箱根越えサバイバル

 問題は二つ。
 僕の身体がどのくらい保つか。
 車がどのくらい保つか。
 さらにいうなら、このオートバイがどのくらいの速度までなら安全に走ることができるか。
 ギアが5/6速しか使えないからクラッチの耐久テストになる。
 少なくともヘッドライトとメーター類がついているステーが曲がっている。
 それだけではなく、フロントフォークだって曲がって狂っている可能性がある。
 もしそうならば高速走行は危険だ。
 しかし高速走行ならクラッチはつなぎっぱなしでいい。
 御殿場ICに着くまでに判断しなくてはならない。
 ところが渋滞しているから、速度が出せない。
 高速で走ったときの問題は洗い出せない。
 反対車線を逆向きに走れば走行テストはできるが、御殿場から遠くなる。
 こんどは、その間のクラッチと僕の身体の耐久性が問題になる。
 判断がつかないうちに御殿場ICまで来た。
 すでにクラッチレバーを握っていたグリップはかなり疲れている。
 結局、最悪の事態を避けるリスク判断として、一般道を走ることにした。
 二度目のコース変更。
 小田原まで38Km、ただしその道は箱根越えになる。
 半クラッチと5/6速で登れそうになければ、方針を変えよう。
 小田原まで行けば、このバイクをメンテナンスしてくれたKすけさんがいる。
 祝日の遅い午後、休みなのに申し訳ないけれど、少しでも早く誰かを頼りたい気分だった。
 電話をかけて、むりやり持ち込みを告げる。
 そうと決まれば、つぎは僕とオートバイの耐久性の問題。
 一路、小田原へ向けて箱根の山を登り始めた。
 速度が出ていれば5速でもときどき半クラッチをつかって登っていける。
 ところが渋滞しているから、何度も何度もストップ&ゴーの状況だ。
 クラッチを握る僕の左手と、バイクのクラッチの耐久テスト。
 下り始めると、今度は5速でエンジンブレーキが効かないから、右手のグリップとディスクブレーキの耐久テスト。
 下りでも止まってしまうと、クラッチを握り続けなければならない。
 なんどかエンジンを切って左手を休ませながら、渋滞した箱根の山道で小田原を目指す。
 寒い。
 こんな時刻に箱根にいる予定ではなかった。
 暖かい時間帯に千葉へ行ってとっくに仕事場に出ている時間なのだ。
 疲れている。
 この6時間で食事を摂った30分しか休んでいない。
 しかし、時間が経てば痛みが増していくことも、気温が下がることもわかっている。
 どんどん暗くなる。
 ひとりタイムリミット・サスペンス状態だ。
 午後6時前、転倒から2時間半後、橋まで迎えに出てくれていたKすけさんの顔が見えた。
 ガレージの敷地にバイクを停めた。
 オートバイに貼りついていた自分の身体を丁寧に剥がすようにして地面に降りた。
 あらゆる動作で激痛が走った。
 倒れても大丈夫な場所まで辿りついていた。
 でも身体をまっすぐに立っている以外の動作に移ると激痛がくるので、座る気にもなれない。
 ガレージの中に自分の力でバイクを入れる体力と気力がない。
 Kすけさんが入れてくれた。
「小田原駅でいいですか。それともご自宅まで送りましょうか」
「すみません。小田原駅でいいです」
 身体をかがめて車の助手席に座る動作に、痛みに耐えながら10秒以上かかる。
 身体を捻ることができないので、シートベルトを探せない。
 小田原駅に到着。
 再び苦痛に顔を歪めながら助手席から降りる。
「お休みのところ、ご家族にもご迷惑かけてすみません」
 謝りながら、送ってもらった車を見送った。
「ケガをしている。小田原から帰る」
 蛍光灯の光の明るい駅で、家に電話した。
 駅のホームへ降りる階段は、老人のように手すりに掴まりながら一段ずつ両足だ。
 一歩一歩の衝撃が上半身の痛みになる。
 東海道線上り列車は空いていた。
 横浜につくまでにだんだんと混雑してきた。
 擦り傷だらけで穴の空いたミリタリージャケットを来た僕の両側だけ、だれも座らずにずっと空いていた。
 よっぽど険しい顔をしていたのだと思う。
確認できた損傷
【身体】
 肋骨3本骨折。左鎖骨捻挫。右手首捻挫(軽度) 左膝捻挫(ほんの少しだけ)。
 左膝擦過傷。左肘擦過傷。
 13回のX線被爆。
 初回の医療費 7000円
【物的損害】
 ヘルメット 衝撃を受けたので廃棄 買い直し
 ジャケット 6990円 着用一日目 ちくしょう! 廃棄
  (口惜しいから通販ですぐに同じものを注文した)
 ヒートテックの下着 上下 それぞれ穴
 トレーナー 穴
  (上記3点は糸でかがって修繕済み)
 Gパン 穴
  (ファッションアイテムとしてそのまま履く (笑))
 靴 擦り傷多数
 オートバイ修理 金額未定
   24年前のバイクなので、オリジナルの部品は、
   メーカーから入手できないかもしれない。