月別: 2011年10月

オープンスタジオ

 本日は月に一度のオープンスタジオ。
 10時半に黄金町到着。
 少し部屋を片づける。人の目を意識して本格的には片づけない。
(「小説家の仕事場」のイメージを壊さないために部屋は散らかっていなければならないのである)
 12時、かいだん広場の「産直おおたき」へ。
 からし菜、プチトマト、ししとう、胡瓜を購入。(500円)
 KoganeX で町の古い地図を受け取り、スタジオ前に貼り出す。
 1956年、1974年、2010年の町の地図だ。
 14時と14時半の2回、ショートトーク「黄金町はパレスチナである」で、黄金町の戦後史を語る。
 実は黄金町が「売春の町」になった背景には、広島長崎への原爆投下や阪神淡路大震災が関係している。という話をする。
「え、それってどういうこと?」と思った方は次の機会にぜひ、トークを聴きにいらしてください。
 その後も、オープンスタジオらしく、三々五々やってくる訪問者と話をする。仕事はできないけど、今日は地域にサービスする日と決めている。
 午後5時半過ぎ、かいだん広場のナイトバザールへ。
 地域の人の出店による縁日のようなもの。
 こちらも地域にサービスする日と決めているので、節約しないで、焼き鳥、せんべい汁、レモンサワー、ビールとお金を使う。(計1200円)
 最後は建築家の西倉さんとか、アーティストのさとうりささんらと、階段に座って話し込む。
 午後7時半過ぎ、スタジオに戻って、コーヒーを淹れて仕事に戻る。

別名「黄金食堂」

 土曜日。
 ただ仕事。
 午後11時過ぎ、増田拓史さんのスタジオ(別名「黄金食堂」)の前を通りかかったらいたので、ちょいとおじゃまする。
 いつもの夜は通りかかってもこちらがヘロヘロで「誰とも話をしたくない状態」でいることが多くて、手だけ振って通過することが多いのだけど、今日は、まだ11時だったので、疲れ方がマシだった。
 昼間、黄金スタジオの喫煙所で、配達のバイト談義をしていたさとうりささんもいた。
 さとうさんはいわゆる「男前の女性」。作るものは一見かわいらしいのだけどいつもデカイ。
 なんとカウンターの上に箱入り3リットルワインが赤白あるではないか。
 建築シンポジウムのあとに交流会があった残りだそうで。
 そういえば、交流会の話があったなあ。イベント多すぎて気が散る。(笑)
 いや、ごく一部しか参加できない。

ですます

「関内外オープン」なるイベントの黄金町分科会(打合せ)がありました。
 これも名前からは一体何なのかわからないイベントですね。横浜はこんなのばっかりです。最初に考える人がなんかカッコイイ名前にしようと自己満足に走ってしまう。
 広告宣伝の第一歩で失敗しています。
 世間に活動を知ってもらうのはとても大変なことです。なんだかわからないタイトルは最初の一歩で躓いています。
 名前で冒険していいのは、本だとか映画だとかレストランだとか、せめてカテゴリーがわかっている場合です。
「関内外オープン」では、テニスやゴルフの大会なのか、展覧会なのか、美術作品のタイトルなのか、映画の題名なのか、バーゲンセールなのか、なんだかさっぱりわかりませんね。
 で、その「関内外オープン」は「横浜市内クリエーター作業場一斉公開日」という感じのイベントです。(少しわかりましたか?)
 黄金町エリアからは11組のクリエーターが参加します。
 作品を見せる機会ではなく、作っている現場を公開する催しです。
 黄金町エリアでは月に一回「オープンスタジオ」というのをやっていますが、それの横浜市内版のようなものです。
 さて、仕事はあいかわらず短編の執筆。
 短編小説〆切一ヶ月延長事件ですっかり魂が伸びきってしまい、進捗は自分の予定からは9日遅れくらいの感じです。
 この一本はいいのですが、その他の仕事に影響が出ます。がんばります。
 午後7時過ぎ、女性がスタジオに来て、『フェイク・ゲーム』(徳間書店)をお買い上げくださいました。手元在庫の最後の1冊でした。
『フェイク・ゲーム』は現在版元在庫切れで Amazon など通販でも買えないので、著者ももう新品を手に入れるのは困難になっています。どこかの本屋さんの棚にあるかもしれない、という流通在庫だけです。
 買ってくださった読者の皆様、ありがとうございました。
 本日は「ですます調」の気分でお送りしました。

北仲スクールはスクールだった

 家で少し仕事をしてから、北仲スクールへ。
 だいぶ前から北仲スクールっていったいなんだろうと思っていたんだけど、ほんとにスクールでした。
 黄金町の僕のいる場所にもかつてポスターが貼ってあったのだけど、一目でなんだかわからないようなポスター貼っているから、読もうとも思わない。
 行政とか大学とかアーティストとか、広報やマーケティングのセンスがないから、使ったお金や作ったものが活きない。
 優秀な人にとって「いいもの」を作るのは簡単なんだよね。よくないもの作れと言ったって勝手にいいものになってしまう。
 だけど、難しいのは、それをふつうの人に知ってもらうこと、広い意味で「売る」こと。
 それはともかく、ここへ来たのはシンポジウム「都市のなかのミュージアム、アート、そして大学――石巻・京都・横浜」を聞きに来るため。
(ほら、これもなんだかよくわからない)
 よくわからないけど、すがやみつるさんがコメンテーターで登壇するということであり、最近訪ねた京都国際マンガミュージアムの人も来るし、まあ、北仲スクールがなんなのかわかるかもしれないし、家から歩いて行ける、というとても曖昧な理由。
 大学の先生たちの話し方が、なんだか懐かしく、学生時代を思い出す。
 先生たちとは、僕と同年代か少し若いくらいなのだけど、でも昔の先生たちとあまり変わらない「大学の先生風の話し方」というのがあるのだ。
 時々、ノートパソコンでメモを取ったり、内職(小説を書く)をしたりしながら、けっこう楽しみました。
(そのほら、授業中に「内職」をする、というのも学生時代みたいでしょ)
 終了時刻が書いていなかったので二時間くらいのつもりでいたら、終わったのは午後6時。
 で、誘われるままに、パネリストの人たちとの夕食会にまで参加。
 実は、家から前日と違うジーンズを履いて出てきたので、お金を一銭も持っていない。なくてもお金を使うことはないだろうという油断もあった。休憩時間に自販機で飲み物を買おうとして気づいていた。
 というわけで、店が決まってから「電話をしなくてはいけないので」とかなんとかいって、近所のコンビニでお金を降ろしたりして。(笑)
 地理がよくわかっている馬車道だったので、慌てずに対処ができました。
 午後十時頃、散会。徒歩にて帰宅。
 昨日今日、仕事はあんまりできなかったけど、それぞれに刺激のある日でした。

遥かなる台東区

 10月1日は都民の日。
 小学6年と中学高校の頃は都民だったので、学校は休み。中町の天祖神社のお祭りだったが、必ず雨だった。
 そんな雨の特異日も今日は晴れ。
 午後、台東区へ。
 合羽橋道具街、つづいて、入谷、千束、あたりの裏町の空気を取材。
 
 原稿を書くのにチェーン店のカフェを探すがまったくない。(笑)
 昔ながらのたばこ屋さんで煙草を買って、花やしき近くの昔ながらの喫茶店「レイラ」に。
 歩数計を見ると、8700歩ほど歩いていた。
 リーンと鳴るピンク電話があったりするのが大変けっこう。
 コーヒーも意外に美味しい。
 土曜なのにヒマでしょうがないね、などと、近所の商店の人が来てコーヒーを飲んでいく。競馬のお客さんも来ないよ。ふつうは浅草は月初めはいいのにねえ。など。
 軽い腹ごしらえに、地元の人しかいない「寿司安」なる店へ。
 カウンターだけの店で常連の人たちが飲んでいる。
 隣の「米久」(すき焼き屋)にはとバスが来るという話から、「はとバスってのはなかなか便利なもんで、俺なんか何十年も浅草に住んでいながら、東京のことを知らない田舎もんだと思ったね」なんて話を片耳で聞く。
 生ビールと寿司7貫のサービスセット。シャリがでかくてちょうどいいや。
 すべての時間調整が終了して、目指すは Jazz Janome。
 友人の歌手・にれのライブ。
 ホームグラウンドということもあって、リラックスしたよいステージでした。
 いろいろ接続ぎが悪く、帰りがなかなか遠くて、ライブが終わってすぐに帰ったのに帰宅は午前零時を回ってしまった。