き締めて勢いをつけないと、心が折れてしまう。
6月9日はロックの日。
コザではイベントがあるだろうな、と思いつつ、静かに横浜で過ごす。
読書の日のつもりが、帰宅して夕食を摂ってから、書き下ろしのための調べものモードに突入。
結局、翌朝6時まで起きていた。
徳間文庫の「幸福な会社」「会社、売ります!」は、もともと2009年から2010年にかけて連載したもの。そのまえの「D列車でいこう」は2007年に発売された単行本の文庫化。
まもなく月刊誌で始まる連載は、最初に編集者と沖縄取材に行ったのが2009年の4月だから2年以上前から書いていたもの。
というわけで、まったく新しいものに着手するのは久しぶりなので、なんとなくうれしくてワクワクしている。
おそらく寝ている間に編集者から電話があるはずなので、枕元に携帯を置いて、午前6時半、就寝。
スタジオで雑用。
編集者から電話とメール。
「幸福な会社」(徳間文庫)の続編のタイトルが「会社、売ります!」に決まりました。
同じく徳間文庫から7月1日に発売されます。
K社の書き下ろしの打合せと取材の日程が確定。
S社の打合せの日程がなかなか決まらない。
午後8時前、整骨院。
午後10時過ぎ、野毛で焼き鳥。
炭水化物は帰宅後、そうめんを茹でて食べる。
読書の日なので、スタジオへは出ないことにする。
baybike でベイクォーターへ出る。
マクドナルドのテラスで読書。
3階のテラス(無料)で読書。
オイスターバーで一杯ひっかけようと思ったら、ディナータイムまでお休みだったので、ウルフガング・パックでシャルドネ。
ポートサイド公園で夕涼み。
心地よい場所を求めて、行く先々で文庫本を読むなんて、高校生の頃の生活みたい。
ロック喫茶とか、ジャズ喫茶とか、新宿御苑とか、そんなところに長居をして本を読んでいた。
幸福な時間だ。
午後7時過ぎに帰宅。
サッカー、日本代表対チェコ代表の試合をテレビ観戦。
