1月16日から開催していた「帰ってきたパフィー通り展」が終了。
ご来場戴いた皆様、ありがとうございました。
午後7時から、さっそくバラし。
数百本のネジや釘を総出で電動ドライバーで抜いて、展示品を解体していく。
終わったのが23時過ぎ、そのあと、ロックウェルズに行くと、山野さんたちがいて、結局、みなで午前2時過ぎまで。
事務所で少し休んで、午前5時すぎに帰宅。
朝方まで飲んでいたが、なんとかベッドを這い出して、徒歩で出勤。
午前11時にギャラリーに到着。
映像上映開始の確認。
自分のスタジオとギャラリーを行ったり来たり。
かなり疲れているなあ。
午後3時、展示会場に石居麻耶さんが来訪。
展示を見てもらった後、1時間ほど、黄金町エリアをご案内。
午後6時、オープニングレセプション開始。
お芝居の役者やスタッフの人たちや、コラムの編集さんなど、いろいろな人が来てくれた。
ありがとうございました。
同じ参加アーティストの岡田裕子さんの旦那様でもある会田誠さんや、出演者だった多摩美の学生さんたちも一緒で、演劇やアートや三島由紀夫やシモネタなど、楽しく歓談。
多摩美の学生は夢の遊眠社で一緒だった野田秀樹や高都幸雄の教え子でもあり、いろいろ話が広がる。
宴会はまだまだ続いていたけど、午前3時過ぎ、辞去して帰宅。
ものすごく疲れたけれど、とても楽しい飲み会だった。
家まで歩き始めたが、ものすごく寒いので、途中からタクシー。
かなり疲れているから、体に余計なストレスはかけない方がいい。ここではお金で解決する。
コラムのゲラチェック、360本目までをFAXで送付。
少しだけ執筆モード。
あとは、展覧会モード。
展示周りの細かなものの運び込み。
人の気配を感じさせる、椅子にかけられたジャケットとか、デスクの上のコーヒーカップとか、ウンコのメタファーである「かりんとう」とか。
午前8時過ぎ、デビッド・ボウイが乗り移って、なかなか良い曲に仕上がりました。
音楽とビデオと同時進行で、ビデオの微調整も完了。
きりがないので、このあたりで完了とします。
というわけで、展示物はできたので、次は、展示会場の準備。
その前に家に帰って寝る。疲れたので飲んで帰りたいけど、どっかやってるかな。
まだ、現場合わせの作り直しが必要だろうな。
借りた機材の性能を引き出せるのか、そうでないのか、自分の機材なら、コンピュータ上でできあがればそこで完成なのだけど、展示機材とのすりあわせが必要だ。
アイデアと構成を大まかに実現したスケルトンができたのが、明け方。
腹も減らず、喉も渇かないので、ほとんど飲まず食わずで、朝になっていた。
食欲もないけど、体を切り替えるためにも、飲食したいところ。
やっている店があまりないので、中華一番に行って、中華のお皿でビール。
なんとか午前中に家に到着。夕方まで眠る。
起き出してきて、また、黄金町へ出勤。
今年最初の東京は、室町で石居麻耶さんの個展。
拙著『D列車でいこう』文庫版の装画の原画に初めて対面。
そこから、日本橋、京橋、銀座、と歩いて、コリドー街近くでベルギービールを飲んで、新橋駅横の場末感マキシマムの立ち食いそば「ポンヌッフ」で天ぷらそば。
今年になって、まったく仕事をしなかったのは、たぶん、初めて。ちょっとリフレッシュ。
水曜の朝までに展示作品完成させる予定。
「帰ってきたパフィー通り展」のための展示映像作品制作中。
素材を11分まで絞り込んだので、これを使って約4分ほどのプロトタイプにする。それができたら合唱曲「地図をつくろう」を編曲し直して garagebando でオーケストレーションして、BGMとして入れながら、画像の各部の微調整する。
制作期間、残り8日。いざ、がんばりませう。
メインのデスクの上には音楽用のキーボードが並び、もう一つのデスクでは映像編集ソフトが動いている。
小説家のデスクらしさは微塵もない。(笑)
母を呼んで3人で、新年を迎えた。
みんななんとか元気でなによりだ。
例年なら、元旦は母を自宅へ送り、その足で、妻の実家を訪ねる習わしなのだが、義母の人工透析のスケジュールのため、今年はその行事は2日に変更。
というわけで、母を送って帰った後は、少し仕事をした。
