伯父の通夜のため車で荻窪まで。
享年84歳。次男だった僕の父が生涯やんちゃなところがあったとすれば、長男であるこの伯父は、まさに大人らしい大人だった。
肺ガンを告知された昨年から、死にたるまでに完璧な準備をした。
クレジットカードを解約し、銀行口座を整理し、公共料金の名義を書き換え、公証人のもとで遺言を作成し、最後には葬式費用として現金を自宅に保全した。(銀行に死亡届が提出される、あるいは、ほかの理由で銀行が死亡の事実を知ると、「遺産」となった故人の預金口座は凍結され、遺産分割が法的に確定するまで、家族であってもそれを引き出して使うことはできなくなる)
ふつうなら死亡届を出す前に家族が引き出す(病院から自宅への遺体搬送のときに葬儀屋が葬儀費用の支払いが滞らないようにそうすることを奨める)のだが、厳密にはそれは違法行為であり、小学校の校長を永年勤めた伯父は、自分の家族が違法行為をしなくても済むように、自分で準備をしていたわけだ。
さらには、遺産を受け取った家族一人一人の相続税の納税額の計算まで表にまとめてあった。
残された家族にできるだけ負担がかからないように、きれいに消えていこうとした死へのプロセスだった。
年末には友人たちとの忘年会で酒を飲んでいた。
15日にホスピスに入り、17日に亡くなった。
実にみごと。あっぱれな死である。
彼の弟である我が父は自分のガンを知って1年以上前から自分でホスピスを見つけて入ろうとして、「あんたはまだ早すぎる」と断られてがっかりし、その後、死ぬまでに原稿用紙200枚を超える自分史をしたため、自分で印刷し小冊子にして周囲に配布していたが、兄である伯父はそれを遥かに越える準備万端ぶりだ。
父の死のときもそう思ったが、ガンで死ぬのがいちばんいい。
自分の死期を知り、自分の在りようを振り返り、準備ができる。家族もしっかり自然に覚悟していくことができる。人生のソフトランディングができるのだ。
ガンは死因の第一位であり、およそ3割の人がガンで亡くなる。
だからガンを撲滅しようという人がいる。しかしガンを撲滅しても人は必ず死ぬ。ガンを滅してもほかの死因がかわりに第一位になるにすぎない。
ほかの理由で死ぬよりも遥かにガンで死ぬ方が、本人も家族もしあわせだ。
自分の命と向き合うことは一生に一度しかないチャンスだ。ガンはその機会を与えてくれる。
人間がいつかかならず死ぬ以上、僕はガンで死にたいと思う。
