御殿場アクシデント

道の駅「どうし」を出ても道は順調で、ほどなく山中湖村平野に出た。
「テニスしに来たのはここだったかなあ」
 などと、なんとなく記憶にある景色を通り抜ける。
 大学生の時も、NECの社員の時も、ASCIIの社員の時も、このあたりにテニスをしに来た。
 いい天気だけど、たくさんあるテニスコートに人影はなかった。
 観光地に来るのが目的ではない。
 オートバイで走るのが目的だ。
 なので、湖水が見えても特に湖畔に降りるわけでもなく、一路、僕は御殿場を目指していた。
 思ったよりも気温が低かった。
 Gパンの下にユニクロのヒートテック下着は着ているのだが、膝までのもの。
 冷えてきたのか、左側、ギアシフトをする方の足の外側の筋肉になんとなく違和感を感じ始めた。ひくひく痙攣を起こす前兆のような感じ。
 そんななか138号線は御殿場に向けて渋滞し始めた。
 ストップ&ゴーが続くなかで少し流れ始めた矢先のこと。
 目の前に乗用車の後部が迫っていた。
 どうやら、僕は一瞬、よそ見をしていたのだ。
 ぐんぐん迫ってくるなかをフルブレーキング。
 時速2-30Kmほどの速度だったはずだが、オートバイは大きく前のめりにダイブして、一瞬、後輪のグリップを失い、それが回復した瞬間、オートバイと僕の身体は左肩を下にして路面にあった。
 スピードを出していたわけではない。カーブでもない。どう考えても転ぶようなシチュエーションじゃないから、心に準備はまったくできていなかった。
 背中にいままで感じたことのない痛みを感じた。
 けれど、そんなにひどい状態ではないと思った。
 路面とオートバイとに挟まれた左足に激痛があるわけではない。
 頭はヘルメットに守られてなんともない。
 たいしたことはないと思った。
 けれど、しばらく動けなかった。
 後ろにいたオフロードバイクの人が助けに来てくれ、道路を塞いでいる僕のバイクを起こして、道の端まで動かしてくれている間も、僕はアスファルトに横たわっていた。
 バイクがなくなった路面で転がっている自分の姿を天から見ている自分がいて、早く立ち上がらなければ、と僕は起きあがった。
 立てた。
 足は大丈夫。
 いろいろなところが痛いことは痛い。
 しかし、致命的なことはなさそうだ。
「大丈夫ですか」
「ありがとうございます。大丈夫です」
「足、ひねっていませんか?」
 そういわれて僕は膝の曲げ伸ばしをしてみた。すり傷が痛むが関節痛はあまりない。
「少し休めば大丈夫みたいです。ありがとうございました」
 僕のバイクがどいた道路はふつうのトラフィックに戻っていて、僕はそれを呆然と見送っていた。
 車が通りすぎる隙間から、割れてしまった、僕のバイクのオレンジ色のウィンカーの破片が見えた。
 昨日買ったばかりのユニクロのジャケットの腕に穴があいていたのが悔やまれた。
 膝がズキズキするけど、これはすり傷だからまあいい、と思った。
 肩と脇腹と背中と胸が痛くて、もし、このバイクがまた倒れたら自分では起こせないと思った。だが、幸いいま、バイクは立っている。
 ブレーキもクラッチも、レバーは折れていない。
 エンジンはかかるだろうか。
 セルを回すとわずかな不安の時間の後、エンジンが回り始めた。
 よかった。
 ギアはどうだ。
 ニュートラルが出ない。ニュートラルランプが点かないだけでなく、ギアがそこまで下がらない。
 とにかく跨って、クラッチをつないでみた。
 トルクがない。
 それでも7千回転くらいでつないでやると走り出した。
 すぐにつなぐとエンストするので、またクラッチを切る。
 ある程度の速度が出ればなんとか走れる。
 どうやらこのギアのよりも下には入らない。足で探りながら上を調べると一段しかシフトアップできない。
(交通の流れが悪いので、それを調べるのにも結構時間がかかった)
 つまり、5速と6速しか使えないらしい。
 さらには、ニュートラルが出ないので、停まっている間中、クラッチレバーを握っていなければならない。
 渋滞していなければ問題にならないけれど、道路は混んでいた。
 しかし、なんとかしかるべきところまで走っていくしかない。
(つづく)