
午後からとあるお宅に招待されているので、始動は早く。
午前8時前に広場でメールチェック。
通勤通学の人通りはあるのだけど、この時刻、ベンチに座っているのは、いつもナイキのマークのジャンパーを着ているホームレスの人と僕だけ。
大道音楽家とホームレスと僕は、一日に何度も広場で一緒になるので、お互いに顔を覚えている。
「広場でいつもパソコンを拡げている東洋人」というのは目立つので、僕が知らないだけで他にも僕を覚えてしまっている人はたくさん居ると思う。
明らかに顔なじみなのは、COOPのレジの人とか、量り売りのワイン屋の人(笑)とか。
できれば、そういう人たちと世間話ができるような語学力をつけたいものだ。
最終目標はバールで役人の悪口をいいながらワインを飲む、てやつだが。
昼前、自動車社会と自動車のないベネチアの接点であるローマ広場でT教授のプリウスにピックアップされ、高速道路で郊外へ。
イタリアではエンジンの音がしないといやだという人が多くて、あまりプリウスは売れていないらしい。
エンジニア的には、どうせコンピュータで数値制御しているのだから、回転数や燃料噴射装置などの情報からDSPでエンジン音を合成してスピーカーから出すくらいのことはそんなに難しくないと思うのでつければいいと思う。
車には遊びが必要。静かな車もいいと思うけど、イタリア人のいうこともわかる。
実際、趣味性の高いオートバイの設計には「心地よい振動を残す」ことが求められている。振動を小さくする方がむしろ簡単で、心地よい振動を設計で作り込むのは難しいのだ。
イタリアに来て以来、初めてベネチアを離れて、イタリア本土に。
郊外の住宅地の邸宅に到着。
どう少なく見積もっても敷地は300坪以上ある。
庭には大きなもみの木が2本あるのに、広々としたオープンスペースがあり、梅やソメイヨシノも植えられている。梅の実はグラッパに漬けて梅酒を作るのだそうだ。
さっそく、奥さまの手料理の小鯵とオリーブの前菜、イカスミのスパゲッティ、ホワイトアスパラと牛肉のハム、マグロのサイコロステーキのようなもの。
飲み物はプロセッコとシャルドネ。
プロセッコはベネト州の葡萄品種、シャルドネも、もともとこのあたり北イタリアのものだそうだ。
食事の後は、テラスで昼寝。
大相撲14日目を録画で見てから、周辺を車で案内してもらう。
あたりはベネチア貴族が Brenta 運河沿いに別荘を建てていた地域で、ホーンテッドマンションみたいな超豪邸が並ぶ。
多くはホテルやレストランに改装されているが、一部は朽ちていたり、個人が住んでいたりする。
極めつけは、ナポレオンやムッソリーニも泊まったことがあるという「イタリアのベルサイユ宮殿」こと、Villa Pisani。
敷地内に迷路があったり、バラ園があったり、本館の回廊や屋根などにはさまざまな彫刻があったり。時間がないので中へは入らず。
夜9時半からは、T教授夫妻と自家用車とバスのパーク&ライドでベネチアへ戻り、コンサートを聴くはずだったのだけど、朝に起きた高校生死亡したテロ事件のせいで中止。
(町全体には特に自粛モードなどはなく、なぜ、離れたところのその事件で中止になったのかはまったく不明)
やむなく(?)サン・ポーロ広場でビールとピザの会に変更。
4月24日にイタリアへ来て以来、初めての休日でした。
あとは執筆中の長編を書き終えるまで休みなしの予定。
