4kmジョギングして、シャワーを浴びて、都内へ。
京都の友人を囲む東京海遊びの仲間の会、みたいなもの。(笑)
新宿で9時から開催。
11時にお開きになって、僕は久しぶりにゴールデン街へ。
午前3時くらいまで飲んで、朝5時までやっているガストで仕事。
こういうシチュエーションでいつも使っているカフェayaは、24時間営業ではなくなったらしい。
最近夜型で、寝るのが午前9時だったりするので、当社比では、まったく夜更かししているわけではない。始発で帰ってすぐに寝るといつもよりもかなり早寝の感じ。
始発前のガストは、若い子たちが多い。旅行用のキャスター付きスーツケースをもっている女性二人組とか。
東京へ出てきて、宿代を節約しているのかな。
ドリンクバーでエスプレッソを押したのに、ふつうのコーヒーが出てきた。野菜ジュースもないぞ。
温かいうちに、4.5kmジョギング。
その後は、うちで、経理の仕事。
夕食は自炊だが、体がタンパク質を欲しているのか、さつま揚げ2枚の他、湯豆腐1丁、ご飯には生卵をかけて食べた。
4月にみなとみらいで開催される合唱祭で、黄金町の合唱団「コールなでしこ」が、阿川大樹の作詞作曲による「地図をつくろう 黄金町の歌」を歌ってくれるらしい。
わーい。
夕方から職場へ出て、帳簿の入力。
翌午前3時頃まで。
この時刻だと開いている店が少ない。
というわけで、日ノ出町の「さざん」に始めて入ってみる。
値段もリーズナブルで思ったよりもよかった。
適度に広いので、ひとりになれる。
疲れているときは、店の人と話をするのが億劫なんだよね。
午後2時半より、駒沢オリンピック公園でテニス。
雨が心配されたけど、大丈夫だった。
今日に限って、どういうわけか、サーブがよく入った。
すぐに自宅に戻って、シャワーを浴びて黄金町に出勤。
午前8時過ぎまで仕事していた。コラム10本を納品。
黄金町駅の「えきめんや」が開いたので、きつねそば。
徹夜明けはたいていきつねそばだ。
オートバイで帰宅して寝る。
昼過ぎに起きて、シャワー浴びて、また黄金町へ。
午後3時半、新連載の編集さんが来て、著者プロフィールの写真撮影。
午後4時、黄金町芸術学校小説家コース。
事務所へ戻るも、仕事のやる気が出ない。
ロックウエルズで少し飲んで、華へ行ってまた飲んで。
ちょうど切れていたボトルを入れたので、芸術学校のギャラをほとんど飲んでしまった。(笑)
前夜は早寝(午前2時=当社比)した。
で、早起きしてテニスを観るつもりが、WOWOWオンデマンドの操作を間違えて「やってない」と勘違い。
次に目覚めたときには、表彰式をやっていて、どうやら錦織圭が優勝したようだった。
疲れがたまっていいぇ、結局、昼間で寝床でぐずぐず。
起き出して、録画したテニスの試合を観ながら食事。
二日間走らなかったので、今日は走らなくては、としっかり着替えて、10km走る。
3〜4kmまでは身体が重いが、そこから調子が上がる。
おそらく、本番までこういう調子だろうから、それを前提にレースプランを組もう。
腿の裏と腹筋がもう少しいる。あとは右の足首が最初に痛み出すはずなので、そこを壊さずに鍛えられるか。
妻は外出なので、夕食も自炊して、洗濯を3バッチやって、午後9時、スターバックへ出かけて仕事開始。
劇作家の田口浩一郎さんが阿川の原作をお芝居にしようと活動をはじめてくださっています。
少し前に台本の最初のバージョンを送って戴いてたのだけど、忙しくて読めなかったので、今日は、時間を作って読んだ。
横浜マラソンのナンバーカード引換証とパンフレットが届く。ちょうどあと4週間だ。
2万5千人のランナーと6000人のボランティアによる大会。
僕が所属している(けどちっとも活動に参加していない)ボランティアグループも参加している。
多くの人のおかげで、走らせてもらいます。
日本は戦後70年、平和国家として歩んできた、というのは事実なのだけど、70年これで来たから、この先もそのままで日本人が安全でいることができる、と単純に考えるのは論理的には根拠がないし、ただの前例主義の考え方のように僕には思えます。
昼まで晴れていたから、午後も雨が降らないと思う人はいないと思うけれど、平和の話になると、そういう言い方をする人がなんだかたくさんいる。
そのあたり、みなさんはどう考えているのかなあ。
軍備をした方がいいとか、集団自衛権を進めようという人は、いままでのままでは日本人が安全に暮らせるとは限らないと、思っているんじゃないかな。安倍さんが戦争をしたがっているという人もいるけど、国際経済の仕組みからいって、戦争をして安倍さんや日本の相当数の人(自民党が政権を取れるほどの人数)が得をするとは、僕には思えないから、それは違うよなあと感じています。
「70年平和だったから」と「安倍さんは戦争をしたがっている」というのをセットでいう人がけっこういるけど、そういうわけでどっちもピンと来ない。
これからどうしたらいいのか、を考えるときに、いまのやりかたで70年(日本だけは)平和だったから、というのは、一旦、外して、きちんと現状を分析して考えたいな、と僕は思います。そうして考えた結果、結局、いままで通りにやろう、という結論になるかもしれないけど。
午後7時から横浜のホテルで父の13回忌。
宗教的式次第は一切なしで、家族の食事会。
海外駐在の弟も帰国して参加、甥や姪と会うのはものすごく久しぶり。
この10年のあいだに、就職して、それぞれ立派な職業人になっている。
コラムを2本書いて、ひと区切り。累計80本。
ずっと追われていたので、ちょっと開放感。
友人の翻訳家・実川元子さんの翻訳書『孤高の守護神 ゴールキーパー進化論』(白水社)が翻訳サッカー本大賞を受賞。
同年配の友人の仕事が評価されるのは、我がことのようにうれしい。
夕食を食べたタイ料理屋の給仕の男性が、何かというと、コップンカー(ありがとう)を連発する。
語尾のカーは女言葉なので、この男性は「わたしは女よ」とアピールしていたと考えるべきなのかな。
タイならそういうのはふつうだし。
