月別: 2007年1月

メガマック!

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期間限定、メガマック。
カロリー計算して生活してるのでダイエット中でも平気で食べられる。
へっへっ。
リハビリ帰りにマックで仕事中。

プチ模様替え

 本日の「捨てようキャンペーン」。
 リストアップすると、少なくとも粗大ゴミを15ほど出さねばならず、一度には出せないので、できるものから、と本日5つ出す。
 だんだん部屋が広くなっていく。
 で、ついでにプチ模様替え。
 仕事場のモニターの高さが高いので、デスクの後ろにワゴンをもってきて、そこに載せることで見下ろすようにすると同時に、目から遠ざけた。
 老眼の度が進む分だけ遠ざけていけば眼鏡を作り直さなくてもいいじゃないか。(笑)
 見下ろすようにモニターを設置すると、視野の移動が少ないだけでなく、ドライアイになりにくくなる。
 距離は目から100cm。かなり楽です。(笑)
 ついでに、スピーカーも120cmに遠ざける。多分、この方が疲れない。
 部屋の反対側の乱雑が見えないようにラタンのついたてをすぐ前に立てていたのを、200cmまで遠ざる。
 ほとんどの時間、パソコンの前にいるので、できるだけ遠くを見る時間を増やしてみようと。
 午後2時前に起きて、昼の間は、主に、リハビリと家事。
 夜半から、本格的に仕事です。
 リハビリ行くと、なんかいろいろ調子がいいみたい。

コーヒールンバ

 Napster はいつもまにか100万曲増えて250万曲になっているのだそうだ。
 そこで、ただいま「コーヒールンバ」こと “Moliendo Cafe” (コーヒーを挽きながら)をかたっぱしから聞きながら仕事している。その数、なんと34種類。
 西田佐知子と井上陽水のバージョンは我が家にCDである。ほぼ洋楽専門のナップスターでは和モノは熱帯JAZZ楽団だけがひっかかった。
 最近、フラメンコを聴いてみたり、ふだんあまり聞かない音楽を Napster のおかげで再発見できてなかなかたのしい。
 粛々と、仕事。

Napster To Go でゴキゲン

 昨日に続いてリハビリ。午後の空いている時間に行ったせいか、心なしかマッサージを長くやってくれたみたい。3割負担で210円。
 安い。こりゃあばあさんたちが病院に入り浸るわけだ。とにかく気持ちいいのは確かだ。
 Napster で知らない曲をガンガン聴くのが気持ちいいので、ついに Napster To Go の契約に変更。月額1980円で、150万曲が聞き放題。邦楽はあまりないが、もともとほとんど洋楽しか聴かないのでまったく問題なし。
 iPod よりも iriver T10 の音質がかなりいいので、これを機会に iTunes に入れてあるCDを 192kbps でエンコードし直している。このところ執筆はノートパソコンでやっているので、デスクトップは音楽マシンだ。
 まさか、こんなにコンピュータで音楽を聴くことになるとは、コンピュータ技術者であった僕も想像しきれなかった。
 執筆の調子、まあまあ。
 まあまあでありさえすれば、やっていればやがてゴールまで辿り着く。
 フラメンコを聴いているとアップテンポで調子が出てくるような気がする。
 Paco de Lucia, Jesse Cook(今回新発見) あたり。

リハビリ

 整形外科へリハビリに。
 腰の牽引とマッサージ。とりあえず気持ちよくなる。
 買い物をして帰宅する頃にはまた背中がこわばっていたけれど、続ければ効果があるかもしれない。
 執筆の調子も出てきた。

サッカーもライブもあきらめて

 正午に起きるつもりが目覚めたら午後2時だった。
 フットサルが始まっている。ま、腰がまるで切れないのでとてもプレイできるコンディションじゃないし、仕事もはかどっていないので、もともと不参加のつもりだったのだけれど。
 夕方には、高校のクラスメイトのオヤジバンドのライブもあったけれど、こちらもお休み。とにかく、絶対的に時間が足らなくなってきているし、創作脳をダメにしないためにも人には会わない方がいい。
 
 夜になって、ホイットニー・ヒューストンを聴きながら、かなりムキになってストレッチしたりダンスしたり。前屈で掌が床に着きそうにまでなったところで、やっとそこそこの体調に回復。
 久しぶりに、執筆もまあまあのパフォーマンス。

絶不調にあせる

 世間は日曜日だけれど、こちらは盆も正月もない。
 のだけれど、「絶好調!」はあっというまに崩れ、ここ数日、すっかり原稿ははかどっていない。
 いつもそうなのだけれど、社交的な場所に出て多くの人と話をすると創作脳がだめになる。
 社交というのは、バランスを考え、相手の反応や考えていることをおもんぱかり、自分を相手に合わせることで成り立つのだけれど、創作は正反対、ようするに、「いい人」であることや他人のことなど考えずに「オレサマ街道をひとりひた走る」ことで成り立つ部分が大きい。
 というわけで、今日も、悶々だらだら、小説の集中力が出ないままに体力が尽きていく。
 外へ出て運動したいが極端に身体が固く、ストレッチと太極拳でわずかに回復しただけで、とてもジョギングに出たりはできない。動かないでいると、腰痛は解消されず、頭にも地が回らない、と、悪循環だ。
 とにかくフィジカルな状態が良くなくて、運動しないとヤバイが、運動できる身体にするのも一苦労、という状態で、そっちに気がそがれる。
 困ったもんだ。

戦争と人生

 叔父の葬式、午前9時過ぎに家を出て午後8時帰宅の一日仕事。
 叔父の棺には、予科練のころの集合写真があった。
 叔父には戦争の話を聞かせてもらいたかったが、彼が予科練だったことで、僕の心の準備ができなかった。16歳かそこらで国のために命をかけようと思い立った人と向き合うには、こちらにもそれを受け止める覚悟が必要だと感じていた。
 話を聞ける自分になろうとわざわざ江田島の海軍兵学校へ行ってみた。だが、そこでみたものは、自分の青春と当時との差であり、かえって道は遠のいてしまったのでした。
「おじさん、教えてくれ」と虚心坦懐に何も知らずに聞きに行けばよかったのかもしれない。
 叔父が予科練にいたころは、日本にはもうたくさんの飛行機を作る国力も、飛行士を養成する時間もなくなっていた。叔父は飛行機ではなく、水上特攻艇「震洋」というので訓練していたらしい。人間魚雷回天が有名だけれど、僕が江田島で模型で見た震洋はベニヤ板でつくった、子供だましみたいなチンケな小舟だった。
 あれでは軍艦の曳き波でも簡単に転覆してしまうだろう。
 特攻のとき、突っ込むこともできずに波に煽られて転覆して死ぬ姿が想像できてしまう。それだけで泣けてくる。
 乗ってみれば、彼らも訓練中に自分の最後をそのように想像したにちがいない。国のために死をいとわないという志を、きちんと受け止める国力すら日本にはなく、死に場所としてあまりにみじめなベニヤの船と、「特攻」にすら性能が不十分な船で、多くは「犬死に」が待っていたばかりだった。
 棺の中の予科練当時の集合写真。
 そのセピア色の集合写真を見て、このうち何人が生き残ったのだろうという思いが浮かび、6人の孫まで儲けたことを思えば、戦争で死なずに今年の正月二日まで生きていて本当によかったと思って涙が出た。
 叔父が死んだことよりも、彼がその日まで生きたことを喜ぶ気持ちがした。
 原稿は書けずに、疲れて就寝。

通夜 予科練 特攻隊

 2日に亡くなった叔父の通夜。
 特攻隊員の生き残り。戦争がもう少し長く続いていれば62年前に死んでいた。
 洒落者で善良で無頼で繊細で剛胆でかわいい酒豪だった。
 親類の集まる宴で、次男の父と三男の叔父はいつも飛び抜けて酔っぱらって大声を上げていた。
 棺の窓を開けると、頭の横にきれいに洗った予科練の帽子があった。まるで新品のレプリカみたいにきれいだった。
 叔父から、彼にとっての戦争の話を聞いておきたいとずっと思っていたけど、重たすぎて、僕の心の準備ができず、ついに聞くことのないままになった。
 残念ではあるけれど、命を張ったことのある人の話を聞くには、こっちにもそれだけの準備と覚悟がいる。
 3時間睡眠だったので、行きの片道2時間は睡眠。帰りは少し原稿書き。
 告別式の明日も、行きの電車で眠れるので、今夜はその分、ベッドで寝る時間は減らせる。
 母が通夜からいっしょに帰りたがったが、睡眠か創作に往復の時間を使いたいし、そもそも母と話すと精神が苛立ち創作にいたく障害が生じるので断った。
 ヒドイ息子といわれてもいいから、いい小説を書く方を優先することに人生決めているのだからしかたがない。いい小説を書くことといい人であることのどちらかを選ばなくてはならないとしたら、躊躇なく前者を選ぶ。

ゴミ捨て9往復

 31日に続いて大「捨てキャン」デー。
 模様替えをしないとアクセスできないところも、どんどん。
 両手にゴミ袋持ったり、キャスターに新聞雑誌を満載したりしながら、都合9往復。
 部屋の床露出面積が倍以上になったかも。
 作業終了は午前8時。