
天気予報によれば、午前中雨で、最低気温12度、最高気温17度。
これでは午後になっても部屋の温度が上がらないし、外へ出て暖を取ることもできない。家の中でなんとか暖かく過ごさなくてはならない。
というわけで、台所で熱風式オーブンの扉を開けて、それを送風暖房機として使う。
ただし、飛行機に乗っているような轟音が鳴る。
そこは SONY WALKMAN のノイズキャンセル機能が便利……。
と、専用イヤフォンを探していたら家中の電気が消えた。
階段の電気も点かない。
ブレーカーがとんだらしいが、ブレーカーがどこにあるのかわからず、アパートの下の倉庫をまさぐっていたら3階のオジサンが Buonjourno とやってきて、廊下の電気が点いたので、どこを操作したのかと聞いたら、「ここだよ」と。
とまあ、そんなわけでドタバタ喜劇のような朝の光景。
ノイズキャンセルのイヤフォンは見つかったけど、オーブンを暖房に使うのは無理だとわかったので、どうでもよくなった。
ちなみに、テレビに天気予報専門チャンネルがあって、一日中、3分くらいの周期で天気予報を流しているけど、その内容が更新されるのは一日二回だけだ。
予報の内容も朝、昼、夜、となっているだけで、きめ細かな情報は一切なし。
そういやバスルームの天井燈は切れたままでまだ治っていない。まあ、イタリアだからね。
最初からイタリア生活に、完璧なメンテナンスとか完璧な作業とか一貫性のある対応とか、そんなものは期待していないので、こういうのは特にストレスではない。
そういう自然環境に生きていると思えばいいだけだ。
太陽が昇ったのに曇っていて薄暗い、とか、雨が降って道路が濡れている、と文句をいってもしかたがない。それと同じ。
降る日も照る日も曇る日もある、ということだ。
だってイタリア人もイタリア人に期待していないのだから、絶対に改善されたりしないのだ。
代わりに、夏時間でいつまでも陽が高い夕方、広場を囲むバールでワインを飲みながら、子どもたちが遊び回る姿を見ているという幸福が、ここにはある。
たぶん、壊れたものがすぐ治ることと、こういう幸福は両立しない。
Vapporetto の料金が何の前触れもなく6.5ユーロから7ユーロになっていたり、郵便局にあるはずの手続き書類がいくつもの郵便局を探し回って見つからなくて、挙げ句にやっと見つかった書式は古い物だったりとか、窓口で聞いても、払い込むべき手数料の金額を誰も知らないとか。
行政システムからして(行政システム「だから」だとイタリア人は言うが)そんな感じ。
たとえば、ここ数日、サンジャコモ広場では植え込みを囲む柵を作り直している。
日本人がやれば、決まった寸法の杭をつくってきて打ち込むだけの作業だから、1日で終わると思うけど、ここでは、L型鋼の長い棒をもってきて、現場へ来てから職人が金切り鋸で1本1本切ったり溶接したりしている。
作業の効率化とか、行政サービスのスピードアップ、なんて概念そのものがない。
日本式作業の効率化を掲げた市長が当選して、公園のメンテナンスを効率化したりしたら、マフィアに暗殺されるかもしれない。(笑)
だって、工期が5分の1になって、費用は半分に「なってしまう」から、きっと食えなくなる人が沢山出るのだ。
イタリア人はみんなイタリアの社会システムに文句を言うけど、本心ではどこかでそれを許しているように見える。
完璧な行政サービスなんかできたら、夕方のバールで話す話題がひとつなくなってしまうからね。どこの国でも役人の悪口は酒の肴だ。

