日: 2011年8月29日

原発まで25km 福島県双葉郡川内村

 目指す川内村は福島第一原子力発電所の近く。
 村の一部は20km圏で現在立ち入り禁止、今夜泊めてもらうのは25km地点だ。
 川内村は人口3000人、現在、村役場は避難所のある郡山のビッグパレットに移動していて(8月末まで)、村民で村に残っているのは発表値で200人ほど。
 上水道はなくてすべて井戸水か引き水だが、光インターネット回線は全村に引かれている。
 郡山JCTで東北自動車道から磐越自動車道へ乗り換え、船引三春ICで下車、山道のワインディングロードを小一時間走ったところの集落に、東京から移住した古くからの友人が住んでいる。
 ラストワンマイル、電話で道を聞きながら峠道を下り少し開けたところから山あいに入ったあたりで手を振る人が見えたのはその友人Nさん。
 そこで村の人たち数人とお喋りをして待っていてくれたわけだ。
「マイクロ・シーベルトなんて言葉は一生知るはずのなかった言葉なんだがね」
「少なくとも自分が生きている間は今まで通り生きていけると思っていたけど、この村には仕事もなくなり、店で商品を売る人もそれを買う人もいなくなてしまった」
 村に残っている人たちはほぼ50歳以上、ほとんどは60歳70歳を超えている。
 暮れていく空を暗くなるまで眺めながら村人たちと話をした後、集会所から未舗装路を少し登ったところにあるNさん宅に到着。
 とりあえず「かわうちの湯」というところに行く。
 木で囲った小屋のようなところかと思ったら、スーパー銭湯のような施設だった。
 通常は1回500円だけど、いまは部分営業なので100円。めちゃめちゃ贅沢な100円だ。
 しかし、もともと経営は赤字続き、災害で状況はさらに厳しくなる。
 Nさんの家には放射線量計が2つあり、本日の測定値は0.3μSV/h 東京の6倍、横浜の10倍ほどあるが、平常時のローマよりほんの少し高い程度。
 おおまかな見積で、僕が94歳までずっとこのままの村にいるとガンになる確率が0.5%ほど高くなる。(この村の放射線量が「ずっとこのままで減らない」というあり得ない多めの仮定をした場合)
 ちなみに、福島に行かず何にもしないときのガンになる確率は約50%であり、それが50.5%くらいになるわけだ。どっちにしても94歳よりも前に僕は死んでいるだろう。
 というわけで、川内村で浴びる放射線は、56歳の僕にとってはまったく取るに足りない量というわけだ。
 七輪でサンマやホッケやイカの一夜干しを焼きながら、夜更けまで一升瓶から宮城のお酒「一ノ藏」をコップで飲む。

名取市閖上(ゆりあげ)

 前日、酔っ払って早寝をしたので、朝5時に目覚める。
 7時過ぎにホテルで朝食。
 朝バイキングにも笹蒲鉾があるのは仙台らしいが牛タンはない。
 午前10時になるのを待って、昨日ギャラリーに立ち寄った「伊達海鮮」へ。
 この店は石巻の魚加工品を土産として売る店。
 安くはないけど上質の、味噌漬け、西京漬け、一夜干し、などを売っている。
 今回の旅は「被災地を見て。被災地でお金を使う」のが目的なので、ふだんは土産など買わない僕も、3750円購入。
 午前11時、ホテルをチェックアウトして、名取市閖上(ゆりあげ)へ。
 ico さんの家があったところだ。3月11日、地震直後、ヘリコプターからの生の映像で津波がやってくるのを見た、まさにあの場所である。
 海から何キロも離れているのに。道路の脇、畑のど真ん中、住宅の玄関、とにかくもう、あたりり構わず漁船やモーターボートが、ゴロゴロ転がっている。
 その数、僕が見たものだけで30以上、いったいいくつあるのかわからない。
 家も流され、田畑も流され、ただの平地になってしまった畑に、今は雑草が勢いよく生い茂っている。もしこれが見渡す限り灰色の土だったらと思うと恐ろしいようだが、植物のたくましい生命力に心が救われる。
 本当なら、そこには稲が実り始めているはずの場所だ。
 どこかから流され運ばれてきた種が芽を吹いたのか、中には稲穂も混じっていた。
 海水に浸かってしまったはずの田端に、雑草でも生えているのは救いだ。そこで稲や作物を本格的に育てることができるのかどうかは、まだわからないにしても。
 草が生えている多くの土地は、農地だったのか宅地だったのか、あるいはそれ以外の土地だったのか、判然としない。
 閖上地区の最先端、漁港を目指すが、途中でバリケードがあり、許可のない車両は通行止め。
 どうやらその地区には、周辺の土地から運び込まれた瓦礫の集積所があるらしく、かなり離れた場所から、大きなぼた山のようになった瓦礫の山が見えていた。
 小説家的には何日でもあたりを見て回りたくなるところだが、次のアポイントのため、仙台市内へ戻る。
 遅疑の目的地は、泉中央駅近くのヨーカドーの駐車場へ。
 被災した上につい最近脳梗塞になって退院したばかりの妻の親戚に会う。
 地下食料品売り場で食料品を買い込んで、午後3時過ぎ、次の目的地、福島県双葉郡川内村へ向かうことにする。
(写真は別途)