
妻の語学学校の最終日。
家を送り出してから、3G wifi モデムを探す旅へ。
パンタロン通りの Vodafone では、最近扱っていないらしい。
というわけで、リアルトの Vodafone へ行ってみるが馬鹿混み。
どうもピンとくる製品もサービスもないので、カナレジオ方面へ。
Tim WIND Tim と見たところで、店に誰も客がいなかったので店員とゆっくり話をする。
Huawei E587 という端末を買うと、合計179ユーロで三ヶ月インターネットが使える、という契約をした。
一時帰国期間を含めて、まだしばらくイタリアにいるので。
この端末は SIMフリーなので、どの国へ行ってもそれぞれの国のキャリアと契約すれば使える。日本に帰ったら日本のキャリアと契約すればスマートフォンはいらない。
学校を終えた妻と合流して、レース(競争じゃなくて糸で編む方の)で有名な Burano島へ。
またこれがのんびりして美しいいいところ。
店はめちゃめちゃ観光客向けで観光地観光地しているけど、それを越えていい感じ。
6ヶ月有効で11の博物館を回ることのできる Musium Pass (20ユーロ)を購入して、レース編み博物館を見る。
空いていてゆっくり見ることができたこともあって素晴らしい。何度も溜息が出た。
驚いたことに、展示の最後の部屋で、すでに閉鎖された「レース編み学校」に通っていた年輩の人が十人ほどで、大声でお喋りしながら楽しそうにレースを編んでいる。
プロ中のプロである一級の職人さんたちだけど、ただのおばあさんたちの午後のお喋りでもある。
ほとんどの店はニセモノのレースを売っている土産物屋なのだけど、1軒、本当の本物の店を見つけて入ってみる。
これがまた素晴らしい。
溜息が出る。
職人というのはすごいなあ。
アーティストは自分を表現するために物をつくる。
職人は人を楽しませるために物をつくる。
帰ってきたらもうヘトヘト。
本日の歩数計は19700歩でした。

午前6時起床。
妻を送り出してから Rialto Mercato へ。
魚市場でクロダイを2匹(922g 8.11ユーロ)と小海老(474g 4.65)の合計12.76ユーロを購入。
帰り道のパン屋でオードブル用に輪切りにする小さなフランスパン(2つで65セント)。
こちらのフランスパンは cichetti 用に焼かれているせいか、中があまり柔らかくない。
昨夜2軒目に行ったバーカロ Ostaria Dai Zemei が開いていたので、コーヒーを1杯(1ユーロ)。
店のオヤジさん、僕の顔を覚えていた。
店を開けたばかりで、つぎつぎに
気に入った店にはたった1ユーロのコーヒーでも、すぐに再訪すると関係ができる。あまりお金を使わずしかも短い期間で馴染みになるコツ。
イタリア語で世間話ができないのが、はなはだ残念なのだけど。
午後、来客。イタリア人と日本人のカップル。
クロダイのワイン蒸しでおもてなし。
目覚ましを止めてから夢を見た。
何故か編集者の実家と思しきところに泊めてもらっていたり、別の電子書籍の編集者が何故か本屋のレジに座って(!)いて、傍らに同じ本の紙のバージョン(そんなものは存在しない)を積んで売っていたり。
そういう場にいながら、僕は長編の改稿プランを考えていたはずなんだけど、目覚めたら考えた改稿プランを忘れている。
きっと、遠からず思い出すだろう。
午前中、連載エッセイ。
それを送付がてらサンジャコモ広場へ。
一時帰国まであと1週間。
帰国後の予定がだんだん埋まっていく。
午後4時、朝から快晴だったのに雨。
あわてて洗濯物を取り込む。
今日は一番乾きにくい風呂場のマットを洗って干していたのだ。
こちらの雨にしては長く降る。
午後7時過ぎ、傘を差してバーカロ巡りへ。
バーカロというのは、「つまみ(チケット)のある立ち飲みのバール」という感じかな。
一軒目、有名店 All’arcoへ。
水曜の午後7時には揚げ物が出る。
小エビの唐揚げ、その他、つまみ系5点とプロセッコ(ふたりで12ユーロ)
二軒目、以前から気になっていた Osteria dai Gemei.
Cichetti がすごく美味しい。
僕らがとったつまみは4品(1つ1.5ユーロ)だけど、雨で客が少なかったみたいで、閉店間際に2つサービスしてくれた。(9.5ユーロ)
バーカロはもともと「市場の働き手が仕事が終わって1杯ひっかけて帰る場外の店」的な感じなので、日本の飲み屋と違って、昼からやっていて、閉まるのが早くて夜8時か8時半。
帰宅後は、ドイツ製の出前一丁(ビーフフレイバー)。
これすごくおいしい。日本で売っているのより美味しい。
朝から雨模様。
午前8時半ごろ、相当降ったけどすぐに止む。
天気予報は、晴れ曇り雨カミナリ、なんでもあり。
今日だけじゃなくてベネチアの天気は変わりやすい。
仕事復帰第一弾は連載エッセイなのだけど、書きたいことが多すぎて丸一日考えても絞り込めない。
午前11時、雷鳴と共にバケツをひっくりかえしたような雨。
英語で言うと It rains cats and doggs.
イタリア語ではなんというんだろう。
雹が混じっている。
雨樋も溢れて屋根から勢いよく水が落ちる。
家の前の道路工事も一時待避。
近所の家からは雷鳴に脅える子供の叫び声。
5分ほどで雨は止んで、陽が射してくる。
見上げると空には積乱雲。
日本なら梅雨明けってやつだな。
編集者からの連絡って何故か同じ日に複数の人から来る。
長編第一稿のフィードバックとか、発売間近本の巻末のこととか。
世界を編集者のバイオリズムが支配しているのだろうか。(笑)
土砂降りを辞書で調べた。
Piove a catinelle.
イタリア語では洗面器を並べた上に雨が降る、というのだね。
なるほど。

(ベネチア大学本部のカフェには日本の写真が12点飾ってある。3.11の後、被災地を支援するためのチャリティ写真展があり、このカフェが写真を買い上げた)
そもそも何故ミストレかというと、ベネチアでは食料は豊富だが、日常生活に必要な「物」が十分に売られていない。
ベネチアへ通勤してくる人の居住地区であるメストレにはごくふつうの商店やショッピングセンターなどがある。
そこで、ベネチアに長く住むのに不自由のないようにメストレという町を知ることが必要になるというわけ。
午前中、Al Prosecco で2ユーロのコーヒーを所場代として払って、メストレの地図を Google Map で表示させ、pdf に書き出して持ち帰る。
それを家でプリントアウト。
これでメストレ地区、および、ベネチアからメストレへ行くまでの経路の、道路の名前を完全に把握。
それから昨日バスターミナルで撮影してきた路線図をつきあわせ、各の路線の経路を確認する。
こちらのバス路線図は、停留所の名前ではなく通過する通りの名前を順に書いてあることがわかった。
ならば、通りの名前の入った地図があれば、バスの通る経路を完全に地図上に再現できる。
というわけで、少なくとも 27 Ottobre とその近隣の道を通るバス路線が完全にわかった。
あとは、Mestre 地区の行きたい場所がどの通りにあるかがわかれば、ベネチアからバスに乗って行くことができる。
これにて、二日がかりで、Mestre の地理案内は完璧になった。
自分が乗る路線しかわからないメストレの住民よりも僕の方がバスについては詳しく知ってるぞ。(笑)
というわけで、プロジェクトがひとつ終了。
大学の近くの旅行代理店が開く3時を待って出かける。
(こちらの店はたいてい昼に一旦閉店する)
飛行機の切符について相談。
結論。代理店を使うよりネットで自分で買った方が安い。(まあ、予想通りだけど)
ついでに地中海クルーズのカタログを2冊もらってくる。
カタログといってもそれぞれA4版300ページ以上あって電話帳のように分厚くて重い。1社は少し前に事故を起こして船長が先に逃げた例のあの会社。
7泊8日の地中海クルーズは二人で828ユーロから。
もちろん客船クルーズだから全食事宿泊込みだ。
ふつうの旅行より断然安い!
一番安いのは海の見えない内側の部屋だけど、デッキに出れば、外は広々とした海なんだから、一週間くらいなら全然問題ない。
カタログをもらったもう1社であるMSC社の巨大な客船が、一昨日、ベネチアにも来ていた。
夕方、今度は Da Filo でプロセッコを飲みながら、ネットで飛行機の検索。
とある日程で、日本を基点にベネチアを往復すると17万円。
ベネチアを基点に日本を往復すると、8万円。
同じ航空会社の同じ便を使っているのに、日本からだと倍の値段。
それでJALの経営がなりたたなかったりする日本って、いったいどうなっているんだろう。
当初の6月末予定だった新刊の発売日が版元の営業上の理由で7月10日にずれたので、プロモーションの為に日本に帰った後、ベネチアへ戻るのにかかる飛行機代が高くなってしまった。
そもそも9月までアパートを借りているのに、途中でいったん日本へ帰るのは新刊のプロモーションの為。
プロモーションでしっかり売上を伸ばさないと元が取れない。
売れてね、新刊くん。
なんだか、こうやって書いていると毎日盛りだくさんだけど、精神的には日本にいるよりゆったりとした感じがする。

昨日の遠征で、トメスレの鉄道駅近くは繁華街でないとわかったので、再調査が必要になった。
とりあえず、バス路線の調査。
大きなショッピングセンターがあるとの情報から、検索で2軒見つけた。
そのひとつは「10月27日通り」にあることがわかったので、ローマ広場のバスターミナルまで行き、バス路線の調査をすることにする。
切符売り場の掲示板に発車情報が出るのだけど、2画面で時間にして15分程度の分、そこの乗り場と路線番号と主な行き先が出る。
そこをしばらく見ている限り、Mestre なる地名を通るのは1路線だけ。
Mestre という停留所は鉄道駅以外にはないようなので、市中心部 Centro の地名を知る必要があるが、地図がないのでわからない。
事務所でバスの路線図はないのか、と聞くと「そういうものは存在しない」のだそうで。
こうなったら腕力で探す。
もし容疑者が Mestre に潜伏しているとわかったら、日本からやってきた刑事は、当てにならないイタリアの警察に頼らずにどうやって Mestre で捜査を開始するか。
推理作家協会会員である阿川大樹にとっては簡単なことである。(笑)
バスターミナルの乗り場を片っ端から回って、そこに出ている路線表示(図ではなく通る地名を順に書いたもの)を写真に撮って帰ってきた。
いくつかの路線に 27 Ottobre の文字が。
それらの路線図と地図をつきあわせれば、自分でバスのルートマップが作れるはず。
本日はそこまで、続きは明日。
夕方5時45分からユーロ2012のイタリア代表のサッカーの試合中継があるので、それまでに帰宅する予定で、リアルトまで洋服を買いに出る。
次第に気温が上がってきて、夏物がポロシャツ2枚だけでは厳しくなってきた。
ベネトンで29ユーロのポロシャツを買うつもりだったけど、その前に立ち寄った COIN というデパートで18ユーロと20ユーロのポロシャツを購入。
ベネトンには行かなくてよくなった。
Mercato (市場)近くのバールでちょっとゆったり。
観光客向けの店には一見の客からできるだけ金をむしりとるだけが狙いの「高かろう悪かろう」の店と、観光客をきちんと楽しませようとする「高かろうよかろう」の店がある。
観光客に徹して上質の観光スポットで少しだけ余計にお金を使うと上質の時間が手に入る。
スプリッツ(3.5x2)とつまみ4品(2.5x4)でふたりで17ユーロ。
イタリア代表の試合開始少し前に帰宅。
イタリア対スペインは、終始スペインが押していたが、先制点はイタリア。
しかし、スペインがまもなく同点に追いついて、そのまま引き分け。
さぞやイタリア人は悔しがっているかと思いきや、テレビや翌日の新聞の記事ではスペイン相手に引き分けというのを、喜んでいるようだ。

ベネチアのベッドタウンであるメストレへ買い物に行ってみた。
まず Piazzale Roma で回数券の再チャージ。
メストレ行きのバスは何番だ?
どうやら2番が行くらしいのでそれに乗る。
アナウンスも車内表示も出ないが、とりあえずメストレの駅はわかったので、そこで降りてみる。
駅近くの通りはどうやら中華街らしく、店の表に漢字が含まれた店、並べられた見かけでわかる中国人の雑貨屋などが多い。
ベネチアに来て時間が経つと、別に中国風の内外装や商品が売られていなくても、中国人の経営する店の特徴がわかってくる。
レストラン(中国料理でなくイタリア料理)でもバールでも雑貨屋でも「あ、ここ、中国人の経営だな」と思って、中を覗いてみると、レジの前やカウンターの中に中国人がいる。
(ベネチアは急速に中国人経営の店が増えていて、一見、イタリア人がやっていそうな店の多くが中国人に取って代わられているのだ。
ベネチアに入ってくる中国人は、暮らすためではなく金儲けのために入ってくるので、中華料理屋をやったりはしないで、イタリア料理を出す店やバール、土産物店などを開いている。
一見したところでは中国っぽくないのだけど、なんとなく商品の並べ方などにある法則性があるのでわかるのだ。
ベネチア本島ではなく本土側のメストレはベネチアで働く人間のベッドタウン(不動産の価格が全然ちがう)なので、中国人、アフリカ人、その他のアジア人など、移民が多い。
ホテルも多く、高いベネチアのホテルを嫌って、メストレに泊まってバスでベネチアへ通う観光客も多い。
実はメストレの繁華街は駅の近くにはなくて、徒歩10分くらいの場所にあるということが後でわかったのだけど、調査不十分で、本日の買い物計画は80%空振りに終わった。
中華街(横浜や神戸の中華街と違って観光客向けでなく自分たちが暮らす町としての中華街なので見かけはふつうの町)で食品店で買い物。
S&Bのわさび、出前一丁の中国バージョン、本だし、など。
ついでに「東方」という中華レストランで昼食。
メニューは本格的に品数が多いが、味は日本で日本人がやっている町の中華料理屋レベル。
ワンタン(3ユーロ)、炒飯(3.5ユーロ)、大正海老のニンニク炒め(6.8ユーロ)、水(2ユーロ)
、コペルト(席料1人1.5ユーロ)
僕らが入ったときは他には中国人客が4組だった。
あとからイタリア人の女子会(8人)がナイフとフォークで中華料理を。
もう一組のイタリア人親子はフォークで焼きそばを食べていた。
割りと安いので、たまにはバスで食べに来てもいいという感じ。
実は、ベネチア近郊でこの店の中華料理が一番美味しいと言われている。
(でも、あくまで日本で日本人がやっている中華そば屋のレベルの味。横浜の黄金町近辺の680円の定食中華のレベルには到底及ばないけれど)

本日は、ガス工事のため、午前8時半から午後4時半までガスが止まる。
つまり、家で昼ご飯が作れない。
ということで、妻のクラスメートと Giudecca島へわたり、海を見ながらのランチ。
午後5時前、ガス工事は終わっていて外には誰もいないが、ガスは出ない。
もし、外のガス管がつながっていない、または、外のバルブが開いていないとすると、へたをすると、週末そのままで月曜日までガスが使えない!!
まず、自分の家の元栓の場所を確認。
運よく見つかり、閉まってた。開けて見ると台所のガスコンロは無事に点火。
しかし、給湯システムは動いていない。
ボイラー室の鍵の所在がわからない。
やっと鍵を確保し、ボイラー室を開ける。
エラー表示らしきものが点滅。あてずっぽうでスイッチを切ってみて入れると、エラー表示はなくなり、25度の表示。
傍らの蛇口を捻ってみるが、一向に湯が出ない。
そちらは系統がつながってなかったらしく、結果的には家からはお湯が出るようににあった。
それにしても、アパートというのは中途半端に自分の家なので、頼れる人がいない。
自分で解決しなければならないが、自分が所有しているわけではないので、電気やガスの元栓などのバックヤードの情報が不足している。
それにしても、ガス会社が個人の元栓を閉めていくとは思わなかったなあ。(鍵がかかったドアの内側)
夜はクロダイののグリル。
戴き物の醤油が手に入ったので、マッシュルームでダシを取って清まし汁を作ってみたが、あまり美味しいとは言えなかった。

チーズがなくなったので生協へ買いに言って Orata(クロダイ) を買ったけど、それは食べずに、夕方、外出。
散歩がてら、vodafone へ立ち寄って携帯に10ユーロをチャージ。
勝手にネット使い放題5ユーロ、というので5ユーロ引かれてしまって、急に残りが少なくなっていたのだった。
5月末に来ていたメールの文章からそのよう理解できたのだけど「まさか、頼んでもいないのに」という気持ちで放っておいた。
やはり自分で明示的に解約しなくてはいけなかったようだ。
(僕のイタリア語の読解力はすてたもんじゃなかったということだ)
それにしたって、5週間で通話料700円って安いよね。5ユーロ無駄に引かれていなかったら、2ユーロだったのだからして。
電話機もこっちが安いし。
日本の方が人口密度が高くて携帯電話キャリアの投資効率はよいはずなのに、なぜ、日本の方が高いのだろう。
6月28日まで使えるので、その前に必ず解約しなければ。(と、備忘録)
San Toma (トーマじゃなくてトマーと後ろにアクセント)からバポに乗って Giardini まで。
イタリア海軍練習船 Americo * を見るため。
ついでにそのあたりに係留中のメガ・ヨットも見物。
帰りは Arsenale から San Silvestro まで乗って、サン・ポーロ広場経由で帰宅。
すでに夜9時近くなっていて、お腹がすいていたので、Due Colonne でピザ・マルゲリータと野菜のフリッタと白ワイン0.5リットル。(二人で20.24ユーロ)
ピザはでかいので二人で1枚で十分。
連載エッセイを1行だけ書いたけど、今日も仕事をしない日。
今週はしませんよ。(笑)



午後、サンタルチア駅で待ち合わせて列車でパドバへ。
わーい。電車に乗るのは初めてだ。パドバまで30分ほどで、3.5ユーロ。
横浜から渋谷までという感じ。
妻の語学学校のクラスメイトでパドバ在住のOさんと一緒。
着いたパドバはベネチアとは違ってふつうの文明国だった。(笑)
広い道にトラムが走り、バスが行き交う。
一見した町並みの感じはブリスベンに似ている。
ベネチアに侵略されたときにベネチア人がマーキングした痕跡があったり。
(ベネチアは勢力を拡げた先に「ベネチア参上!」的な建造物を作っていたらしい。アポロ11号の月面の星条旗みたいに)
地元の人も首を捻る、アメリカの「9.11」のモニュメントがあったり。
何でパドバに? 何でアメリカ? 何で9.11?
箱物パブリックアートか?
立地は素敵な水辺の公園的なところだけど、誰も人がいない。
そこに立ってみると、何とも言えない、とても居心地の悪い空間になっているのだ。
1222年創立と歴史の古いパドバ大学へ。
大学が始まった本館ともいうべき Palazo Bo をガイドツアーで見学。
チケットブースで「ガイドツアーは英語であるのか?」と聞くとオバハンに「その時によるからわからない」と恐い顔で叱られる。(笑)
その代わり(?)なぜか一人5ユーロのチケットが3.5ユーロの団体料金だった。
ツアーが始まると、なんと、さっきチケットを売っていたオバハンがガイドだった。なんと効率的な。
イタリア語で説明が始まるがなんとなくしかわからない。
「じゃ、イタリア語の人、先、行ってて」と送り出した後、「英語話す人手揚げて? ドイツ語は?」と参加者に尋ね、挙手の数でガイドの第二言語は英語に決定。
なるほど。効率的というかアバウトというか。
以後、説明はオバハンがイタリア語と英語とで2回行なう。
英語が先だったりイタリア語が先だったりしたけど、英語が先だと話し方がゆっくりであることもあって、イタリア語も少し理解できる。(説明が微妙に違ったりもする)
ここでは、コペルニクスが学び、ガリレオ・ガリレイが教鞭を執った。
すごいよね。世界史の教科書のゴチック体の人がいた場所だよ。
(ロゼッタストーンやマグナカルタを見たときも感動したけど)
目玉である解剖学教室(Teatro Anatomico)は、中心に解剖検体を置き、その周囲を囲むローマのコロッセオのような円形劇場的な場所から学生たちがそれを覗き込む構造になっている。だから Teatro 。
終了後、学内のバールでコーヒー。(0.9ユーロ)
学位授与の時に思い出の場所としてこのバールを訪れて写真を撮っていくらしく、そういう服装をした人が写った写真が、所狭しと壁に貼られていた。
次は、スクロベーニ礼拝堂。
修復されたジョットのキリストの生涯が描かれている。
完全予約制でネットで予約して来る。
僕らは午後4時半の回だ。(13ユーロ)
はじめ、ビデオで歴史や修復の様子についてイタリア語の説明(英語ドイツ語の字幕)があり、その後、礼拝堂内部へ。
少ない人数でゆっくり観ることができて大満足。
料金内で見ることのできる、となりのエレミターニ市立博物館もなかなかよかった。
カフェで一旦休憩。
Ceffe Pedrocchi の特製コーヒーが美味しい。(5ユーロ)
いままで飲んだコーヒーのバリエーションとしては世界で一番美味しいと思う。
午後6時過ぎ、Oさんとそのボーイフレンドと合流。
彼のフィアットで車で山あいのレストランへ。
イタリア文学の先生でもあるボーイフレンド氏に料理のメニューを丁寧に説明してもらい。
この土地特有のうどんのようなパスタを二種類、Secondi Piatti は、ウサギとハト。
2種類のデザートと、大麦(orzo)でつくられたコーヒー(のようなもの)
老舗旅館の女将という感じの女性経営者が席にやって来たり。
日本人3人とイタリア人1人、公用語英語の楽しい食事。
パドバから戻る終電車はないかもしれない、ということで、最後は車でベネチアまで。
いろいろと、案内してもらったり、教えてもらったり、アレンジしてもらったり、素晴らしいホスピタリティでもてなしていただいちゃいました。
大感謝。 Grazzie Mille !

