diary2015

妻の誕生会

 夫婦の互いの誕生日はどこかへ外食に行くのが通例なのだけど、今年の妻の誕生日は、レストランへ行ったつもりで食材にお金をかける、というコンセプト。
 午後、そごうの地下食料費塗り場へ買い出しに行き、夕食を家で摂る。
 水牛のモッツァレラでカプレーゼ。トマトも高いの買ってみました。
 タイムセールで20%引きのローストビーフ。
 かき玉の清まし汁で下を切り替えて、最後はマグロ中トロと帆立の刺身。

オープンスタジオ(プライベート)

 夕方5時から、レジデンスアーティスト向けのプライベートはオープンスタジオとして、一階でバーを開催した。
 真っ先に来てくれたのが、韓国の映像アーティスト、ユ・サンジュン。
 韓国の人は律儀なので、何にももってこなくてもいいよ、と言ってあったのに、真露の韓国バージョンを差し入れしてくれた。
 次は、ロサンゼルスから短期でリサーチに来ているジム。
 それから、片岡純也とその奥さん。
 本来なら終わっている時刻に(笑)画家の吉本伊織。
 なんとなくこじんまりといろいろなことを話した。

銀座でインタビュー

 午後、銀座へ。
 待ち合わせの時刻まで、椿屋珈琲店で静かに仕事をしようと思ったら、ご婦人方ばっかりで、おしゃべりがうるさい。
 4時半になると、目の前でフルートとピアノの演奏が始まる。
 と、まあ、人生そんなもの。
 コーヒーの値段も高いが、美味しいし、カップはロイヤルコペンハーゲンだから、そんなものか。
 5時15分前に博品館の前で、編集者と待ち合わせ、徳島新聞東京支局でインタビューを受ける。
 6月1日から、徳島新聞でも日刊コラムの掲載が始まる。
 終了後は、ベルギービールの店に案内して戴く。
 二軒目は有楽町高架下の十勝ワインの店。
 たまにしか行かないけど銀座は好きだ。

母の日ディナー

 夕方、母が新事務所にやって来た。
 そのまま、野毛まで歩いて、「蒸気屋」で母の日ディナー。
 妻も現地で合流。
 驚いたのは、黄金町に仕事場をもったときに東小学校の六年生で、ときどきアーティストのスペースに遊びに来ていた男の子が、6年経って調理師の修行中で「蒸気屋」のキッチンに立っていたこと。
 なんかうれしい。

横浜港大桟橋

 朝、 Costa Victoria は、横浜港大桟橋に着岸した。
 ゆっくり朝食を摂って下船。
 タクシーで自宅まで。ジョギングで来ている距離。近いのが楽だ。
 午後、黄金町へ出て、仕事に復帰。

終日航海日

終日航海日。
前日午後10時過ぎに寝たので、午前3時に起きてNHKBS1で錦織の試合を見た。
のだが、船の位置とアンテナのせいか、第二セット途中で映像が切れてしまう。
改めて朝ご飯の時刻まで眠る。
朝食後、6階のジョギングトラックを走りに行くが、途中がメンテナンスで一周することができないので、ジムへ行き、トレッドミルで40分ほど走る。
シャワーを浴びて、昼ご飯。(食べてばっかりだがそれがクルーズ)
午後は、ピッツエリアへ行って、少し仕事をする。
4時45分、レピーター向けのプログラムである「コスタクラブ」の会員向けのイベント。カクテルサービス。
船長が来るイベントだということで、あたらしくワイシャツを降ろして蝶ネクタイで出かけるが、あっさりしたイベントでちょっと拍子抜け。
部屋にもどってNHKBS、錦織の試合の再放送。
試合終了後、19時半過ぎ、フェスティバル劇場のバーへ行き、ジントニックを飲みながら夕食の時刻まで20分ほど、ショーを見る。
8時半からは最後のディナー。
毎日世話になったレストランのウェイター、ヴィシャルと名残を惜しむ。
9時過ぎからの仮面パレードはパス。

奄美大島

午前10時、奄美大島名瀬港に入港。
予約してあった観光タクシーで、島の中部へ向かう。
奄美大島は佐渡島についで2番目に大きな島だそうだ。名瀬港はけっこう大きくて、コンテナ専用岸壁もある。島の物流の中心になっているようだ。
北部は珊瑚礁の海のきれいな地域、南部は山がちで亜熱帯の原生林が茂っている。
いくつかのトンネルを抜けると、どんどん緑が濃くなり、植物の生態系が南の島のものになっていく。
まもなくマングローブの茂る湿地へ。
そこでシーカヤックを借りて湿原を移動。
満潮時には、マングローブのトンネルをくぐるように支流を辿ることができるらしいが、あいにく満潮は8時45分で、すでにかなり潮が引いている。
となると、平水面でカヌーを漕いでいるというだけの感じでたいした感動もない。おまけに今回のクルージング中唯一の雨が、よりによってカヤックの上にいる時に降って来る。90分の予定を60分に切り上げて上陸。
自然というのもは、こちらの都合に合わせてはくれない。
天気が悪いので、海の方へ行くのはやめにして、大島紬の工芸館へ。
大島紬の製造工程を見学。
これはすごい。(詳細は省く)
港へもどる途中、黒糖焼酎の試飲ができる土産物屋へ寄って、午後3時半過ぎ、帰船。
午後5時、横浜へ向けて出港。

佐世保

午前8時、佐世保に入港。
9時過ぎには上陸できたので、午前11時半に予約してあった市内周遊バスを10時に変更。
10時まででも充分時間があるので、港の商業施設「させぼ五番街」を歩いてみたり、離島へいく船のターミナルへ行ってみたり。
10時発の観光バス「海風」は女性ガイドが案内をする1時間のコース。
佐世保重工業の敷地内に少し入り、外から第1,第4ドックを見学。
九十九島パールリゾートで10分、自由時間。
11時、バス、解散。
徒歩で戸尾市場街へ。小さな蒲鉾屋さんで揚げたての蒲鉾(さつま揚げ)を買って、食べながら歩く。
隣接した場所にある、崖に並んで掘られた防空壕を店舗にしたトンネル商店街にある「ベースストリート防空壕店」で佐世保バーガーを食べようと思っていたが、開店前だったのでやめにして、駅前に戻り、「ログキット佐世保駅店」でスペシャルバーガー(880円)をテイクアウトして、港のベンチで食べる。
ひとつ500g以上あるでっかいハンバーガーでお腹いっぱい。

済州島に到着するが降りない

朝はカフェテリアにする。子供が多い。
11時、コンコルドプラザで弦楽四重奏のミニコンサート。
12時からのランチは、友人一家と合流して、今日もフルコース。
ランチが終わる時刻に、韓国・済州島に到着。
我々は降りずに、船内でくつろぐことに。
済州島はよいリゾートらしいのだが、南側のリゾート地区には大きな船は着けないので、北側の都心部のはずれの港湾施設に着岸する。
いってみれば、本牧のコンテナ埠頭に着くようなものなので、降りても何にもない。
客船クルーズは、船自体がリゾートなので、到着地などどうでもいいのだ。
というわけで、着岸した岸壁のようすを船の上から少し見ただけで、あとは船内で過ごす。
図書室へ行って、劇版『黄金町パフィー通り』の脚本を読んだり。
Costa Victoria でクルーズに出る度に出会う人たちがいる。
僕らはすごくおいしい思うのだけど、船のレストランの料理が口に合わない人もいる。
今日も「よくもこんなまずいもの作るよなあ」といいながら、コースの料理を残してハンバーガーを頼んで、それを食べながら、「おいしいおいしい」という人がいた。
船の料理はイタリア料理にしては、やや塩分が多いと思うけど、それでも日本の食べ物に比べると、圧倒的に塩味は薄い。そのかわり、トマトやチーズの旨味とか、いろいろな種類のハーブの香りを使って複雑な味を出している。
口に合わない人たちからは苦情が出るのだろうなあ。
でも、そういう人たちの味覚に料理を合わせてしまったら、イタリアの客船に乗る意味がない。なので、いまのままで運行して欲しい。
イタリアの船に乗るのだから、イタリア料理が口に合わないのなら、あまりお勧めしない、ということに尽きると思う。
イタリア料理は西洋の料理の中では日本人の舌にあう方だと思うんだけどね。
(イタリアに数ヶ月住んだとき、毎日、現地の食材で現地の料理の手法でつくった料理を食べて、途中で「日本の味を恋しい」などとはまったく思わなかった。醤油もあったけど、一度も使わなかった。むしろ、日本にいるときに比べて、毎日、おいしいものを食べることができて幸せだった)
多くの人が下船して、船内が空いているので快適。
観光に出た人が戻ってくる前に、レストランで夕食を摂ろうということになり、午後5時半に夕食スタート。
まだそれほど空腹ではないので、コースのうちパスタは省く。
前菜、スープ、魚介の料理、最後はレモン・シャーベット、と軽めに。
夜11時過ぎ、ピッツェリアに麺を食べに行く。
本日は味噌ラーメンとピリ辛シーフードラーメン。
これが実に面白いラーメンで、味噌ラーメンの具は、豆腐、わかめ、油揚げ、椎茸、エノキタケ、刻み青ネギ。白味噌の汁に麺が入っている。「味噌ラーメン」というより「味噌汁ラーメン」。でもって、ダシは昆布や鰹節や煮干しではなく、チキンスープ。
へんなのだけど、けっこうおいしい。
イタリア人が自分の舌でおいしいものを作った感じ。いやはや面白い。貴重な体験だ。

終日航海

 前夜に睡眠時間が少なかったせいもあり、昨夜は爆睡。
 午前7時起床。ルームサービスの朝食が7時半過ぎに届く。
 部屋で食べることができるのはコンチネンタル・ブレックファースト。
 本日は終日航海でのんびり。
 ランチのフルコース。おいしかった。
 しかし、食事が長くかかったので、東京交響楽団の四重奏のコンサートを聞き逃した。
 午後5時から、船長主催のガラ・パーティ。
 つづいて、6時45分から、食事の前に、改めてフェスティバルホールで弦楽四重奏のコンサートを1時間、8時から食事。
 ああ、今日もおいしいものをたらふく食べた。
 九州南端を通過する夜中に、少しの間だけ、通信が回復したが、ほとんど不通。