diary2012

合衆国独立記念日

 コザはちょっと賑やかだろうな。
 だけど、日本では特に変化なし。
 ランチはランドマークの1階の親子丼専門店で。
 680円でそんなに高くないけど、ご飯は芯があるし、具は火が通り過ぎ、だめですね。
 480円の「なか卯」の親子丼の方が美味しいです。
 ご町内の小林紙工で黒模造紙を買ってきて事務所一階の展示スペースに貼る。
 7月8日(日)のオープンスタジオの展示の準備。
 ちゃっとチープで高校の文化祭みたいだけど、まあ、沖縄そのものがそういうチープさをものともしない自然体の町だからいい、ということにする。
 その後は、宣伝材料を作成。
 京都の某書店さんからたくさんの新刊の注文があったとか、某歌手の方がコンサートのパンフレットの挟んでチラシを配布してくれるとか、いろいろありがたいニュース。
 午後10時過ぎに、ひと区切りつけて帰宅。
 帰宅後は、午前2時まで、宣材の印刷作業。

帰国初のイタリア料理

 午前4時起床。
 サッカー EURO2012 の決勝戦、イタリアxスペイン。
 予選はベネチアで見ていて、同組だったこの対戦は1-1の引き分けだったけど、決勝戦では 0-4 でイタリア大敗。
 午前6時過ぎ、もういちど寝る。
 午前11時、歯医者2回目。
 午後1時、車の点検でディーラーへ。
 待ち時間に中華街を歩いてみたけど、呼び込みと焼き栗売りが鬱陶しくて、まったくそそられなかったので、La Boheme でランチ。
(中華街は年々居心地が悪くなっている)
 帰国後、初のイタリアンだ。(笑)
 自宅ではつくるのが面倒なスパゲッティ・カルボナーラ。
 イタリアにいるとき、日本食を恋しくはならなかったけど、日本に10日いたら、イタリア料理が恋しくなった。(笑)
 自炊のコストはイタリアが日本の4分の1くらいだけど、座って食べるランチタイムの外食コストは、イタリアだと coperto (席料)が200円くらいつくので、日本とイタリアで同じかイタリアの方が少し高い。

横浜市長杯ヨットレース

 午前9時、ヨットハーバー到着。
 横浜市長杯ヨットレースに友人の艇の助っ人クルーで参加。
 久しぶりのヨット、久しぶりのヨットレース。
 風が弱く、午前11時のスタート予定時刻から風待ちで大幅に延期。(写真はスタート海面近くで待機中のヨット)
 弱く雨が降り始め、あまり風が上がらないうちにスタートした。
 我がチームは抜群のスタート。
 風の読みとコース選択も当たって、第一上マークではレース仕様の艇たちを押さえて、19艇中4番目くらいで回航。
 風下へのスピンランで少し順位を落とすが、次の風上航でもいい走りをする。
 最後の風下へ向かい始めたところで、風向が短時間に急激にシフト。あっという間に一気に上りになってしまう。
 スピンネーカーの降下に失敗し、セールが海中に、一気に速度を失って、なんとかセールを取り込み終わったあとには、全艇に抜かれていた。
 着順最後でフィニッシュ。
 そのあとはクラブハウスで表彰式&パーティ。
 よく遊びました。

度付きサングラス

 加齢と共に飛蚊症が進んでいるのを感じる。
 目は、仕事の上でも重要なので、ちゃんとケアしないと。
 ヨットに乗ると横や下からの反射光も目に入ってくるしね。
 というわけで、まずはちゃんとしたサングラスを買おうと決心。
 近所にできたスポーツサングラス屋はオークレイなど高級ブランドばかりなのと、偏光レンズでインナーフレームの取扱がない。
 出勤前に横浜駅周辺を見てまわろうと、Baybike でベイクォーターまで。
 とりあえず3階の眼鏡屋をのぞいたら、いきなりリーズナブルな値段で望んでいるものがあり、納期も1週間だというので、そこで作ってしまいました。
 ユニクロの700円サングラスから卒業です。(笑)
 あ、ずっと前に作った度付きサングラスもあるのだけど、カーブのついたスポーツサングラスではないので、横から光が入ってレンズの内側での反射光が目に入るのだ。
 

パソコン復旧

 妻もイタリアから一時帰国してきたのでYCATへ迎えに出る。
 結局、パソコンの復旧に昨日まで5日を要した。
 原因は二ヶ月分の windows update の自動更新による再起動と、自動バックアップが同時に起こり、うんともすんとも動かなくなり、シャットダウンもできないので、電源を落としたら、案の定、システムドライブとバックアップが書き込まれていた外付けDドライブが不整合を起こしてしまった、という感じ。
 肝心のバックアップファイルが真っ先に壊れているので、かなり復旧に苦労した。
【教訓】
 windows update もバックアップも、Microsoft が推奨するとおりに自動でやらせてはいけない。
 オートバイの月極駐車場料金を払い、バッテリーを外して家に持ち帰った。
 アマゾンから届いていた充電器で充電。
 またこの先、二ヶ月乗らないから。
 あいかわらず食材もないので、近所へ刺身を食べに出る。
 それにしても、新しくオープンしたセントラルタワーの飲食店1階の店は庶民的でコストパフォーマンスがいいけど、2階はあいかわらず勘違いの高級店たち。
 絶対にうまくいかないだろうなあ。
 みなとみらいは高級店が成り立つ町じゃない。
 クイーンズ・スクエアもランドマーク・プラザもテナントの入れ替わりが激しい。
 デートスポットではあるので、一生に一度、経済的に背伸びをして金に糸目を付けない人もいる結婚産業だけは成り立つけど、大人向けの高級店は成り立ちませんよ。
 みなとみらいに「働きに来ている人」はふつうの会社員。
「住んでいる人」は、企業のリタイヤ組か共働き家族が中心。
(ようするにサラリーマン中心で、それに知的専門職の人たちが加わる感じ)
 タワーマンションがあるからといて、そこにバブリーな人が働いたり住んだりしているわけじゃないので、お金の使い方は堅実です。
 マンションの理事会に参加していたからよくわかるけど、多くは「知的レベルが高く良識があって、その結果、会社員としてはそれなりに成功した人たち」なので、たとえお金に余裕があっても1万円のコース料理を頻繁に食べたりはしない。
 マンションの人たちが食事に行くのは「大戸屋」や「阿里城」です。
 そういうリーズナブルな店が増えればそれぞれに流行ると思うけど、高級ぶっている店はまったく需要がないです。
 そのあたり、観光地としてのみなとみらいとタワーマンションのイメージで、実需を見誤って参入してくる事業者が後を絶たないのだけど、そういうお店はどのお店も閑古鳥です。

イタリア生活で身体が変わった?

 イタリアに二ヶ月滞在して日本に戻ってきた。
 4日経って、自分の体の変化に気づいた。
【体重が2kg減った】
 西洋の食事といえば、「肉と油」のイメージだけど、実際には動物性脂肪といえばバターくらいだった。
 ほとんど肉は食べない。
 タンパク質といえば、チーズとか卵とか魚だ。
 そして、安くて種類も豊富な野菜をたくさん食べていた。
 脂肪分はオリーブオイル。
 夫婦二人で二ヶ月の間に、700mlほど消費した。
 500mlの大きなビンがなくなってしまったのにびっくりした。
 であるのに体重は減った。
【お腹が空かない】
 日本で日常生活を始めて、お腹がすいてご飯を食べる、という感覚がなくなった。
 腹が減らないので、気づくとずいぶん時間がたっている。
 今日も、気がつくと午後11時だ。
 それでも腹は減っていなかった。
 時計を見て「食べるべきだ」と考えて食べる。
 不思議だ。
【日本の食べ物がおいしくない】
 外国生活を送ると、日本の食べ物が恋しくなる。そう思っていた。
 帰国して、普段食べていたものを次々に食べている。
 カレー、お茶漬け、蕎麦、餃子、ラーメン。
 何の感動もない。
 日本食を食べたら、美味しくてうれしくて感動するものだと思いこんでいたけど、以前に食べていたときほど美味しく感じない。

打合せ

 パソコンのトラブルに関わっている間に午前2時になり、まだ夕食を食べてなかったので、吉野家でうな丼を食べて帰ってきたらサッカー EURO 2012 のイタリア対イングランドの試合が始まり、それがよりによって延長線でも決着が付かずにPK戦になってしまったので、寝たのが午前6時。
 朝昼兼用に今日はイタリアで食べていたような、ハムとチーズとレタスとトマトのサンドイッチにしたら、とても美味しかった。
 すっかり、味覚がイタリアになってしまっている。
 そういえば、日本へ帰ってきて5日目になるけど、味噌汁とご飯みたいなのを食べていないや。さけているわけではないけど、特に食べたい気持ちもない。
 夕方、K事務所の編集さん来訪。
 ちょっとした行き違いで明日だと思いこんでいたので、一瞬あわてたけど、結果オーライ。
 改稿の方針について討議。

帰国

 家に着いたら、荷物を開いて、シャワーを浴びる。
 冷蔵庫になにもないので、期限が迫ったインスタントラーメンなどを食べてみる。
 近所へ出てみると、みなとみらいグランドセントラルタワーというのが僕がイタリアへ出てまもなくオープンしたらしく、飲食店や物販の店が入っていた。
 事務所のようすが心配なので、黄金町へ出向く。
 3月末で再開発のために引き渡された日ノ出町の竜宮美術旅館を始めとする一角はすでに更地にでもなっているかと思いきや、ほとんどそのまま残っていた。
 二ヶ月ぶりの仕事場は、締め切ってあったにもかかわらず、黴びるでもなく何もかも無事だった。めでたしめでたし。
 家に帰っても食べる物がないので、「聚香園」で夕食をとり、「華」へ立ち寄って帰宅。
 時差ボケでなんとなくぼんやりした一日だった。

航空機の技術の進歩

 帰国便はスイス航空。
 ベネチアからチューリッヒまでエアバスA320。
 チューリッヒから東京まではスイス航空のエアバスA330ー200。
 僕が頻繁にアメリカを往復していた1980年代から90年代初めには、機材はボーイング747ー400あたりが全盛だった。
 いまでは、その頃と比べて、内装の装備は格段に進化していて、エコノミークラスでも席の前それぞれに液晶ディスプレイがあり、ビデオオンデマンドがあったり音楽のチャンネルも豊富にあるのが当たり前になっているようだ。
 一方、窓の外にある主翼を見ても大きな変化がある。
 航空機の外装の工作精度が1980年代の物と比べて格段に上がっている。
 かつて、窓の外から翼を見ると、リベットは出っぱっていたし、主翼はジュラルミンの板を貼り合わせた痕跡がはっきりとわかる物だった。精度も悪く翼の表面は波打っていたし、フラップはきれいに揃わずに微妙に暴れていた。
 ところが、A320もA330も、翼がとても滑らかで精密につくられている。
 翼の形は、多分、設計された形に極めて近い。
 形を見るだけで揚力が計算値に近く、空気抵抗が小さくなっていることがわかる。
 ヨットの帆(飛行機の翼を水平でなく海面に垂直に立てたのと理論的には同じ働きをする)でいうと、ツギハギの布で作ったセールと、カーボン繊維やラミネート素材を駆使して一体成形でカーブをつくった縫い目のないセールほどの違いがある。
(腕前以前に経済上の問題で、我が艇とトップレーサーではセールを見上げただけで推進力に雲泥の差があるのが一目瞭然だ)
 空気の壁を切り裂いて高速で飛ぶ航空機は、ほんのわずかなリベットの頭ひとつの出っ張りの空気抵抗が馬鹿にならないし、揚力を産むべき翼の工作精度が悪いと、揚力が十分に発生しないで逆に抵抗が増える。
 この20年の航空技術の進歩が、飛行機の翼の形に表れている。
 航空機のことは詳しくないけれど、A330も翼の前の部分と後方のフラップなどの可動部分の他は、カーボンファイバーでできているのではないかと思うような、ほとんど継ぎ目の目立たないきれいな翼の形をしている。
 しかも、気流の変化で機体が揺れるときの翼のしなりも小さい。つまり固そうに見える。
 三菱レイヨンとか東レとか、相当大きなカーボンファイバーの構造物を作れるのではなかったっけ?
 チューリッヒから東京(成田)までは、スイス航空のコードシェアのエーデルワイス航空。
 初めて乗ったけど、サービスも必要十分で食事も美味しかった。
 運よく空いていて、隣の席が空いているので、エコノミークラスの窮屈さもない。
 なんとなんと! プロセッコがあったので喜んで頼んだ。
 いま、機内でこれを書いているのだけど、一昨日はキーボードを打っても痛んだ肩が、わりと収まっている。
 というわけで、帰国しました。

事件発生!

(写真はあとで改めて)
 ベネチア発チューリッヒ行きのスイス航空は14:40発。
 問題はベネチアと本土を結ぶリベルタ橋がトラムの建設で工事中だということ。
 今月から始まって18ヶ月間かかるという。
(イタリア人はだれも18ヶ月で予定通り完成するとは思っていないみたいだけど)
 空港までのバスは乗れば30分かからないけど、工事の影響が読めない。
 Alli Laguna という会社の水上バスで空港に行けば影響は避けられるが、そもそも時間がかかる上に値段が二十数ユーロ。バスなら5ユーロ。
 というわけで、10時半過ぎに家を出る。
 まるで遠い遠い成田空港に行くみたい。
 バス停のある Piazzale Rome は徒歩で15分ほどだが、荷物があるので、San Stae から水上バスに乗る。水上バスは観光客なら7ユーロだが、住民向けのカードに回数券をチャージして使えば1回あたり1.1ユーロで乗れる。
 バスは思いの外順調。
 おかげで、早く着きすぎて、まだチェックインカウンターも開いていない。
 空いている椅子を探して時間つぶし。
 チェックインまもなく列に並び、荷物を預けたところで食事。
 Panino Romanha とビールで9ユーロ。
 どうやら空港は、標準的な飲み物が、X.10ユーロ、食べ物がXI。90ユーロに統一していて、一緒に頼むと端数が出ないようになっている。
 なるほどね。
 セキュリティゲートの外にはほとんんど何もないので、ゲートをくぐる。
 いつものようにコンピュータはバッグから出して、別にトレイに載せる。電子辞書と携帯電話、あとは金属探知機を通れないユーロの小銭。
 そこで事件は起こった。
 トレイから小銭と電子辞書とコンピュータを出してカバンにしまおうとしたその瞬間……。
 カバンがない。
 似たようなリュックサックが残っている。
 しばらく待ってみるが自分の荷物が出て来る様子はなく、残ったカバンを取っていく人もいない。
 これは大ピンチ!
 パスポートも搭乗券もバッグの中だ。
 14時40分までにこの問題が解決しないと、僕はベネチアから動けなくなる。
 間違えてもっていった人間が気がつかないまま、飛行機に乗って世界のどこかへ行ってしまえば、どんなに早くても問題解決にに数日かかるだろう。
 もどってこなければ、パスポートの再発行のために領事館か大使館のあるところまで行かなくてはならない。
 それは、ローマか、ミラノか。
 海外にいるときには、現金10万円を盗まれるよりもパスポートをなくすことの方がダメージが遥かに大きいのだ。
 それがまさかセキュリティ・ゲートで起きるとは。
 クレジットカードやキャッシュカードを無効にして、また再発行するためのうんざりする手続きの山が頭をよぎる。
 カメラももどってこないだろうなあ。幸い写真はすべてパソコンにバックアップしてある。
「自分のバッグがない。ここに似たバッグが残っているので、誰かが間違えていいったと思うのだが」
「それはあなたのではないってことか?」
「そう。僕のじゃない」
「なるほど」
「このカバンの中に何か持ち主の手がかりになる物があれば、その持ち主を放送で呼び出してみてもらえないかな」
「そうしよう」
 係員がカバンの中を探し始める。
「間違ってもっていった人が飛んでしまうと困るんだ。僕はこれから日本へ帰らなくてはならないから」
「大丈夫みたいだ。パスポートが入っていた。パスポートがないと飛行機に乗れないから」
 まあ、一安心。
 係員はどこかへ電話をして、パスポートを見ながら名前を読み上げている。
 これで解決すればいいが、見つからなかったときの「イタリア当局」の絶望的な対応の遅さを思って、呆然とする。
(まあ、小説家というのはこういうのもネタになると思って、どこかで楽しんでいるのだけど、買ったチケットは使えなくなるから、10万円単位のお金が無駄になることは覚悟する必要がある)
 待つこと5分くらいだっただろうか。
 小太りのライトブルーのポロシャツの男が係員にともなわれてやって来た。僕のカバンを肩にかけている。
「似てるからね」
 それからはお互いに自分の鞄の中身を確かめる。
(向こうがこっちを疑うのは筋違いだが、当然必要なことだ)
 パスポート、クレジットカード、搭乗券。オーケイ。
 おもえば僕の後ろにいたドイツ人、すごくせっかちな感じで、なんども列から横へはみ出して、前をうかがっていた。
 出発時刻が迫っていたのかもしれない。その後、彼が自分のフライトに乗れたかどうかはわからない。
 もし荷物を預けていれば、荷物を積んで持ち主が乗らないフライトは、(荷物が爆発物である可能性があるため)荷物を降ろすまで絶対に飛ばないから、飛行機自体の出発が遅れたかもしれない。
 係官に礼を言ってその場を後にする。
 早めに出たことが災いしたのか幸いだったのかわからない事件。
 と、ほっとしたのも束の間だった。
 アパートに残っている妻に出発前に電話しようと思ったところが、今度は電話機がない。
 金属探知機を通過する前に、パソコン、電子辞書、小銭、それらと一緒にポケットにあった携帯電話もトレイに入れたはずだ。
 小銭は出したのだけど、途中でカバンがないのに気づいて、携帯電話のことを忘れていた。
 動揺して注意散漫になった。さっきのは間違えてもっていった男のミスだけど、今度は僕自身の失敗だ。
 というわけで、こんどは僕がセキュリティチェックの場所に後戻り。
 すると、さっき面倒を見てくれた係官と目が合って「電話だろ?」。
「そうそう」ってわけで、無事に電話も手元にもどった。
 飛行機や空港のセキュリティを守るセキュリティチェックのエリアが、僕にとってはいちばん
セキュリティが低い場所だったというわけだ。
 教訓。
 手荷物検査機のベルトコンベアに入れるときは、カバンを先に入れてコンピュータは後に入れるべし。
 じゃあ、コンピュータが似ていたらどうする?という問題はあるが、僕のノートパソコンは、Windowsマシンであるパナソニックのレッツノートに、アップルのリンゴのマークのシールが貼ってあるので、そうそう似たものはない。
(そういえば、昔、ホンダのバイクのタンクにヤマハのシールを貼っていたら、ホンダの修理工場でヤマハのバイクだと思われたことがあった)
 サムソナイトのスーツケースも、昔々、成田で間違えて持って帰られたことがあり、それ以来、ベタベタとシールを貼ったりして、他に似たスーツケースがないようにしている。
 思えばその教訓が活きていないことになるけど、手荷物検査は盲点だったなあ。