朝起きると、肩が痛くてあまり動かすことができない。
1年前にケガをして傷めたのとはちがう、関節というより筋肉の痛み、という感じ。
が、しかし、症状としてはケガをした直後よりも深刻。
これはいままでとは関係なく始まった、いわゆる五十肩ではないか。
原因はわからないが、とにかく、明日、帰国するにあたって、荷物を持たなくてはいけないのに最悪のタイミングだ。
はてさて、日本は台風で大騒ぎになっているらしい。
イタリア時間午後0時30分、日本時間午後7時30分、東京では多くの会社が早期帰宅を呼びかけて社員を帰しているという情報が伝わってきていた。
こちらベネチアはカンカン照りの夏の日差し。
サンジャコモ広場の Al Prosecco のテラス席でパソコンを開いて、東京の出版社の編集さんとスカイプで電話会議。
議題は、先ほど提出した長編の第1稿について。
およそ30分ほど電話で話し合う。
通信に使ったデータ量はおよそ40MB。YouTube の動画だと2分くらいのデータ量に相当する。
次回打合せは26日に横浜で。
その後は、大学の方でT教授とランチをしていた妻と Piazzale Roma で待ち合わせをして、バスでメストレへ買い物に。
明日は空港へ行くので、リベルタ橋の工事のバスへの影響を事前調査を兼ねる。
路線番号4Lのバスで20分ほどでスーパーマーケットPAMの前の停留所に着く。
工事の影響は僅少。だけど、明日も荘だとは限らないのがイタリア。
ベネチアにはない豊かな品揃えを楽しみつつ、留守中のことを頼んだ人へのお土産などを買う。
もどってきた Pazzale Roma のバールでトラメッツィーノとプロセッコがこれまたターミナルとは思えぬ品質で美味。
用事を済ませて、早々に帰宅し、午後8時前、改めて外出。
ベネチア滞在1期最後の日なので、バーカロでチケットしようという趣向。
歩いて20分だけど、暑いので、S.Stae から Academia までVaporetto で待ち時間入れて30分で、Gia Schiave へ。
ここは、ワインも売っているバール。
つまみ(チケット)が1ユーロと安い。
二人でプロセッコ2杯とスプリッツ2杯、それにチケット4品で12ユーロ。
ちょっと遠回りに散歩をして帰宅。
あとは自宅で夕食を摂った後、帰国のための荷造り。
必要な物はベネチアのアパートと自宅にそれぞれあるため、今回の帰宅で持って帰るべき物は、ベネチアで必要ないと判明したものと、こちらで買って帰るものだけ。
したがって、実は荷物があまりない。
肩の周りの筋肉をマッサージしてもらって少しよくなった。
まもなく一時帰国なので、その準備を始めている。
日本滞在は一ヶ月。新刊のキャンペーンが主な目的だ。
沖縄が舞台の小説なので、執筆に協力をしてもらった人たちにお礼を兼ねて沖縄に行くことも検討。沖縄での販売促進キャンペーンも。
黄金町のイベントも2回つづけてお休みしているので、参加しなくてはならない。
ヨットにも乗りたい。
編集者との打合せもある。
イタリア滞在中の会計処理をするとか、銀行の残高を確認して次のイタリア滞在期間のために資金を移動しておくとか。
そんな主だったことに、その他の細かなことを evernote にリストアップ。
日本にいるあいだに、眼鏡をつくるとか、歯医者に行くとか、髪を切りに行くとか、しばらく放ったらかしでまたその後も放ったらかしになる車やオートバイのバッテリーの心配とか、治らない肩のために整形外科に行くとか、毎年8月にある矯正歯科の年次チェックを済ませておくとか。
そうした雑事の間に、長編の改稿。
そして、書店周りとか、サイン本とか色紙の作り込みとか。
イタリアにいるときは、基本的に執筆と生活だけで、その他のことは、してもしなくてもいいことばかりだけど、日本に帰るとしなければならないことがたくさん待ちかまえている。
よく「海外にいると大変で、日本に帰ったらゆっくりできる」というように言われるのだけど、それは逆なのだ。
シリコンバレーと東京を行き来していた、人生で一番忙しかった時も、何時間も誰にもわずらわされない飛行機の中とか、時差で日本が眠ってしまっている時間とか、そんな時間が、日頃の忙しさから解き放たれた貴重な時間だった。
いま、イタリアで、そういうエスケープの時間をまとめて何ヶ月という単位でとっているわけだ。
夜、8時半から、テレビで EURO 2012 イタリア代表のサッカーの試合を見る。

3G wifi ルーターを装備したのをいいことに、自宅で夫婦していろいろと調べものを始めてしまう。
あっというまに24時間を待たずしてデータ量は500MBを超える。
月当たり10GBでそれを越えると 32kbps に通信速度が落ちる契約なので、このままだとスカイプ会議をやらなくても20日しかもたない。
TIM からいろいろ SMS が飛んでくるのと、契約がどうなっているか確認しようと TIM のサイトを調べまわっていると、大量にイタリア語の文章を読む羽目になって四苦八苦。
中学生以下の学力で、契約書みたいなものを読むのだから大変です。
あっというまに午後4時過ぎになって、あわててメストレへ出かける。
自分で調べたルートとは違う、人から聞いたバス路線でメストレのチェントロを目指すが、「*番のバス乗ればチェントロに着くわよ」というレベルの情報では、そもそもチェントロを見たこともないわけで、降りる停留所名を聞いてこないから降りられず、どうやら通り過ぎてしまったらしいと思ったときにはすでに1kmほど離れた場所だった。
女性同士の会話はファジーで役に立たないなあ。
僕の調べたとおりに行けばピッタリの場所につけたのだけど。
午後5時とはいえ、高緯度地方の強烈な日差しの中を日焼け止めを塗るのを忘れて iPad に地図を表示させてチェントロらしき場所を目指す。
突然、美しいアーケードを見つけた。
人の少ない都会という感じ。
しばらく歩いて、広場に出たところで、テラスで昼食(午後5時だ)。
スパゲッティ・カルボナーラ。
カルボナーラというのはクリームとベーコンと卵のスパゲッティだけど、カルボナーラとは「カーボン」つまり「炭」のことで、白い料理の最後に上からかけた黒胡椒が炭みたいだからカルボナーラと呼ぶのだけど、このカルボナーラにはカーボンが見えない。
味は悪くないのだけどねえ。
というわけで、本場イタリアがいつも正しいわけじゃないという話。
本場が正しくないと言えば、スパゲティといえば「アルデンテ」が美味しいと、いまや日本人の誰もが知っているけど、観光地ベネチアではわざわざ「アルデンテで」と言わないとアルデンテのスパゲティは食べられない。
アメリカ人が「芯がある」と文句を言ったりするから。
いつぞやは、テラス席でアメリカ人のオバサンが出てきたスパゲッティを食べる前に、皿の上のすべてを長さ3センチほどに切り刻んでいた。
ベネチアというのはそういうところで、アメリカ人というのはそういう人たち。
ベネチアに日本人観光客はほとんどいないかわりに、中国人観光客はそれはもうすごい人数。
日本人を見かけない日はふつうにあるけど、中国人は毎日100-300人くらいは軽く見かける。
中国人の観光客はおよそ3つのタイプ。
1)男性が多い団体ツアー
あまり豊かではなく、服装もダサく声が大きい。
大家族の親戚を挙げての旅行もある。
かつての日本の「農協さん」のツアーに近い
2)若いカップル
夫婦だと思うけど奥さんはたいてい美人
都市部の金持ち階級らしく女性の方は服装もお洒落
3)若い女性のグループ
大学生くらい二十歳前後の女性の2-5人のグループ。
服装はけっこうお洒落。
サングラスを頭の上に載せる子が多い。
娘たちだけでヨーロッパまで旅行に出す親がたくさんいる。
おそらく上海あたりの金持ちのお嬢さんたち。
どのタイプでも中国人男性のファッションはダサい。
髪型が坊主頭が伸びた感じの短髪で整髪料を使っていない。
人民解放軍から退役したまま、という感じ。
ただいまのところ、言語以外で中国人を区別する最大の見分け方。
日本の凋落と中国の経済力を同時に感じるベネチアです。
中国人全体はまだ貧しいけれど、人口が多いので「一部の金持ち」が一億人くらいはいる。(なにしろ少数民族で100万人という国だから)
数年前に自家用車を買う財力のある中国人は日本の人口を超えている。
遅いランチの後、少し歩くと、まもなく目的地のひとつであるショッピングモール Le Barche を発見。
まっさきに地下のスーパー PAM に入って、イタリアでしか売っていない一般食材を大量購入(日本へのお土産だったり)
その後、各階のフロアの半分ほどを占めるデパート COIN の5階(イタリアでは英国と同じく地上階は1階ではなく0階なので日本式の言い方では6階)の家庭用品売り場でボウルを購入。
これでラーメンをたのしく食べられる。
最上階の本屋で観光地図でないふつうの地図を買う。
(観光地図にはメストレが載っていない)
隣接するカフェでスプリッツを飲みながら休憩。
どこの国も本屋はいいなあ。ほっとする。
夜、テレビで浜美枝と丹波哲郎がイタリア語をしゃべっていた。
むかしむかしの「007」の吹き替え。


妻の語学学校の最終日。
家を送り出してから、3G wifi モデムを探す旅へ。
パンタロン通りの Vodafone では、最近扱っていないらしい。
というわけで、リアルトの Vodafone へ行ってみるが馬鹿混み。
どうもピンとくる製品もサービスもないので、カナレジオ方面へ。
Tim WIND Tim と見たところで、店に誰も客がいなかったので店員とゆっくり話をする。
Huawei E587 という端末を買うと、合計179ユーロで三ヶ月インターネットが使える、という契約をした。
一時帰国期間を含めて、まだしばらくイタリアにいるので。
この端末は SIMフリーなので、どの国へ行ってもそれぞれの国のキャリアと契約すれば使える。日本に帰ったら日本のキャリアと契約すればスマートフォンはいらない。
学校を終えた妻と合流して、レース(競争じゃなくて糸で編む方の)で有名な Burano島へ。
またこれがのんびりして美しいいいところ。
店はめちゃめちゃ観光客向けで観光地観光地しているけど、それを越えていい感じ。
6ヶ月有効で11の博物館を回ることのできる Musium Pass (20ユーロ)を購入して、レース編み博物館を見る。
空いていてゆっくり見ることができたこともあって素晴らしい。何度も溜息が出た。
驚いたことに、展示の最後の部屋で、すでに閉鎖された「レース編み学校」に通っていた年輩の人が十人ほどで、大声でお喋りしながら楽しそうにレースを編んでいる。
プロ中のプロである一級の職人さんたちだけど、ただのおばあさんたちの午後のお喋りでもある。
ほとんどの店はニセモノのレースを売っている土産物屋なのだけど、1軒、本当の本物の店を見つけて入ってみる。
これがまた素晴らしい。
溜息が出る。
職人というのはすごいなあ。
アーティストは自分を表現するために物をつくる。
職人は人を楽しませるために物をつくる。
帰ってきたらもうヘトヘト。
本日の歩数計は19700歩でした。

午前6時起床。
妻を送り出してから Rialto Mercato へ。
魚市場でクロダイを2匹(922g 8.11ユーロ)と小海老(474g 4.65)の合計12.76ユーロを購入。
帰り道のパン屋でオードブル用に輪切りにする小さなフランスパン(2つで65セント)。
こちらのフランスパンは cichetti 用に焼かれているせいか、中があまり柔らかくない。
昨夜2軒目に行ったバーカロ Ostaria Dai Zemei が開いていたので、コーヒーを1杯(1ユーロ)。
店のオヤジさん、僕の顔を覚えていた。
店を開けたばかりで、つぎつぎに
気に入った店にはたった1ユーロのコーヒーでも、すぐに再訪すると関係ができる。あまりお金を使わずしかも短い期間で馴染みになるコツ。
イタリア語で世間話ができないのが、はなはだ残念なのだけど。
午後、来客。イタリア人と日本人のカップル。
クロダイのワイン蒸しでおもてなし。
目覚ましを止めてから夢を見た。
何故か編集者の実家と思しきところに泊めてもらっていたり、別の電子書籍の編集者が何故か本屋のレジに座って(!)いて、傍らに同じ本の紙のバージョン(そんなものは存在しない)を積んで売っていたり。
そういう場にいながら、僕は長編の改稿プランを考えていたはずなんだけど、目覚めたら考えた改稿プランを忘れている。
きっと、遠からず思い出すだろう。
午前中、連載エッセイ。
それを送付がてらサンジャコモ広場へ。
一時帰国まであと1週間。
帰国後の予定がだんだん埋まっていく。
午後4時、朝から快晴だったのに雨。
あわてて洗濯物を取り込む。
今日は一番乾きにくい風呂場のマットを洗って干していたのだ。
こちらの雨にしては長く降る。
午後7時過ぎ、傘を差してバーカロ巡りへ。
バーカロというのは、「つまみ(チケット)のある立ち飲みのバール」という感じかな。
一軒目、有名店 All’arcoへ。
水曜の午後7時には揚げ物が出る。
小エビの唐揚げ、その他、つまみ系5点とプロセッコ(ふたりで12ユーロ)
二軒目、以前から気になっていた Osteria dai Gemei.
Cichetti がすごく美味しい。
僕らがとったつまみは4品(1つ1.5ユーロ)だけど、雨で客が少なかったみたいで、閉店間際に2つサービスしてくれた。(9.5ユーロ)
バーカロはもともと「市場の働き手が仕事が終わって1杯ひっかけて帰る場外の店」的な感じなので、日本の飲み屋と違って、昼からやっていて、閉まるのが早くて夜8時か8時半。
帰宅後は、ドイツ製の出前一丁(ビーフフレイバー)。
これすごくおいしい。日本で売っているのより美味しい。
朝から雨模様。
午前8時半ごろ、相当降ったけどすぐに止む。
天気予報は、晴れ曇り雨カミナリ、なんでもあり。
今日だけじゃなくてベネチアの天気は変わりやすい。
仕事復帰第一弾は連載エッセイなのだけど、書きたいことが多すぎて丸一日考えても絞り込めない。
午前11時、雷鳴と共にバケツをひっくりかえしたような雨。
英語で言うと It rains cats and doggs.
イタリア語ではなんというんだろう。
雹が混じっている。
雨樋も溢れて屋根から勢いよく水が落ちる。
家の前の道路工事も一時待避。
近所の家からは雷鳴に脅える子供の叫び声。
5分ほどで雨は止んで、陽が射してくる。
見上げると空には積乱雲。
日本なら梅雨明けってやつだな。
編集者からの連絡って何故か同じ日に複数の人から来る。
長編第一稿のフィードバックとか、発売間近本の巻末のこととか。
世界を編集者のバイオリズムが支配しているのだろうか。(笑)
土砂降りを辞書で調べた。
Piove a catinelle.
イタリア語では洗面器を並べた上に雨が降る、というのだね。
なるほど。

(ベネチア大学本部のカフェには日本の写真が12点飾ってある。3.11の後、被災地を支援するためのチャリティ写真展があり、このカフェが写真を買い上げた)
そもそも何故ミストレかというと、ベネチアでは食料は豊富だが、日常生活に必要な「物」が十分に売られていない。
ベネチアへ通勤してくる人の居住地区であるメストレにはごくふつうの商店やショッピングセンターなどがある。
そこで、ベネチアに長く住むのに不自由のないようにメストレという町を知ることが必要になるというわけ。
午前中、Al Prosecco で2ユーロのコーヒーを所場代として払って、メストレの地図を Google Map で表示させ、pdf に書き出して持ち帰る。
それを家でプリントアウト。
これでメストレ地区、および、ベネチアからメストレへ行くまでの経路の、道路の名前を完全に把握。
それから昨日バスターミナルで撮影してきた路線図をつきあわせ、各の路線の経路を確認する。
こちらのバス路線図は、停留所の名前ではなく通過する通りの名前を順に書いてあることがわかった。
ならば、通りの名前の入った地図があれば、バスの通る経路を完全に地図上に再現できる。
というわけで、少なくとも 27 Ottobre とその近隣の道を通るバス路線が完全にわかった。
あとは、Mestre 地区の行きたい場所がどの通りにあるかがわかれば、ベネチアからバスに乗って行くことができる。
これにて、二日がかりで、Mestre の地理案内は完璧になった。
自分が乗る路線しかわからないメストレの住民よりも僕の方がバスについては詳しく知ってるぞ。(笑)
というわけで、プロジェクトがひとつ終了。
大学の近くの旅行代理店が開く3時を待って出かける。
(こちらの店はたいてい昼に一旦閉店する)
飛行機の切符について相談。
結論。代理店を使うよりネットで自分で買った方が安い。(まあ、予想通りだけど)
ついでに地中海クルーズのカタログを2冊もらってくる。
カタログといってもそれぞれA4版300ページ以上あって電話帳のように分厚くて重い。1社は少し前に事故を起こして船長が先に逃げた例のあの会社。
7泊8日の地中海クルーズは二人で828ユーロから。
もちろん客船クルーズだから全食事宿泊込みだ。
ふつうの旅行より断然安い!
一番安いのは海の見えない内側の部屋だけど、デッキに出れば、外は広々とした海なんだから、一週間くらいなら全然問題ない。
カタログをもらったもう1社であるMSC社の巨大な客船が、一昨日、ベネチアにも来ていた。
夕方、今度は Da Filo でプロセッコを飲みながら、ネットで飛行機の検索。
とある日程で、日本を基点にベネチアを往復すると17万円。
ベネチアを基点に日本を往復すると、8万円。
同じ航空会社の同じ便を使っているのに、日本からだと倍の値段。
それでJALの経営がなりたたなかったりする日本って、いったいどうなっているんだろう。
当初の6月末予定だった新刊の発売日が版元の営業上の理由で7月10日にずれたので、プロモーションの為に日本に帰った後、ベネチアへ戻るのにかかる飛行機代が高くなってしまった。
そもそも9月までアパートを借りているのに、途中でいったん日本へ帰るのは新刊のプロモーションの為。
プロモーションでしっかり売上を伸ばさないと元が取れない。
売れてね、新刊くん。
なんだか、こうやって書いていると毎日盛りだくさんだけど、精神的には日本にいるよりゆったりとした感じがする。

昨日の遠征で、トメスレの鉄道駅近くは繁華街でないとわかったので、再調査が必要になった。
とりあえず、バス路線の調査。
大きなショッピングセンターがあるとの情報から、検索で2軒見つけた。
そのひとつは「10月27日通り」にあることがわかったので、ローマ広場のバスターミナルまで行き、バス路線の調査をすることにする。
切符売り場の掲示板に発車情報が出るのだけど、2画面で時間にして15分程度の分、そこの乗り場と路線番号と主な行き先が出る。
そこをしばらく見ている限り、Mestre なる地名を通るのは1路線だけ。
Mestre という停留所は鉄道駅以外にはないようなので、市中心部 Centro の地名を知る必要があるが、地図がないのでわからない。
事務所でバスの路線図はないのか、と聞くと「そういうものは存在しない」のだそうで。
こうなったら腕力で探す。
もし容疑者が Mestre に潜伏しているとわかったら、日本からやってきた刑事は、当てにならないイタリアの警察に頼らずにどうやって Mestre で捜査を開始するか。
推理作家協会会員である阿川大樹にとっては簡単なことである。(笑)
バスターミナルの乗り場を片っ端から回って、そこに出ている路線表示(図ではなく通る地名を順に書いたもの)を写真に撮って帰ってきた。
いくつかの路線に 27 Ottobre の文字が。
それらの路線図と地図をつきあわせれば、自分でバスのルートマップが作れるはず。
本日はそこまで、続きは明日。
夕方5時45分からユーロ2012のイタリア代表のサッカーの試合中継があるので、それまでに帰宅する予定で、リアルトまで洋服を買いに出る。
次第に気温が上がってきて、夏物がポロシャツ2枚だけでは厳しくなってきた。
ベネトンで29ユーロのポロシャツを買うつもりだったけど、その前に立ち寄った COIN というデパートで18ユーロと20ユーロのポロシャツを購入。
ベネトンには行かなくてよくなった。
Mercato (市場)近くのバールでちょっとゆったり。
観光客向けの店には一見の客からできるだけ金をむしりとるだけが狙いの「高かろう悪かろう」の店と、観光客をきちんと楽しませようとする「高かろうよかろう」の店がある。
観光客に徹して上質の観光スポットで少しだけ余計にお金を使うと上質の時間が手に入る。
スプリッツ(3.5x2)とつまみ4品(2.5x4)でふたりで17ユーロ。
イタリア代表の試合開始少し前に帰宅。
イタリア対スペインは、終始スペインが押していたが、先制点はイタリア。
しかし、スペインがまもなく同点に追いついて、そのまま引き分け。
さぞやイタリア人は悔しがっているかと思いきや、テレビや翌日の新聞の記事ではスペイン相手に引き分けというのを、喜んでいるようだ。

ベネチアのベッドタウンであるメストレへ買い物に行ってみた。
まず Piazzale Roma で回数券の再チャージ。
メストレ行きのバスは何番だ?
どうやら2番が行くらしいのでそれに乗る。
アナウンスも車内表示も出ないが、とりあえずメストレの駅はわかったので、そこで降りてみる。
駅近くの通りはどうやら中華街らしく、店の表に漢字が含まれた店、並べられた見かけでわかる中国人の雑貨屋などが多い。
ベネチアに来て時間が経つと、別に中国風の内外装や商品が売られていなくても、中国人の経営する店の特徴がわかってくる。
レストラン(中国料理でなくイタリア料理)でもバールでも雑貨屋でも「あ、ここ、中国人の経営だな」と思って、中を覗いてみると、レジの前やカウンターの中に中国人がいる。
(ベネチアは急速に中国人経営の店が増えていて、一見、イタリア人がやっていそうな店の多くが中国人に取って代わられているのだ。
ベネチアに入ってくる中国人は、暮らすためではなく金儲けのために入ってくるので、中華料理屋をやったりはしないで、イタリア料理を出す店やバール、土産物店などを開いている。
一見したところでは中国っぽくないのだけど、なんとなく商品の並べ方などにある法則性があるのでわかるのだ。
ベネチア本島ではなく本土側のメストレはベネチアで働く人間のベッドタウン(不動産の価格が全然ちがう)なので、中国人、アフリカ人、その他のアジア人など、移民が多い。
ホテルも多く、高いベネチアのホテルを嫌って、メストレに泊まってバスでベネチアへ通う観光客も多い。
実はメストレの繁華街は駅の近くにはなくて、徒歩10分くらいの場所にあるということが後でわかったのだけど、調査不十分で、本日の買い物計画は80%空振りに終わった。
中華街(横浜や神戸の中華街と違って観光客向けでなく自分たちが暮らす町としての中華街なので見かけはふつうの町)で食品店で買い物。
S&Bのわさび、出前一丁の中国バージョン、本だし、など。
ついでに「東方」という中華レストランで昼食。
メニューは本格的に品数が多いが、味は日本で日本人がやっている町の中華料理屋レベル。
ワンタン(3ユーロ)、炒飯(3.5ユーロ)、大正海老のニンニク炒め(6.8ユーロ)、水(2ユーロ)
、コペルト(席料1人1.5ユーロ)
僕らが入ったときは他には中国人客が4組だった。
あとからイタリア人の女子会(8人)がナイフとフォークで中華料理を。
もう一組のイタリア人親子はフォークで焼きそばを食べていた。
割りと安いので、たまにはバスで食べに来てもいいという感じ。
実は、ベネチア近郊でこの店の中華料理が一番美味しいと言われている。
(でも、あくまで日本で日本人がやっている中華そば屋のレベルの味。横浜の黄金町近辺の680円の定食中華のレベルには到底及ばないけれど)
