今朝は5時に起きて、午前中、どこかへオートバイでツーリングに出ようと思っていたけど、帰宅したのが午前0時を回っていて、そんな早くには起きられず。
午前8時に出かけようと思って道路状況を調べたら、アクアラインはもう渋滞している。
というわけで、走るのは短めにして、午前9時過ぎ、都内へ向かうことにする。
第三京浜を走って、立ち寄ったことのない都築のパーキングエリアに入ってみる。
いわゆる高速道路のパーキングエリアで、家を出て10分ほどなのに、なんだか遠くまで来た気分でお得な感じ。
ツーリングの定番の天ぷらそば。470円。朝ご飯です。
そのまま都内へ入って駒沢公園まで行って、止まりもせず、田園調布、自由が丘あたりを通過して、また、第三京浜で、午前11時過ぎ帰宅。
妻がこれから朝ご飯だというので、僕は同じものを昼ご飯にする。
その後、黄金町へ出勤して、いつもの生活。
美術、音楽、小説、演劇、映画、テレビ、まあ、メディアは何にせよ、いつのまにか知り合いがアーティスト(ここでは創作的表現をする人というような意味に使う)だらけになって、もはや「知り合いのアーティストがどこかで何かをやっていない日はない」という状態。
その上、自分が日常に居る町に、知らなかったアーティストがどんどんやって来て、すぐに「知り合いのアーティスト」になって増殖していく。
徒歩5分の範囲に、美術の展示がしこたまあり、ライブハウスがあり、映画館もあり、町を歩くとアーティストに会わない日はない。
知り合いのアーティストの作品を見るなど1%ですら到底できず、知り合いでないアーティストの見たい作品もあるけど、見る時間もない。
Too many artists, too much art の状態。
(執筆資料以外)テレビ見たくないし、DVDなんて借りたいとも思わない。
かろうじて、小説だけは少しだけ「読みたい」と思い、ごくわずか実行している。
実演でない「BGMとしての音楽」は空気のように聞いてはいる。
気がつくと、アートのないところに行きたいとすら思うようになり、セーリングとかオートバイ・ツーリングとかハイキングとかマラソンとか、ひとりで自然や自分の肉体や精神とだけ向き合うことを求めているような感じ。
I’m in flood. They are too much for me.
I wanna be alone.
The boundary of my soul and others has been almost missing.
I need to extend myself to the wood,the sky, the sea or even to the cosmos.
Where I could find the border and re-define it.
