diary2009

黄金町FM 89.0MHz

 前日、自転車を置いて帰宅したので、タクシーで出勤。1070円。
 35分歩くには暑く、1時間に2本のバスのタイミングが合わなくて、それでも早く出たかったのだ。
 スタジオに着いて、掃除と片づけ。
「横浜ウォーカー」の取材チーム来訪。
 昼過ぎ、取材対応が終わる。
 イベント準備、連載の原稿。
 夕方、FM局をやっているアーチストの中島祐太さん来訪。
 ラジオ番組の下準備。
 午後6時半、話は飛ぶけど電波は飛ばない微弱電波放送局「黄金町FM」の隠し部屋スタジオへ。
 1時間半ほどトーク番組に出演。
 仕事場にもどって、さらに連載の原稿。
 明日からは、書き下ろし長編モードに切り替える。

つかの間の休み

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 連載〆切モードの中、午前6時半に起きました。
 シャワー浴びたり洗濯したりで、午前8時にバイクで出発。
 三崎港についたのが午前9時過ぎ。
 ちょうど、泊まっていたはずのヨットたちは出払ったところ。
 最後の3艇がそそくさと出て行きました。
 岸壁ではあいかわらず釣りをしている人。
 諸磯湾に陸路まわって、友人のヨットを訪問。
 冷たい水とコーヒーをご馳走になって、小一時間、海に浮かんでいました。
 すっかり、クルージング気分。
 バイクでそのまま仕事場へ。
 ついでにバイクをバケツの水で洗いました。
 ちょっとリゾートぼけ、かな。(笑)
 でも、心地よい疲れが取れてからは快調。
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photos with Casio W61CA

黄金町で仕事の週末

 終戦記念日だけど、連載執筆モードつづく。
 スタジオでのんびり仕事をしていたら、カフェのリハーサルが始まる。
 フリージャズ系の即興の日なので、これはさすがに仕事にならない。
 同僚の服飾デザイナー伊東純子さんのアトリエで会費1000円のミニパーティ。
 飲んだり食べたり、アートについて話したり。

神が与えたもの 歌手・小林淳子

 午前九時前起床。
 朝食は好物の「たぬきそば」。
 だいぶ前に横浜橋商店街の天ぷら屋で山のような量で一袋50円だった揚げ玉。にんべんの鰹だしを5倍に薄めたつゆ。98円のゆで麺。
 朝から好物が食べられて幸せ。
 ね、幸せなんて簡単に手に入るのさ。
 夕方から都内へ出かけるので、スタジオには早めの出勤。
 午後4時半、いったん帰宅。
 午後5時、着替えて出かける。
 都立大学駅前。
 友人である歌手・小林淳子さんの慢性骨髄性白血病の治療費用を集めるチャリティコンサート。
 チケットはすでに事前に完売していたのだけれど、当日、無理矢理、押しかけて、受付でなんとか入れてもらった。
 小林淳子という人は、世間では無名に近い人だけど、一流の歌手である。
 僕は彼女の歌を何度も聞いているけれど、いままで聞いた中でも今回の「手で語る愛」は最高のできだった。
 54年間生きてきた僕が、音楽を聴いて涙を流したのは、サンフランシスコ近郊の Concord Pavillion で行われた Concord Jazz Festival の Wynton Marsalis と、2007年6月24日と今日の小林淳子の二人だけである。
(別に、彼女が白血病だから泣いたわけではない。少なくとも2007年に彼女は白血病ではなかったし、そんなことは簡単に忘れさせる演奏なのだから)
 21世紀になって、彼女は演奏活動をあまりしなくなっていた。
 たまにすると、どこかに自分の思い描く歌が歌えない苛立ち、みたいなものが感じられた。(それでも素敵な歌を唄っていたけれど)
 それは例えば、バックバンドと瞬時に駆け引きをするステージの勘のようなものであったり、おそらくは、年齢を経て以前のように音域が取れなくなった自分と、出ない音を必要だと思う自分との、ギャップを受け入れられないというようなことのように僕は感じていた。(あくまで僕が勝手に感じた「例えば」の話だ)
 昨年の9月に病気が発覚し、白血病の特効薬「グリベック」の副作用で、しばらくは声も出なくなっていたという。
(1錠3000円以上するグリベックを一日4錠飲み続けなければならない、という高額な医療費問題が、今回のコンサートのチャリティになっている)
 声のでない状態から少しずつ出るようになる過程で、彼女は自分からどんな声が出るのか改めて見つめ直して、「今の時点で自分がもっている声」を自分で新しく探り、その声をもってどのように表現したらいいか、歌そのものを再構築したように思う。
 それは、ステージから離れ、年齢を重ねて、いろいろなものを失う引き算の中での迷いのある歌ではなく、いったん声を失い、それを取り戻していく中で、ゼロから足し算で彼女が歌を作り直していった成果であったように思う。
 例えば、以前の自分という、失ったものに近づけるのではなく、自分が新しく手に入れた自分の声を、今までとはちがう形で客観視して、それを得られた喜びを感じながら、もっているものを最大限に使って歌を唄うことができたという、そういうことなのではないかと思う。
 今日、僕は、ひとりの歌手が再びステージに戻って来たことを喜んだ。
 そして、彼女が(その友人を含む)自分の力でホールを満員にし、自らの歌で何ヶ月分かの薬代を稼ぎ出したことを、喜んでいる。
 ステージから離れていた歌手が、生き延びるため、薬代のためにステージに戻ってきたのだとしたら、神様というのはなかなか上手な意地悪をするものだ。
「あんたは歌手なんだから、薬代くらい自分の歌で稼ぎなさい」
 天上で彼は笑っている。

電車に乗る

 午前中、狛江に向かう。
 年に一度の矯正歯科のチェック。
 ついでに歯石を取ってもらう。
 久しぶりに電車に乗ったぜ。
 横浜駅を通過するので、ヨドバシカメラで電池切れの腕時計4個を電池交換してもらう。
 待ち時間に、久しぶりに売り場を徘徊。ヨドバシの売り場を回るのは実は大好き。
 西口へ出て、メガネフレームの修理。
 二ヶ月ほど前に、オフィスのガラス扉にうっかり激突してしまって、メガネが歪んでいたのだ。
 
 そこから京浜急行の改札は遠いので、戸部駅まで歩く。
 京急戸部駅と相鉄平沼橋駅を勘違いしていて、暑さの中、目一杯遠回りしてしまって、陽に焼ける。
 黄金町駅からスタジオへ向かう途中の「マイノリティーズコーヒー」で小休止。(アイスコーヒー500円)
 午後5時前にやっとスタジオ出勤。
 午後7時、午後6時に電話が入っていたことに気づいてコールバック。
「野毛で飲んでるから合流しない?」というお誘い。
 仕事を始めたばかりだし、調子が出ているので、あとで合流。
 ということで、午後9時頃、合流。2時間ほど飲む。

長編モードから連載モードへ。

 明け方、大雨。
 一度止んだのだけれど、夕方にはまた降る、という予報だったので、自転車でなくバスで出勤。
 自転車では運べないK&Mのマイクスタンドを担いで。
 長編から連載へ頭を切り換えるタイミング。
 まず、エッセイの原稿で足慣らし。
 世の中、のりぴー事件で騒がしいらしいけど、黄金町に通うようになってから、ほとんどテレビを見ないので、内容はわかるけど、騒ぎ具合がよくわからない。
 インターネットを自分で探していくと、事実関係はわかる。
 テレビの場合、同じことをなんども聞かされる。いったい何回ぐらい同じことが繰り返し放送されるか、などというのが実は世相というやつなので、新聞にしろネットにしろ、同じことは一度しか読まない媒体では、世相に疎くなってしまうのだ。
 とにかく、放送のようなプッシュ型の情報ツールからとんと離れてしまっている。
 同じ棟の「視聴室」というカフェの夜の部で、たこ焼きとビール。

アートでおもてなしデイ

 黄金町地区の月に一度の「アートでおもてなしデイ」。
 阿川大樹も「オープンスタジオ」を実施。
 扉をできるだけ開けっ拡げて(笑)仕事をしていました。
 そこへ同じマンションに住む、ワールドカップボランティア仲間のTさんがお友達を連れて来訪。
 コミュティーのツアーで訪ねてくれる人も。
 午後5時過ぎからは、事務局1階で「流さないそうめん」イベント。
 カフェユニットというアート活動をしている「LCAMP」で仲間たちと無駄話。
 午後8時過ぎ、そこを出たところで、周りの建物がギシギシと音を立て始める。
「なんじゃこりゃ」と見上げると電線がゆらゆらしている。
 地震でした。
 外を歩いていて地震を感じたのは生まれて初めて。
 「D列車でいこう」では、恋人とケンカをして家を出て駅に向かう途中の主人公が阪神淡路大震災に遭うシーンがありますけれど。(笑)
 午後10時半頃まで、スタジオで仕事して帰宅。

光陰矢の如し

 あっというまに金曜日。
 メールで9月のイベントの準備とか。
 ふつうに長編の原稿。
 昼食は回転寿司で1050円も食べてしまった。
 午後11時、スタジオを出て、都橋「華」で「ネギそば」の夕食。

月刊文庫 Story Box

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 本日もあまり枚数が進まない。あと二、三日で連載にもどらなければならないのに。
 夜、歌人のHさん来訪。グループで出している歌集を頂戴する。
 帰宅したら、小学館から新しい月刊小説誌 Story Box が届いていた。
 なんと、文庫サイズ。価格税込500円。
 たしかにあの文藝春秋のサイズでは今どき読みにくいし持ち歩きたくない。
 若い人は文庫で小説を読む、というのもそうだろう。
 ニーズにより近づけているのはたしかだ。
 新しいチャレンジなので、これが月刊雑誌であると理解され、うまく書店に並ぶまでに苦労がありそうだけれど、がんばって欲しい。
(分類の上ではふつうの文庫本あつかいなのかな)
 
 思えば、小学館の人から新小説誌の話を聞いたのは、2006年くらいじゃなかったかな。長い長い紆余曲折の後のチャレンジが成功するといいと思う。
 妻が旅行から戻ってきたので、久々に夕食を自宅で摂る。

黄金町の静かな水曜日

 なんとなく穏やかで静かな気持ちでスタジオへ。
 
 同じ棟のカフェも休みなので、広い建物に僕一人。
 別に何が変わる訳じゃないのだけど贅沢気分(笑)
 夕方、アーチストの増田拓史さんが、「ラーメン食べに行かない?」と来訪。
 通りへ出た「かつ家」の博多ラーメン(530円)。
 午後9時過ぎ、週刊SPAのライターと名乗る人が突然やってきて、午後10時頃にもしかしたら取材したいと。
 ずいぶん急で突飛な時間の依頼だと思ったけど、別にその時刻まで仕事をしていてもかまわないので、「じゃあ、お待ちしています」と答える。
 ところが10時20分くらいになって、「さっきうかがった話で結構です」だって。
 さっきした話はいつからスタジオに入っているか、と聞かれて返事しただけだけど。(笑)
 妻は旅行中なので、飲んで帰ろうかとも思っていたけど、疲れてその気にならなくて、まっすぐ帰宅。
 午前0時を過ぎてから、外へ出て軽く運動。