Diary

コザのミュージシャンと池波志乃

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 事務的なことがあって集中できないので、池波志乃さんのエッセイ集「食物のある風景」(徳間書店)を読んでいた。
 打合せの時に編集者からこの本の話を聞いていて、あとから送ってもらったものだ。
 ところがなんでこの本を送ってくれたか、という理由を忘れてしまっていて、それで、たまたまなんとなく書棚から手にとって今日になって読んだわけだ。
 志乃さんが育った下町の食文化の話ではじまっている上品なエッセイを静かに読んでいるうちに、志乃さんがいま半分は沖縄に住んでいるということがわかってきて、「ああそうだ、沖縄が舞台の小説を書いている」とTさんに話をしたので池波志乃さんの話になったのだと思い出してきた。
 で、途中、志乃さんが女優をやめていまは社長になっているという話が出てきて、なんとそれは沖縄のミュージシャンを売り出すためだということで、それでもって、そのミュージシャンとはB-Tripperだということがわかった。
 そのバンドのボーカル&ギタリストが武川勝太というのだけど、僕は彼がコザでやっていたバーに行ったことがあったし、前回、コザにいったときにも2回、彼の演奏を聴いたのだった。
 バーをやめたのは本土で音楽の仕事をするようになったからだと聞いていて、なんと、それが池波志乃さんの仕業だったということなのか。
 コザのミュージシャンの世界はとっても横のつながりが強くて、狭い世界といえば狭い世界ではあるのだけど、それにしても、徳間書店を経由して、こういう風につながるとは思ってもいなかった。
 で、その沖縄が舞台の僕の小説だけど、また版元都合で延びて来年4月以降の発売になってしまった。 これに取りかかるつもりで、他の仕事の営業していなかったので、年内に少なくとももう1冊出したいという予定が急にピンチになってしまった。

ポップを作ってみた。

 中央郵便局の郵趣会へ、宣伝ハガキのための50円切手を買いに行きました。ご無沙汰している方に転居通知も兼ねて出すのですが、印刷の宣伝だけでは失礼な感じがするので、切手はきれいな切手で気をつかう。
 実は、常日頃、事務的な文書でも、値段同じなんだからきれいな方がいいし、と記念切手を貼って出しています。
 いろいろあったけれど、琉球紅型染の切手にしました。
 ついでに本屋をまわって、敵情視察。
 どんなポップが出ているかなと。
 というわけで、『D列車でいこう』のポップ、こんなのをつくってみました。 ( pdf ファイルなので、携帯ではご覧いただけません)
 書店様、ご自由にお使いください。ハガキサイズに印刷できます。

全敗で最下位

 マリノスタウンのフットサル大会に参加した我がチーム。
 ぐぐ、全敗、でした。
 強いチーム相手の時は、みんなでリズムがつくれず、同じレベルのチームとの対戦では、集中力を欠くわずかな場面につけ込まれた。
 技術的にも精神的にもアカン。
 勝ち負けにこだわってはいないのだけど、負けるべくして負けたのは悔しい。
 ビール飲む気にもならなかったけど、午後9時前になって、腹が減って、やっぱりビールでしょ、という。(笑)
 さあて、本日の我が家の夕食はたこ焼きです。

アメリカ合衆国憲法修正第二条

「国民が銃をもつ権利」を述べたアメリカ合衆国憲法修正第2条は、以下の通り。

Amendment II
 A well regulated Militia, being necessary to the security of a free State, the right of the people to keep and bear Arms, shall not be infringed.
修正第二条
 規律のとれた人民軍は、自由な国家を守るために必要であるから、市民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。(阿川大樹による日本語訳)

 武器を持つ権利について、日本人によくある誤解は、アメリカでは「自分の身を守るために銃をもつ権利がある」のだという勘違いだ。
 けれど、この条文が示しているのは、他国からの侵略や、自国の政府が国民の自由を抑圧する可能性があるから、国民が組織だってそれと戦うことができるように、国民には武器を持つ権利があるのだ、という考え方だ。
 つまり、合衆国憲法の精神は、「自由国家」が武器によって守られるという考え方が基本になっている。 銃によって守る対象は個人の生命や財産ではなくて、「自由な国家(free State)」である、ということ。
 いい悪いは別にして、日本人とはまったくちがう理念で武器を捉えている。
 たとえば、自衛隊がクーデターを起こして軍事政権ができたら、武器をもたない国民は闘うことができないではないか、だから市民にはつねに武器を持つ権利が保障されていなければならない、というのがアメリカの憲法修正第2条の精神である。
(日本の歴史の中にも、政権維持のために「刀狩り」が行われたことがたしかにあった)
 しかし、いま、自由な国家が失われる危険と、それを守るためにあるはずの武器によって、日常的に危険にさらされる個人の生命の危険と、どちらが大きいのだろうか。
 多くの日本人にとって、後者の方がよっぽど危険だと思われるだろうし、僕もそう感じるのだけれど、しかし、政府が国民を抑圧する危険が本当にこれからもないのかどうか、たしかに自信がないのだ。
 だからこそ、みんなに選挙に行って欲しいし、もっとまともな報道機関や、まともな野党があって欲しいと思うのだけど、どうもそのあたりがアヤシイ。
 日本人は平和ボケだけじゃなくて自由ボケもしている。
(くだらない捏造で放送内容に政府が介入する機会をみずから作ってしまうテレビ局のていたらくを見てくれ)
 というわけで、バージニア工科大学の乱射事件によせて、改めて考えてみた。
 阿川大樹の著作は こちら です。

束見本 『D列車でいこう』

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『D列車でいこう』の束見本(つかみほん:ページが白紙の製本サンプル)が届きました。
 カバーの著者ローマ字表記がまだ直っていないけれど。
帯は
表)
 国が見捨てたローカル鉄道をたった三人で再建!
 ドリームトレインに賭けよう!
 それまでのキャリアをうち捨てて、新しい人生にチャレンジする男女三人が、あっと驚くアイデアをひっさげて、田舎町に乗り込んだ!
裏)
 MBA取得の才色兼備銀行ウーマン
 町工場相手に良心的融資を実践する銀行支店長
 鉄道マニアのリタイア官僚
 廃線が決定したローカル鉄道を救うため、
 三人が株式会社ドリームトレインを興した
 奇想天外、破天荒な方法で田舎町に旋風を巻き起こす、
 ロマンチック・ビジネス・ストーリー。
なんて感じです。

『D列車でいこう』予約受付開始

 自分の名前を検索したら、新刊『D列車で行こう』がいくつかのネット書店で予約がはじまっていた。
 まだ、表紙画像がありません。(実はまだ表紙が決まっていないのです)
 セブンイレブンで受け取りたい方(送料無料)は こちら
 お近くの本屋さんで受け取りたい方(送料無料)は こちら
 予約の入り具合で初版刷り部数が増える(阿川の収入が増える)かもしれないので、ご購入予定の方は予約を入れていただけると、たいへんありがたく存じます。よろしくお願いします。
『D列車でいこう』は こんな本 です。
 amazon、紀伊國屋、有隣堂、ジュンク堂、八重洲ブックセンター、では扱いがまだのようです。

赤坂議員宿舎問題

 新しく完成した衆議院議員宿舎に入り手がいないそうだ。
 3LDKの豪華な造りで周辺の類似物件に比べて家賃が破格に安い、と、批判的に報道されている。ネガティブキャンペーンの最中に入居するのを避けたいという議員の思惑もあるようだ。
 家賃が安いといったって、家族みんなでそこに住んで家計がらくになるわけでもない。要するに、住居というよりも仕事上必要な宿舎なわけだ。
 国会議員は忙しいときは寝る時間もないくらいだ。都心にいて通勤時間を極小にして10分でも15分でも睡眠時間をとるべきで、遠く離れた家賃の安いところから時間をかけて通って月に何十万かを節約するのと、体力を温存するのを比較したら、国を預かるものとしては、体力を温存するべきだというのは当たり前のことじゃないか。
 一箇所に集まっていた方が警備の効率もよく、警備コストを下げることもできる。
 3LDKもいらないだろう、というのはその通りだと思う。
 しかし、そういうことは枝葉末節の問題で、仕事上の必要性に応じて用意されている施設は有効活用していかに成果を出すか、というのが問題なわけだ。
 それを一般人の住宅と同じレベルで論じて贅沢だとかなんだとか、ひがみっぽいことを報道するから、こういうことになる。
 議員も議員で、「この施設を十二分に活用して最大限の成果を出します。見ていてください」と胸を張って入ればいいだけの話。
 また、くだらないメディアのせいで税金が無駄になる。
 やだなあ、こういう足の引っ張り合いのような精神風土。

小説家であることの喜び

 まだ本決まりではないけれど、3作目になるはずの小説。改稿を重ねて去年の夏前に仕上げたバージョンをここ数日かけて読んでいた。
 編集者と打ち合わせしたのはもう半年以上前、その間に二作目に決定した別の小説を仕上げ、引越をしたりしてバタバタと日常に忙殺されていた。
 いよいよ完成させなければと思い、手をつける前に、そもそも物語を思い出すため(笑)、そして自分の心と体のビルドアップのため、読んだのだ。
 すごく時間がかかって、ゆっくりとしか読み進めることができなかったのだけれど、最後の3分の1を明け方にかけて一気に読み終わった。
 自分が書いた小説だけど、感動して心が震えた。(おめでたい。笑)
 登場人物たちの顔が思い浮かび、彼らが愛おしく感じられた。
 もちろん、直すべきところを、頭の引き出しにしまいながらだけれど、基本的なところで「いい小説」になることが確信できた。
 ここしばらく、小説を書くことから離れてしまっていて、なかなか手をつけられなかったのが、一気に解消されて、早く書きたくなった。早く仕上げて世の中に送り出したいと思った。
 いま、とても幸福な気分だ。
 今朝のBGMは Guns N’ Roses.

久々にゴール!

 引っ越し以来、やっとフットサルに出る余裕が出てきた。
(今週は、身体作りができたので)
 というわけで、歩いて5分かからない「みなとみらいスポーツパーク」でフットサル。
 中央でボールを持って左サイドへアイコンタクトしながらボールを出して真ん中をダッシュ。思った通りにスルーパスが返ってきてキーパーと1対1。最初のシュートタイミングをボールが足についてなくて逃してちょっと焦ったけれど、じっくり自分でシュートタイミングをつくって蹴って思った通りのところに入りました。ふぅ。
 漫然とゴールマウスに向かって蹴るのではなく、自分でタイミングをつくることができたのが本日の収穫。とはいえ、僕が上手いのではなく、パスを出す人が上手いのだな。こう動くぞ、とわかるように動くと、ちゃんとそこへボールがでてきます。
 僕は、そういうことを感じとることができないので、ボールをもってから考えてしまう。最初のルックアップでパスコースを見つけられないとパニくる。このあたりが大きな壁なのですね。
(体力とかスピードとかはどうしようもないのでテーマからは除外している。無理をせずなるべく休みを取って、コート内にいる短い時間に思った通りのプレーができるように、というのをテーマにしているわけです)
 ボール蹴る格好で出かけて、そのままの格好で帰って来られるというのは、すごいお気楽でした。

チーム結成5周年

 身体作りができなかったので、フットサルはお休み。
 この年になると、フットサルに参加するには、そのつどきちんとトレーニングしてコンディションを作っておかないと危険なのだが、引越で忙しく、ジョギングすらできていない。
 というわけで、今日、午後からフットサル、という路線が消滅していたので、昨晩は夜明かしで酒を飲んでいたのだった。なんと計画的な!
 さて、本日は所属のサッカー/フットサルチームの結成5周年。
 2002年のワールドカップボランティアで結成されたチーム。このチームに入ることができたおかげで、いま、サッカーやフットサルを自分でやるという楽しみがある。チームスポーツで運動クラブに所属したことがない僕は、このチームにはいることができたおかげで、生まれて初めて自分の背番号のついたユニホームを着ることができた。
 チームでは最年長から2番目、最年少はまだ学生。30歳くらい年齢差があるのに、同じチームで遊ばせてもらって、ほんとうれしいし、楽しくてしょうがないのだ。
 というわけで、球蹴りのできる体調ではなかったけれど、宴会には参加できる体調なので(笑)、午後5時、ドックヤードガーデンにある店での5周年記念の酒宴から参加。
 午後8時すぎ、お開きになって、恒例のストリートサッカー。
 ドックヤードガーデンの中、つまり、造船所のドックの底で、3対3のストリートサッカーだ。
 いい年した大人が、ストリートサッカーをやるって話はあまり聞かない。エヘン!(て、イバルような」ことか?)
 まだまだ続きそうだったけど、息が切れたので、オッサンの分をわきまえて15分くらいで先に失礼させてもらいました。